第697話 火の一族の脅威
フーはゆっくり歩くものだと思っていたが、走ると意外にも速いことが分かった。
…くそっ!アイツ手を抜いてやがったな!
ムカつく。
「モーリス先生はどこかにつかまってください!」
「わかったのじゃ!」
M1エイブラムス戦車を一気に加速させて、瓦礫からバックで飛び出す。方向転換をする余裕がないのでそのままバックで走るが、戦車の操縦にはあまり慣れていないため、隣の建物にこすりつけながら進む。
《ご主人様!そのまま行かれると光柱がございます!》
シャーミリアがどこからか念話で伝えてくれた。だが、操縦席のペリスコープを見ても光柱は映っておらず、俺は勘で戦車の方向を変えた。急な方向転換は履帯が外れる恐れがある。急ぎながらも慎重にM1エイブラムスを操作していく。
…こんなことならサバゲばっかりやってないで、車の運転をたくさんしておけばよかった…
そんな事を考えながらもスコープを覗いて進路を探す。前方のペリスコープには炎龍が映っており、全速力のM1エイブラムスに近づいて来る。俺の操縦席での姿勢は寝ているように斜め上向きになっており、この固定された状態では咄嗟に逃げる事も出来ない。
「先生!そこの画面を見てください!」
「えっと、どれじゃ?」
「そこの椅子に座ってください!」
俺はモーリス先生を、M153 CROWS II(12.7㎜機銃を遠隔操作するシステム)に座らせた。
「お、映っておる!炎龍が迫ってきておる!」
「落ち着いてその右手の棒を握ってください」
「これじゃな」
「それを動かしてみてください」
「おお!画像が動く」
「はい、それで炎龍の後方にいるフーを見つけてください」
「わかったのじゃ!」
ウィィィィン、ウィィィ、とモーリス先生がレバーを動かして見ている。
「ダメじゃ!あの炎龍が邪魔で何も見えん!」
「では仕方ありません、そのボタンを押して攻撃してください!」
「これか?」
ガガガガガガガッ!
「どうです?」
「びくともせん。何食わぬ顔でついて来ておる!」
まずい。俺だけなら逃げる事が出来るかもしれないが、先生はあの炎龍に追いつかれたら焼け死んでしまう。
「ラウルよ、水魔法と結界でどうにかしてみよう」
「えっ?!そんなことが出来るのですか?!」
「氷槍を結界で包んで飛ばしてみよう」
「危険では?」
「このまま焼け死ぬわけにはいくまい」
ガパン!と先生がハッチを開けた。そこから杖を出して頭をぴょこッと出した。
「気を付けて!」
先生が魔法を唱えて、炎龍に向けて結界に包まれた氷槍を飛ばしてやった。
「どうです?」
ガパン!先生はハッチを締めて中に入ってくる。
「ほんのわずかじゃ、ほんのわずかに動きが鈍るだけじゃった」
「ではもう一度!」
俺は床にゴロンと主砲のHEAT弾を召喚した。
「これを装填できますか!」
「わかった!」
先生が身をかがませて砲弾を持ち上げたその時、
ガン! ゴロゴロゴロ!
戦車が何かに乗り上げ、その振動で砲弾が転げてしまった。先生も尻餅をついてあたふたしている。
「すみません!拾ってください!」
「す、すまぬ」
そして先生が砲弾を持とうと四つん這いになった。
ガン!
「あいた!」
再び何かの残骸を踏んだせいで車体が揺れ、砲弾が先生のおでこにあたる。俺が身動きできないので先生にやってもらうしかないのだが、先生の足腰の問題で上手くできない。
「急いで装填を!」
「揺れるのじゃ!」
「とにかく!お願いします!炎龍にもう少しで追いつかれてしまいます!」
「わ、分かった!」
先生がようやく砲弾を手に持って、よろよろと装填の場所に行く。
「装填してください!」
「よし!」
モーリス先生が気合を入れて砲弾を装填の穴に入れた。
「そのレバーを上げてください」
「うむ!」
ガシャンと上げて装填が完了する。
「砲座に座って撃ってください!」
モーリス先生が砲撃手の場所に座った。先生も無我夢中だったらしく、咄嗟に砲弾の引き金を引いた。
ガシュン!と弾底部が排出される。
「どうじゃ!」
「命中して爆発しましたが、炎龍は少し動きを止めただけでついてきます」
「やはり…主体が炎なのじゃろう」
「ですが、今ので距離が空きました!これに乗っていると隠れる事も出来ませんし、光柱も見えないので建物にツッコんだら降りて逃げます!」
「わかったのじゃ!」
そして俺達の乗るM1エイブラムス戦車は住宅に突っ込んだ。
「いまです!」
俺は急いで窮屈な操縦席から出ようとするが、狭いためになかなか思うようにいかない。その間にモーリス先生がハッチを開けて俺を見る。
「先生は急いで外に逃げてください!後を追います!」
「わかったのじゃ!」
モーリス先生が先に出た。俺も出ようとするが、体がひっかかってなかなか抜け出せない。恐らく焦っているために、まともな事が出来ないようだ。
「で、出れた…」
俺がハッチから身を乗り出した時、もう炎龍は目前に迫っていたのだった。
「くそ!」
俺は咄嗟に、自衛隊の護衛艦もがみを召喚するのだった。建物は一気に壊れ、俺の眼前にはもがみの船底がいっぱいに広がった。そして急いで体をM1エイブラムス戦車から出して、急いでそこを離れるのだった。133メートルもある護衛艦を召喚したために、周辺の建物もかなりの範囲で崩壊してしまった。
「もう…かまっていられない」
急いで俺が外に向かって走っていくと、モーリス先生が向かい側の瓦礫の脇からおいでおいでをしていた。
「先生!お怪我は?」
「大丈夫じゃ。しかしまたバカでかいもんを召喚したのう」
「あれは海を進む船ですよ」
「船か…。まあそのおかげで、敵はわしらを見失ったとみえる」
「ええ、この隙に態勢を整えたいと思います」
「うむ」
俺と先生は、更に瓦礫を縫うように反対側へと向かう。
「ラウル様」
「シャーミリア!」
唐突に俺の側にシャーミリアが現れてびっくりした。しかもあちこちの肌が焼けただれていて痛々しく、一部は焦げ落ちてしまっているようだ。俺はすぐさまコンバットナイフを召喚して、自分の手のひらを切り裂いた。
「なにを!?」
シャーミリアが、手から血を流す俺を見て驚いている。
「飲め!」
「ですが…」
「早く!」
シャーミリアが俺の手のひらを優しく手に取り、そして溢れる血に口をつけて飲む。するとあっという間に傷が治っていくのだった。
「あ…ありが…とうございま…す」
名残惜しそうに俺の手のひらから口を離して頭を下げる。そこにファントムとマキーナも現れた。ファントムは左腕の先が消失しており、マキーナは足が一本無くなっていた。飛んで移動して来たらしい。
「マキーナも飲め!」
「お、恐れ多いです!!」
「飲め!」
マキーナは俺の手のひらに口をつけて飲む。すると見るみるうちにマキーナの足が生えて来た。
「…はぁはぁ…あ…ありがとう…ございま‥す」
マキーナも口惜しそうに手のひらを見ている。
「ファントムは魔力を消費して良いぞ!」
「……」
俺が許可をしていないので体の補強をしていなかったが、体内に保有された魔力を使って一気に腕を生やす。
「もう一回フーに罠をかけるぞ」
「「かしこまりました」」
「どうするつもりじゃ?さっきの罠はもう見破られたぞ」
「…先生!今度は落とし穴です」
「落とし穴?」
「道幅いっぱいに深い穴を作っていただけますか?」
「それは問題ないが…」
「急ぎましょう!」
そして先生が通りに出て道幅いっぱい、深さ五メートルほどの穴を作る。
「水魔法で水をいっぱいに張れますか?」
「魔力をだいぶ消費してしまうがのう…」
「お願いします!そして薄い板のように地面を作って蓋をしてほしいのです」
「よし!わかったのじゃ!」
モーリス先生が水魔法でその穴を水でいっぱいにし、表面を土魔法で薄氷のように覆い隠した。更にカモフラージュのために砂や、細かい石を乗っける。
「ふうっ」
モーリス先生がふらりと座り込む。
「ありがとうございます!」
「わしゃ、思うように動けんかもしれん」
「十分です。マキーナ!先生をお連れして、出来るだけ遠くに逃げてくれ」
「は!」
マキーナがしゃがみ込み、モーリス先生がマキーナの背に乗る。
「わしの魔力が足りんせいで、すまんのう」
「何をおっしゃいます?こんな芸当モーリス先生以外に誰ができるのです?」
多重魔法に繊細な造形、更には魔法が使われたと分からぬような細工まで出来る魔法使いなんて、他のどこを探してもいない。
「では恩師様!まいります!」
マキーナがモーリス先生を連れて戦線を離脱した。ここまでで十分な働きを見せてくれている。ここからは俺達で何とかするしかない。
ボゴォォォォ!と護衛艦もがみの船体に穴が空いた。
「来ました」
「あの船に穴を空けるほどなのか…戦車に乗っていたら、ひとたまりもなかった…」
穴の真ん中にフーが立っている。周りをきょろきょろと見渡しているようだが、どうやら胸の傷と消し飛んだ腕のおかげでだいぶ力は低下しているようだ。
「どうかな?」
俺はM134ミニガンを召喚してファントムに渡した。俺自身にはバレットM82スナイパーライフルを召喚する。
「シャーミリアは武器を携帯しないでくれ」
「かしこまりました」
「あの炎龍から逃げ回るだけでいい。攻撃をしないで再びおびき寄せてくれるか?」
「は!」
そして瓦礫の後ろからシャーミリアが体を現す。
「あらあら、あなただいぶボロボロになったようね。ご主人様の攻撃に手も足も出ないようじゃない」
シャーミリアが思いっきり挑発する。ゴオォォォォ!と巨大な炎龍を出して、フーがシャーミリアを睨みつける。もう軽口をたたく余裕もないようだ。
「消し炭にしてやるわ!」
ゴオッ!と炎龍が再びシャーミリアに襲い掛かった。シャーミリアはそれを軽くいなして逃げ回る。武器を携帯していないためシャーミリアの反射速度は神の領域にあった。恐らく俺の血を飲んだことで、今彼女の身体能力はMAXだろう。
「あなたの攻撃などかすりもしない。そんなノロマでよく私を倒せるなどと思っているわね」
「ぐぅ!」
するとシャーミリアの周りを炎の壁が取り囲む。
「これで動きを封じたつもりかしら?」
シャーミリアが空中に飛んでその炎の壁から容易に逃げ出すのだった。炎の一族は確かに強いが、このシャーミリアを捕まえる事など到底不可能だ。そして…素晴らしい事に、シャーミリアは挑発しながらもフーをじりじりと落とし穴に導いていた。
あと、五メートル、四メートル、三メートル、二メートル、一メートル。その時フーが足を止めた。
「ふふふ、ははははははは!」
「気でも狂ったのかしら?」
「何度も同じ手を食らうと思ったのか!」
やべ!バレた!
「何を言っているのかしら?」
「こんなところに小賢しいものを仕掛けおって!」
ドン!と足を踏む降ろして、落とし穴の蓋を崩れさせた。一気に落とし穴が露わになってしまう。
《大丈夫だシャーミリア。そんなに簡単に引っかかるとは思っていないさ》
《左様でございましたか》
カチッ!俺は手に握ったC-4プラスチック爆弾の起爆装置のスイッチを入れる。
ズドン!
フーが立っている場所が一気に爆発を起こして、地面が崩れ去りフーは落とし穴に落下していった。
「ファントム!」
俺とファントムが急いで落とし穴の縁にたどり着き、攻撃を仕掛けようと下を見ると、あれだけ満タンにしていた水が既に蒸発していた。
「撃て!」
キュィィィィィィィ!とファントムのM134ミニガンがフーに掃射される。だがその弾は再び熱のベールに邪魔されて届かないのだった。
「やっと見つけたぞ!お前を連れて行く!」
炎龍が再び鎌首を持ち上げるのだった。