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第687話 分析官のお仕事 ~マキーナ視点~

私とファントムがグレートボアの残骸を踏み越えて先へと進んだ。ご主人様には敵を処理しろと言われている。当然のごとく私は速やかに任務を遂行しなければならない。


「ファントム。止まりなさい」


「……」


ファントムは基本的な指示なら私の言葉でも聞く。シャーミリア様の眷属である私は、ある程度ファントムを操る事が出来るからだ。もし『これ』が暴走した場合、私に制御できるかは分からない。


「また…」


私がファントムを止めた理由が目の前にあった。ここにあった一本の光柱が輝きだしたのだ。また新しい人間が召喚されてくるのだろう。この光柱はどうやら、ご主人様が居た世界から人間を召喚してくるらしい。


「どうするか…」


普段のご主人様はとても合理的な考え方をなされる。しかし基本的には私達仲間の誰ひとりとして失いたくないと思っており、無駄な血を流したくないという考えを持たれていた。もちろん魔人に対しての優先順位が高く、さらに直属の魔人の安全については必要以上に配慮をしていた。さらには異種族である人間や獣人についても同様で、無駄に命を散らしたくないとおっしゃっる。その反面、自分達に被害が及ぶ可能性がある場合は、優先順位をつけて切り捨てるところは切り捨てるのだ。


どこをどうとっても理にかなっていた。私などが口をさしはさむ部分など一つもない…それどころか、とても納得のいく行動だった。


「ふう…」


しかしながら…私達魔人には異世界人の見分けがつかないという問題があった。この作戦では敵とみなした異世界人と、保護すべき異世界人の処理をしなければならないのだ。敵を撃ち漏らす事はもちろん良くないが、保護すべき異世界人を見分けられなければ恐らく同様に殺害してしまうだろう。


「シャーミリア様ならば…」


私はいつもシャーミリア様ならどうするかを考えるようにしている。昔のシャーミリア様ならば、必要とあらば敵だけではなく無関係の者も殺す。大量に殺したり使役したりするが、それは目的遂行のために必要だからそうしているだけだった。だがご主人様に仕えるようになってからは、ご主人様から殺しを止められたり行動に制限がつけられるようになった。シャーミリア様はそれに喜んで従っている。だが客観的に考えた場合、シャーミリア様の方が正しい事もあった。私も今はご主人様の系譜の下にいるため、もちろんご主人様の判断に従っている。


「ファントム、行きましょう」


「……」


私もファントムも透明になっているが、『これ』がすぐそばにいるのは気配で分かる。


「人間の気配が分からない。どっちにいるのか…」


光の柱を避けながら、建物の中を見て回る事にする。


「ようやく治まった…」


光柱によりなかなか治らなかった、左足の火傷を見つめる。すっかり回復して元通りになっていた。魔力の減退と、あの光柱の何らかの影響が働いていると考えられる。


「ファントムは扉を壊さないように」


「……」


私が建物の扉をそっと押すと抵抗なく開いた。もちろんこのくらいの扉なら鍵がついていても造作も無く開ける事が出来る。


《入りなさい》


《……》


私は念話に切り替えて、敵に気づかれないように指示を出していく。家の一階部分には誰もいなかったため二階に上がってみる。そして窓に近づいて外を見ると、先ほど光っていた光柱から人間が出て来たようだ。出て来た人間は周りを見渡して不安そうにしていた。


《あれは敵じゃない、行くわ》


窓を開けて二階から飛び降りると、ファントムが後ろからついて来る。ここまでは順調に指示を聞いてくれているようだった。


《あ…》


私もファントムも今は透明になっている…出て来た異世界人に声をかけても怪しまれるだけだろう。


どうしたものか…。


私が悩んでいるその時だった。道向こうから足音が聞こえ人間二人分の鼓動が伝わってきた。これは魔力では無く本能で感じ取っている。


「しかし、さっきのあれ。あれは機関銃とかロケットランチャーに見えたよな」


男の声だった。


「だな、あれ絶対に機関銃だった」


もう一人も男のようだ。


「聞いてないぜ」


「だな阿久津からは聞いてない」


「デケー豚が一気に爆散しやがった」


「あんなデカいのにあっというまにな。逃げ遅れてたら俺達は死んでたぞ」


「マジでムカつくよ」


「俺達を殺すつもりかっての」


なるほど。会話の内容を分析するにあたり、どうやらこの異世界人たちは敵の陣営についているようだ。私たちが透明になって近くにいる事も分からずに、ぺらぺらと話をしている。


「この魔法も便利だよな、宮浦とかいう女のおかげだ」


「だけどよ、これ味方がどこにいるのかわかんなくなんねえか?お前、間違って俺に魔法とか撃つなよ」


「撃たねえよ。でもマジで透明になってるから、味方の同士撃ちがあり得るぞ」


「まったくだ」


「お前あっかんべとかしてないよな?」


「してないしてない!」


どうやら二人はお互いの位置を認識していないようだった。気配を読めないというのは不便だ。


「あの女、阿久津の嫁かな?」


いきなり話が変わった。


「どうなんだろうな、いろっぺえし阿久津より年上だろ?あれ高校生だよな」


「なんか無理やり従わせているように感じたぞ」


「なんで、あんな中学生に仕切られてるんだ?」


「分かんねえけど、なんとなく俺達もアイツには逆らわない方が良いと思ったろ?」


「ちがいねえ」


そして男たちは私たちの前を通り過ぎていく。やはり全く気配を感知できないようだ。さすがにこの至近距離ならどこにいるのか手に取るように分かるというのに。


「お!また転移して来たぞ!」


「本当だ!とにかくあいつも連れて帰らなくちゃな」


「また幹部に取られるんじゃねえのか?」


「まあしかたねえだろう。だけどあの幹部とかって…たぶん人間じゃないと思わねえか?」


「なんでだ?」


「いや…全く人間の感じがしねえって言うか‥うまく言えねえけど」


「まあ俺達は自由にさせてもらってる分、言う事を聞いておいて損はねえだろ」


「だな。宮里!急ごうぜ!そろそろこの魔法消えるんじゃねえかってヒヤヒヤだ」


「まずいまずい!」


二人の異世界人が出現した異世界人に走って近寄っていくので、私とファントムが後ろをついて行く。もちろん足音を立てる事は無かった。


「おい!お前!」


「ヒッ!」


男が声をかけると、少女が周りを見て怯えていた。見えないところから声をかけられたので、恐怖で身がすくんでいるようだった。そして今まさに男が近寄ろうとしているところで立ち止まった。


「お前さ、日本人か?」


「は、はい」


「中学生か?」


「そうです」


見えない場所からの質問に、少女が健気に答えているようだった。


「……」

「……」


二人の男が静かになった。どうやらその女の子をじっくりと見ているのだろう。


「こいつ可愛くね?」


「いいかんじー」


「こんな子がくるのか」


「これ、連れて帰ったら間違いなく取られるよな」


「え、もったいねえ!」


「でも連れて持ってかねえと殺されたりしねえか?」


「確かに…」


ゴクリ。男二人が唾を飲み込むのが伝わってくる。明らかに心拍数が上がっており、いわゆる興奮状態になってきているようだ。


「別にさ…生きて連れて行けばいいんだよな」


「…そうだ。生かして連れて行けば問題ないはずだ」


そして次の言葉はとても小さい声だった。恐らくはこの少女に聞こえないように、ちいさな声で話しているのだろう。もちろん私には通用しない。


(やっちまおうぜ)


(だな、さっきは殺されそうだったんだしそのくらいバチはあたらねえよな)


なるほど…


「おまえ、中学何年だ?」


「に、一年です」


「これから起きる事を誰にも言わなければ、生かして助けてやる。だけどもしこの事を言ったら死ぬ…どうする?」


「え、え…死ぬ?わたし死ぬの!」


「だから!これから起きる事を秘密にすれば生かして助けてやる」


「秘密?…なにを?」


「いいから!約束するのかしないのか!!」


恫喝すると、少女はビクッとして身をすくめた。


「する…約束…する…」


涙目になりながら少女は懇願するように言った。すると少女の腕がグイっと引っ張り上げられる。


「痛っ!」


「ほれ!無駄に抵抗しなければ痛くしねえよ!」


「は、はい…んぐっ!」


少女の口が何かに塞がれてしまう。


《手でふさいだのか?》


少女は叫ぼうとしているのか、もがいているようだった。


ビリリッ!唐突に少女のシャツの前が破けて、白い素肌が露わになった。そしてグイっと頭を下げられてかがみこむような姿勢になる。後ろからスカートが捲し上げられたようだ。


「やめなさい」


私が静かに言う。


「ん!?」


「ど、どうした?」


「いま、何か声が聞こえなかったか?」


「ん?そうか?」


「気のせいか?」


「気のせいじゃ無いわ、やめなさい」


「だれだ!」

「おい!」


少女が突き飛ばされて地面に座り込むように倒れる。


「あなた達、誰にそんなことをさせられているのかしら?」


「お、おい…」

「幽霊?…いや俺達みたいに透明になってんじゃねえか?」


「そんなことも分からないなら、あなた達に勝ち目はないわ。投降すると言いなさい、そうすれば私があなた方の受け入れを味方に進言してあげる」


「女?」


「だな」


「だったら条件は五分じゃね?」


「……」


どうやら二人は私の話を聞いてはいないようだった。


バヒュゥゥ!バグゥゥン!反対側の建物の気の壁が爆ぜた。どうやら魔法を撃ちこんだようだ。間違いなく先ほどご主人様に放った風魔法だった。


「風魔法ね。よくもご主人様を」


パン!ドシャ!


私のハンドガンが透明な一人の頭を撃ちぬいた。命途絶えるとみるみる透明魔法が取れて、姿を現し始める。


「は?」


もう一人が何かをする前に、私はもう一人の頭を撃ちぬく。


パン!ドシャ!


二人の少年の死体が急に目の前に現れたのを見て、少女はくらりとその場へ倒れ気を失ってしまった。


「かわいそうに…怖かったでしょう。ファントム!この子を連れて行くわ。その前にこの二人を処理しなさい」


目の前に倒れた二人の少年の死体をファントムが吸収した。そのあとでスッと少女の体が浮き上がり、ファントムに包み込まれると見えなくなった。すっぽりと腕で隠してしまったらしい。たまにこういう器用なところを見せるのが不思議だった。


「証拠はなくなったわ」


「……」


ご主人様の指示である、敵側の異世界人の処理は終わった。そして一人の少女を保護できた。


任務は完了。


異世界の少年少女が出現し始める前のご主人様は、とにかく合理的だったと思う。だが異世界の少年少女が現れてからは、その判断に多少のズレを生じさせているようにも感じられるようになった。ご主人様のお気持ちは大変よくわかるが、ご主人様の覇道の邪魔にならないように影の仕事をするのが私の仕事だ。シャーミリア様はそれを踏まえて、私にご主人様の傍らにいるように言われた。


私にどれだけの事が出来るのかは分からないけど…


シャーミリア様が身動きが出来なくなった時の代役を、どうこなしていくのか。私はこれからも自分に自問自答しながらこの仕事を続けていく必要がある。


愛するご主人様のために。


「もどります」


「……」


ファントムと私は、少女を連れてご主人様の元へと戻るのだった。

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