第71話 戦闘ゴブリン
この世界に来て初めての夢○をした。
9才にしてそれが来るとは思ってもみなかった。
魔人の成長は早いが、一気に進んである程度で止まる時が来るんだそうだ。ルゼミア王は年齢不明、シャーミリアはヴァンパイアなので不死、父さんは30代のようで160歳、ゴーグは少年のようで3歳だそうだ。
「ミゼッタは俺と同い年だから9才、ゴーグが年下っていったらビックリするだろうな…」
魔人は伝承で言い伝えられるような生き物だから、人間の常識には全く当てはまらないのがわかった。ミゼッタにはとりあえず黙っておこう。
俺が修行でひどい目にあってから、1週間はおとなしくしていた。さすがにまたみんなに迷惑をかけるわけにはいかない。ちょっとは考えて動かないといけないなと思ったからだ。ようやく体も問題なく動くようになったので、早速修練場に来てみた。
「おお!ラウル様!その節は大変申し訳ございませんでした。」
「いや、俺の方こそ。」
ラーズが俺に謝罪をする。そんなことは気にしていないんだがな・・
「とにかく、寒いのはまだダメだ。もう少し俺ができそうな訓練にしてほしい。」
するとギレザムが提案をしてきた。
「ルゼミア王の部隊にゴブリンの部隊がいるのですが、そちらで組手などをやってみてはいかがでしょうか?」
「ゴブリン?いるの?」
「ええ、我についてきてください。」
俺はギレザムについていく。闘技場とは方角的に反対方向に行くと、地下に続く階段があった。
「ここを降りていきます。」
「わかった。」
地下に降りていくと、凄く広い地下空洞が出てきた。
「ここはルゼミア王の配下の基地となっています。下層に行くほど強い部隊の者がおります。この1階層はゴブリンのテリトリーとなっております。すでにルゼミア王の許可も取っておりますゆえ、こちらで訓練をしてまいりましょう。」
「ゴブリンか、わかった。」
中ほどに進んで、ギレザムが口笛を吹いた。
ピーーー!
すると・・ぞろぞろと四方からゴブリンが出てきた。1,2,3,4,5、5人のゴブリンだ。ゴブリン・・初めて見たけど小さいな。俺より少し小さいかな?
「ルゼミア王から聞いているな?」
ギレザムが聞くとゴブリンが答える。
「聞いてる。」
ひとりのゴブリンぽつりといった。
「俺がアルガルドだよ。」
自己紹介してみると、ゴブリンもそれぞれに名を名乗った。
「ナタ」「ティラ」「タピ」「クレ」「マカ」
「お前たちがゴブリン隊なの?」
「俺達5人は隊長です。」
この5人がゴブリン隊の隊長らしい。小さくて弱そうだが・・大丈夫なんだろうか?
カラン
ゴブリンが木の棒を地面に置いた。ティラが俺に向かって言う。
「これで好きに打ち込んできてください!」
「わかった。」
木の棒を持って正眼の構えを取る。剣道とかやったことないのでとりあえずこんな感じかな?ティラがそこに立っているが・・打ち込んでいいのだろうか?
ブン!
カン!
地面を打ち付けてしまった。手が・・
「いてて・・しびれる・・」
あれ?いま確かに頭をめがけて打ち込んだんだけどな。
「最初は私だけが相手です。思いっきり叩いていいですよ。」
ティラが言う。
「よーし。小さいからって手加減しなくていいってことか?」
「もちろんです。次はこちらも軽くいきます。」
俺は今度は上段に構えてティラを正面におく。一見ただそこに立っているだけのように見えるが・・構えとか取らないのかな?
ブン!
カン!
ジーン!手が手がぁ。
「う、うう。」
「1回ではなくどんどん打ち込んできてください。」
「わ、わかった。」
ブン!ブン!ブン!
俺は無我夢中でティラを捉えるために棒を振り回すが、いっこうに捉えることができなかった。ティラはまるでボクサーのように全て見切って右へ左へと逃げる。振り回したらダメだ・・突きだ。
シュ!
棒を突き入れてみた。ティラに手で横にそらされて前によろけた時、顎の先に軽い衝撃が走る。
ドサ!
俺は糸がきれた人形のように地面に倒れ伏した。
「・・・ですか?大丈夫・・ですか?」
ギレザムが俺を抱きかかえて話しかけていた。
「気を失ったのか?」
「ほんの少しだけ。」
「俺はどうしたんだ?」
「ティラに頭を揺らされて倒れました。」
剣筋を見きられて顎にクリーンヒットをもらったらしい。俺はすっと立ち上がってティラを見ると、ティラはこっちを向いて申し訳なさそうにしている。
「すみません。つい・・」
「いいんだ!特訓してるって感じがする!」
ティラの顔がパーッと明るくなった。
「よかったです。」
「もっとお願いする。」
「え、でも・・」
ティラが躊躇するが、ギレザムが頷く。
「ラウル様は力をつけたいのだ、お前たちがいろいろと教えてやってくれ。」
「わかった。」
それから俺は時間も忘れて他の4人とギレザムが見守る中、ティラを棒で追いかけまわした。小さい頃グラムと剣士ごっこをしたことを思い出す・・。ティラは俺が倒れないように寸止めで攻撃を止めてくれていた。かなり力の差がないと出来ない事だ。
「ふうふう。」
「もうやめましょうか?」
「いや楽しいな!まだまだ。」
とにかくブンブンと振り回しティラを捉えようとするが、全く捕まらなかった。
「よし!休憩しよう!」
しばらくしているとギレザムが止めた。
「ラウル様こちらへ。」
「なんだ?」
するとギレザムが俺の体を支え、足の開きと腰の位置、剣の握り場所、力の抜き方を教えてくれる。
「基本はこの感じを忘れないように、ちょっと力みすぎているようです。そして腰の位置が高く棒がまともに振れてません、もう少し重心を下に心がけてください。」
「わかった。」
「よし!休憩終わり!」
ギレザムの声掛けで、ティラと他のゴブリンが立ち上がる。俺はティラと向き合いギレザムの言った事を守って構えてみる。するとティラの雰囲気も少し変わった。構えをとったのだ。
「ではどうぞ」
ティラの掛け声とともに、棒を打ち落とす。するとさっきより剣が早く振れるようになった。なるほど、体幹が悪かったのか・・
「ふっ、ほっ、はっ!」
とにかくティラを捉えようと振り回す。さっきまでは身のこなしだけで棒をかわしていたが、手を使って受け流すようになった。しかし・・まったく捉えることは出来ない。しばらく振り回しているとティラがカウンターを放ってきたが、俺はそれをよけることができた。
「そこで返してください!」
戦っている相手のティラから指示される。
シュ!
突きを入れてみた。するとティラはスウェイで下がり、手と手で真剣白刃取りのような姿勢になって、棒を採られてしまった。
「ふう。」
俺はいい感じで汗を流していた。ティラが俺に向かって言う。
「我々は体が小さく力もないのです。相手の力を利用して戦う事で有利に持っていきます。」
「なるほど。」
「ラウル様もまだ小さいので、私たちと同じような戦いができればいいと思います。」
「そうだな。」
オーガの3人やミノス、オークは力が強いし体も強靭だ、ヴァンパイアの二人は不死身な上にスピードも速く、オーガをしのぐ力も持っている。しかしゴブリンは非力だった、相手の力を最大限に利用する戦い方をしているというわけだ。
「しばらくは我も一緒にいます。」
ギレザムが俺を指導してくれるらしい。
「ありがとう。じゃあお礼と言っては何だけど・・」
と言って俺は、自衛隊戦闘糧食Ⅱ型の缶詰と乾パンを召還した。
ハンバーグ缶とマグロ缶、野菜煮缶、ソーセージ缶、赤飯、炊き込みご飯。
「おお!」
「これは・・」
「ま、魔法だ。」
「なんです?」
「すごい。」
5人のゴブリンは初めて見る召喚にビックリしていた。
「これは食べ物なんだ。一緒に練習するんだから飯も一緒に食おう。」
俺は缶を開けてゴブリンに出してやる。乾パンも添えて。
「う、うまい!」
「こんなのはじめて食べました。」
「なんでこんな鉄の中に?」
「魚・・肉・・うまい。」
「すごい。」
皆で戦闘糧食を食べつついろいろと聞いてみることにした。
「あの?みんなの仕事はなんなのかな?」
「調査したり、相手の動きを調べて味方に教えたりする役割です。」
そうか、体も小さいし諜報機関的なことをやっているのかな?この身のこなしならばある程度の敵からは逃げてこれるだろうしな。
「ただ・・」
「ただ?」
「あんまり仕事をしたとこはないんです。戦がないので。」
「そうか・・この土地からあまり出たことがないって事かい?」
「はい。」
それは良かった・・・大陸ではゴブリンは討伐対象だ。ここで安全に暮らせているこいつらは幸せだと思う。大陸では魔獣だけでなく、魔人も討伐依頼が出れば冒険者に駆られてしまう。強い者であれば軍が出る時もある。森や洞窟にひっそりと暮らしているのに狩られてしまうのだった。魔人にとっては不条理な世界だった。
「人間をどう思う?」
「特に何もないです。」
「そうか、そうだな。」
やはり暮らしているところが違えば考え方も違う。やったりやられたりする戦争にはどちらにも言い分がある。一方的に善悪があるわけではない。大陸の魔人や魔獣は生きるために人間や家畜を襲う、そして守るために人間は魔人や魔獣を狩る。それを疑問に思いながら魔物を討伐する人間がこの世界の大陸にいるか?おそらくいないかもしれない。なぜなら怪物を殺す事は、自分達の子供や家族を守る事になると信じているからだ。
「前世でも一緒だったけどな・・」
「なんです?」
「いや、なんでもない。」
「はい。」
「ティラはこの土地を出てみたいかい?」
「わかりません。」
そうなんだな・・ここ以外知らなければ行きたいも行きたくないもないか・・
「ギル。俺の気持ちってみんなに話しても大丈夫かな?」
「はい、ルゼミア王は許されると思います。」
「そうか。」
そうだった・・魔人の意志は主の意志だったっけ。ルゼミア王が俺に全面的に協力すると言っている以上、配下の魔人達はみな協力者という事かな?
「俺はもともと大陸に住んでいたんだ。そして2000年前は魔人達も住んでいた土地だ。」
「はい・・」
5人とも興味津々に聞いているようだ。
「その住んでいた土地を追われここまで逃げてきたんだよ。」
「はい、それは知っています。」
5人がそろってうんうんとうなずいている。
「俺はこれからその土地を全て取り返そうと思っているんだ。」
「そんなことができるんですか?」
「できる、出来ないじゃないんだ。やるんだ。」
「ちょっと・・言っている意味がよくわからないんです。」
そうか・・そうだよな。こんな非力な俺がそんな大それたこと出来るわけないと思うよな・・
「だよなぁ。でもこの訓練がその第一歩なんだよ。みんなから鍛えてもらって俺はそれを成し遂げていこうと思っている。」
「私たちがアルガルド様を鍛えると、それが出来るようになる?」
「ちょっと信じられないかもしれないが、小さい事から積み重ねていくことが大事なんだ。すぐには出来ない事が、みんなの協力によって必ず成し遂げられると思っている。」
「よくわかりませんが、協力はします!」
まあ・・そうだよな。とにかく俺は少しでも強くなっていかなければならない、それにはゴブリンたちの協力も、ヴァンパイアの協力も、オーガ達の協力も、他の魔人達の協力も必要だ。そして俺が強くならなければ、皆の命を多く無くしてしまう事になる。
「だから、俺が皆を守れるように、そして俺自身が死なないように鍛えるのを協力してくれ。」
「わかりました。」
おそらく話の半分も理解していないかもしれない。しかし俺を鍛える仕事に対しての目標を持ってもらわねばならない。まずは彼らの心に一滴のやる気を灯させる油を注いでみた。
「一つ目の目標は、ティラを無傷で制圧することだ。」
「はい!」
緑色の顔に笑顔を浮かべてティラが元気よく返事をしてくれた。
俺の修行の第一歩がようやく始まったようだ。