第70話 魔人の成長
雪中行軍で死にかけた。
凍傷はルゼミア王の回復魔法で治してもらった。蘇生はメイドのマリアとミーシャがやってくれた。二人は風呂で俺を温め続けてくれたらしい。風呂で目覚めた時、俺とふたりは裸で湯船につかっていたが・・一瞬天国かと思ったほどだった。
俺が風呂から上がって、部屋に戻るとヴァンパイアのシャーミリアとマキーナがいた。二人は俺をものすごく心配していた。
「ご主人様!なんという!!ご無事で何よりでございます!!」
「本当に・・おいたわしいお姿に。」
シャーミリアとマキーナが俺の手をとり泣いている。
「いや、それほど・・おいたわしい姿にはなっていないから大丈夫だよ。」
「まったく、オークと来たら頭まで筋肉なのだから!」
シャーミリアはオークのラーズが脳筋だと憤慨している。
「いや違うんだ、シャーミリア!俺が無理に頼んだんだよ。」
「いえ、それでもあのオークは分かっておりません。ご主人様がまだ人間の血を多く巡らせている事を知らないのです。」
「血の事は、お前たちが一番分かっているものな。」
「そんな・・滅相もございません。」
なぜかシャーミリアとマキーナが頬を赤くしている。
「そして!ご主人様をこんな目に合わせるなんて、お前は何を見張っていたんだい!?」
シャーミリアがファントムに向かって怒るが、何の反応もしない。
「いや・・シャーミリア、俺が置いてったんだ。こいつは悪くないよ。」
「ご・・ご主人様。そんな寛大なお心遣い、このようなグールにまで。」
「俺が勝手にしたことだ。そんなにこいつを責めないでやってくれ。」
「かしこまりました。とにかく夜があけるまでは私たちがここにおります。なにかございましたら、何なりとお申し付けください。」
「悪いな。」
シャーミリアとの話が終わった時だった。
コンコン!ドアがノックされた。
「入れ。」
するとそこには、ギレザムとラーズとアナミスが立っていた。すぐに3人がベッドのそばにやってきて膝をついた。
「ラウル様申し訳ありませんでした。配慮が足りませんでした。」
「いやいや、ギル!俺が頼んだことだ謝るなよ。」
「いえ、ラウル様の元始の魔人について、ラーズに説明が足りてませんでした。」
ギレザムがさらに謝ってくると、ラーズも深々と頭を下げて言う。
「申し訳ございませんでした。なんと申し開きをしてよいのやら。」
「いや!いいんだって!お前が一番気にしなくていい!俺が無理やりやったんだから。」
「そういうわけにはまいりません。責任を取らせていただきたく・・」
「だめだめ。そんなん無し無し。逆にそれをするなら俺はお前たちを配下と認めないぞ!」
「「「いや!それはご勘弁を!」」」
3人の魔人は声をそろえて俺に謝ってくる。
「まったく、あなたたちはご主人様の何をみているのかしら?」
シャーミリアがチクリと嫌味を言う。
「誠に以て申し訳ない。シャーミリアの言うとおりだ。」
ギレザムが謝った。
「いや、シャーミリアもそう言うな。俺が無理をいってやったことだ。」
「かしこまりました。」
するとギレザムがある申し出をしてくる。
「あのそれで・・このアナミスはサキュバスです。精を吸う事をしなければ、ただ良い夢をみさせるだけの事もできます。ぜひラウル様の為に力を使いたいと言っておりますので、今宵はアナミスの力で良き夢を見てはいかがでしょうか?」
「そうなの?それならお願いしようかな。」
するとアナミスが言う。
「ありがとうございます。それでは目を閉じてください。」
俺が目を閉じると・・すぐに夢の中に入るのだった・・
昨日の夜はそんなところまでは覚えていたのだが、すぐに眠ってしまったらしく、朝までぐっすりだった。
「ふう・・」
朝起きたら俺のベッドの側にはファントムが立っていた。何かが起こらないように見張っていてくれたらしい。ベッド脇にはイオナが座って俺の手を握っていた。
「母さん・・ありがとう。そしてファントムも・・俺を見張っていたのか?ありがとな。」
ファントムは何も言わずそこに立っているだけだった。
「おはようラウル、大丈夫なの?」
イオナが早速、聞いて来た。
「ああ、心配をかけてごめん。まさかこの国があんなに過酷だったとは思わなかった。」
「あなたはまったく・・心配ばかりかけて・・」
「ごめん。」
イオナは俺をぎゅっと抱きしめて、おでこにキスをした。しばらくぎゅっとされて解放された。
すると・・スンスン、とイオナが匂いを嗅ぐようなそぶりを見せる。
「ラウル・・あなたも男の子になったのですね?」
「いや男は命懸けでやらなきゃならない時も、あるなと思ってさ。」
「そうじゃなくて、気づかない?」
「なにが?」
そして次にイオナからかけられた言葉が・・衝撃だった。
「すこし匂いがするわ。」
「ん??え・・あ・・いや・・」
俺はパンツに違和感を感じた。おねしょか?おねしょしちゃったんだ!?かなりぐしょぐしょだ!シーツまでいってる!ということはアンモニア臭か?
いや・・この青臭い匂いは・・栗の・・
「あ、あわわわ!あの、あの・・」
どうやら夢○をしてしまったらしい。そういえば・・サキュバスに夢を見せられたんだったっけ。夢は全然覚えていない!というか!恥ずかしい!というか!なんだこの量は!?おねしょかと勘違いしたし!
「いや・・母さん、これは違うんだ。」
「違わないのよ。ラウルはもしかしたらよく分かっていないのね。」
いいえ!わかっています!体が一気に成長したので、ちょっと理解が追いつかないけど、前世で中学生の時になった事あります!あと・・なんじゃ!この尋常じゃない量!魔人だからか!?
「あの・・あの・・」
「大丈夫よ。男はねそういう事があるのよ。」
「あ、はい。そうですか・・は、はは。」
またイオナが俺を引き寄せてギュウっと抱きしめた。
「恥ずかしい事じゃないのよ。堂々としていなさい。」
「わ、わかりました。」
その時、コンコン!とドアがノックされた。
「はい!」
焦って必要以上に大きな声で返事をする。すると、マリアがアウロラを抱き、ミーシャとミゼッタが部屋に入ってきて周りを囲んだ。
《いやいや!うっそみたい!?なんでこんなとき女子全員で囲んでくんの!?》
「ラウル様!大丈夫ですか?」
「もう起きていられるんですか!?」
「ラウル、良かったよぉ」
3人がそれぞれに俺を心配している。だが俺は気が気じゃない。ああ、気がつくんじゃないのか?早く部屋を出て行ってもらわなくちゃ。イオナ!俺はやっぱ堂々となんて出来ない!
「ああ、大丈夫だ。ちょっと油断をして無理しすぎたかもしれないな。じゃあ後で朝食の時にでも話そうか・・」
「本当心配でしたよ!やはりラウル様は人間の部分が多いのだと思います。そして9才の子供なんです・・魔人に合わせて修行するなど無理があります!」
聞いちゃいない。それどころかマリアには叱られてしまった。
「マリアの言うとおりです。もう少し子供らしくされても良いと思いますよ!」
ミーシャにも怒られる。いや子供らしくないことが起こったんだよ!
「ラウルもせっかく本当のお父さんと巡り合ったんだから、もう少し落ち着いてお話合いとかした方がいいと思うよ。」
ミゼッタにも小言を言われた。そうだね早く落ち着きたいよ!
「でも・・うん・・みんなの言うとおりだ。」
確かに、サナリアまでの平和な暮らしが一変して逃亡や戦闘が続き、俺の感覚が戦場がえりの兵士みたいな状態になっていると思う。確か前世でもアメリカの戦争から帰ってきた兵士が、普通の暮らしに慣れるのが大変というのを聞いたことがある。もしかしたらそれと同じ心の病にかかっているのかもしれない。戦闘の音が耳から離れないし、命を奪った兵士が死ぬ瞬間をよく思い出してしまう。
「何とか気持ちを切り替えてみるよ。だから後で話しを…」
俺は9才とはいえ前世は31才だった。足すと40才になっている。今の状況はめちゃくちゃ恥ずかしい!
「本当に…。スンスン。」
「ラウル様は…クンクン。」
「ラウルそうだよ!クンカクンカ。」
あ・・・ヤバい。
「何か匂いがしませんか?」
マリアが最初に口をひらいた。
「本当ですね、なんというか・・若葉の匂い?違うかな…」
ミーシャも気がついてしまったようだった。
「おじいちゃんの家の裏に、こんな匂いのする木があったような。」
3人してスウスウと思いっきり吸い込んで確認している。
あ、あ、あう。
「あら?若葉の匂いかしらね。じゃあみんなラウルは着替えるから、食事の準備をお願いね。」
「「「はい!イオナ様。」」」
そう言って3人は部屋を出て行った。
「母さん。ありがとう。」
「すこし、焦ったわね」
「うん。」
「とにかく着替えて、洗ったほうが良いわ。」
イオナは桶にお湯を汲んできてくれた。湿らせた布で体をふき新しい服に着替えた。服はルゼミア王が用意してくれたのがあるので困らなかった。
「汚れた下着とシーツはどうしよう。」
「私が洗って、城の者に渡しておくから心配しないで。」
「助かるよ。」
「それにしてもこの量は…凄い出たわね。」
「母さん。ごめんなさい。」
「母のつとめよ」
いやあ…母親にバレるのはキッツいものがあるね。この感覚は前世もこの世界も関係ないな。
「しかし、アナミスの力は侮れないな。こんなに効果的だなんて。」
俺はすぐには食堂には向かわなかった。なんか恥ずかしかったし、気を紛らわす意味もあった。後ろにはファントムが金魚のフンの様にくっついてきている。
俺はひとつのドアをノックした。
コンコン!
「入れ。」
ガルドジンの声がしたので中にはいる。俺が訪れたのはガルドジンの部屋だった。すると今日もルゼミア王はベッドの横にいて手をにぎっていた。
「昨日は大変だったようだな。」
ガルドジンは笑って言った。
「ガル!笑い事ではないわ!アルガルドの手足は間に合わないところだったのだぞ!ガルの元配下は主人に忠実すぎるのじゃ!」
ルゼミア王がガルドジンを諌める。
「だがこうして無事に歩いているではないか。」
「まあ、そうじゃの。しかしお前はすでに妾の義理の子でもあるからの、余り心配をかけるでないわ。」
「申し訳ありませんでした。」
「で、どうしたアルガルド。」
ガルドジンが俺が来た理由を聞く。
「俺の体、特に成長についてききたいんだ。」
「なんだ?」
「なんか戦う毎に成長が進むんだけど、何か知ってるかい?
「ああ、それはお前が魔人の血をひいているからだろうな。」
「父さんもそうだった?」
「俺は争いが嫌いだったから、かなりゆっくりだったけどな。ルゼミアは俺より年上だぞ。」
「陛下が?」
「なんじゃ。知らんかったのか?妾はシャーミリアとそれほど変わらぬぞ」
そうか。でも俺は成長が早いんだから歳とっちゃうんじゃないのかな?
「俺は成長が早い気がするんですよね。」
そんな俺の疑問を察してか、ガルドジンが付け加える。
「一定までは人間よりも早く進むが、種族や生い立ちによって、ある程度のところで老いは止まるんだよ。」
「妾ももう少し成長した姿でありたかったんじゃが、こればかりは仕方がないのじゃよ。」
「そうなんですね。」
「アルガルドの場合、人間の血が色濃いからの妾達とは少し違うかもしれんがの。こればかりは分からんのじゃ。」
そうなんだ。成長が一定でないのは生い立ち・・経験の積み重ね方によるんだろうな。これを聞くとやはりこの世界には、経験値みたいなものがあることがわかる。
「人間の世界に生きてきたお前には、なかなか馴染めないかもしれないがそのうち慣れるよ。」
「はい。」
まてよ…ということは、俺はイオナやマリア、ミーシャ、ミゼッタとは違う歳の取り方をするのか?
「ところで父さんは何才なんですか?」
「160才かそこらだ、はっきりは覚えていないがな。」
見た目は30代だけどそうなんだ。
「しかしアルガルドの配下には若いのがいるぞ。」
「配下に?誰ですか?」
「ゴーグだ。」
ライカンとオーガのハーフの彼は何歳なんだろう?
「いくつなんですか?」
「3才だ」
「3さい!?」
今日一番のヒットだった。