第675話 転移の座標
俺はサイナス枢機卿がいる地下の部屋へと急いでいた。
ここまでの経緯を考えれば敵の目標は複数であると推測できる。そして攻撃目標は拠点ではなく人だと思えた。当初想定していた攻撃目標はアトム神かと思ったが、俺も攻撃対象になっているようだ。理由は恐らく転移魔法少年の私怨かもしれない。
「それと…」
俺が一番考えたくないのがイオナとアウロラだ。イオナが敵に追われた過去を考えれば、あの二人が狙われている可能性は大きい。彼女らを狙っているのは大神官アブドゥルやデモンだろう。そう考えた俺はシャーミリアを彼女たちの元に送ったのだ。そしてそれは正解だった。
次に保護している異世界の少年少女だ。あの転移魔法の少年が、奪われた自分の駒を奪い返しに来たのではないかと思う。
そして最後に、サイナス枢機卿と聖女リシェルだ。アトム神を守る聖職者であること、これも攻撃対象となる理由だろうと思えた。
「ご苦労さん」
俺がサイナス枢機卿が待機するように指示した部屋の前に着くと、そこには十人の魔人が扉を守っていた。
「「「「「は!」」」」」
「この中に枢機卿達がいるのか?」
「そうです!」
俺が声をかけると魔人達が石造りの扉をひいて開けてくれた。中に入ると…
「あれ?」
サイナス枢機卿やカーライル達の姿がなかった。俺はてっきりここで待機していると思っていたが、そこには誰もいない。護衛の魔人を五人つけたはずだがそいつらもいない。
「危険だと思って、もう少し奥に潜ったか?」
この急いでいる状況で想定外の事はあまり歓迎できないが、枢機卿の安全を考えての事かもしれない。俺は更に深い部屋まで進むことにし、奥のドアを開けて更に深部まで進んでいくのだった。だが次の部屋にも枢機卿達はいなかった。
「おかしいな…そんな奥まで行ったのか?」
結構な奥まで進んで来たが枢機卿達はいない。もしかしたらアトム神の魔石が心配になって最深部まで潜ったのかもしれない。それならば納得がいく、枢機卿が一番心配していたのがアトム神だったからだ。
俺は最深部に向かって疾走した。
「めんどいな。作戦変更を伝えたいのに…」
俺が最深部に続く螺旋階段に出て吹き抜けから下をみる。どうやら俺の考えはビンゴだったようだ。二つの魔石が浮かぶ大広間に人影が見えた。
「枢機卿!」
そこにいた全員が振り向く。そこにいたのは枢機卿とカーライル、五人の魔人とビクトールたちだった。盗賊たちが物珍しそうに浮かぶ二つの巨大魔石を眺めていた。二つの魔石は何事も無かったよう光り輝きにクルクルと回っていた。
「ラウル君!上の様子はどうじゃ?」
枢機卿が俺に聞いてくる。
「各拠点にデモンが侵入してきております。都市部にも現れましたが今は膠着状態に陥っています」
「なんと、聖都に入り込んできおったか。やはり危険じゃったのじゃな」
「まあ、そうですね。ところで枢機卿達は危険を回避するためここまで下りたのですか?」
「いや。わしはラウル君が指定した場所に、おったほうがええと思うたよ。だが皆で話し合った結果、今しがたここに来たのよ。ここの方が安全じゃという事でな」
「なるほど」
俺はカーライルを見る。
「私も同意した側ですね」
「そうなの?」
カーライルじゃない。そして俺は五人の魔人にもそんなことを指示した覚えはない。
という事は…
俺はビクトールを見た。
「は!私が提案をいたしました」
ビクトールが言う。
「そうか。それは枢機卿を心配しての事か?」
「そうです。あの恐ろしい化物は人間では太刀打ちできませんから」
そう言えば、コイツはデモンを見たことがあったんだっけ?ファートリア聖都から逃げて、あの盗賊の集落まで逃げたとか言ってたな。
「俺達が突破されると?」
「念のためです」
「心配してもらったようですまないね。だけどここで作戦変更をしようと思うんだ」
俺が言うと枢機卿が答えた。
「作戦変更じゃと?」
「はい枢機卿、敵の標的は恐らくアトム神だけではありません」
「なんじゃと?」
「恐らくは、人も標的になってます」
「人もとな?」
「枢機卿や聖女リシェル、そして恐らく私もでしょうか?もしかしたら他にも居るかもしれません」
「わしらもか」
「はい」
枢機卿が何かを恐れるような表情で考え込む。
「リシェルもかの?」
「そう推測しました」
「彼女は今はどこじゃ?」
「スラガとアナミスが護衛しています。エミルも援護につき今のところは耐えているようです」
「なんと…わしはともかくリシェルは絶対に守らねばならぬ」
「それは、アトム神と関係ありますか?」
「まあそうじゃな」
やはり、リシェルも重要人物らしい。
「というわけで枢機卿、私と一緒にここを出ていただけませんか?」
「どういうことじゃ?」
「恐らくこの巨大魔石はデモンにはどうにもできないと思います。以前ハイラが魔石に囲われていた時も手も足も出なかったはずです」
「そう言われてみればそうじゃのう…ラウル君よ、となればもしかするとハイラ嬢も攻撃目標になってはおらんか?」
「ハイラも?」
「もとより巨大魔石に守られておったのは誰じゃな?」
「…確かにそうですね」
俺が答えると、枢機卿の頭のピントが合ったようだった。
「なるほど、ラウル君の考えが分かったのじゃ。わしを連れて基地へ帰投しようというのじゃな」
「その通りです。こう分散していたのでは、デモンとはまともに戦えないです。一度戦力を集中して、ここは後からまた奪還すればいい」
「確かにそれが合理的なようじゃ」
「はい。さらにですが、異世界の転移魔法使いとデモンがグルのようなのです」
「なんじゃと?異世界の人間とデモンが与するのか?」
「この目で見ました」
「なんと…」
「そしてどうやら、私たちの位置を正確に把握しているようなのです。それがどうしても解せない」
「まさかとは思うが…内通者がおるのか?」
やはり枢機卿もそう考えるか…。俺も何かがおかしいと思っている。だが魔人たちや魂核をいじった兵士、ルタンから連れて来た洗脳兵が内通するとは思えない。他に部外者がいるとすれば…
礼一郎?
…いや、他にも居る。
「カーライル、ちょっと聞きたいんだが」
「なんでしょう」
「そこにいるビクトールの騎士としての腕前を、お世辞など一切抜きにして教えてくれ」
「まあ、正直な所…」
カーライルはビクトールをチラッと見る。しかし俺がこの場所でこんなことを聞くのは、どういうことか分かっているのだろう。
「聖騎士というには、かなり力量は劣ります」
かなりズバッと言った。カーライルは意外に空気の読める男なのだ。シャーミリアの前で以外は。
「はは、おまえ。相変わらず、ズバッというねぇ。そこがお前らしいっちゃお前らしいがな」
「ビクトール。お前は自分の力量で盗賊たちを仕切っていたのか?」
「えっ?ラウル様?何が言いたいので?私がカーライルより劣っているのは自分でも分かっていますが、盗賊よりは強いんですよ?」
「君はカーライルとは見習い時代からの仲だったっけ?」
「もちろんですよラウル様。そうだよなあ、カーライル?」
「まあそうですが、途中で道を違えましたね。私は更に騎士として純粋な技量や力を求め、彼は聖都の権力者に着く事を選びました」
「カーライル。ビクトールが聖都を逃げて、デモンが跋扈するファートリア国内を生き延びる確率はどのくらいだ?」
「かなり厳しいかもしれません」
「なるほどね。ビクトール、どうやってデモンの目をかいくぐって来たんだ?」
「……」
「答えろ」
するとビクトールは後ずさりし始めた。
「そうか…よくわかったな」
ビクトールが低い声でつぶやいた。
チャッ!カーライルがビクトールに向けて、腰にさした剣を握りしめる。いつでも抜刀が出来るようにしているようだ。
「いや、完全に騙せていたさ。今の今まではな」
俺達の会話を聞いて盗賊たちが、訳が分からないという顔でビクトールと俺を交互に見る。こいつらもグルかと思ったがどうやら違ったようだ。
「ははは。だがもう遅いぜ。俺がここにいる限りはお前たちは袋のネズミだからな」
「おい!ビクトール!何を言っている!?」
カーライルが怒鳴る。いつもの爽やかな雰囲気のオーラは消え、触れば斬られてしまいそうな気を帯び始めた。
「お前は相変わらず、お人よしだなカーライル。真っすぐでカッコよくて、まるで少年のようにまぶしい」
「何を…」
「俺は羨ましかったぜ。お前は女にもモテるし、剣の腕前も神の領域にいるようだった。まあせっかくモテても女にはなびかず剣ばかりだったが」
「お前…いったい」
「お前が知らん所で、俺は一生懸命努力していたんだ。聖都のお偉いさんに取り入ってな。お前みたいな馬鹿は剣だけだから、そこの使えない枢機卿についていれば十分だったんだろ?」
「貴様…」
サイナス枢機卿を愚弄されて、ゴオッ!とカーライルの気が膨れ上がる。恐らくこれ以上なにか言ったらビクトールは斬られてしまうだろう。だが少しでも情報が欲しい所だった。
「待てカーライル」
「ラウル様…ここは私が!」
「待ってくれ」
「…はい」
カーライルは俺が合図をすればすぐにビクトールを斬るだろう。
「お前はアブドゥルを知っているな?」
「もちろんさ。だがアイツは愚かな人間だ。ただ考えている事は恐ろしかったがな」
「アブドゥルの他に味方がいただろ?」
「ふはは、味方?味方なんかではない、俺なぞただの駒だ」
「何があった?」
「俺が生涯をかけてへつらって築き上げて来た人脈、その聖都のお偉いさん達があいつらにみんな殺されちまったんだ。一瞬でその人脈と俺の将来が消えてしまった。だが俺は逆にそれが勝機だと思ったね。うだつの上がらない聖騎士の一番下の地位に、すがりつくだけの人生を変えれると思った」
そうか…ファートリア全土が滅びの道を進み、自分が築き上げてきたものが全て崩れ去ってしまった。そんな状況で力も名誉も無い形だけの男は、デモンという強大な力に魅せられてしまったようだ。自分が生き残るために、選んではいけない道を選んでしまったのだ。
「いつから俺達をだましていた?」
「はははは!まったく魔人の王族もおめでたいね。最初っからだよ!」
ビクトールは笑ってそう叫ぶが目が全く笑っていなかった。復讐にも似た炎を目に浮かべて俺達を睨みつけている。
「お、おい!アニキ!何言ってるんで?」
盗賊の一人が言う。
「お前らもおめでたいな!」
ビクトールが言うと、他の盗賊がざわざわする。
「な、なにが?」
「おめでたいって言ってるんだよ」
「俺達がなんでおめでたいんだ?」
「まだわからねえのか?お前らは餌だよ」
「え、餌?」
「ああ、こいつら魔人国の奴らをおびき寄せるためのな」
「そんなぁ。アニキは俺達が改心して人助けをすれば、地獄に行く事はねえって。みんなに感謝されるっていってたじゃねえか」
「まったくおめでたいやつらだよ」
「あ、アニキはそんなやつじゃねえだろ!」
「バーカ、あの盗賊の集落で大量に死んだのは誰のせいだと思ってんだ?」
「誰のって…」
「俺が導いたんだよ!」
「な、なんだって!」
それを聞いたカーライルの気が炎のように巻き起こる。ビキビキビキと大気が音を立てているようにも思えた。
「しかし、あの転移魔法使いも上手くやったもんだ」
「アイツもグルか」
「ははは、当たり前だろ!そんな都合よくあそこに集まるわけねえだろっ!」
ビクトールが馬鹿にしたように言う。というよりも自暴自棄になっているようにすら見える。今ここでこんなことを暴露しても、俺とカーライルがいる以上は死んだようなものだ。だが…なんかおかしい。どこか自身満々で何かを企んでいるようにも感じる。
「俺達を欺いて、全滅させるのに協力しろと言われてるのか?」
「よくわかるな。そのままの事を言われたぜ。だから俺には魅了をかけないとかなんとか」
「魔人は魅了が分かるからな」
「へえ…魔人ってのはやっぱり厄介だな」
「おまえ、用が済んだら殺されるぞ?」
「いや、これが上手く行ったら幹部になれるんだ。あいつらが世界を取ったら俺は良い思いをするのさ」
「愚かだな…」
「なんとでも言え」
全く愚かだ。恐らく用が済んだら、生贄にでもされるだろう。コイツはどうやらそんなことも分かっていないらしい。
「ビクトール…考え直せ。俺が鍛え直してやる、ラウル様に俺からお願いを…」
「だまれ!お前はいつも俺を憐れみの目で見やがって!なんでも持っているやつには分からねえんだよ!」
「ビクトール!」
やはり気のせいでは無い。コイツは終わったと思っていない、何か企んでいるような気配だ。
「お前…何か策があるな?」
俺が、かまをかけてみる。
「お!やっぱり魔人の王族はするどいねえ!あいつらが言ったとおりだ」
「あいつら?一体何を吹き込まれた?」
「お前の周りにいる魔人が邪魔だったんだよ!見事に分散したようだな」
「…目標は俺か…」
「正解!敵のお偉いさんは、お前をたいそう嫌っているぜ!」
「だから何だ?そんなことは百も承知だ。それよりも、お前はここで終わる」
「俺は座標だ」
「座標?」
「そうだ、座標さえあればアイツはいつでもここに…」
「カーライル!斬れ!」
ビクトールが言い終わる前に、俺はカーライルに指示を出した。叫びながらも2丁のコルトガバメントを召喚して握る。カーライルが縮地で敵に近づこうとし、俺がコルトガバメントを射出した時だった。いきなりビクトールと俺達の間に、骸骨の顔をした猿のデモンが大量に出現したのだった。
「枢機卿は私の後ろに!」
俺が叫ぶ。
モーリス先生の転移魔法についての予測はやはり当たっていた。行ったところがある、もしくは目視できるところには転移できる。しかし行ったことが無い場所であれば、誘導する人間…言わば座標があれば人やデモンを送る事が出来るようだった。