第686話 打開策
魔人と俺が鏡面薬で身体を隠して進む。だがこのままでは人間の兵たちと異世界の少年少女が足手まといになる。俺達の反撃で敵の攻撃は止まったようだが、まだ敵を仕留めたとは思えなかった。
「ここでいいかな」
俺は少し離れた場所に比較的大きめの建物を見つけた。
「ここに入れ」
人間の兵士と助けた少年少女をその建物に一時避難させ、俺は再び建物内にAAV7 SU装甲輸送車を召喚した。
「みんなはこの車の中で待て、敵が来てもそのまま隠れていろ」
「はい」
騎士が答える。
「ハッチを締めたまま出るなよ」
「あの…これって軍隊の車ですよね?」
俺と騎士が話していると、唐突に異世界の少女から質問が来る。だが俺が透明になっているため見当はずれの方向を見て話している。
「そうだ」
俺の声が聞こえて少しだけこっちを向くが、残念ながらまだ違う。
「あなたがたは異世界に助けに来てくれた、自衛隊の人ですか?」
いや、自衛隊の人は透明にはならんだろ。そして見えていたとしても、こんな白髪の少年と美人集団の自衛隊なんてないだろ。まあ自衛隊に美人はいるかもしれないが、自衛官の服も来ていないし。メイド風の服とヒラヒラの服を着た女子を見て何故そう思った?透明になったから忘れちゃった?
「残念ながら違う、俺はこの世界で生まれたこの世界の人間だ」
「でも…」
「すまんが今はそれを説明している暇はない」
「…分かりました…ありがとうございます」
女の子はまた、俺がいない見当違いな方向にお辞儀をした。まあ聞きたい気持ちはわかるが本当に余裕がないのだ。ひとまずそこに装甲車を置いて人間たちを閉じ込め、俺たちだけで建物を出るのだった。
「マキーナ。さっき都市の端っこで、行動不能にした子らは大丈夫かな…」
「急な事態でしたし、あのときはやむを得なかったかと思われます。ですがこの都市の状況を考えれば危険である事は間違いございません」
「まあ、敵対してる勢力だと思ったしな」
「はい」
「そしてマキーナの言う通り、ここまで見た都市内の状況からして放置はまずいだろうな」
「そうではあるかと。ですが致し方ないのではないでしょうか?優先順位がございますゆえ」
「うーん…」
潜水艦の方角が攻撃され俺は急いでそちらに向かってきたのだが、簡易の岩の砦に置いてきた少年少女のことが気がかりだった。足を撃ち抜いてしまったので身動きが取れないし、そこをあいつらに襲われたらひとたまりもない…助ける必要があるな。
「ラウル様あれを…」
俺が救出を考えているとルピアから声がかかる。ルピアが見据えた先でまた問題発生だった。次から次へとよく問題が起きるもんだ。
「ここでもか…」
俺達の目の前で、また新たに一本の光柱が輝き始めたのだった。
「ご主人様。キリがございません」
「まったく…どこもかしこも」
「いかがなさいましょう?」
「このまま闇雲に行動していては、いずれこちらに被害がでる。ここまでの状況から考えても、聖都内の状況は一刻をあらそうようだ。一度、隊を分散させて転移者を救出し一時退却するか…このまま敵を探してしらみつぶしに殺していくか…」
だが退却するにしてもどこに?といった状況だ。地下入り口に到達するまでに、人間と魔人の一般兵に甚大な被害がでるだろう。潜水艦に取り残して来たサイナス枢機卿らも、最優先で救出しなければいけない。さらに都市の外に出ればデモンの襲撃に合う危険性もあるため、全戦力を集中しなければならなかった。
「なんかグラドラムの時みたいだ」
あのときは町ごとインフェルノで焼き尽くされてしまったが、今回はそれほど手の込んだ罠でもないのに全滅の危機性が出てきた。俺の判断ひとつで決まる。
「よし!クレ、マカ、ナタは再度、置いてきた異世界人の様子を見てきてくれ」
「ラウル様!途中の光柱から人が出てきたらどうします?」
「ひとつひとつ待っている時間はない。既に転移が終わった者がいたら連れて行ってくれ」
「わかりました」
クレが答え、マカとナタが頷いた。
「行け」
「「「は!」」」
クレとマカとナタの気配が俺達の側から消えた。透明なので間違いなく走って行ったんだと思う。
「マキーナはシャーミリアの眷属だよな?」
「左様でございます」
「ファントムとの行動は可能か?」
「制御しきれるかは分かりませんが、通常の指示なら出せるかもしれません」
「よし!マキーナとファントムは、ここを攻撃してきたやつを見つけ出して処理しろ」
「かしこまりました」
「ファントムも分かったな!マキーナを最大限サポートするんだ」
「……」
きっとどこか遠くを見ているに違いない。だが俺の指示は絶対だ、間違いなく遂行してくれると思う。二人の気配が側から消えたのが分かる。
「私はどうします?」
「ルピアは俺と枢機卿達のところに行こう」
「わかりました。お供します!」
ルピアがやたら嬉しそうな声をあげる。透明で見えないので表情は分からないが、雰囲気的にニッコニコしているような気がする。なぜかは分からないが。
「急ぐぞ!」
「はい」
「俺を見失うなよ」
「系譜でわかります」
「そうだったな」
「はい!」
そして俺は岩の壁がそびえたつ方向に向かって走る。途中で光柱が輝き始めていたが、それをスルーしてとにかく潜水艦の場所に到着した。
「うーん、これどうするかな?」
高くそびえる岩壁を見上げる。
「ラウル様。私達、透明なので飛んでも攻撃されないんじゃないですか?」
「そのとおりだ!飛んでいる時に攻撃されて光柱に突っ込んだら危ないと思っていたが、今なら俺達に気がつく者はいないよな」
「はい」
「ルピア、俺を抱いて飛べる?」
「飛べます!やります!」
シャーミリアやマキーナならば怪力なので問題ないが、ルピアにはそれほど力はない。だがM240中機関銃を装備して飛ぶくらいだから、何とかなるのではないか?いつもの装備は、M240中機関銃が12.5㎏、弾丸満タンのバックパックが18㎏あるから30キロは超えている。それを全部落とせばなんとかなるかもしれない。
俺は何キロあるだろう?
「ルピア、装備をすべて外せ」
「は、はい!」
ガシャン、ガシャンと装備が落ちる音がする。そして俺も装備を全て外して出来るだけ軽くした。
「えっと、ルピア?」
透明なのでルピアがどこにいるのか俺にはわからなかった。
「こっちです」
俺が手探りで目隠し鬼のようにルピアを探した。
ムニッ
「いた!」
「あ、あの…はい…」
「どうやって飛ぶ?」
「…えっと、あの…ラウル様」
「なんだ。一度手を離してください、そこを掴まれるときちんと飛べるか分かりません」
???いったい俺は何を掴んでいるんだろう?ルピアが制御できなくなるのなら言うとおりにするしかない。
「わかった」
俺が手を離すとルピアが俺の手を取ってくれた。そして俺の手の先がルピアの髪の毛に触れたかと思ったら、グイっと引き寄せられる。すると俺の顔にルピアの吐息がかかった。
「首に手がかかっていますので回してください」
「わかった」
俺がルピアの首に手を回すと、俺の背中にもルピアの手が巻かれた。どうやら抱き合っているような状態になっているらしい。まあルピアの羽の邪魔になるしこうするのがベストだろう。
「あ、あの!飛びますね!」
「頼む」
俺はルピアの首に手を回し、ルピアに抱かれながら上昇していくのだった。バサバサとルピアの羽が羽ばたいているのが分かる。
「重くないか?」
「問題ないです…」
「申し訳ない」
「そ、そんなことはございません!むしろありがとうございます!」
「なんでありがとうだ?」
「い、いえ!」
俺達は岩壁の上まで到達した。岩壁の上に立てるくらいのスペースがある。
「ルピア、岩壁の上に下ろしてくれ」
「はい」
そしてルピアはソフトリーに俺を岩壁の上におろした。岩壁の上から下を見下ろす。
「潜水艦は無事のようだな。あちこちから煙が上がっているが、潜水艦の装甲は損傷していないようだ」
「安心しました」
「ああ」
ヒュルヒュルヒュルヒュルと、どこからかエミルのアパッチロングボウ戦闘ヘリの音が聞こえるが、どこにいるか分からない。
「エミルも無事なようだ、だけど一体どんな戦いになってるんだ?」
「気流の乱れを見ると、お互いがお互いを探し合っているように思います」
「ルピアはそういうのが見えるんだ?」
「ラウル様、私は一応こう見えてハルピュイアなんですよ」
「どう見えてもこう見えても、俺には今のルピアは天使にしか見えんけどな。今はなにも見えんけど」
俺はそのままの感想を伝えた。ハルピュイアという種族は気流が読めるらしい。まるで精霊神のエミルのようだ。
「て、天使だなんて…ラウル様ったら」
「だってそうだし」
「あ、あのとにかく!エミル様と敵はお互い探り合っているのだと思います!」
「だから地上への攻撃が止まっているのか」
「かと思います。ただ…」
「ただ?」
「あと数匹…空を飛ぶ獣がいるように思えます」
「マジか…、もしかしたらそいつらは俺達を探しているのかな?」
「恐らくはそうじゃないでしょうか?」
「その事をマキーナとクレたちに伝えたいが、念話が繋がらないのが痛いな」
「彼女らなら問題ないですよ」
「まあ、ルピアが言うなら信じよう」
「私は信じてます」
「だな」
やはり魔人達の絆は深いようだ。お互いがお互いを信じあっている。
「ルピア見てみろ、やっぱり光柱の本数は減っているみたいだぞ」
「このままだと、すべての光柱が異世界人を呼んでしまいますね」
「考えたくないな」
「大変なことが起きそうです」
「ああ」
とにかく今は潜水艦の所におりて、皆の安否確認をする必要があった。
「では一緒に飛びましょう」
「いや、ルピア。こっからなら飛びおりれるよ」
「えっ」
「いや、だから飛びおりれるから問題ない」
「そう…いえ!音がしちゃいますよ!」
「音か…まあそうかもしれないな」
「とにかく来てください」
俺はグイっとルピアに引き寄せられ、また首の周りに腕をまきつけさせられた。すると再びルピアが俺の背に手を回してがっちりと抱きしめる。さっきより力が強いように感じるが、より安全性を考えてくれているのだろう。
「よし!」
俺とルピアは地上に降りて潜水艦に近づいて行く。ハッチに近づくが、どうやらハッチを閉めているようだった。先ほどの火魔法の爆撃から守るために閉めたのだろう。
コンコン!と勢いよくハッチを叩いた。
・・・・・・・
返事はなかった。
「しまった…合言葉とか考えておくんだった!」
「開きませんか?」
「まあ合言葉とか言っても、恐らく外からは声が聞こえないかも」
「どうしましょう」
「外からも開けられるが、いきなりこじ開けても撃たれるかもしれんぞ」
「何か合図の方法は無いでしょうか?」
「えーとえーとえーと」
「んーっと」
「あ、ハッチに向けて銃を撃てばいいんじゃないかな?」
「名案かもです!」
俺はすぐさま、ベレッタ 93Rマシンピストルを召喚した。M92を改造したこの拳銃は、セミオートの単射と3点バーストの切り替えができる。ピストルでありながらマシンガンのように連射することができ、フルオートではなく3点バーストなため制御しやすいという利点がある。
「じゃ!」
パパパン!カカカ!ハッチに向けて銃を撃つと、三回反響して音が響いた。
「どうかな?」
「はい」
しかし開かなかった。
「え?もしかして中に侵入された?」
「どうなんでしょう?気配が感じ取れればいいのですが…」
「まずいぞ…もし敵が中で暴れられてたら…」
「ラウル様。魔人の兵もおりますし、あのいけすかない騎士もいます。まあ、カッコつけていても多少は役に立つと思いますけど。何であんないつも涼し気なんでしょうね?」
あーあ、やっぱカーライルは好かれてないんだ。あいつ本当にいい奴なんだけどな、俺を命がけて助けてくれたし。そんな事より今はハッチの開閉だ。
「まあ強制的にハンドルで開閉できるから…」
と俺がハンドルを探し出すと、キュィキュィキュィ、ガパン!とハッチが中から開いた。
「よかった!開いたぞ」
俺がハッチの横から顔をのぞかせた時だった。
「あの!」
ガガガガガガガガガガガガ!いきなり内部から銃の掃射をうけてしまった。しかしルピアが咄嗟の判断で、俺を後ろに引っ張ってくれた。間一髪で俺の顔面が穴だらけにならなくて済んだ。
「いま!ラウル君の声じゃったぞ!」
「すみません!敵が来たかと!」
「殺したんじゃないのか!!!」
怒るサイナス枢機卿と謝るカーライルの揉める声が聞こえた。
「あのー!大丈夫です。生きてますよ!」
俺が声をあげる。
「す、すみませんでした!」
カーライルが慌てて飛び出してきて土下座した。
「まったく!カッコつけの騎士はこれだからこまるわ!」
ルピアがプンプンと怒っている。
「すみません!剣なら寸止めできたのですが、これは引き金をひいたら止まらないんです」
「ああ、知ってる」
「すみませんでした!」
「大丈夫」
「っといいますか…あれ?気配しますがお二人はどこに?」
「ああ、カーライル鏡面薬を振りかけているんだ。今は透明な状態になっている」
「そうでしたか!」
そう言いながらも、カーライルは気で俺達がいる場所をしっかりとらえているようだ。目を合わせる事は無いが、だいたい顔の位置を見ていた。やっぱ凄いコイツ。
「とにかく俺は問題ないよ!みんなはどうだ?」
「全員無事です」
「それはよかった」
「してラウル君、都市の状態はどうじゃった?」
サイナス枢機卿が後ろから出て来て俺に聞いた。だが透明な俺がどのあたりにいるのか分からないようで、見当違いの方向を見ている。鏡面薬を使うとこういうのが非常に面倒くさい。
「それが、あちこちで光柱が発動し異世界人がどんどん送り込まれて来ています。さらに敵対する異世界人も増えているようで、恐らくはデモンと手を組んで攻撃して来ているのだと思います」
「なんと…とんでもない事になっておるのう」
「とにかく脱出しなければなりませんが、その前に敵を掃討する必要があります。今はエミルが敵の意識をくぎ付けにしておりますが、都市内には魔獣を従えた人間も入り込んでいます。隠れるにはむしろこの岩壁は好都合かもしれません」
「まだ隠れておればよいのか?」
「とは思ったのですが、この土魔法で作られた岩壁は恐らく敵の意志で消せます。逃げようにも、外は危険な状態で、実はにっちもさっちもいかない状況なのです。デモンがここに侵入してこないとも限りません」
「ならばわしらも戦うしかないのではないか?」
「それは…」
「この鉄の箱はどのくらいもつかの?」
サイナス枢機卿が潜水艦を指して言う。
「火魔法の攻撃には耐えたようですが、デモンが侵入してきた場合にはどうなるか想定できません」
「ならやるしかなかろう」
「…」
サイナス枢機卿は覚悟を決めて言っているようだが、俺はその判断を決めかねていた。確かに俺と直属の魔人六人では人手が足りなかった。出現する異世界人を、人間たちに任せる事が出来れば俺達魔人は戦闘に専念できるが…
真剣なサイナス枢機卿の表情に俺は迷うのだった。