第695話 アトム神の受体
何故か俺がアトム神を背負わなければならなくなり、最下層から地上まで歩いて来た。皆がそれを気にしつつも後ろをついてきている。マキーナが何度か念話で俺に代わるように進言してきたが、恐らくアトム神は拒否するだろうからと、俺が断った。
「ふぅふぅ」
俺は息を切らす。
「なんじゃ!だらしないのう!」
「なんかアトム神様、見た目より重くないですか?」
「しっ、失礼な!お前は礼儀も知らんのか!」
いやいや、俺の背中で楽して上って来た奴に言われたくない。ようやく地上への出口が見えてきて、俺達はそのまま外に向かって歩いて行く。
「メリュージュさん!ありがとうございます!」
地上に出ると黒龍のメリュージュが元の場所に佇んでいた。ここから敵が侵入しないようにと見張っていてくれたのだ。
「どうやら終わったようねラウル君」
「はい、アトム神様を連れてきました」
「せ、先生!わざわざこんなところまでご足労頂いたのですか!」
アトム神が、俺の背中からメリュージュに向かって叫ぶ。
「あら、元気そうね」
「ええ、ええ!もちろん元気ですよ。先生がお越しでしたら私から出迎えましたものを!」
アトム神は何故かメリュージュには低姿勢だ。あのアグラニ迷宮で助けられてから、師弟関係になったらしい。
「いいのよ。ところでアトム神、お前はみんなの助けになるために上がって来たのよね」
「ええ!ええ!当然でございますとも!」
「なぜラウル君の背に乗っているのかしら?」
「はっ!いえ、これにはいろいろと事情が!降ろして!」
アトム神はぴょんと俺の背中から降りると、手をすり合わせながらメリュージュにへこへこしている。
「それでアウロラちゃん、これからどうなるのかしら?」
「ここに来るまでがアトム神様からのお告げでしたので、この先はよくわかっておりません」
「ならば、アトム神は、どうするのか分かっているのね?」
「も、もちろんでございます!先生!私はこれから受体の儀式を行うのです」
「ちょっと待ってください!」
俺が話を止める。
「なんじゃ!お前は黙っとれ!余と先生が話をしておるのじゃ!」
「あら?ラウル君が話したいのだからいいんじゃないの?」
メリュージュがアトム神を軽く押さえつけてくれる。
「はい!そのとおりです。どうぞどうぞ喋ってください!」
「ありがとうございます。えっと、もしかしたらこのままアウロラが受体してしまうという事でしょうか?」
「そうじゃ、おあつらえ向きに太陽が燦燦と輝いておる」
「受体すると何が起きるのですか?」
俺はこれまで三人の仲間の受体を見てきている。だから、受体してもアウロラに影響は何もない事は分かっている。だがなんとなく今ではない方が良い気がした。
「それはおぬしらにとっては良い事に決まっておろうが」
「具体的にはどのようなことですか?」
「魔人らは余の結界や、あの螺旋柱が邪魔であろう?」
アトム神が光柱を指さして言う。
まあ確かにそうだ。俺達の行動を阻害しているし、基地に温存している大隊を介入させられない。
「あれは、余が消えれば消えるのじゃ」
「マジ!」
「えっ!」
「うそ!」
「本当ですか!」
俺、モーリス先生、サイナス枢機卿、アウロラが一斉に驚いた。
「ふむ。そして螺旋柱の召喚者も全てあちらの世界とやらに戻されるじゃろうな」
「えっと…それは、アトム神様がアウロラに受体して代替わりしたらという事でしょうか?」
「そりゃそうじゃろ」
アトム神は何を当たり前のことを言っているの?と言う顔で俺達を見ている。どうやらこいつにとっては当たり前の事らしい。
「どういうことです?」
「あいかわらず勘が悪いの。あれは余が生み出した結界に包まれた者が流した涙じゃろ?余も最初は何か分からなかったが、どうやら違う世界の者を包み込んだことによって出来たのじゃ。余が代替わりすればその効力は全て無となる」
「こちらの世界に呼ばれた者はどうなるのです?」
「元の世界に戻るであろう」
なんてこったい。こんなところにこの問題を解決する奴が居たとは。だが…いろいろと聞きたいことがあるぞ。
「こちらの世界で死んだ者はどうなります?」
「残念ながら輪廻には戻らんじゃろ、死んだ者は無に帰すのじゃ」
「生きている者は?」
「戻るじゃろうな」
「えっと…こちらに渡って来た者には、魔力が備わってしまいました。それはどうなるのです?」
「なぜそうなったかは分からんが、こちらでの経験は消えんじゃろうからそのまま戻る事になるじゃろうな」
「…魔法が使えるまま元の世界に?」
「そういうことじゃ」
マジか…それはそれで問題だ。だけどこっちの世界に置いておいたら、もっとひどい事になるような気もする。
「必ずそうなりますか?」
「必ずなるじゃろな」
どうやら当然の理らしい。
「では!待っていただけないでしょうか!」
「なぜじゃ?お前たちはあの螺旋柱に困っとるのじゃろ?」
「この都市にはデモンやムスペルの一人がおります。今あの柱を解除してしまえば、あいつらは力を存分にふるうでしょう。ムスペルのフーという者はとても強いのです!出来ましたらそれとの戦いが終わるまで待ってはいただけないでしょうか!」
「なるほどの」
アトム神がチラリとメリュージュさんを見上げた。
「ラウル君の言っている事は間違ってはいないわ。おかしな気配の者が暴れているのは事実よ」
「そうですか、わかりました」
俺達はアトム神がどういう決断を下すのかを待つ。
「ふはははは、魔神よ!いや…半端な魔神の幼虫と言ったところが良いか?」
「どうとでもおっしゃってください」
「お前が困っているというのなら、その願いを叶えてやろうじゃないか!じゃが一つ願いがある!」
アトム神から願い?いったいなんだ?
「余の世代では人の信仰が弱まり、余の力は弱ってしまったのじゃ。アウロラが引き継ぐ世界になったら、人々の信仰がアウロラに集まるように仕向けてはくれんかの?」
「信仰を仕向ける?」
「むしろ、願いでもある。このとおりじゃ、この子の世になってまたアトム神の神通力が復活するように願う。それならばこの世の均衡が守られ、余計な世界からの神や人間の流入など無くなるじゃろう。余の力不足を棚に上げるようじゃが、どうか尽力してほしい」
なんと!この横柄な座敷童がとても低姿勢にお願いして来た。まさかの事態にここにいる全員が驚いている。
「どうじゃろうか?」
「もちろんですよ!アトム神様!今はまだ私の妹であるアウロラがより良き世界に導く神になるというのなら、私が悪にでも何でもなりましょう」
「今の言葉に二言は無いな?」
「ありません」
もちろんだ。アウロラのために出来る事なら俺は全力でやる。むしろアトム神に頼まれんでも、全力を尽くすつもりだ。
「それを聞いて安心した。ならば受体の時間をずらそうではないか。じゃが余の神通力もそれほど余ってはおらん、引き留められるのは太陽が沈むまでじゃ。何故なら沈むころには受体は完全に終わってしまうのじゃ」
「えっと、地下には戻れないのですか?」
「既に進み始めておる。無理じゃな」
「わかりました」
俺は皆に振り向いて言う。
「聞いたな?時間の猶予は日没まで、それまでに俺はフーとバティンを仕留める!残ったデモンが居ればそれも掃討しなくてはならない。一気に畳みかける必要があるぞ!また今聞いた話どおりなら、異世界の魔法使いは放っておいていい!勝手に向こうの世界に帰るらしいからな!あとは向こうの世界の理に沿って彼らが彼らなりに生きていくだろう!」
「わかったのじゃ!」
「うむ」
「はい」
「かしこまりました!」
「はい!」
モーリス先生、サイナス枢機卿、カーライル、マキーナ、アウロラが返事をする。
「ではメリュージュさん!ここにいる全員をみんなのもとに連れて行っていただけませんか?」
「御安い御用だわ」
「アトム神様とアウロラ、先生達は正門にいる直属の魔人たちのもとへ!マキーナは俺と共に、フーと戦っているシャーミリアの下へと向かう!」
「ラウルよ、わしも連れて行け」
「モーリス先生、危険すぎます」
「おぬしらは光柱でまともに動けまい!わしが何とか出来る事もあるのじゃ!連れていけ!」
いつになく強い口調で言う。
「‥‥わかりました。ですがとにかく後方での支援をお願いします」
「うむ」
そして俺は地下に一緒に居た少年に向かって言う。
「君は皆と一緒に行け」
「わかりました」
「ラウル様!私たちはお手伝いいたします!」
イショウキリヤ、ナガセハルト、キチョウカナデ、ホウジョウマコがそろって言う。
「お前たちはこの戦いが終われば、恐らく向こうの世界に戻るだろう。この世界のために命を散らす必要はない、気持ちはありがたいが皆と共に行ってくれ」
「しかし!」
やっぱり魂核を書き換えて、俺を全面的にバックアップするようになっているため守りたいという気持ちが強く働いているようだ。
「良いんだ…君らには本来の君らの人生がある。ここは俺の言う事を聞いて欲しい」
「…分かりました…」
イショウキリヤが言うと皆が頷いた。
「では!メリュージュさん!この人たちを連れて行ってください!」
「わかったわ。ラウル君、無理だけはしないでね。何かあったらオージェに怒られちゃう」
「もちろん無理はしません」
「おにいちゃん!絶対にやっつけて!」
「もちろんだ」
「あまり役に立てず申し訳ない」
「枢機卿には十分やっていただいています」
「御武運を」
「ああ、カーライル。よく枢機卿を守ってくれた、後はゆっくり休んでくれていいぞ」
「はは、まったくお優しい。とにかく死んではなりません!ラウル様を待つ人は多いのです」
「わかったよ」
そう言って彼らはメリュージュの背に乗って飛び去って行った。タイムリミットは今日の太陽が浮いている時間。急がねばあのフーの力が開放される可能性が高い。
「行くぞ!」
「は!」
俺とマキーナは煙の上がる都市の中心部に向かって走り出すのだった。するとひときわ大きい戦闘音が耳に入ってくる。間違いなくその方角でシャーミリアとファントムがフーと戦っている。
「こっちだ!」
「は!」
焼け焦げた街なかを走ると、あちこちで異世界人がウロウロしているのが分かった。多くの光柱が発動したのか、あの転移魔法使いによって送り込まれたやつが居るのか。だが最初の計画通り、すべての異世界人は無視する事にした。
ズガガガガガ!ドゴン!ズボォォ!とその戦闘音が大きくなってきた。
俺とマキーナが光柱を避けながら走り続け、街角を曲がると、その先で派手に戦闘が繰り広げられていた。
「よし!まだ持ちこたえているぞ」
「急ぎましょう!」
「おう!」
俺とマキーナが見る先では、フーを相手にシャーミリアとファントムが必死に戦っていた。
《シャーミリア!良く持ちこたえた!》
《ご主人様!申し訳ございません!不甲斐ない結果となっております!》
シャーミリアは余裕がなかった。
「くっ!」
辺り一面が火の海になっていて近づく事が出来ない。
「私が!」
マキーナだけが突っこんでいく。
「マジか…」
よく見ればシャーミリアは全身のあちこちが黒焦げで、ファントムは左腕の肘から先がなくなっている。それだけでも相手の力量が半端ない事がわかる。まさかあの二人がここまで追いつめられるとは思っていなかった。
「どうするか…」
火の一族の弱点…あの高熱のベールさえ突破出来れば…
よく見ればフーの体にも傷がついているようだった。シャーミリアとファントムの決死の攻撃がどうやら少しは入ったようだ。
「くそっ!なにか方法はないか!!」
俺は自分の兵器データベースから通用しそうな武器を探し始めるのだった。