第693話 衝撃の真実
フレイムデモンの残骸が散乱している地下の大部屋に俺達がいた。相変わらず巨大魔石がクルクルと回っているが、これはアトム神の結界である。アウロラが先を急ごうとするが、何があるか分からないので俺が手を繋いで連れて行く。
「足元に気を付けるんだよ」
「わかってる」
なるほど、アウロラはアウロラであっても幼女ではない。とてもきっぱりとした答えが返ってくる。俺達の後ろにはモーリス先生とサイナス枢機卿とカーライルがいて、マキーナが空中を飛んで何かが起きた時にすぐに対応できるような体制をとっていた。
「サイナスおじいちゃん」
アウロラが呼ぶ。
「なにかな」
「こっちへ」
「分かったのじゃ」
アウロラがサイナス枢機卿においでおいでして枢機卿が来る。アウロラが俺の手を解いて枢機卿の手をとり魔石の真下に行った。
「サイナスおじいちゃん。お願いします」
「ん?なにがじゃ?」
アウロラがサイナス枢機卿に何かをお願いするが、サイナス枢機卿には何のことか分からないようだった。それもそのはず、『この』アウロラとサイナス枢機卿はほとんど話をした事がない。
「あの、えっと…それでは私が来た事をアトム神様にお伝えください」
「ん?伝えれば良いのかい?」
「はい」
「アトム神様に?」
「はい」
「コホン!」
サイナス枢機卿が魔石を見上げて言う。
「えー、こちらがユークリットの女神の娘のアウロラでございます!」
特に何か変化する事も無く、今まで通り魔石がクルクルと回っていた。
…いや…少しずつ光が増して来た。
「お!光って来たぞ」
「そのようじゃな」
俺とモーリス先生はいつでもアウロラたちを守れる体制を取り、すぐ後方について備えている。
「ふぅ…」
その時だった…
ストン!と飛んでいたマキーナが地面に降りて来てしまう。
「どうした?マキーナ大丈夫か?」
「申し訳ございません…あの光は私には強すぎるようです」
「ちょっとまってろ」
すぐにM1エイブラムス戦車を召喚してやり、ハッチをあけてやった。
「入れ」
「しかし」
「命令だ」
「かしこまりました」
マキーナはおとなしくM1エイブラムス戦車の中に入り、俺は外からハッチを締めてやった。
「確かにまぶしいな…」
確かにその光は俺にもだいぶ眩しく感じられる。なんとなく地上に立っている光柱に似ているような気がした。パアアア!っとさらに強く光り輝いた後で次第に光が収まっていく。すっかり光が収まった時にはそこに魔石は浮かんでおらず、その空中には数人の人が浮かんでいるのだった。
「あ、人が出てきた」
中に浮かんでいたのは、アトム神、ケイシー神父、ハルト、キリヤ、カナデ、マコ…そして見知らぬ少年が一人いる。アトム神以外は目をつぶって寝ているようにも思えた。それがスーッと床まで下りて来たのだった。
「ご苦労!サイナスよ!やっと余のもとへその子を連れてまいったのじゃな!」
座敷童みたいな子供がサイナス枢機卿に偉そうに言った。もちろんその座敷童とはアトム神だ。
「えっと…?」
「そなたの献身的な働きに余は満足じゃぞ!」
「ま、まあ…その」
「サイナスおじいちゃん、後は私が」
「うむ」
「私はアウロラです。アトム神様に呼ばれて来ました」
「ようやく会えたの。とても愛らしい子じゃな、あのどんくさい義理の兄とはまったくちがうのう。まあ義理の兄とは名ばかりの、世を忍ぶ借りの姿ではあるがの。美しいと言われるユークリットの女神に産ませて良かったのじゃ。余に似て美しいわい」
アトム神がアウロラを見つめてそう言う。
いやお前は座敷童でこっちは天使だろ。それに世を忍ぶ借りの姿って、ロックをやってる悪魔じゃないんだから…
「えーっとすみませんアトム神様。どんくさい兄の私がここにおりますが?」
俺が手を上げてアトム神に言う。
「なんじゃ!おったのか!まったく察しが悪すぎて逆に驚くのじゃ、この子の守りについてもらうよう願ったが何をモタモタしておったのか」
「願った?」
「パッとせんのう!やはりお主とは話が合わん」
アトム神が何を言っているのか全く分からなかった。一体なんで俺は怒られているのだろう。勝手に怒っているようでムカつく。
「あのー、おっしゃってることがさっぱりわかりません」
「もうよい!さがれ!…いや…まあ…ここまで守り通して来たのじゃろうから、それは認めるのじゃがの」
「守り通して来た?アウロラをですか?」
「他に誰がおる!」
「アトム神様に、アウロラを守れなどと言われた記憶はないのですが」
「…なんじゃ!お前は覚醒もしておらんのか!」
「えっと…なるほど…」
コイツは俺の正体を、疾っくの疾うに知っているという事だ。バレないようになんて勝手に思っていた俺が馬鹿だった。そしてやはりアトム神と魔神は犬猿の仲だ。
「ふん!なんでか知らんがお前には、龍神、虹蛇、精霊神ともまた違う要因があるようじゃがの」
コイツは何をごちゃごちゃ言っとるんじゃ!地上では今、仲間達が必死に戦っているというのに!とにかくさっさとここを出て仲間を助けに行かねばならない!
「なんだか分かりませんが、急ぎません?仲間が地上で戦っているんですよ?」
バカなの?死ぬの?
「おぬしが覚醒しておらんからじゃろ!腑抜けが!」
「……まあ、いいでしょう。それでどうします?」
ムカつく。
「なんじゃ!腹が立つのう!やはり魔神とは意見が合わん!」
「もしかして、元の魔神に何かお願いしました?」
「はぁ?そんなことも知らんのか!こんなことだから魔神は本当に好かん!きっちりと精神を融合させればよいものを!さしずめお前の、意志と目覚め…とかなんとかをじっと待っておったのじゃろうな!」
言っている事はよくわからないが、コイツは俺が嫌いな感じの事を言っているのだけは分かる。
「とにかく!アウロラは俺の妹です!それではこれにて連れて帰ろうと思います!ありがとうございました!」
いや…魔石から解放したのはサイナス枢機卿か?アウロラか?俺がありがとうございますもおかしいぞ!とにかくもうここから出よう!
「なーにが妹じゃ!お前に兄妹などおらんじゃろ!」
なんだ…血が繋がっていないという事を言っているのか?そんなに狭量なのか?
「それでも妹だ!」
「馬鹿こけ!とにかく守ってくれるように遣わしたのじゃ、やはり魔人族は何を考えておるのか分からん!」
「魔人族を馬鹿にするのか!」
「もうよいわ!とにかくお前の役目はここまでという事よ!」
なんだ?殺すのか?どういうことだ?
「アトム神様!お静まり下さい!どうかお気持ちをお沈め下さい!」
アウロラが言う。
「いや、お主を怒ったわけではないのじゃよ」
「ラウル兄様は私のれっきとした兄なのです!そして私を守るためにずっと戦ってくださいました!」
「ふ、ふむ。ま、まあそうじゃな」
うそ?あのアトム神がいきなり静かになっただと?
「すみません声を荒げました。私はアトム神様の呼びかけにここに来たのです」
「そうじゃな、それではとにかく日の下に行かねばならん」
「太陽でございますか?」
「うむ。いままでもそうであったろ?」
「私にはその記憶はございません」
「ならば教えてやろう。虹蛇は月の下での受体じゃったはず、龍神は海、精霊神は闇夜の洞窟」
そういえばそうだった。グレースが受体した時は満点の星空の月夜だった。オージェは海の底での受体、エミルは深い洞窟の暗い底で…
待てよ…
「えっとすみません!」
俺が挙手する。
「うるさい!お前は黙っとれ!」
「あの、すみません!」
俺は引き下がらない。
「なんじゃ!」
「アトム神様のおっしゃる内容をまとめさせていただきますと、アウロラが受体をするという事でしょうか?」
「そうじゃよ。この子が次のアトム神じゃ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「「「「えーーーーーーっ!」」」」
アウロラと俺とモーリス先生とサイナス枢機卿が一斉に叫ぶ。カーライルなんかは目を丸くして、ただ信じられないという目でアウロラを見つめるだけだった。
「何を驚いておるのじゃ!その為にユークリットの女神はずっと命を狙われていたであろう?デモン達はずっとこの子の誕生を恐れていた」
パズルがハマった。何でイオナが狙われたのか…それは次期のアトム神を生む聖母だからだ。
「あの…すみません。もしかして私に護衛を依頼されたというのは…」
「まったくどんくさい。魔神には未来のアトム神を守ってくれるように頼んだのじゃがな!」
「えっと、それはいつごろですか?」
「千年…いや二千年前じゃったか?いや…忘れたのじゃ」
そんな昔じゃ俺も覚えてねえよ。てかこの世界に生まれてないし。
「なるほど…それでアトム神様はユークリットの女神に会いたがっていたのですね!」
「やっとわかったか。まったくもって鈍感なやつよ」
次の神の子を産むユークリットの女神を、次の魔人である俺が守るように何千年も前から仕組まれていたという事か…
そんなん分かるわけないじゃん…
「アトム神様、ラウル兄さまはその使命をきちんと全うしたのです」
「まあ…そうじゃな。それだけは褒めて遣わそう」
「という事は…私はイオナとアウロラを守るために生きて来た、と言う事で間違いないでしょうかね?」
「ここまではな。あと余との契約は無しじゃ」
契約なんても知らんし。
「で、私はどうすれば?」
「なーにを馬鹿な事を言っとるのじゃ!本当に嫌いじゃ。お主は余とおぬしらが生み出したこの世界を守りたいのじゃろ?そのために戦って来たのじゃないのかえ?」
「そのとおりです」
「それを全うするがよい、そのための世代交代じゃ」
「この世代交代は決められていた事なのでしょうか?」
「そうじゃ、きっと主らが戦う相手も世代交代したころじゃと思うがの?ざっと一万年はたったはずじゃし」
あまりの事実に俺とここにいる全員が言葉を失ってしまった。ここまでの出来事が数千年前から予測されていて、さらにその予防線のために準備がなされていた。俺達はその運命をなぞり、使命を全うするかの如く生きて来たと言う事だ。
「戦う相手?」
そして一つ疑問な言葉を訪ねる。
「なんじゃ?そんなことも知らんで戦っておったのか?」
「ええ、まったく」
「まったく?」
「はい」
「…嘘じゃろ?」
「嘘じゃありません」
「…驚いたわ…逆に驚いた…いや普通に…本気で…驚いた」
座敷童がめっちゃ目を丸くして驚いている。本当に驚いているようだ。
「…すみませんでした。私が事情を全く知らないとお伝えしていなかったので」
「まったくじゃ!余は全てを知っての行動じゃと思ったわい!いったい魔神の奴は何をしとったのか!」
「それが…覚醒していないようでして」
「お前がどんくさい理由もこれではっきりした。ならそういう事情を、虹蛇も龍神も精霊神も伝えぬまま世代替わりをしたという事じゃな?」
「誰からも聞いてません。虹蛇は浮かれ気分でしたし、精霊神は話もしませんでした、龍神は食べ比べをして手合わせをしだたけです」
「…ふぅ…呆れるわ…というよりも、変わっておらん」
「古代の頃からそうなのですか?」
「そうじゃな。まったくたちが悪い話じゃ、そして勘の悪いおまえじゃろ?次世代が思いやられるわい」
…そんな事言われたって、何の引継ぎ事項も無かったし手引書とかも作業指示書とかも用意されてなかったし。せめて取扱説明書くらい、作って置いて行ってくれればヒントにはなったかも。
「えっと、この人たちは生きてますか?」
俺はケイシー神父とイショウキリヤ達異世界人と中学生風の異世界人を指して言う。
「もちろんじゃ」
「起こしてもらえますか?」
「いや…その前に話してしまおう。何と戦っておるのかを」
「わかりました」
そして俺達はアトム神の周りを囲んで彼女が話し始めるのを待つ。アトム神は俺達を見回して話を始めるのだった。




