第668話 予期せぬ来訪者
「あ」
ひと言だけ、そう言ってシャーミリアがすぐ止まった。バレットM82ライフルを構えた俺を抱きかかえ困った顔をしている。
「どうした?」
「申し訳ございません」
なんか知らんがシャーミリアが謝っとる。俺でも分かるくらいの凄い気配が正面から迫ってきているのにだ。ここからM82ライフルで撃つしかないのだろうか?俺はスコープをのぞいた。
「あ」
スコープをのぞいて俺もそう言った。
そしてそれはすぐ来た。すごーく見たことのある顔が。
「あら?こんなところまでお出迎えにきてくれたのかしら?」
そのやけにのんびりした美しい上品な声に、俺はすごーく聞き覚えがあった。
「母さん…こんなところにどうしたの?」
「ちょっと用事があって来たのよ」
「用事って、近所に住んでるわけじゃないのに…」
「というより急用かしら?」
「はあ…」
「ラウル君こんにちは。オージェはどうしているかしら?」
「…メリュージュさんこんにちは。彼は大陸南部に行ってます。二カルス大森林の向こうですね」
俺の目の前に、オージェママと俺のママがいる。
なんかコンテナみたいなのをぶら下げた巨大な黒龍のメリュージュ。背中にはセルマ熊が乗って「がおがお」言っている。メリュージュの脇には5頭のグリフォン、イチロー、ニロー、サンロー、ヨンロ―、ゴローが羽ばたいていて、それぞれの背には見た顔が乗っていた。ヨンローとゴローの背中には両側にかけるように箱が乗せてある。
「シャーミリアもお疲れ様。いつもラウルを守ってくれてありがとう」
「は!母君様!私には過分なお言葉にございます。母君様におかれましては、とてもお元気そうで何よりでございます」
シャーミリアが緊張気味に挨拶をしていた。まあ俺の育ての母親なので、彼女がそうなるのは仕方がない。それよりもだ…
「あの…母さん、今は状況的にあまりよろしくないんだよ…」
今のファートリア聖都はとにかく危険な状態だ。メリュージュはありがたいにしても、彼女らは今ここに一番いてほしくない顔ぶれだった。なんとイオナの他にも、ミーシャとミゼッタがグリフォンに乗っていたのだ。
そしてだ…
それにも増して俺が最も来てほしくない人!…いや絶対に来てほしくない人がいた。こんな危ない場所にいちゃいけない。
アウロラだ。
何でこんな危険な戦場に、こんなかわいい子が来なくちゃいけないんだろう?俺の頭の中はクエスチョンマークだらけで、次の言葉を失っていた。
「まずはどこかの町に降りましょう?」
イオナが言った。
「えっと、母さん。今ファートリアの町はどこも危険なんだよ。そんなところにアウロラを降ろすなんてとてもじゃないけど出来ない」
「あら、困ったわね。アウロラがどうしても来なくちゃいけないというから来たのよ」
「アウロラが?」
「そうだよ!お兄ちゃん!」
えっ!すっごく成長した感じになってる。なんかめちゃめちゃはっきりと話をするようになった。
「アウロラ。今はね、お兄ちゃんたちは、とても危ない人たちと戦っているんだよ。お母さんにワガママ言っちゃダメじゃないか」
「どうしても来なくちゃいけなかったの…」
うるうるした目で俺に訴えかける。なんか今にも泣きそうな雰囲気だ。
「よし!分かった!とにかく魔人基地に降りよう。あそこならこのあたり一帯の中で一番安全だ」
「ありがとう!」
アウロラがニッコリ笑顔になった。泣きそうなアウロラを前につい認めてしまった。
「とにかく今は凄く大変な時だからね?」
「わかったー!」
俺達が基地へと帰投した時、スラガとアナミスとマリアが既に戦闘態勢をとっていた。魔人達も出来るだけ集められ、全員が兵器を携帯しスタンバイしている。
「すまん!敵じゃない!母さんたちだった!」
俺が地面につかないうちに魔人達に叫んだ。
ザッ!
全員が一斉にイオナとメリュージュに対して膝をついて首を垂れた。
「あら、そんなに改まった挨拶なんかいらないわ。ねえメリュージュ」
「そうねイオナ。私たちはちょっと用を足しにきたのだから」
ママとママ友がのんきに言う。
「ここは俺が仕切る!みな作戦通り持ち場についてくれ!マリアはここに残るように!」
「「「「「「は!」」」」」」
「わかりましたラウル様。奥様…お久しゅうございます」
「マリアも頑張っているようね」
「お心遣いありがとうございます」
「寂しかったわ」
「私もです」
イオナとマリアは若いころから一緒だった。主人と従者の関係ではあるが、まるで姉妹のように仲良くしてきた二人だ。心なしかマリアの目に涙が浮かんでいる。それに気が付いたイオナがマリアを抱き寄せてぎゅっとしている。
そこに遅れてルフラとルピアのコンビがやって来た。
「あー、すまんルフラ、ルピア。来たのは母さんだったよ」
ザッ
ルフラとルピアも慌てて膝をついて首を垂れた。
「あらら、ごめんなさいね。仕事の邪魔をしちゃったようだわ」
「ラウル君の念話でお伝えして、みな普通通りにして頂戴って」
メリュージュに言われる。
「分かりましたメリュージュさん」
俺は巨大な黒龍を見上げながら答える。
「とにかくおかまいなく」
「みんなそう言う事だから!戻ってくれ!」
「「は!」」
ルフラとルピアも、わざわざ聖都地下から上がってきてくれたらしい。まったく急ピッチで作業をしている時にとんだお客様だ。一斉に魔人達が引いて行き、メリュージュとイオナたちがここに残った。
魔人が引いた途端、ズドドドドドド!と勢いよくセルマ熊が俺の元にやって来た。ガバっと俺を抱きしめてもっふもふのほっぺで頬ずりして来た。
「セルマ、元気そうだね」
「がおがおがお!」
ラウル様も元気そうで何よりと言っている。
「デカくなった?」
「がおがおおおん」
レディーにデカくなったは失礼ですよと言っている。
「ごめんごめん」
「があああおおん」
私のようなおばさんは良いけど、お若いレディーに嫌われないように学んでくださいと言っている。
「わかった」
するとセルマの後ろから、グリフォンのイチロー、ニロー、サンロー、ヨンロー、ゴローが来て俺を甘噛みしながらべろべろと舐めまわしてくる。これをやられるとべっちょべちょになるから困るんだが…まあいい。
「くすぐったいな。みんなも元気そうで何よりだよ」
「ギャッギャ!」
「グルゥウ!」
「グエエグエエエ」
「ギャッギャ」
「クルルルゥゥ」
こっちは何て言っているのかさっぱりわからない。だが嬉しそうで何よりだ。きっと喜んでいるに違いない。
「こら!ラウルが汚れちゃったでしょ!大人しくしてなさい!」
イオナが叱るとグリフォンたちが後ろに下がって行った。あいかわらずピシィっと躾けられており整列していた。イオナは恐らくテイマーの能力があるのだろう。
《…グリフォンってそもそも、人間の言う事なんて聞かないんじゃなかったっけかな?》
「とにかく、司令塔にモーリス先生がいるから一緒に行こう」
「ええ。わかったわ」
「アウロラ―、兄ちゃんにだっこするかー?」
「みんながみてるし」
アウロラが恥ずかしそうに言う。
「えっ‥‥」
うそ!お兄ちゃんにだっこされるのが恥ずかしいっていうのかい!そんな事は無い!すぐにお兄ちゃんの胸に飛び込むべきだ!さあ!
「ほら、恥ずかしがることは無いわアウロラ」
イオナが言う。
「はい」
アウロラがイオナの胸から俺に来る。首に腕をかけてぎゅっと力をこめる。
「おおーアウロラ!ずいぶん大きくなったなあ」
「へへへ…」
「お利口さんにしてたかー」
「お兄ちゃん、お利口さん…なんて、恥ずかしいわ」
えっ!うそ!なんでこんなに大人みたいな口を利くようになったの!だって『にいたん!』とか言ってなかった?マジで?
「まずは行きましょう。メリュージュ、この子達をお願い」
「ええ、見ておくわ」
でっかいメリュージュは建物に入れない、グリフォンたちを見ててくれるようだ。
「みんなも会いたがっていたのよね」
イオナに促され、ミーシャとミゼッタが前に出て来る。
「ミーシャ、無理はしてないか?」
「はいラウル様。…ある程度は…」
「そうか…」
ミーシャが恥ずかしそうに頬を赤らめて言う。きっと無理をしているため照れ隠しをしているのだろう。このマッドサイエンティストが自重するわけがない。
「ミゼッタもなんか大人になったみたいだ」
「そうかな?私までついてきちゃってごめんなさい」
「まずは、皆で司令塔に」
メリュージュとグリフォンが運んできたコンテナと貨物が気になるが、今はとにかく話を聞かねばならない。
「カラフルじゃないけど、ここはグラドラムに似てるのね」
歩きながらイオナが言う。
「基地はどこもこんな感じさ。俺の影響を色濃く受けてるからね」
「あとはミゼッタが色付けを指示すれば」
「いえ!基地はこの色でいいのです!目立ってはダメなのです!」
「あら…そう。残念ねミゼッタ」
「イオナ様…ラウル様のおっしゃるとおりかと思いますよ」
「あら、そうなのね?」
どうやらミゼッタはそのあたりの部分は常識的らしい。イオナはグラドラムで麻痺してしまったのだろう。元々豪華絢爛な幼少期を送っているから、カラフルなものは見慣れているのかもしれないが。
「ミゼッタ!ゴーグは南の前線にいるんだ。せっかく来たのにな」
「いえいえ!私はゴーグに会いに来たわけじゃないんです!」
「でも、会いたかっただろ?」
「それは…はい」
「今は前線の警護で忙しいんだよ」
「あの子、頑張ってるんですね。良かった」
「ああ、めっちゃくちゃ頑張ってる」
「偉いなあ…」
そんな話をしながら司令塔の会議室へと付いた。地下に避難していたモーリス先生たちは、既にシャーミリアが呼んで来てくれている。
「先生!」
「おおイオナよ。元気そうじゃな」
「はい。先生もお元気そうで」
「皆も息災じゃったか?」
「はい。先生」
「私も元気です!」
ミーシャもミゼッタも元気に答えた。
「ふぉっふぉっふぉ!アウロラもおいで!」
「はーい」
アウロラが俺の腕から素直にモーリス先生の腕に移る。え…もう行っちゃうの!と思ったが、アウロラはすでにモーリス先生に抱かれていた
《幸せそうなのでよしとしよう、モーリス先生なら許す》
「イオナ様!」
先生と一緒に入って来たカトリーヌが声をかける。
「カティも元気のようね」
カトリーヌがイオナの側に行くと、イオナが抱き寄せて頭を撫でた。
「大変でしょうに」
「いえ、少しでも助けになればと。足手まといにならぬよう必死です」
「さすがはナスタリアの女ね」
「ありがとうございます」
久しぶりに会って労い合い、軽い話を終える。
「お茶をご用意いたします」
「ああマリアすまない」
「私が手伝います!」
「私も!」
ミーシャとミゼッタがいつもの事のようにマリアについて行った。
「あの子達はあいかわらず仲がいいわね」
「マリアはお姉さんのようなものだからね」
「そうだったわね」
「はい」
俺達が会議室の椅子に座った。イオナの隣の椅子にアウロラがちょこんと座っている。とっても偉い子だ。俺がニッコニコしながらアウロラを見ていると、照れたようにニッコリ笑ってくれた。いい子だ。
「なんかすっごく偉いね」
「ありがとうございます」
あら?めっちゃ礼儀正しい。だけど俺にはもっと砕けた感じで来てほしい。
「急に大人になったみたいでしょう?」
「見ないうちにこんなになったんですね」
「まあそう思うわよね…」
イオナが何かを含むように言った。
「失礼します」
マリアがお茶を持ってきて、ミーシャとミゼッタがみんなに配った。久しぶりに俺の身内が集まったのだった。
「みんなも座れよ!マリアもね」
「ありがとうございます」
「「はい」」
全員が座り、皆がお茶を一口ずつすすった。
「ふう」
「ほっ」
「おいし」
「おちつくわ」
皆が一息ついた。
「それで…母さん!!どうしてここに来たの!?いま一番危ない時なんだけど!!!」
そう…それどころではないのだ。俺は声を大にして言う。
「そうじゃな、今はここに来るのは得策ではないと思うのじゃがの」
モーリス先生も俺と同意見だった。
「それが…アウロラなの…来るって言ったのは」
俺達が一斉にアウロラを見ると、彼女はちょっとはにかむのだった。
「アウロラ、話せるかい?」
俺が言う。
「はい!」
はきはきとした感じにアウロラが答えた。やはり以前分かれた時とは感じが全く違っている。全員がアウロラに注目するのだった。