第706話 カモフラージュ ~シャーミリア視点~
戦闘で破壊しつくされた都市を、赤く輝く大きな月が照らしていた。つもった瓦礫が深い影を作り、そこで誰かが何やら話をしているようだ。正確には二人が話し、一人はただそこに立っているだけ。すぐそばには大量の死体が並べられており、普通の人間ならすぐにでも、ここを離れたいと思うはずだ。
三人のうちの一人の女が美しい声で何かを報告している。黒髪のストレートヘヤーに切れ長の目をした絶世の美女。その肌は白く華奢で、か弱い女性のようだった。もちろんそれは見かけだけの話。
その正面に立つ女はそれに輪をかけて美しい。その金色の巻き髪は赤い月の光に照らされ、仄かにピンク色に輝いていた。細身の体に露出度の高いドレスを纏い、自己主張の強い胸元が透き通るように白く、妖艶な雰囲気を醸し出している。その赫灼の目は、空に浮かぶ月よりも更に深く美しい光を放っているのだった。
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「終わりました」
マキーナが報告をする。
「どうだ?」
「シャーミリア様、残念ながら、こちらも聖女の力によって浄化されているようです」
私達は並べられた死体を調べていた。自分が調べた場所の、反対側の死体を調査していたマキーナが残念そうに言う。
「…そう…ご主人様のために、魔法を行使するハイグールが作りたかったのだけど」
「残念です」
「…あの聖女の力は本物のようね」
「はい」
ご主人様は多くを語らなかったが、さきほど異世界人の遺体を見て『まだ使える』と考えておられたのだった。その念が系譜を伝わって、ご主人様から私達に向け降りて来ていた。その思いを受けた私は人払いをし、遺体の中からハイグールに使える素体を探していたのだ。しかし…ついぞ見つける事が出来なかった。
そんな私の表情を見てマキーナは少し不安げにしている。
「シャーミリア様、これがファートリア神聖国の聖女の力というものでしょうか?」
「残念ながらそうでしょう」
面白くなかった。ご主人様のお役に立てるはずが、すべての死体は聖女に清められハイグールにはおろか屍人にすらなりえない。使えるとすれば体内にいまだ残る魔力くらいだろう。これでは魔獣から出る魔石と何ら変わりがなかった。
「本当は転移魔法使いをハイグール化したかったのだけど、浄化される前にどこかに寄せてしまえばよかった。私の落ち度だ」
ご主人様を苦しめた異世界のアクツという魔法使いの死体を、いの一番に確認したのだが聖女の浄化によって使える状態ではなかったのだ。
「そんなことはございません!シャーミリア様はいつも最善の対応をなさっておると思います」
マキーナは従順な答えを私にもたらした。彼女は私の眷属なのだから、もちろん私に逆らう事は無い。だが私としては、それもあまり面白くないことだった。
「それは本心か?」
「はい」
私の威圧を感じ取ってもなお、マキーナはぶれる事なくしっかりと返事をしてきた。そしてそれが、本心からだということは重々承知の上。自分の眷属の心は、一から十まで手に取るように分かるからだ。だがマキーナが私に意見をしてくるようでなければ、マキーナも私も成長は望めない。
いや…眷属にそれを求めてしまった自分が愚かなのかもしれない。
「マキーナ。あなたはご主人様のためにその頭脳を生かさなければならない。私の眷属である以上の能力を、あなたは身に着ける必要があるのだと肝に命じなさい」
「申し訳ございません!至らぬ私を罰していただきたく思います」
マキーナが頭を下げるが、まるで自分がご主人様にしている姿を見るようで羞恥心に襲われる。
「まあいいわ」
数千年も生きている自分が至らぬことを、自分の眷属に求めて何になるというのか?だがそれを諦めてはならないという、もう一人の自分がいる。これは誰あろう系譜を伝わって降りてくるご主人様の想いだった。ご主人様は常に作戦を画策され実行し、それを評価し検証して、更に次の行動に生かそうとなさっている。魔人兵がご主人様を支援するためには、魔人軍全体の思考能力の向上を図る事が必須であり、優先順位を自立して決める云わば個々の決断能力が必要だった。
「仕方がないわ、すべての死体は屍人にすらならない。これは全て吸収して魔力に変換してしまうしかないでしょう」
「かしこまりました」
やはりマキーナは従うだけだった。そこで私は質問をしてみることにする。
「あなたはどうしたら良いと思う?」
「はい。すべての死体を吸収してしまっては、怪しまれるかと思われます。墓を掘り起こしてまで調べる事は無いにせよ、死体が埋まっていなければ、すぐに見破られるのではないでしょうか?出来ますれば、ファートリアの弱い魔法使いと騎士だけを埋葬し、異世界人全てと強い魔法使いだけを吸収する事を進言します」
「なるほど…あの聖女は、地面に何も埋められていないと見抜くか…」
「はい。ここまで完璧な浄化をするのであれば、気が付かないことは無いかと思われます」
「数はどうするのかしら?」
「まことに恐れながら申し上げます」
「言ってみなさい」
「シャーミリア様のお力を借りねばなりません」
「私の力?何をすればいいのかしら?」
「ファートリア国内の森や草原で、小型の魔獣を大量に狩って来ていただけませんでしょうか?それらを混ぜれば代用品になるかと思われます」
マキーナがとても合理的な答えを出して来た。これについて、私はとても満足した。やはり私の目に狂いはなく、マキーナの分析力は作戦の立案に向いていると思う。例えばマキーナ自身が代用品をそろえるとなれば、明日の朝までには到底間に合わない。また墓地を掘るためにはファントムの力が必要となるため、ファントムも狩りに行く事は出来ない。ならば死体の代用品をそろえるのは私の役目だった。
再び、マキーナが口を開いた。
「申し訳ございません!シャーミリア様にそのような仕事を頼んでしまうとは!」
マキーナは私が考えている時間を、私が不服に思っていると勘違いをしていた。
「何を言っている?その意見が一番最善であると思うが?」
「えっ?」
「あなた達は、墓穴を準備しておくのよ。怪しまれないように埋葬する死体を適度にばらしておきなさい」
「わかりました」
「……」
いつの間にか空に浮かんでいた月が見えなくなっていた。気温も下がり霧が出てきたようだ。あたりは暗くなり、より一層闇が深く色濃く落ちて来た。
「狩りには、おあつらえ向きだわ…」
ドシュッ!
私は聖都の上空に浮かびあがった。ご主人様を抱いて飛ぶ時には、制御して飛ぶのだが一人の時はまったく抑制をしない。すぐに聖都を飛び出し、かなりの距離を飛んで代用品を捜索する。月が隠れて霧が深くなってきたが、私にとってはこれは好都合だった。霧の出た夜は、月夜よりはっきりと命が見える。それがオリジナルヴァンパイアとしての私の能力だった。私が最も得意とするのが、このような気象条件での狩りだ。
「さて」
上空から森を見渡せば、あちこちに蠢く者がいた。もちろんほとんどが魔獣や獣の類だったが、不自然に集まって蠢く者がいる場所を見つけた。
「好都合だわ」
シュッ!ドン!
私はその多くの命がいる場所へと降り立った。この大陸に来てから何度も見たことのある風景だ。
「な、なんだなんだ!」
「魔獣が襲ってきた??」
「魔法使いの攻撃じゃねえのか!」
「みな!武器を持ってでろ!」
無精ひげや髪を伸ばし放題で、ガラの悪いいでたちの者どもがボロ小屋からワラワラと出てくる。私が降り立ったのは山間部の森にあるボロの集落の中心だった。そこにいた価値の欠片など微塵もない相手に、私はにやりと微笑むのだった。
「蟲だらけ…」
「な、なんだ!若い女がいるぞ!」
一人の男が私を見つけて大きな声で叫ぶ。すると、すぐさま蟻の巣をつついたように大量の人間が這い出てきた。
「ひい、ふう、みい…」
私が出て来た男の数を数えているとどんどん増えてくるので、ついニタリと笑みを浮かべてしまう。風に乗って漂う男たちの吐き気を催すような臭いに、ほんの少しだけ感情を逆なでさせられるが、固まって生き残って居てくれた事は非常に助かる。
「おい!お前!こんな場所になんでいるんだ?」
ハゲの髭もじゃ男が聞いてくる。体だけはやたらごつごつとしているが、戦闘力を換算すればあの馬鹿の千分の一にも満たないであろう。
「私がお前たちの相手をしてあげるわ」
「はあ…商売女かおまえ」
「うそだろ!あんな美人の商売女がいるのか!」
「女は、何か月ぶりだぁ?はやくやりてえな!」
「まず!お頭を呼べ!」
「慌てなくても全員相手するから、そこに一列に並べ!」
私が言うと、男たちは急いで一列に並んだ。そこにひときわ大きく汚い男が現れる。
「お!お前か商売女は!」
「あら?お前がここの主?」
「主だと?はーはははは!なんとも上品な言い方だ!そうだ!俺が主だ」
「「「「「はははははははは!」」」」」
男たちが一斉に笑い出す。なんとも手間が省けて良い事だった。
「まあこんなところかしら」
「じゃ、じゃあ!俺から遠慮なく…」
一番前の主が、自分の腰布に手をかけてこちらに歩いてくるのが見えた。その下品な顔は本当に気分が悪くなるほど汚らわしく、少しでも見ていたくはなかった。私があたりを見渡すと、丁度良い太さと長さの木がそびえたっている。
「あれがいいわね」
シュッ!ボッ!
「なんだ?」
私が一瞬で木を切り倒し、先を槍のように研いだのだが男は錯覚だと思ったのだろう。
「さて」
私は、その十数メートルある木で作った即席の槍の先端を、ぴたりと一列に並ぶ男たちに向けた。
ドン!
刹那、一番後ろの男まで綺麗に串刺しにした。
「ぐぇ」
「おごっ」
「ぐはっ」
びちゃびちゃと血を流しながら、数十人が圧縮されるようにくっついて木で串刺しにされる。
ドシュッ!
私はそれを持ったまま、夜空に飛びあがり一気に聖都に戻る。聖都に戻ると多くの墓穴が掘られており、死体が放り込まれるのを待っていた。私は上空で剣の露を振り払うように、大木を振り払った。すると腹に穴をあけた盗賊たちが、一気に地面にぶつかってひしゃげる。
《シャーミリア様!ありがとうございます!》
《これと魔導士や騎士の遺体を混ぜて》
《はい》
マキーナに念話で伝え私はすぐさま、違う森へと飛ぶ。次の森にはなかなか盗賊は見当たらなかった。大木の串をわきに抱え、上空から見ていると大型の魔獣らしき生命反応を捕らえた。
ドン!
そこは崖の麓にある洞窟だった。洞窟の入り口に立って中を探ると大型魔獣の反応が三つあった。
「どうやら、巣の中で眠っているようね」
私はその洞窟の奥まで入り込んだ。すると中には中型のレッドベアーが居た。レッドベアーは私が入り込んで来たことに気が付き警戒し始める。
ぐるるるるるるる
いきなりの訪問者に殺気立っているようだった。
シュッ
私は脇に抱えていた大木の槍をレッドベアーに投擲し、二匹を一気に貫いた。もう一匹はどうやらその攻撃から外れ生き残ったようだ。
「子供ね…」
子供まで狩ってしまえば、このあたりの魔獣が減ってしまう可能性があるため、そのままにしておくことにした。私は二匹が刺さっている木を持ち上げて、すぐに洞窟の入り口から外に出る。
「まあまあの大きさかしら」
七メートルと五メートルくらいのクマが木に串刺しになっている。
「これなら人間数人分の残骸にはなるわ」
すぐさま大木を抱えてファートリア聖都へと飛ぶのだった。私が戻ると、既に先ほど狩ってきた盗賊は魔法使いとまぜられて皆埋葬されていた。すぐさま上空からレッドベアーを振り下ろす。
《それを分解すれば何人か分の人間の肉になる、それもまぜて埋葬しなさい》
《かしこまりました!》
数回の作業で必要とされる人数分の、肉塊を手に入れる事が出来た。そのまま二人の埋葬も手伝い、夜のうちに必要分の墓標を作る事が出来たのだった。
「これでいいかしら?」
立ち並ぶ墓標を見て、私がマキーナに問うと彼女はすぐに答えた。
「十分ではないかと思われます」
マキーナがきびきびと答えたのに対し、ファントムは何の反応もない。それもまた面白くなかった。思考をしないのはハイグールなので仕方がない事だが、ここまでノロノロされると感情を逆なでされてしまう。
「ウスノロ!すべてを吸収しな!」
私が指示を出すと、ファントムが一気に大量の異世界の魔法使いと、強い魔法使いの死体を吸引し始める。異世界の魔法使いの死体をこんなに大量に吸収できるのは僥倖だ。
「よし」
すべての死体を吸い込み終えたファントムに異変が起きた。なにか震えているように見える、反応の少ないコイツにしてみれば珍しい事だった。
「どうした?」
バグゥウン!
ファントムから、いきなり波打つような魔力が広がった。
「やはり異世界人の魔法使いは桁が違う」
私はつい嬉しくなってマキーナに言う。
「はい。そのようです」
マキーナも驚いたようにファントムを見ている。明らかにファントムが変わりつつあるようだった。そこで私は一つの閃きを得た。
ズボッ!
すぐさまファントムの胸の辺りに手刀を突きさす。
ゴボンゴボン!ズリュゥゥゥ!
「はぁはぁ。異世界人の魔力は凄まじい…」
ファントムに自分の血を送り込むだけで、かなりの魔力も吸い取られてしまったようだ。今までの死体吸収とは一味も二味も違う。
「フフ…これでご主人様も驚くわ…」
「はい!楽しみでございます」
意図していなかった産物に、自分の胸が躍るのを感じた。聖女の浄化が無ければかなりの効果が見込めただけに残念な気持ちも残るが、これならばご主人様も納得してくれるだろう。
全ての作業を終えた頃には、薄っすらと東の空が青くなってきていた。