第683話 空を制する
建物内のAAV7 SU装甲輸送車にはクレ、マカ、ナタの超進化ゴブリンが待機していた。敵が侵入してきた時に詳細を伝えてもらうためだ。
《クレ!そっちはどうだ?》
俺は地下からクレに念話を繋いだ。
《まだ火はくすぶっておりますが鎮火して来たようです。建物はかなり燃えおちてしまったようで、いつ崩れてもおかしくはないかもしれません》
《そうか…逆に崩しちゃった方が、敵からカモフラージュ出来て良いけどな》
《なるほど、それでは手分けして壊しましょう》
《そうしてくれ》
《は!》
ゴブリン三人衆は相変わらず機転が利く。彼らのおかげで、さまざまな場面での作戦がスムーズに動いていた。地下ではガツンゴツンと、岩盤をファントムが掘り進んでいる。俺とファントムとマキーナが穴掘りをしていたのだが、硬い岩盤に到達してしまいファントムがそれを砕いていたのだ。ルピアは上でバケツに入った土を引き上げては、床下の隙間に捨ててくれている。
ズボ!
「おっ!どうやら岩盤を抜けたな」
ファントムが硬い岩盤を貫いたため、俺とマキーナがスコップをもって土を掘り始めた。
「よいしょ、よいしょ」
ファントムとマキーナは無言で土を掘るが、俺はついつい声を出してしまう。
俺達は建物の床下を下に下にと掘り進んでいた。地上の穴の上にはAAV7 SU装甲輸送車が置いてあり、建物に入ってきたとしてもこの穴にはすぐ気が付かないだろう。むしろこの穴に入り込んだが最後、俺たちの餌食になってしまう。
入りたきゃ命がけでどうぞって感じだ。
「地下道まで掘りますか?」
「それは時間がかかりすぎる、ようはシャーミリアに念話が届きさえすりゃいいんだ」
「わかりました」
ガギン
「あ、シャベル壊れたな。ほれ」
ファントムが壊れたシャベルを捨て、俺からまたシャベルを受け取った。ファントムが土をかきだす速度は重機より早い。物凄い力が加わっていることが分かる。そのためもう何本もシャベルをダメにしてしまった。貫いた岩盤をさらに下に掘り進むと土が湿ってきた。
「ありゃ?地下水が出てきちゃった」
ちょろちょろと地下水が出ている。しかもかなり綺麗な水だった。
「ご主人様。これ以上は掘り進めないかと」
「だな。水がこんなに出たんじゃ無理だ」
「いかがなさいましょう」
「こんなに深く掘れば、そろそろ念話が繋がるんじゃないかな」
「はい」
別に穴を深く掘る事が目的じゃない。シャーミリアに念話が繋がればいいのだから。しかも地下水に到達してしまったという事は、もしかすると地下道の一階層より深く掘ってしまったのかもしれない。このまま東西南北どっちかに進めば、地下道にあたるかもしれないがやみくもに掘るわけにもいかない。
《シャーミリア》
《は!》
つながった!浅い場所ではだめだったけど、ここまで掘り下げれば念話が繋がるんだな。
《そちらの状況は?》
《いまだ沈黙が続いております》
《実はこっちで異世界人の襲撃にあった》
《お怪我はございませんか?》
《問題ない。だけど、都市部の光柱のせいで俺達の力が全く発揮できないんだよ》
《では私奴がすぐに向かいます》
《いやいや、ミリアはそこに居てくれ》
むしろシャーミリアこそ、この光柱だらけの都市は危ない。
《しかし…》
《こっちはそれほど脅威じゃない。だけど厄介な敵が混ざっててな》
《厄介な敵でございますか?》
《透明な龍か何かがいる、ワイバーンか翼竜かもしれない。あのキチョウカナデと同じような能力者がいるようなんだよ》
《それであれば、なおの事私がまいります》
《いや、敵が沈黙しているのが不気味なんだよ。俺もイオナとアウロラがそこに居なければ、すぐに来いと言う所なんだがな。モーリス先生もいるし、とにかく護衛に徹してくれ》
《わかりました》
《あとルフラとスラガとアナミスは既に基地に到着したんだよな》
《おります》
《よし、それなら護衛の体制は万全だな。俺はエミルにお願いしたいんだ。前にエミルが光柱に触れた時にはなにも起きなかった。恐らくは精霊神は光柱との相性は悪くないらしい、だがメリュージュさんはどういう反応が起きるか分からない。だからエミルに聖都上空の生物を追い払ってもらいたいと考えているんだ》
《かしこまりました。そのようにお伝えします》
《その前に確認事項がある、ミリアはエミルの所に行って俺とエミルの会話を仲介してくれ》
《かしこまりました》
ちょろちょろと水が流れる地下で、俺とマキーナとファントムは動かずに待っていた。水がさっきより勢いを増してきたようだ。
「これ、だいぶ綺麗だよな」
俺がマキーナに聞く。
「そのようです」
「飲めるかな?」
「お待ちくださいませ。ご主人様が飲まれる前に私が」
マキーナがその白魚のようなほっそりした手のひらで、水を救い上げてコクリと一口飲んだ。
「どうだ?」
「毒になるものは含まれておりません。これは湧き水のようですが、少し土が混ざりにごっているようです」
「大丈夫」
俺はスッと手をかざして、英軍が使っているウォーターフィルターを召喚した。パイプホースを器具の下に取り付けて、汲み取り部分を水に垂らす。そしてその器具のポンプをシュコシュコと動かすと、ホースから水が汲みあがってくる。すると先端部分から、ろ過された水が出て来た。俺はそれに口をつけて飲む。
「冷たいな」
水は美味かった。
「マキーナも飲んでみろよ」
「ご、ご主人様の後ででございますか?」
「問題あるのか?」
「まったく問題ございません、むしろ‥‥」
「むしろなんだ?」
「いえ」
「あ、ヴァンパイアだし水は飲まんか」
「の、飲まさせていただきます」
俺が飲んでいた場所に口をつけてマキーナが水を飲んだ。
「水はきれいになってるだろ?」
「ほ、本当ですね!」
気のせいかマキーナの頬が赤くなっている気がする。やはり水じゃなくて血が良かったのだろうか?
「血飲む?」
「い、いいえ!!滅相もございません!」
「とにかく、水は助かる」
俺はまたマキーナからろ過装置を受け取ってごくごくと水を飲んだ。
「たぶん都市に人が住んでいないから、こんなに綺麗な水が出るのかもしれない」
「なるほどでございます」
「戦いが終わったら井戸掘りさせよう」
「さすが先見の明がございます」
「そんな大したもんじゃないよ」
俺とマキーナがそんな話をしていると、再びシャーミリアから念話が繋がった。
《ご主人様、エミル様のもとへとまいりました》
《じゃあ俺との橋渡しを頼む》
《はい》
《ファートリア聖都上に正体不明の透明な生物が出現した、フル装備のアパッチ・ロングボウ戦闘ヘリがあるからそれで撃退してほしい。ただし見えない敵に対応できる術が見当たらない、何か対処法はあるか?》
《は!》
俺はシャーミリアからの返事を待つ。
《ある、との事です》
《二の手は用意しているか?》
《ある、との事です》
《基地から聖都上空まで到達するのはどのくらいか、正確に》
《3分40秒との事です》
《了解だ。ではこれから俺達は念話が繋がらなくなる、都市部に上がる。時計を合わせてほしい》
《はい》
《10:10まであと17秒》
《10:10まであと17秒》
《10、9、……2、1》
《10、9、……2、1》
ピッ!
《よし、それでは作戦開始まであと10分だ。早急に準備をしろ》
《は!…えっ?はい…》
シャーミリアがちょっと困った声を出す。
《どうした?》
《人使いが荒いな、今度F35にチャレンジさせろ。とのことです》
《了承した。ではすぐに取り掛かれ》
《ラジャー。とのことです》
マジか…ヘリじゃなくて、まさかジェット戦闘機にチャレンジしたいと言い出すとは思わなかった。もしエミルが乗れるようになれば、戦力的がかなり向上するが…アイツ本当に大丈夫かね?
「とにかく上に出よう」
「は!」
俺とマキーナとファントムが穴から上部に出ようとした時、クレから念話が入る。
《ラウル様》
《どうした》
《人間らしきものが、この瓦礫の周りを観察しているようです》
《しびれを切らして見に来たか》
《いかがなさいましょう》
《俺達が上に上がる。数分後に援軍がくるから、そのタイミングで敵に攻撃を仕掛けたい》
《では息をひそめましょう》
《そうしてくれ、だが敵が攻撃をして来たらAAV7 SU装甲輸送車を突進させて轢け》
《かしこまりました》
《くれぐれも光柱に気をつけろ、また敵は上空にもいる事を忘れるな》
《は!》
そして俺達は穴を上に上がっていくのだった。ルピアが飛んで途中まで下り俺を迎えに来てくれる。
「ラウル様、おつかまり下さい」
俺がルピアの腕をつかんだ時だった。ブルルルルン!と言う音と共に、俺達の頭上にいたAAV7 SU装甲輸送車が動いた。それと同時に石が落ちて来て、俺達が上がろうとしていた穴を塞いでしまった。
「潜んでいるのがバレたか!ちょっとタイミングが早いが、こちらに意識を集中させるにはちょうどいい!」
ファントムが塞いでいるその石に拳をふるうと、バグンと音を立てて岩が左右に割れた。
「行くぞ!」
地上に出た俺は、マキーナとルピアにM240中機関銃とバックパックを渡す。
「くれぐれも光柱に気をつけろ!」
「「は!」」
「ファントムはこの岩を、やみくもに上空にぶん投げるんだ!」
ブン!ファントムが巨大な岩壁を掴んで、上空に思いっきり投げる。岩はとんでもないスピードで空に飛んで行った。
「もういっちょ」
もうひと欠けの岩を掴んでブン!と投げる。
それと同時に俺はその場で、10基の120mm迫撃砲 RTを召喚して一気にスモーク弾を10発撃ちあげる。パン!パン!パン!パン!パン!パン!パン!パン!パン!パン!上空で10発のスモーク弾が炸裂した。
「よし!」
上空からは煙で見えないだろう。その隙に地上に来た異世界人を仕留める!と、俺がAAV7 SU装甲輸送車の方に向かおうとすると、装甲車は攻撃してはおらず止まっていた。
《どうした?》
《味方です》
瓦礫から外に出て行くと、その瓦礫の周辺に居たのは魂核を書き換えた騎士と魔法使い達だった。
「おまえら!生きていたのか!」
「はい!」
「他の奴らは?」
「行方が分からない者や、岩の下敷きになって死んだ者もおります。都市部をさまよっているうちに、ここで煙が上がっているのが見えて来ました」
するとまた数名の魂核を書き替えた人間達が集まって来た。
「ラウル様!」
「よく生き残ったな」
「建物から建物を移動してここまで来ました。急に空に雲が現れて動きやすくなり助かったところです」
どうやら俺が空にあげたスモーク弾のおかげで、兵士たちは無事にここにたどり着いたようだった。
「とにかく車に乗れ!」
そう言って兵士たちをAAV7 SU装甲輸送車に乗せようとした時だった。バフ―!バフー!と羽ばたくような音が聞こえる。見上げれば都市の上空のスモークに乱れる場所があった。どうやら敵は羽ばたきで、空中に出来た煙を吹き飛ばそうとしているらしかった。
「煙が飛ばされる…」
俺がそう呟いた時だった。
シュー―――、ドガン!ドガン!その何かが羽ばたいているであろう場所で、二つの大きな爆発が起きる。その場所にはちらちらと何かが見え隠れしており、とうとう姿を現したのだった。
「ワイバーンだ」
そのワイバーンは力なく都市に落下してくる。
「死んだのか?」
パタパタパタパタパタパタ!という音が聞こえて来た。
「ナイスタイミングだな。エミル」
東の空にはローター音と共に、アパッチ・ロングボウ戦闘ヘリがホバリングしていた。どうやら、俺がスモーク弾をあげ、上空でその煙が乱れているところにミサイルを撃ち込んだらしい。俺はすぐさま信号拳銃を空に撃つ。ヒューンと煙の尾を引いて照明弾が空にあがるのだった。
エミルのヘリが近づいて来た。
俺はエミルに向かって拳を突き上げて、グルグルと旋回するように指示を出す。するとエミルはそれに従い、都市の周りを飛ぶようにそこから飛び去るのだった。