第69話 極寒の行軍訓練
美しい女ヴァンパイア二人に、体をすみずみまで洗われて夜はぐっすりだった。
配下に体を洗われるのも本当に主の務めなのか、ルゼミア王はそういうが、本当か?なんか胡散臭い。
朝食をとり早速ギレザムのところに向かう。俺の後ろにはハイグールがついてきている。そういえば俺はこのハイグールに名前をつけた、「ファントム」という。つけた理由はカッコいいから、あとは姿かたちを変えるからなんか幻影っぽいなと。我ながら厨二っぽいなと思いながらも気に入っている。専用の皮の服を作ってもらった。2メートル80センチはあるのでそうとうでかい。
王城は広くまだどこに何があるか分からない。時折魔人とすれ違い深く頭を下げられるが、なんかこそばゆい。そして歩いていたら…とりあえず・・
・・迷った・・
「修練場はどこでしょうか?」
俺は蛇の体に女性の上半身を持つ魔人に聞いた。
「はい。ご案内いたします。」
「すみません・・」
蛇女の後ろについて行くと、この城の中には人間の城とは違ういろんな彫像があった。ほとんどが人型なのだが芸術性を感じない・・なんか無骨というか・・これが魔人の彫刻なのかな。
「こちらです。」
蛇女は頭を下げて石のドアを開いた。中は広い石畳の部屋で競技場くらいの広さがあった。その部屋の真ん中で元ガルドジン、今は俺の配下たちが模擬戦をしているところだった。俺はとりあえず修練場の端っこに座って見ることにした。
シュ ガキッ はっ! ズン!
皆が取り囲む中央で二人が手合わせをしている。牛の頭をした男ミノスとゴーグだった。ミノスはファントムよりさらに大きく3メートル近い。
「ふっ!」
ゴーグが飛びあがり頭の上からかぎ爪を振り下ろす、ミノスがブン!とそれをこともなく腕で振り払い、ゴーグがミノスの太い腕にのって飛ぶ。しかしゴーグは吹き飛ばされる事はなかった。
シュッ!
ゴーグが床に着地して次の瞬間、超低空で足を刈りにいく。ミノスが反応する。
ダン!
斧の柄の部分を地面につきおろし直前でゴーグを止めた。そのまま柄の部分が下から上がりゴーグを薙ぎ払う。目にも止まらない速さでつきあがってくる柄の部分に両手をつき、逆立ちの姿勢で中空を舞った。落下してくるゴーグは横にも上にも動けなかったが、そこにミノスの斧が突きあげられる。
「くっ」
ゴーグが空中でひらりと身をかわし斧の追撃を避けたが、そのままミノスは上から下へと斧をゴーグにたたきつけた。
ズン!
ゴーグは石床をバウンドして立ち上がった。
「痛ってえ。」
「あいかわらずオーガは頑丈にできてるな。」
「半分ライカンだけどな。」
「しかし痛いのはこちらも同じだ。」
「すまない、血が出てるな。」
「かすり傷だ。」
ゴーグがミノスの腕で吹き飛ばされる瞬間、かぎ爪を立てて飛ばされるのを防いだ時に出来た傷だった。
「ごめん。」
「戦いはいつもそんなものだろう。」
どうやら模擬戦は終わったようだった。
「ラウル様!」
ギレザムが俺を呼ぶので俺はみんなの元へと行く。
「ああ、練習中すまない。」
「何をおっしゃいますか。ミノスもゴーグもラウル様が来たのに気が付いて、途中から本気の死合いになりかけてました。」
そうか・・俺を意識して本気の死合いを見せてくれたんだ。礼儀は尽くさないといけないな。
「ミノスもゴーグもありがとう。すごいものを見せてもらったよ。」
「「ありがとうございます。」」
二人が頭を下げた。俺はみんなに話し始めた。
「あの・・みんなも父さんに聞いているかと思うけど・・」
「はい、我ら9名ラウル様の配下となりました。」
「よかったのか?」
「良いも何も、ガルドジン様が決められたことです。」
そうか・・ガルドジンが決めた事だからか・・
「自分たちの気持ちとしてはどうなんだ?」
「自分たちの気持ち?」
「ああ、自分の意志で俺の下についたわけではないのだろう?」
「いえ、ガルドジン様の意志は我々の意志でもあります。でもこれからはラウル様の意志が我々の意志となります。」
そういうものなのか・・魔人の感覚が俺にはわからんがそういう事なら、それで納得するしかないだろうな。そもそも人間の感覚や考えが通用するとは思わない方がいいだろう。
「何なりとお申し付けください。」
ギレザムが俺に言う。俺は頼みたいことがあった。
「じゃあお願いがあるんだけど。」
「何なりと」
「・・みんなで俺に稽古をつけてくれないか?」
「稽古ですか?」
「ああ、俺は弱い。まだ子供だしな。これまでの戦いは兵器のおかげでどうにかなったが、いざというとき・・例えばあのバケモノ騎士と戦った時のように、体技が何もできないのでは使い物にならない。」
魔人は皆、俺の後ろに立っているファントムを見上げる。ファントムは何も見ていないようにまっすぐ前を見て、ピクリとも動かずにいた。この大男の生前の武技にだれも歯が立たなかった。ギレザムもそれに納得したように言う。
「わかりました。では体力づくりからやっていかねばなりません。」
「わかった。存分に俺をしごいてくれ。」
「かしこまりました。ただ・・このグラウスの地はとても厳しい土地です。元始の魔人が覚醒されたお姿なれば問題はありませんが、半分人間のラウル様にはおそらく過酷だと思いますが・・」
「そのぐらい乗り越えられなければ、すべてを取り戻すなんて夢のまた夢だろ?」
「おっしゃる通りです。ではわかりました基本からやってまいりましょう。」
「たのむぞ!みんな!」
「「「「「「「「「はい!!」」」」」」」」」
みんなすっごく張り切ってる!よーっし!頑張るぞぉぉぉぉ!!
1日目
ビュウォォォォォォォォーーー
「痛い痛い痛い痛い!」
「ラウル様!まだ序の口ですぞ!」
イノシシ頭のオークの、ラーズが俺を叱責する。強風で巻き上げられる雹の礫が、容赦なく俺を叩きつけてくるのが痛すぎて速攻で弱音をはいた。それでも行軍は続く。俺が鍛えてくれとお願いしたので我慢しなければならないのだが・・厳しすぎる。ESS Profile NVGゴーグルをつけているから前はかろうじて見えているが、これ・・魔人は目・・大丈夫なのか?
「この行軍はなんかの役に立つのか?」
「何をおっしゃいます、単なる体力づくりですよ。」
「えっ単なる!?あとどのくらい歩くの?」
「どのくらいもなにも、まだ始まったばかりではありませんか?」
ラーズは優しいが厳しさも持った鬼軍曹って感じだなあ。とにかくものすごい吹雪の中をブルドーザーのように前に進んでいく。でも・・こんな寒さの雪中行軍では遭難とかしちゃうんじゃないの?
「痛い痛い痛い痛い!」
「風がふいた時には仕方がないのです。耐えてください。」
「わかった・・とにかく歩くよ・・」
「頑張りましょう。あなたなら出来ます!」
よし・・体力は大丈夫だ、寒さもルゼミア王にもらったコートで耐えられる!行くぞ!
「痛い痛い痛い痛い!!!」
「少しは我慢してください!」
「顔が・・顔が痛いんだよ!」
「気です。気合いで防いでください!」
わかった・・気か・・気だな。きっと耐えられる大丈夫だ俺は大丈夫だ。
「い、いた・・・」
気なんか使えない!いや!耐えろ!きっとみんなこれを耐えてきたんだ!やれる!
「あの・・あどどれくらい進むの?」
「一昼夜です。明日の昼までには城に戻ります。」
一昼夜!!うそだろ・・生きてられるのか?氷点下何度なんだよ?今の時間で。
「いまは夜だろ?」
「いえ!まだ午後です!」
「午後!何でもう暗いの?あと丸1日あるの?」
「大丈夫、ラウル様ならきっと走破できます!」
明日生きて帰れたら、しばらく休もう。いや・・とにかく今はそれも考えるのを止めよう・・眠くなる。眠ったら終わりだ・・ラーズの背中を見失わないようにしっかりと歩いて行こう。あれ・・言ってるそばからラーズがいなくなったぞ。
「おい、ラーズ!」
「こっちです。」
「声は聞こえるんだけど方角が分からない。」
ぬうっ!とラーズの顔が吹雪の中から出てきた。びっくりした!
「気配で感じられませんか?」
「悪いが・・俺は気配とか感じられないんだ。」
「ううむ・・そうですか。」
「じゃあ、これを持ってくれないか?」
俺は軍用のストロボマーカーライト MS-2000を召還して着けた。チカチカと明るい光を発するためこれならばラーズを見失う事はあるまい。俺は発行するライトを目標に歩き続けた。1刻(3時間)は歩いたろうか、ラーズが声をかけてきた。
「あの・・大丈夫ですか?」
「さ・・・寒い・・寒い・・・」
「引き返しましょう。」
「・・いや・ガチガチ・・まだ・やる・ガチガチ。」
普通に喋りたいのだが・・歯が鳴って仕方がない。
「しかし…」
「いいから・・」
「は、はい。」
俺はガタガタと震えていた。いったい氷点下何度なんだ・・息が一瞬で凍る。でもこんなんで、辞めたら配下たちに笑われてしまう。
「それでは、この浅い洞窟でしばし休憩を取りましょう。」
「わかった!じゃあ火をつけよう!」
「火ですか?」
「・・寒くて・・。」
「わかりました。ですが・・薪が・・燃やすものがありません。」
「えっ・・?」
雪のため薪が拾えなかった。そうか・・でもこれは修行なんだ!いちいち武器を召喚してたら修行にならない。ここはひとつ我慢してなんとか乗り切ろう。それでなくてもさっきストロボライト召喚しちゃったし、なんとか・・ここは・・がまん・・・・
ん?なんか、天使が降りてきた??
「・・なんだか僕つかれちゃったんだ・・ラーズ・・お前もかい・・」
「いえ、私はまだ疲れてなどおりませんが・・」
「・・天は・・我々を見放した・・」
「何を・・ん!?どうしました!?ラウル様!ラウル様!!」
「・・・・・」
気が付いた時、俺は風呂につけられ暖められていた。
「て・・・天使!?いや・・マリア?・・俺はどうしてここに?」
俺の肩越しの、凄く近い距離にマリアの顔があった。
「修行と言ってラーズと一緒に出ていったのですが、半日したらラーズに抱かれ気を失って戻ってきました。すぐにルゼミア王が手足の凍傷を回復させてくださいまして・・体が冷え切って顔も真っ青でしたので、ルゼミア様に風呂に入れるよう言われまして・・それでこの状態です。」
「そうなのか・・俺は死んで天使に会ったのかと思ったよ。」
「まあ・・天使だなんて・・ラウル様。」
マリアが顔を赤らめている。
「いや・・冗談ぬきで。」
「・・とにかく無事でよかったです。」
俺はボーっとした頭で湯気の立つ浴室内を見渡すと、足元にはミーシャがいた。
「ミーシャ・・すまない。そこでなにを?」
「冷えた足先をずっと揉みほぐしていました。気が付いて本当によかったです。」
「それは、迷惑をかけた。」
「迷惑なんて思っておりませんよ。」
ミーシャは心底安心したような顔で俺に微笑みかけてくれた。よくよく考えると・・俺はマリアに抱きかかえられてお風呂につけられていた。肩越しにマリアが俺を見ている。背中にむぎゅっとマリアのたわわなメロンが押し付けられて潰れていた。
「あ、あっわわわわ。」
ちょっと!まってくれ!これはどういうことだ!?足先のミーシャも太ももに俺の足先を乗せてマッサージをしていた。
「ミ!ミーシャ、もう大丈夫だ。揉まなくていいよ。」
「わかりました。」
「マリアも、もう心配いらないよ。」
「そうですか・・本当に大丈夫ですか?」
「ああ、ルゼミア王の回復が効いているらしい。のぼせるといけない・・二人とも上がっていいよ。」
とにかく逆の意味で限界だ!俺はまだ子供のはずだが度重なる魂の吸い上げで、体が大きくなってきている。いろんな意味で大きくなってきている。
「それでは一緒に上がりましょう。体を拭いて差し上げます。」
「いやいやいやいや。大丈夫だよ。自分でできるよ。」
俺がそういうとマリアが心配そうに返事をした。
「そうですか・・?本当に大丈夫ですか?」
「まったく問題ない。」
「わかりました。それではミーシャ先に上がっていましょう。」
「はい。」
バシャっと二人がその場で立ち上がった。
「あ・・ああ・・」
見える・・わたしにも見えるぞ!
俺の動揺には気が付かずに二人は浴室を出ていった。天国と地獄を味わった俺は、二人がいなくなったのを見計らってゆっくりと浴槽を出た。
《しかし・・このグラウスという土地は過酷すぎた。前世でいうと北極か、それ以上なんじゃないか?そして、ラーズだ・・魔人の身体能力凄すぎないか?》
「生きててよかった・・」
俺はしみじみとつぶやいた。