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第704話 強制送還

ざわついている少年少女たちは、俺達が到着しても静かになる事は無かった。自分達がどうなるのか不安で仕方ないのだろう。時計を見れば六時三十分を回って太陽が沈み始めていた。


アトム神が不服そうな顔で俺に近づいて来る。


「ほれ!急がんか!全く最後まで要領の悪い奴じゃ!」


いきなりアトム神に怒られた。


「すみません、アトム神様。そう言えば一つお聞きしたかったことがあるんです」


「なんじゃ?」


「エドハイラやイショウキリヤは、光柱から出て来た異世界人ではありません。彼らは元の世界に戻れるのでしょうか?」


もしそうならば彼らにもきっちりと話をつけておく必要がある。


「いや帰れんぞ?」


「えっ?」


「聖都最下層にある魔法陣は、余が書いたものではない」


マジかよ…アトム神が書いたって言ってなかったっけ?いや…言ってないな。俺はてっきり、今回一緒に帰れるものだと思っていた…それはそれで伝えないといけないよな…。


「ハイラさん!キリヤ!来てくれ!」


「「はい!」」


エドハイラとイショウキリヤと他三人が俺の元にやってくる。彼らに話したらガッカリされるんじゃないだろうか?


「えっと…時間がないから手短かに言うけど、君たちは今回の受体では日本に帰れないそうだ。あの地下にあった魔法陣はアトム神が書いたものではないとのことだ」


「…そうなのですね」


エドハイラが少し目を伏せた。俺は申し訳ない気持ちになる。


「期待させて悪かった」


「いいえ。ラウル様は私達に帰れるとは、一言も言ってませんでしたから大丈夫です」


ハイラが苦笑いをしながら言う。


「そうです!それに自分らはラウル様のために奉仕するという使命があります!」

「そのとおりです!」

「まだお側に居させてください」

「迷惑でしょうか!!」


イショウキリヤ、ナガセハルト、キチョウカナデ、ホウジョウマコが生き生きと話す。しかしこの状況ではそれは不自然だった。彼らの様子をみていたアトム神が怪訝な顔をする。


「なんじゃ?普通は残念がるところじゃろ?」


アトム神が言う。


「いいえ!私たちはまだまだ尽くし足りておりません!」


キリヤがはつらつと言った。


「……」


アトム神が何かに気が付いたのか、俺をジト目で横から見つめている。


「ま、まあ…うれしいがな!君らの気持ちは本当にありがたい!今回は帰れないが、チャンスは必ずある。俺とモーリス先生がその謎を必ずひも解くからな!それまでぜひ協力してくれたまえ!はははは!」


「「「「はい!」」」」


四人が元気に答えるが、エドハイラはそれを見て目を丸くしている。


「みんな…本当に変わってしまって…」


「そうかな?だとすれば、彼らはたぶん、こちらの世界でとてつもなく苦労をしたんだろう。その経験が彼らの中で何かを変えたのかもしれないね」


「まあ…そうですね」


エドハイラも何か腑に落ちない様子だ。しかしこれが彼らの素なのだ。別に演技をしているわけでもなく、心から俺に尽くしたいと思っているだけだ。何故なら俺が、彼らの魂核を書き換えてしまったのだから。


「それはともかく!もう時間がありません!」


「それはそうじゃ」


俺は慌てて異世界の少年少女のもとへと走る。


「みんなここまで大変だったね!こんな訳の分からない世界に呼ばれて、いきなり戦わされたり、戦場に放り込まれて怖い思いをしたり…。でももうすぐ君たちは元の世界に戻れるんだ!」


俺が大きな声で話し始めると、一斉に少年少女の意識が俺に向いた。ざわついていた場が鎮まる。皆が俺の次の言葉を待っていた。


「そしてみんなに一つだけ誓ってほしいことがある。日本に帰ってもその力を行使しないでほしいんだ!その力は日本…いや世界全体の脅威になるだろう。そうなると、研究のために捕らえられるかもしれない、もしくは軍事利用されるかもしれない。モルモットなんかになりたくないだろう?」


再びざわつき始めた。


「みんな!」


その時、礼一郎が立ち上がって声を張り上げると、全員が礼一郎を見た。


「せっかく平和な世界に戻れるんだ!自らまた怖い思いをすることは無いんだ!俺はこの世界に来てたくさんの人が死ぬのを見てきた!その力を封印してしまうべきだと思う!」


そうそう。その通り、あっちの世界で魔法なんて使ったら危なくてしょうがない。


「あの!」


阿久津の取り巻きだった男が手を上げた。


「なんです?」


「でも向こうの世界で自分の身を守らなきゃいけない時があるかもしれない。どうしてもこの力に頼ってしまうことだってあるんじゃないかな?」


「…それは、それぞれの判断になると思うけど…」


礼一郎ももしかしたら、同じ気持ちがあるのかもしれない。せっかく特別な力を持ったんだ、それを使ってみたくなるのは人間の性だ。だがこのまま向こうの世界に送るわけにはいかない。


俺が話に割って入る。


「まってくれ!確かに君の気持ちは分かる!だけど本当に危険なんだよ。もしかしたらその力を行使する事で、再びこちらの世界に戻ってしまう事もあり得る。そうなれば次に日本に帰れるかどうかは分からないんだ!」


「俺は誓います」

「俺も」


礼一郎が言うと貴晴も賛同した。


「えーっ、でもこの力便利なんだよなあ…人が言う事聞くし、イケメン居たら使いたいなって思う」


阿久津の取り巻きだった女子高生が言った。するとおとなしそうな少年少女たちが口を開いた。


「俺もそう思う!」

「僕も使いたい!」

「私も!この力があればイジメられない!」

「俺もだ!」

「私もうイジメられたくない!」


どうやらここに居る子らは全員、心に傷を負っている子達のようだ。しかし阿久津の取り巻きだった子達は、いじめる側のヤツラだった気がする。


うーん…どうしよう…このままじゃ、日本で大惨事が起きるのを回避できなそうだ。


「それじゃあダメなんだよ…」


礼一郎が悔しそうな表情を浮かべる。この短時間で全員を説得するなんて不可能なのかもしれない。


「確かにその魔法は君たちのものだ。魔法を使うも使わないも君たち次第という事になるだろう。だがそれを使って楽をしたり、人を従わせたり恐怖で縛りつけるようなことをすれば、必ず自分に返ってくるんだよ。いくらここで言っても分からないと思うが、人を傷つけてしまったらもう取り返しがつかなくなるんだよ」


ざわざわざわざわ


やっぱダメかなぁ…


「もうそろそろ太陽が地平に沈むのじゃ」


モーリス先生が俺に伝えてくる。


「ふぅ…そうですね。残念ながら時間がなかったです」


俺もそう言うしかなかった。


「あの!俺は、俺達は絶対に約束を守ります!」


礼一郎の言葉はとても力強かった。それを聞いた俺は、礼一郎の耳元で囁いた。


「お前は…貴晴を助けてやれ」


「えっ…」


礼一郎は少し驚いたような表情で俺を見た。俺は礼一郎の肩をポンッと叩く。


《アナミス!礼一郎以外の記憶を消す!》


《既に準備は出来ております》


アナミスがふわりとやって来た。俺はアナミスの肩に手を回して、魔力を注ぎ込むのだった。アナミスは周辺に赤紫のモヤを広げていく。もちろん魂核までは書き換えないが、この世界に来た記憶を完全に変換しようと思う。


「陽が沈むのじゃ…」


モーリス先生がつぶやくのを聞いて、俺はすぐさまアウロラを探す。


「アウロラ!おいで!」


「はい!」


アウロラが俺の腕に飛び込む。やはり受体が怖くて仕方なかったようで、体を震わせていた。


「では…アトム神様。これまでありがとうございました」


「まったくギリギリまで余を困らせおって」


「本当に感謝しております」


「ふん!お前を助けようと思ったわけではないわ!このアウロラと、そして異世界の人間…あとはこの世界の人間のためよ!魔人などのために力を貸したわけではない!」


最後の最後まで憎まれ口を叩く座敷童…もといアトム神だった。


アナミスが俺の方を向いている。


《ラウル様、異世界人のこちらの世界の記憶を全て消しました》


念話で全異世界人の記憶を消したことを伝えて来た。


《わかった。これで日本は救われる》


《はい》


アナミスから異世界の少年少女の記憶を消したことを聞き安心した。すぐにアトム神に最後の言葉を伝える。


「最後までお付き合いただき、本当にありがとうございました」


俺は深々とアトム神に頭を下げた。


「うむ。アウロラの世を!次の世界を頼んだのじゃ!お前の力ならばできるじゃろう。新世界はきっと素晴らしい世になるであろう」


アトム神も今までの憎まれ口を消して、俺を信頼するようなひと言をくれた。


「ありがとうございま…」


俺がありがとうございますを言い終える前に、スゥっとアトム神が消えて行った。あっけなく消えたと思ったら、俺の腕の中でアウロラが輝き始める。


「お兄ちゃん!怖い!」


「大丈夫だ!」


俺はアウロラをぎゅっと抱きしめて、その震えを鎮めてやった。


……


少年少女たちは既にアナミスが記憶を消去してしまったため、ここがどこか分からないようなキョトンとした顔をして、周りをきょろきょろと見回している。記憶の消去は全て成功したようだ。礼一郎だけを除いて。


「礼一郎!頑張れよ!」


俺は最後に礼一郎へ声をかけた。


「はい!このご恩は一生わすれ…」


礼一郎は青く光り輝きはじめ手をあげると、ふわりと光の粒子を残して消え去ってしまった。それと同時に貴晴も光の粒子となって消え、異世界人の少年少女も皆消えてしまった。その地には青い光の残滓が淡く輝いていた。


「綺麗…」


カトリーヌがつぶやく。


「本当ですね」


マリアが言った。


「あのように向こうに行くんですね」


残ったハイラが言う。


そこにいた皆が、暗くなっていく聖都の広場に、青く残る光の揺らぎを見つめていた。まるで蛍のような光が、そこに魂があった事を証明しているようだった。確かに彼らはこの地に居て、大変な思いをしていったのだ。


《彼らの魂には、ここでの経験が深く刻まれているだろうな》


《はい》


アナミスが答えた。


《生き残った彼らの糧になるように祈るばかりだ》


《もちろんラウル様のそのお気持ちは、彼らの魂に届くはずです》


慰めるようにアナミスが言った。


「お兄ちゃん光柱が…」


俺の腕の中でアウロラが天を指さした。光柱がより一層強く輝きながら、暗くなっていく夜空に昇って行くのだった。しばらくはそこにいる全員が、その美しい神秘的な光景を見つめていた。


この異世界人の転移騒動は、これですべて終わった。もう二度とこのような悲劇を繰り返してはいけない。この戦いでたくさんの日本人と魔人、ファートリア人が死んだ。世界が変わる歪に巻き込まれて死んだ者達へ、俺は深い祈りを捧げるのだった。


「お兄ちゃん…」


アウロラが不安そうに俺を見る。


「安心しろ、アウロラ。受体はもう終わったよ」


気配は間違いなく、オージェやエミルやグレースと同じものになった。


「なんか人の想いがたくさん流れ込んできたみたい」


「そうか…それで何か変わったか?」


「ううん…ただ…」


「ただ?」


「ハイラたちは残ったんだね?」


「ああ、彼女らは俺とモーリス先生で何とかするつもりだ」


「そう…」


アウロラがほっとしたような顔をした。もしかするとたくさんの異世界人が日本に帰ったのを見て、日本を思い出しているのかもしれない。アウロラが転生してしまった理由を聞いてはいないが、俺達と同じであれば恐らく向こうの世界で死んだのだろう。


そう考えると、俺はアウロラがとても可哀想に思えてしまった。


「母さんの所に行こう…」


「うん」


ようやく全てが終わった事で安堵したのか、アウロラは俺の腕の中で眠りについた。

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