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第671話 脱走した異世界人

司令塔の廊下を二人が歩いていた。俺とエドハイラだった。


「まさか、妹さんまで転生者だなんて」


ハイラが俺に言う。


「まったくだ。まあ俺たちやハイラさんたちの事を考えれば不思議な事でもないけど、何か仕組まれたようにすら思えるよ。でも妹は妹だし、安全な場所にいてほしかったなあと思ってる」


「わかります」


イオナとカトリーヌとアウロラが貴族として、いや…血族として結託したため、純粋な貴族の血じゃない俺が折れなければならなくなった。そして未だに彼女らの対応については納得してない。


「いずれにせよ、なんとかしなくちゃならないのは変わらないけど」


「そうだとは思いますが、それとこれとは別ですよ。やはり家族は安全な場所にいてもらいたいと思うものです。さっきのあれは貴族の矜持という物なんでしょうけど、ノブレス・オブリージュとか言われても納得いかないですよね?」


「いかねー」


話し合いの場では踏ん切りがつかなかったので、俺はハイラと二人で礼一郎の様子を見に行くことにしたのだった。まあ一旦、頭を冷やすための口実だが。


「なんだか、ラウルさんってやっぱり日本人ぽいですよね?」


「そりゃ仕方ないさ日本人の記憶もしっかりあるしな。…でもこっちの世界での記憶もたっぷりあるから、ハイブリッドって感じだけどね」


「確かに戦闘の時や敵の対処方法を見てると、日本人ぽくないなとも思いますけど」


「自分でも、よくわからないんだよね。どっちが本当なのか」


「なんというか、気を悪くしたらごめんなさい…」


ハイラが立ち止まって言う。


「なんでも言ってくれ。部外者だから言える事もある」


「はい…。優しい部分もある反面、冷酷な部分もあるというか良く言えば冷徹というか」


「まあ、戦いは非情だからね」


「まさに魔王という感じが相応しい気がします」


「いや、魔王は魔人の方の義母さんだから」


「そうなのでしょうけど。聞く限りでは魔王様はかなり純粋なかただとか。あ、ごめんなさい、ラウルさんが純粋じゃないと言いたいわけじゃないんです」


「いや、たぶんハイラの言う通りだ。元来の魔人というのは純粋で、みなが系譜の上からの指示で生きている。だが俺は魔人の頂点にも関わらず、人間としてのエゴや欲が残っているからね。純粋じゃない」


「気にしないでください」


なるほど、ハイラはやはり人間だ。


ハイラは気にしないでと言うが、言われなくても俺はそれを気になどしていなかった。魔王の候補として、実質トップとしてそれが当たり前だと思っている。魔王になる事を悪い事だなんて1ミリも思ってないし、ノブレス・オブリージュなんてのもない。俺は俺のエゴの元に、敵兵を殺すし異世界人を殺す。立ち塞がれば排除するだけだ。そこに精神的な呵責はない。


てか…そう考えて見ると、日本人が思い描く魔王そのものだな。


「ふふっ」


「なにかおかしかったですか?」


「いや、まったくその通りだと思ってさ。まさに俺は魔王だ」


「すみません」


「謝る必要はない、その通りだからね。ただこの世界で君ら異世界人は部外者で、全く関係ない人達だ。巻き込まれてしまって申し訳ないけど、とにかく元の世界に戻してあげたいというのは本心だよ」


「戻してあげたいって言うより、退場って感じですよね?」


「ははは!そうだな!はっきり言ってくれて気持ちがいいな。俺は本編に関係の無い人達には退場願いたいんだよ、じゃないと日本人だらけの世界になってしまいそうだからね」


「本当にそうですね…」


ハイラは憂いを抱くような顔で髪をかき揚げた。彼女もいきなりこっちの世界に呼ばれて巻き込まれて来た人だ。この世界にいるのは不自然だという事は自覚しているらしい。まあ俺の武器もこの世界ではかなり不自然だけどね。


そのまま歩き、二人は礼一郎が寝ている部屋の前に着く。


「俺が日本に返してやりたい、もう一人がコイツだよ」


扉を指して言う。


「どうして?」


「恐らく礼一郎はゲームのめり込みすぎたんだ。そしてそれは俺の前世にも通ずるものがあってね、俺は武器オタクだったんだよ。それで今ではこんなことになってる。環境や条件が一緒だったら俺は礼一郎だったかもしれないんだ」


「ラウルさんは、礼一郎のようにはならないと思いますけど?」


「いや、今の俺がこうなっているのは、死んだ父親と母親のイオナのおかげだと思っている」


「そうでしょうかね?」


「たぶんね」


そう言って俺は扉の取っ手に手をかけ、そっと音を立てないように扉をひらいた。具合悪くて眠っている礼一郎を起こさないためにそーっと。すると中から風が吹いてくる。


「あれ?」


起きているのかと思って部屋を見渡すが、どこにもその姿はなかった。ベッドにもおらず、ただ窓だけが開いていた。風はそこから入り込んでいるようだった。


「礼一郎、どこだー?」


「どうしたのでしょう?」


「小便でもしに行ったか?」


「トイレはすぐそこです」


「ああ」


俺は廊下に出てトイレをノックする。しかし中から何も返事はなかった。


「開けるぞー」


扉を開けるが中に人は居なかった。


「……」


「いないですか?」


「いない。建物の中か?」


「どうでしょう?」


《シャーミリア!建屋の中に礼一郎が居ないか探してくれ》


念話で指示する。


《かしこまりました》


一応、俺とハイラもそのあたりを探してみることにした。


「おーい」


「礼一郎くーん」


返事はない。シュッ!瞬間で俺達の前にシャーミリアが現れた。


「恐れながらご主人様。レイイチロウの姿は見当たりませんでした」


「マジか」


「はい」


俺とハイラが顔を見合わせる。


「まずいな…」


「窓から出たのかしら!?」


「どうやらそうらしい」


「まだ基地内にいるのでは?」


「だな。シャーミリア!基地内の魔人達にすぐに通達を出せ、日本人が居なくなった。基地内を探すように」


「外はいかがなさいましょう」


「外か…だが異世界の魔法使いに襲撃されれば魔人に被害が出る」


「では、各地の直属を呼び戻しては?」


「…ダメだ。今は敵の襲撃に備えて準備中だ。俺が行く!ミリアとファントムはついて来てくれ」


「かしこまりました」


「ハイラさんは皆と一緒に居てください」


「わかりました」


迂闊だった。


イオナたちが来た事、異世界人の収容所の件、都市の警護と異世界人への呼びかけ、都市の地下の魔人の配備などを急がせるあまり、礼一郎の付き添いがおろそかになってしまった。まさか弱っている礼一郎が脱走するとは思わなかった。


俺のミスだ。


「行くぞ!」


「は!」


俺達が建屋を出ると、メリュージュとセルマ、グリフォンたちがいた。


「あら?ラウル君どうしたの?」


「あの、メリュージュさん!少年を見ませんでしたか?」


「あら?なんか顔色の悪い少年がずいぶん前に通りかかったわよ」


「そいつはどっちに?」


「あっち」


黒龍のメリュージュが首を向けた方向は、正面の門ではなかった。


「ありがとうございます!あの!イオナ母さん達には黙って来たので、くれぐれも基地の外に出ないようにと伝えてください!」


「わかったわ」


「もし何かあったらセルマも皆を守ってくれよ!」


「がおー」


任せてください!と言っている。


「イチロー!おいで」


グリフォンのイチローが俺の元にやって来た。


「俺を乗せて」


するとイチローは俺の首根っこをくちばしでつまんで背中に乗せた。


「他の子らもセルマと一緒にイオナたちを守ってくれ!」


「クルッキュゥー」

「ギャアウギャ」

「コルルル」

「クキュー」


残りの四頭が鳴くが、何を言っているのか全く分からない。イオナなら分かるのかもしれないけど。任せてくれ!とか言っているのだろう。


「ミリア!行くぞ!」


「はい!」


「ファントムは陸路で俺達を追ってこい!」


「……」


「イチロー飛んでくれ!」


「クルゥキュッキュー」


イチローは、バサバサ!と翼をはためかせ空中に浮かんだ。


「ミリア、誘導してくれ!」


シャーミリアが俺達の前を飛ぶと、イチローはシャーミリアを追うように飛び出す。前に乗った事があるのだが、実は安定して凄く乗り心地が良い。基地内には捜索と警備のために残っている魔人達がいる。そしてあっというまに基地の外へと抜けた。


《ミリア!見えるか?》


《まだ見えません》


俺も四方をきょろきょろと見渡すが、基地の周辺には礼一郎の姿は見えなかった。下を走っているのはファントムだけ。そして少し離れた眼前に広がっているのは、光柱が大量に生えた聖都だ。


《まずいな。何が目的か分からないが、聖都の入り口にはサイナス枢機卿達がいる。ミリアは先回りしてくれ!》


《は!》


ビシュッ!シャーミリアが俺の側から消える。とにかく礼一郎が何かをする前に阻止しなければならない。


《ご主人様》


《どうだ?》


《こちらには来ていないようです》


《来ていない?》


《はい》


「イチロー!止まれ!」


グリフォンのイチローは旋回して空中にとどまった。


礼一郎はいったい何をしに、どこに出たんだ?まさか?まだ基地内にいた?そんなことはない、俺もシャーミリアも確認しながら出てきている。


《スラガ!そちらに礼一郎は来てないか?》


《レイイチロウですか?いえ、来ておりません》


《もしかしたらそちらに行くかもしれん。もし現れたら速やかに確保だ》


《わかりました》


おかしい。異世界人たちの収容所にも現れていないようだ。もしかしたら、どの拠点でもなく野に消えた?


《シャーミリア!》


《は!》


《門には誰が?》


《枢機卿およびカーライル、集落から連れて来た騎士と盗賊。マカ、クレ、ナタがおります》


《マカ、クレ、ナタがいるか…。ならば聖都上空を避け聖都周辺を一周してきてくれ!くれぐれも光柱に気をつけろよ》


《御意》


「イチロー!あっちにむかえ!」


俺は念のため地下道の秘密の入り口を確認しに、イチローに飛ぶ方向を指示した。グリフォンの飛行速度はかなりのもので、あっという間に川にかかった橋が見えて来た。


「あそこにおりろ!」


イチローが地下道の秘密の入り口におりる。グリフォンは少し着地が下手のようで、こけそうになっている。


「ラウル様!」


地下道の中で警備をしていた、進化オークと進化オーガが俺を出迎える。


「ここに異世界人は来なかったか?」


「いえ!見かけておりません!」


「わかった!お前たちの現状の装備はなんだ!」


「12.7㎜重機関銃が一丁、我々はG-36アサルトライフルを装備しています!」


「入り口に何人?」


「十名が待機しています」


「なら、これを着ておけ」


Krsk12ボディアーマー(防弾チョッキ)を人数分召喚して渡してやる。風魔法や氷魔法攻撃から、胴体部分だけは守られるだろう。


「いいか?その異世界人は水と風の魔法を使う、十分注意しろ!接近戦は避けるんだ」


「「かしこまりました!」」


「ファントム!」


飛ぶ俺とイチローに、走ってついて来たファントムが立っている。


「ハイポーションを三十個出してくれ!」


ゴロゴロゴロゴロ。ファントムから次々にハイポーションのカプセルが出て来た。


「これを!」


「「は!」」


「扉を閉めて!警戒態勢をとれ!」


進化オークと進化オーガは再び秘密の扉に入って扉を閉めた。どうやら礼一郎はこの場所を知らないのか、来てはいないようだった。だが不測の事態には常に備えなければならない。


さて…どこにいった?礼一郎。とにかくこのあたりの地理は知らないはずだ。しかもかなり体が弱っていたので、そうそう遠くへ行けるわけがない。またおかしなことをする前に何としても捕まえなければ。


《ご主人様!》


周辺の捜索をしていたシャーミリアから念話が入る。


《ミリア!礼一郎を見つけたか?》


《いえ!全く違う者の気配を感じました!恐らくは…》


《なんだ?》


《恐れ入ります。感じたのは一瞬ですが、明らかにデモンの気配でした》


《なに!?今そいつは、どこにいる?》


《申し訳ございません!見失いました!恐らくは南方向から現れたのだと思われます》


なんでこんなところにデモンが来るんだ…。ファートリア決戦の時に退治したんじゃないのか?いや…二カルス大森林を抜けて来たって事か?


《シャーミリアはすぐに基地に帰投して、母さんたちの護衛についてくれ!》


《ご主人様は?》


《俺もデモン迎撃のために聖都に向かう》


《それであれば私奴も!》


《だめだ!お前の飛ぶ速度の方が速い!基地に到着するのは一瞬だろ?とにかく母さんをたのむよ》


《…かしこまりました》


ここから俺がグリフォンで帰るよりも、シャーミリアなら一瞬で戻れるはずだ。基地にはメリュージュさんがいるから、シャーミリアが居ればどうにか切り抜けられるはず。


《マカ!クレ!ナタ!》


《《《はい!》》》


《デモンの反応を感知した!そっちに行く可能性がある!マカはサイナス枢機卿たちを、すぐに聖都の秘密通路から地下へ避難させろ!クレとナタは作業をしている騎士や魔法使いに声がけをして、聖都地下に避難させるんだ!俺は北から合流する!》


《《《わかりました!》》》


聖都の地下の方がデモンに対してはかなり安全かもしれない。光柱はデモンに対して有効な障壁となるからだ。


《ルフラ!ルピア!デモンが出現した可能性がある》


《《は!》》


《今の状態なら聖都地下の方が安全だ。そこでデモンを迎え撃つ》


《《かしこまりました》》


《魔人達に装備をつけさせて、迎撃態勢を取らせるんだ!》


《《は!》》


念話を切り、俺はすぐさまイチローの背中に飛び乗って声をかける。


「イチロー!飛んでくれ!」


「グルゥゥゥ」


俺とイチローは再び大空に舞った。ファントムが地上を走ってまたついて来る。とにかく今は時間との勝負だ。


《スラガ!アナミス!》


《話は聞いてます》


《そこに待機して、聖女リシェルと異世界人を守れ》


《《かしこまりました》》


《相手の狙いは分からんが、せっかく助けた命だ》


《《は!》》


礼一郎はこの際、見放すしかないだろう。どこに行ったか分からない奴を探している余裕などなかった。グリフォンの背中で俺はバレットM82 セミオートスナイパーライフルを召喚する。そして聖都の方向へ向けてスコープを覗き込むのだった。


「まったく…あいつはどこに行ったんだか…」


ポツリとつぶやいた。

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