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第707話 ケイシー神父

「おーい!そっちにはあったかー?」


腕まくりをして額の汗を拭きながら、俺は周辺にいる魔人達に声をかける。


「気配感知でも何も感じ取ることが出来ません」


シャーミリアが中腰になり草むらを探しながら答えた。やはり気配感知などでは、アレを探し出す事は出来ないようだった。生命反応もなく魔力も無いのでは仕方がない。


「そっちはどうだ?」


ガサゴソと草むらや木の枝の上を探す魔人達が答える。


「見当たりません」

「こちらには無いです」

「もっと上かなぁ?」


スラガ、ナタ、ルピアが答えた。もうかれこれ半日は探し続けているのに、一向に見つける事が出来ないのだ。さすがに疲れてきたのか俺の側に居るモーリス先生が、腰をトントンと叩きながら伸びをした。


「なんじゃろな?存在感が無さすぎる気がするのう」


「そうですよね。こんなに見つからないものですかね?」


「そんなに目立たない物ではないはずなのじゃが」


「困りました。アレを見つけないと今後の作戦への影響はおろか、シン国への移動もかなりの時間を要してしまいます」


「もっと遠くへ飛んだのではなかろうか?」


「その可能性もありますよね」


俺とモーリス先生が再び、森の中で探し物をしている魔人達を見渡した。腰を屈め草むらに頭を突っ込んでいる魔人の姿は、まるで普通の人間のようで、とても強大な力を持つ者達とは思えない。


「ラウルよ、これでファートリアは平和になるかのう?」


そんな平和な光景を見てモーリス先生が呟く。


「どうでしょう。ファートリア神聖国内の光柱は全て消えましたし、転移魔法使いはいなくなりました。ですが第二第三の阿久津が現れないとも限りません。デモンも然りです」


「そうじゃな…バティンとか言うデモンにも逃げられたしのう」


「はい。逃げたのかも、定かではありませんし」


「ふむ」


「そしてビクトールの生死も確認してません」


「あれはグールになったのではないかな?」


「それは、わかりません」


ふと俺とモーリス先生が話をやめて、先で探し物をしているカーライルを見つめた。


「あいつは何事も一生懸命じゃのう」


「全く、手を抜きませんね」


「コツコツ型じゃな」


「集中力は、人間の範疇を超えてる気がします」


「全くじゃ」


「それなのにビクトールに裏切られるなんて、ショックでしょうね」


「心中、穏やかではなかろうて」


ビクトールと彼は研修時代からの同僚だった。カーライルはビクトールの裏切りを見破られずに、自責の念に駆られているようなのだ。今は俺達と一緒に、森の草むらを手でかき分けながら探し物をしている。なんでも人一倍努力をするカーライルを俺は尊敬していた。


「とにかく早く見つけないとです」


「そうじゃな」


俺とモーリス先生は再び草むらを探し始めるのだった。


あの時見た感じでは、角度と方向から考えても絶対にこのあたりにあるはず。そう遠くへは飛んでいないはずだ。俺達が探しているのは銀のヤカンである。エミルの分体であるジンが入っているあのヤカンだ。装飾の入ったピカピカのヤカンなので、すぐに見つかると思っていたがなかなか見つからなかったのだ。エミルごと飲み込んで消えてしまったので、いろいろと支障が出てしまっている。


「どうしたのじゃ?」


モーリス先生が誰かに声をかけたので、俺が顔を上げると、そこにケイシー神父が座っていた。


「あ、すみません。ちょっと疲れちゃったみたいで、座ってました!」


疲れて休んでいたらしい。


「無理もない。皆あの戦いで疲労困憊じゃったからのう、あまり無理をするでない」


「ありがとうございます」


ケイシー神父が座りながらモーリス先生にお辞儀をした。


まあ仕方ないだろう。普通の人間があの戦闘を生き残っただけでも奇跡なのに、その数日後にこの捜索作業だ。むしろ疲れ知らずで探し続けている、カーライルの方がおかしいのかもしれない。


「ケイシー、まあ適当にな」


俺も声をかけてやる。


「ラウル様は剛健でいらっしゃいますね。やはり我々とは体のつくりが違うのでしょうね」


「まあ、日々シャーミリアに鍛えられているからな」


「なんだか、ラウル様やカーライルみたいな人がいると、自分が頑張っていない人のように思えてしまいますよ」


「ははは、そんなことは無いよ。ケイシーも十分頑張っているさ」


「ありがとうございます」


「少し休んでいたらいい」


「はい」


ヤカンの捜索には魔人や俺達だけではなく、カトリーヌ、マリア、ミーシャ、ミゼッタにまで手伝ってもらっている。さすがにサイナス枢機卿やイオナ母さんまで動員していないが、カーライルや聖女リシェルまで手伝うと言い出しては、ケイシー神父も手伝わない訳にはいかなくなったようだ。もともとコツコツやったり努力したりする人間ではないので、こういう探し物とかは苦手なのだろう。


「さてと、もう少し続けますかね」


「そうじゃな」


俺と先生が再び捜索作業に入る。


しっかし、この大人数で探してないとなると、本当にもっと遠くへと飛んで行ったのかもしれない。今日一日探して見つからなかったら、更に足を伸ばしてみるしかないだろう。


そして午前中の捜索は収穫無しで終わり、一度全員で昼食を取る事となった。森の一角に開けた場所があり、シャーミリアが狩って来たビッグホーンディアを捌いてバーベキューを始める。


「さあ!みなさん!どんどん召し上がってください」


すっかりバーベキュー奉行となってしまったシャーミリアが、焼けた肉を皆に配り始めるのだった。隣りにはそのサポートの為に、マキーナとファントムが串を持っており皆に渡していた。


「うまぁ!」


一番最初に食べ始めたのは、ケイシー神父だった。相当腹が減っていたらしく、がっついているみたいだ。


「ご主人様!恩師様も!」


シャーミリアが俺達のもとに肉の串を持ってきてくれる。


「ああ悪いね」

「美味そうなのじゃ!」


俺とモーリス先生が串を取って食べ始める。


「うま!」

「本当じゃな!」


シャーミリアはずーっと俺の為にバーベキューをやってくれていたので、焼き加減も塩加減も抜群だ。あと珍しく何か調味料を使っているようで、ピリッと甘辛でスパイシーだった。てか醤油か味噌味に近い?ニンニクも効いているのか?とにかく、『たれ』って感じの香辛料だ。なんか前世の焼き肉を食っているような感覚に近かった。にしても絶妙すぎて筆舌に尽くしがたいほどうまい。


「ミリア!なんかいつもの味と違うみたいだ!」


「はい!実はミーシャが私奴の料理の為に、調味料とやらを作ってくれたのでございます」


「調味料?」


なんか懐かしい響きだった。いつの間に調味料なんて作っていたのだろう。


「ミーシャは?」


「あちらで休んでおります。私奴が呼んできましょう」


「あ、ああ」


「マキーナ。あとお願い」


「は!」


なんだかシャーミリアが料理長のようになって張り切っている。彼女の料理は焼肉などのシンプルなものだけだった。煮込みやパイなどの手の込んだ料理は作れない。だがバーベキューにだけはやたら自信をもっているのだ。俺から褒められて病みつきになったらしく、好きこそものの上手なれと言ったところだろう。


「ラウル様」


シャーミリアと一緒にミーシャがやって来た。


魔人と人間のキッチンメイドが仲良さそうにしているけど、ミーシャよ…その隣にいるのは古代から生きているオリジナルバンパイアだよ。いや…今やミーシャもマッドサイエンティスト…そんなに遠く無いかも…


「ミーシャ、休んでいる所ごめんね。なんかシャーミリアから聞いたんだけど、調味料を作ったって」


「はい!」


「あのコンテナみたいなやつに入れて持ってきたのか?」


「そうです!でもこれは、どこでも作れますよ!まあ材料を取るには森に入らなきゃいけないので、魔人に頼まないと危険ですけどね」


「どこでも?」


「はい!あと最近は、グラドラムで塩づくりをしてますから、それも効いているのだと思います」


ミーシャがその不自然なほど大きな目を輝かして言う。どうやらグラドラムで、塩田を作ったらしく塩を大量に精製しているというのだ。


「それはやはりデイジーさん発案?」


「そうです。あれやこれやと、日々新しい事を見つけては開発にいそしんでいます」


「ははは…デイジーさんらしいや」


「相変わらずめちゃくちゃですけどね…」


「それもデイジーさんらしい…」


あの婆さん…無茶をしなければいいのだけど。まあ好きでやっているようだし、あまり細かい事は言わないようにしよう。


「香辛料の味はどうです?」


「うっっっまいよ!」


「よかったです!試行錯誤した甲斐がありました!」


これは売れる。


「ミーシャ」


「はい」


「いいかい?これのレシピは秘密にしてくれ。これは間違いなく売れる、他国に売りさばけば儲かるぞ」


「分かりました!まあ書き留めたレシピはここと…」


ミーシャが自分の頭の中を指さした。


「紙に書いたものは、全てグラドラムの研究所内の私の研究室に保管してあります」


「なら安全だな。ミーシャの部屋に入れる者は?」


「おりません。デイジーさんにも入らせてません」


「…そこはミーシャだけの部屋?」


「そうですが…ラウル様だけは御入室いただいても差支えありませんが?」


「いつかお呼ばれしよう」


「はい!」


ミーシャが頬を紅潮させて返事をする。


ミーシャの焼き肉のたれは絶対に流行る。ただの魔獣の肉が、極上の料理に変わる魔法の調味料として売れる。今回メリュージュがぶら下げて来たコンテナの中身はまだ見ていない。あの箱の鍵はミーシャが持ち歩いており、誰も箱を空けることは出来なかった。国家機密に関する物がはいっているらしく、これから見るのが楽しみになって来た。


だが、それを見る前にこのヤカン探しの方が優先だった。


「もう一本!」


ケイシー神父が大きな声を上げる。マキーナから焼き肉の串を受け取り、意気揚々とさっき座っていた場所へ戻り食べ始めるのだった。


「うんま!」


彼は本当に疲れているのだろうか?見た感じはめっちゃ元気に見えるし、あんなに食欲があるのなら午後は頑張ってくれるに違いない。


そうして俺達は昼食休憩を終え、再び銀のヤカンを探し始めるのだった。


「美味い肉じゃったのう」


「ええ。あの調味料は国家機密レベルです」


「ミーシャは、どこでも作れると言うとったのじゃ」


「最終的には、その権利を売って広げていく事を考えています」


「おもしろいのう!」


「きっと儲かります」


「うむ!」


そんな無駄話をしながらも手を休めず、草をかき分け石をどけて銀のヤカンを探し続けた。


しかし…ない。


こんなに探してないなら、やはり別の場所に飛んで行ったのかもしれない


「先生!こんなにまじまじと森を捜索したことなんてなかったのですが、変わった虫や小さい動物が結構いるものなんですね」


「ファートリアにはファートリアの生態系があるのじゃよ」


「さっき枝だと思って掴んだら、蛇でしたよ」


「ん?蛇?」


「えっと…」


俺はきょろっきょろと探す。すると枝の上にそれが居た。


「先生!あれです!」


「ラウルよ。手はなんともなかったかの?」


「ええ」


俺は両手を広げて先生に見せた。


「それは良かったのじゃ」


「危険なのですか?」


「いやあれは蛇ではなく毛虫じゃよ。よう手が、かぶれなんだ」


うへぇ…


「よかったぁ…。蛇よりプニプニしていたのでおかしいと思ったんです」


「何事も無くて何よりじゃ」


そして再び、俺も先生も探し続けた。だが、どこにも銀のヤカンは見当たらなかったのだ。もう間もなく夕方になろうとしている、このまま続けても見つかる事が無いと思った俺は皆に声をかける。


《みんな!周りの者に声をかけて、昼食を取った場所に戻ってくれ!》


《《《《《《は!》》》》》》


念話で全員から返事が返る。


「先生!それでは今日は切り上げる事にしましょう」


「わかったのじゃ」


「まったく、あのヤカンは厄介ですよ。自分で出て来てくれればいいのに、見つけて誰かが外から蓋を開けなければならないなんて。そりゃ数千年も見つからない訳です。精霊神は何を思ってアレを作ったのか」


「まあ、どこかに忘れたりするとは思わなかったんじゃろ」


「そうでしょうね…」


話しながら集合場所に歩いて行くと…お昼と同じ場所にケイシー神父が座って居眠りをしていた。

コイツはきちんと探し物を手伝ってくれていたんだろうか?


「ケイシー」


「…」


「ケイシー」


「むにゃむにゃ…」


今…「むにゃ」って言わなかったか?いまどき漫画でもそんな眠りの描写しないぞ。


「ケイシー!!」


「はいすいません!やってます!」


いや…やってねぇって…


ケイシー神父が立ち上がって、俺に頭を下げた。どう考えても一日中ここで、居眠りをぶっこいていたような気がする。


「見つかった?」


俺がちょっとイラッとしながら聞く。皆一生懸命やっていたというのに、コイツはどうやら一日中さぼっていたらしい。


「い、いえ!まだです!」


ま…まあ仕方がない。コイツだってアトム神に閉じ込められて、出て来た途端に戦いに巻き込まれて疲れているんだ…。俺が怒っても何も改善されないし、別にケイシーを育てようなどとも思っていない。放っておこう。


っと…


「ケイシー!ちょっとどけ!」


ケイシーをどかして俺は気になったものを見つけた。


ケイシーの座っていた場所の土がやたら不自然に盛り上がっている。どう考えても自然に出来た物ではない。俺はその土を召喚した自衛隊シャベルで掘り起こしてみる。


ゴロン!


土の中からは、とてもきれいな装飾がなされた銀色に輝くヤカンが出てきた。

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