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第702話 影武者

俺の背中にピリピリと電流が走るようだった。こめかみに一筋の汗が流れる。


《このタイミングで来るか…!》


《いかがなさいましょう》


シャーミリアが冷静に指示を仰いでくる。


《気配感知でバティンを探れるか?》


《申し訳ございません。光柱の影響もあり何処にいるのか掌握できません》


《そうか》


目の前では阿久津の闇魔法がうねっている。コイツの突破口が見つからないまま、時間は刻一刻と過ぎていく。日没まであと僅か。そんな時にバティンの襲撃とは…


「あっはっはっはっ!一気に形勢逆転じゃねぇかよ!」


阿久津が勝ち誇ったように言う。実際の所は、もう異世界の少年少女の事など諦めてもいい。だが、日本が…いやあちらの世界が滅茶苦茶になる事は避けたかった。


どうするか…


《ご主人様。バティンの攻撃なら私奴が見極められます。この転移魔法の異世界人に集中してよろしいかと》


確かにシャーミリアが居れば、バティンの攻撃は俺には届かない。だが、俺が恐れているのはその刃がアウロラに向かう事だ。バティンは、アウロラが標的だということに気づいているのだろうか。それは分からないが、今はバティンの意識を俺に集中させる必要があった。


「おい、阿久津よ。おまえ本当に形勢逆転したと思ってんのか?」


俺はひときわ大きな声で話す。


「そりゃそうだろうよ!俺に手も足も出ないうえにあの双子の女の子だぞ。どうする事も出来ねえくせに適当な事言ってんじゃねえ」


どうやらバティンをかなり評価しているようだが、あれを人間の魔法使いだと思っているのかもしれない。


「言っておくがあれは人間じゃないぞ。あれは悪魔の類だ」


「騙されねえぞ!」


目の前の暗闇の中から焦る阿久津が叫ぶ。


「もう一つ言っておくが、バティンの攻撃は俺達には効かないぞ。何の目的でここに現れたか分からないが、恐らくは苦し紛れの行動だろ」


「そんなわけねえ」


「いや。もう一人の火を使うやつは殺したし、俺達の脅威となるやつは、もう此処にはいないだろう」


「火の奴を…殺した?」


「人間の建物に放火しまくってたからな。死刑だろそんなやつ」


「……」


俺が話した言葉は、阿久津に語り掛けたものではなかった。どこかに潜んでいるバティンに聞かせるために話している。とりわけ大きな声で話したのだ、やつにも聞こえているはずだ。


シュッ


ガッキキィィィン!!


突然、俺の言葉をかき消すように斬月刃が飛んできた。瞬時にシャーミリアが爪で受け流して防いだ。やはり俺達の会話を聞いているらしい。挑発的に話したら反応してきた。だが姿を現さないところを見ると、俺達に攻撃は通用しない事が分かっているようだ。


「バティン!お前の攻撃はもう効かないんだがな。フーとやらが死んだ今、お前に出来る事なんで無いぞ!」


今度はバティンに語り掛けるように叫んだ。


「……」


もちろん返事などするはずがなかった。恐らくバティンは、返事をすれば俺達に位置を悟られると思っている。あれはあれなりに学習して戦闘に活かしているのだろう。


しかし暗闇相手と、見えない相手に話すのもいい加減に疲れてきた。


「くその役にも立たねえな!俺達の助けになるとか言って近づいて来たくせに、結局死んじまうとかわけわかんねえぞ!」


阿久津が怒鳴っている。


「バティン!聞こえるなら今から俺が言う事を親分に伝えろ!」


「……」


やはり返事はない。


「この地を救った後に、お前達の本拠地を叩く!お前たちがどこにいるのかはもう分かっている!首を洗って待っていろ!逃げ場はないぞ!」


「……」


「そして情報を持ち帰るのも、ここで死ぬのもお前次第だ」


更に、ここにはカトリーヌとマリアとミゼッタがいる。彼女らに攻撃が及んだ場合、守り切れない。とにかくうまく騙してバティンをここから離脱させたかった。


「逃げるなよ!俺達と一緒に戦うっつったよな!」


阿久津がバティンに聞こえるように叫んでいた。


「まあ好きにしろ!」


本音を言えばここでバティンを仕留めておきたかった。アイツに情報を持って行かせるわけにはいかない。だがアウロラがこの街に来ている以上、速やかに撤退してもらうのが最善だった。


俺の額と背中には冷や汗が流れていた。


「私だ!」


ん?


いきなりミゼッタが叫び出した。


「私がお前たちの狙う神子だ!」


ミゼッタ?!突然何を言い出すんだ?!


シュッ!ガッキィンッ!


ミゼッタの前でシャーミリアが斬月刃を受け流した。だが、矢継ぎ早に斬月刃がミゼッタに襲いかかる。シャーミリアはそこにくぎ付けになる。


「ミゼッタ…」


ミゼッタの意図が痛いほど分かる。ミゼッタは自分を囮にして、アウロラに敵の刃が向かないようにしてくれたのだ。だが俺はミゼッタにも死んでほしくはない。アウロラの影武者を買って出てくれたが、無茶はしないでほしいというのが真意だった。


《シャーミリアは集中してミゼッタを守れ》


《は!》


斬月刃がひっきりなしにミゼッタを襲うが、本気のシャーミリアの防御を突破できるはずもなかった。しかしこれでバティンの意識はミゼッタにくぎ付けになった。


「なんだよ!そんなとこにターゲットがいたのかよ!笑えるぜ!一人殺せばかなりこっちに有利になるとか言ってたしな!」


阿久津が吠える。


《マキーナ、お前がバティンの居場所を探れるか?》


《善処します》


シュッ!とマキーナが消える。


《アナミスは倒れた少年少女の魅了を解き、カトリーヌとマリアと共に連れ出してくれ》


《はい!》


アナミスが倒れている子達に赤紫のモヤを漂わせるのだった。


「礼一郎。向こうでコイツと何があったかはよくわからんが、もう諦めるんだ。そしてこのまま時間がくればお前たちは、あちらの世界に行く。次は負けるなよ」


俺が礼一郎に言い聞かせるように言うと、彼は俺を見て頷いた。


「はーっはっはっ!負けるなだと!こいつが俺にかなうわけねぇだろ!」


「礼一郎聞くな」


「こいつは親友を殺したんだ!親友殺しの烙印を押されたヤツは、あっちの世界に戻っても一生引きずっていかなければならないんだ!汚らわしい裏切者の烙印をな!」


「うるさい!」


今の阿久津の言葉で、礼一郎の思念のような物がメラメラと燃え上がってくるのが分かる。まるで目に見えるオーラのように礼一郎を包み込んだ。


「礼一郎、冷静になれ」


「百パーセントお前がやったんだからな!俺は一切悪くないぞ!おまえがやったんだ!」


どうやら阿久津は自分がやったんじゃないと、自分に言い聞かせているようにも聞こえてきた。恐らくはこいつにも罪の意識があるのかもしれない。


「殺す!」


「礼一郎、聞くな!」


礼一郎の魔力が爆発しそうに膨れ上がっているのが俺にもわかった。押さえ込む俺の腕の中で、暴走しそうになっているようだ。


「私が!」


ミゼッタが叫んだ!なにをするのか分からなかった。いきなりミゼッタは闇に向かって両腕をかざした。ミゼッタの周りを粒子のような物が回り出し、それがどんどん加速していく。


「シャーミリア!離れろ!」


あの光はシャーミリアには危険だと判断した俺は、鋭く指示を出した。更に強い光がミゼッタを包み込み、どこにいるのか分からなくなった。


シャァァァァァァン!


光の波動がまるで光線のように、闇魔法に向かって放出される。


「見えない!」


パン!


いきなり光が消えた。それと同時に…


闇魔法も消えた。


その中心に阿久津と取り巻きたちが立っている。


「へっ?」


阿久津が間抜けな声を出した。


「と、解けた?」

「本当だ」

「に、逃げろ!」


阿久津の周りにいた取り巻きたちが、一斉に阿久津から離れて逃げ出した。


「なん…?」


阿久津は自分に起きた出来事を理解できていないようだった。ミゼッタの光魔法が阿久津の闇魔法を追い払った、光の強い魔法で闇魔法を打ち消してしまったのだ。


「うう…」


バタっとミゼッタが倒れる。ミゼッタの腹は斬月刃で切り裂かれていた。


頑張ったよ…


そんな表情でミゼッタが俺を見ている。


「ミゼッタ!」


俺は礼一郎から離れるとミゼッタに駆け寄った。シャーミリアをミゼッタの光魔法から遠ざけたことによって、バティンの斬月刃を防ぐ者がいなくなり切り裂かれてしまったのだ。


「なんて無茶をしたんだ!」


「あっ…あ…」


ミゼッタは虫の息となっていた。俺は、血に染まり震えているミゼッタの手を取る。


「ファントム!」


エリクサーを持ってこさせるために、急いでファントムを呼び寄せた。


ガキィィィィ!


再び斬月刃が俺達を襲い始めるが、シャーミリアはそれを防ぐ。


「ラウル様…ゴフッ!」


「ミゼッタ!しゃべるな!」


「良かった…私…役に立った…」


「十分やってくれたよ!」


「私…ほんとに…ありがと…」


パサッ!とミゼッタの手が俺の手から滑り落ちた。


「ミゼッタ!」


動脈を斬られたらしく、出血がひどかった。


「ファントム!エリクサーをありったけ出せ!」


ファントムがポロポロとエリクサーを出し、片っ端からミゼッタにかけていく。シュウシュウと音を立てて傷が塞がり、飛び出た内臓も全てもとに戻っていく。だが脈が戻らない。出血しすぎたのか…死んでしまった。


「おい!ミゼッタ!」


ミゼッタの可愛い顔が真っ白になり、精気が無くなっていく。あの天真爛漫の笑顔のまま動かなくなってしまった。


「戻ってこい!おい!ゴーグに会うために来たんだろ!」


俺はミゼッタを抱き上げて語り掛ける。


「ひゃーっはっはっはっはっ!全然守れてねえじゃん!攻撃なんか効かねえとか言ってなかったか!死んじまったじゃねえかよ!」


阿久津が馬鹿にしたように言う。


「黙れ!」


俺が阿久津を睨むと、また一つの厄介ごとが起きていた。礼一郎が阿久津に向かって両手を上げて、魔法を発動させようとしているのだった。


「礼一郎!やめろ!殺すな!」


礼一郎に日本人を殺させるわけにはいかない。コイツは俺の部下達を殺したが、同郷の人間にまで手を下してはいけない。もし阿久津を殺すようなことがあれば、向こうの世界に戻っても人を殺すかもしれない。とにかく日本人を殺してはダメだ!


シュゥシュゥシュゥ!


礼一郎の魔力は既に暴発寸前だった。このままでは阿久津を殺してしまう!


その時だった!シュッ!と阿久津が転移魔法で逃げた。


しかし…


ドン! ドサッ!


「あれ?」


阿久津が呆けた顔をしている。一瞬消えたが上空で何かにぶつかるように止まり、落ちて来たのだった。


「間に合ったのじゃ!」


モーリス先生が魔法の杖をかざして、結界を張って逃亡を防いでいたのだった。転移魔法の封じ込めを、ずっと考えていたようだが上手くいったようだ。


「くそ!」


阿久津が吠えてまた消えるが、再びぶつかり落ちて来る。何度やっても同じことだ。


「ちくしょおぉぉぉ!」


阿久津が叫ぶ。


そして礼一郎の魔力は膨れ上がり、制御できないほどになっている。


「礼一郎!やめるんだ!結界で魔力が跳ね返るぞ!」


俺が言うも既に聞こえていなかった。礼一郎は血走った目で阿久津を睨みつけている。怒りで周りが見えていない。


その時、


バタン!


いきなりモーリス先生が倒れてしまった。先ほどのフーとの戦いで水を大量に出したために、魔力を使い切ってゼロになってしまったらしい。


その瞬間結界が解かれてしまう。


パン!


銃声が響く。


ドサッ!


阿久津は糸が切れた人形のように倒れた。


俺は手にコルトガバメントを握りしめ、阿久津は眉間に穴を空けて倒れていた。礼一郎が阿久津を殺す前に俺が処刑したのだった。だが既に礼一郎の魔力は膨れ上がるだけ膨れ上がり、制御が出来なくなっているようだ。


「あ…あ…おれ…」


礼一郎は制御できない魔力をどうしていいのか分からなくなっていた。


バシュン!


だが一瞬にしてその魔力が消え去る。礼一郎は魔力を使い果たしてその場にへたり込んだ。


「やれやれ人間は世話が焼けるのう。余が来なんだら、こやつは破裂しとったぞ」


礼一郎の後ろには、アトム神が立っていた。どうやらアトム神がどうにかして、礼一郎の魔力を鎮め無効化したらしい。


「この子もじゃな」


アトム神は死んだミゼッタの所に歩み寄って、ふぅっと息を吹きかけた。


すると…


スゥゥウ!とミゼッタが勢いよく息を吸い込んで呼吸を始めた。


「魂を戻してやったのじゃ。余が来るのが遅ければ助からんかったぞ」


アトム神がそう言った。


「ご主人様。バティンが逃げたようです」


シャーミリアが言う。どうやらこの状況にバティンは不利と判断し、逃げてしまったようだ。


俺は急いでアトム神のもとに歩み寄って跪いた。


「アトム神様…ミゼッタをお救い下さいまして誠にありがとうございます。このご恩は次代のアトム神を助ける事で必ずお返しいたします」


「あたりまえじゃ!ただで助けるわけなかろう!」


いやー、ありがたいんだけどムカつく。でも本当に感謝していた。


「ラウル、そろそろ太陽が沈んでしまうようだけど」


気づけばそこにイオナが居た。上を見上げればメリュージュも来ている。


「兄ちゃん!」


アウロラがタタタタと走って俺に抱きついた。


「私、受体したらああなっちゃうのかな!?」


ああって…ああ…アトム神ね。あの傲慢な態度を見て恐れをなしたわけな…


「大丈夫だよ。アウロラはあんな風にはならないよ。お兄ちゃんが協力するからね」


「う、うん」


不安そうな顔で、アウロラがアトム神を見ている。大丈夫、グレースもエミルも全くといっていいほど人柄が変わらなかった。アウロラはアウロラなりのアトム神になると思う。たぶん…


なってほしくない!という願望をこめて俺は俺に言うのだった。

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