第666話 作戦の修正と回復
結果俺達は三人の少女を救う事しかできなかった。主犯格の少年を逃し大量の異世界人を殺され、おめおめと魔人軍基地へと戻るしかなかったのだ。魔人軍の精鋭がそろっていて、この結果とは情けない。俺の精神もかなり疲れているようだった。
「さてどうしたものかね?」
助けた三人の少女を含めた二十人の少年少女を前に言う。周りを魔人達が囲み、俺とエミルと直属の配下達で話し合いをしていた。モーリス先生とマリア、カトリーヌには既に休んでもらっている。さすがに疲労が大きいようで素直に寝所へ行ってくれた。
「全員をファートリア聖都に連れ帰るしかないんじゃないの?」
「連れ帰るったってさエミル、聖都に彼らの家があるわけじゃないしなあ」
「でもここに置いとくのか?」
「ここなら魔人もいっぱいいるし守れるとは思う。どこが安全とも言えないし」
「まあ、確かにな」
エミルと俺が日本人の少年少女をどうするかを決めかねていた。
「ラウル様。せっかくですから聖都に連れて行ってハイラさん達と会わせてみては?あそこには先に助けた、レイイチロウと何人かの少年少女もいますし」
「まあ…そうだな。ルフラの言う通り一緒に置いてやったほうがいいか」
「上手くやれるかどうかは別として、一緒に居てもらった方がこちらも安心ではないかと」
「そうしよう」
「それでは、彼らの魔法対策はいかがなさいましょう?」
シャーミリアは俺が気にしているところが分かるようだ。彼らの催眠を解いても皆が服従するとは思えない。魔法の対策を考えておかないと、また新たな被害が出てしまうだろう。
「そこなんだよな…あそこにはサイナス枢機卿や聖女リシェルがいるし、彼らに被害が及ぶのは絶対に避けたい。あと人間もたくさんいるから、異世界人を集めた場合何が起きるかわかんないんだよね」
「隔離する為の施設を作る必要があるかもしれません」
「用意させるか…」
「予測不可能な事になる前に、手をうっておいた方が良いかもしれません」
「だな」
シャーミリアは今までの俺の動きから学び、最適解を出したようだった。
「アナミスとラウル様で、魂を書き換えるというのはどうなんです?」
ルピアが天真爛漫に言う。彼女は人間に対しての感情が少なく、魂核をいじった方が手っ取り早いという意見だ。確かにとても合理的だが、殺戮天使ならではの意見だろう。
「ルピア。ラウル様は彼らを元の世界に戻す前提で話しているのよ」
アナミスが反論した。
「でもその方法があるんですか?」
「それは…」
アナミスに分かるわけがない。
「それは無い。というかモーリス先生頼りだ。俺達では見当もつかない」
「そうなんですね?」
確かにルピアの言う通り、魂核を書き換えてしまった方が管理は楽だが、それが今後どのように彼らに影響するのかが分からない。今は良くても三年後五年後に何らかの弊害が出るかもしれない。
「だから、それは本当に最終手段という事になる」
「でもアナミスの催眠は効いてますよね?」
「確かにな。シャーミリアの見立てではデモンの干渉は無く、モーリス先生が闇魔法の干渉を取り除き、アナミスが魅了を上書きして更に催眠をかけることができた。だけど今、催眠状態で大人しく従っていても、これから現れる異世界人がそれを上回る可能性もある」
「簡単じゃないんですね…」
「そうなんだよ。ファートリア聖都には大量の光柱があるだろ、あそこから出現した異世界人がどんなふうになるか分からないしな」
考えれば考えるほど彼らの取り扱いは難しかった。ただでさえ逃した主犯たちの問題で頭が一杯なのに、彼らの管理一つとってもやる事は山積みだ。
まったく疲れる…
「ラウル。とにかくシャーミリアさんの言う、隔離センターの設置が一番現実的じゃないか?そこを重点的に魔人達が警備して守り、新しく来た異世界人を説得してまた違う棟に隔離する。魔人達が大忙しになるとは思うけど、そうするしかなさそうだぞ。見張りや少年少女らの警護になら、俺の精霊も役立つだろうし」
「精霊か…協力してくれると助かる」
「いや、異世界人の事だ。協力というより、俺が主体的にやってもいいと思ってる」
「ありがとうエミル。とにかく現場に行って、サイナス枢機卿とも話をしてみよう」
「そうすべきだ」
少年少女のこれからは大まかに決まった。
少年少女たちは催眠がかかっているので、俺達の話の内容もよく分かっていない。とりあえずこれから自分たちがどうなるのかだけ教えてやらなければならない。
「みんないいかな?」
一斉に俺を見る。目はとろーんとしているが、一応簡単な事くらいは分かるだろう。
「みんなはこれから、俺達と共にある所に行く事になった。もちろん安全なところで、食事も寝るところもある。だから安心してほしい。決して悪いようにはしないのでついて来てくれ」
もちろん返事はないが、頭の中には入ったと思う。
「じゃあ君らには、これから明日の朝まで休んでもらう。みんなで寝所に行って寝てくれ」
俺が言うと、アナミスが皆を誘導し始める。二十人の少年少女が立ち上がり、アナミスについて寝所へと向かって歩いて行った。
「アナ!男と女で分けてくれ」
「心得ております」
残された俺達は最優先事項を話す事にした。
「で、主犯の事なんだけど」
「どこに逃げたんだろうな」
「恐らくはどこかの村か、都市に行くと思うんだが…あの能力があるから、断崖の洞穴になんかも移動できるよな?」
「他国に逃げる可能性は?」
「最初はあいつが行った事がある場所か、目視できるところなら転移が可能だろうと言っていたんだ。だが他にも可能性が出て来て、どうやら村人を確保して転移先に誘導させたんじゃないかと」
「ファートリアの国民で、よその国に行った事のある人を捕まえれば行けるということだったな」
「そうなってくると冒険者なんだよ」
「冒険者の行き先で濃厚なのはアグラニ迷宮…リュート王国か」
「アグラニ迷宮に行った事のある冒険者は多いだろうな」
「商人という線は?」
「生き残りが居ればだが、国内に商人はあまり残っていないように思う」
「確かに。ファートリア国内で物資は流通してないみたいだしな」
「そう言う事だ」
「それで、どうするつもりだ?」
「いま各都市に魔人軍を向かわせているよ。ファートリア西部の前線基地に大量の魔人を呼びよせておいたからね」
「それは西部のラインを強化する為だったんじゃないのか?」
「変更せざるを得ない」
「まあ、確かにそうか…」
作戦なんてものは流動的に変更していくしかない。ファートリアの都市と光柱を監視すれば、奴らが接触してくる可能性がある。とにかくあいつだけは捕まえないといけない。
「エミル。俺は転移魔法がこんなに厄介だとは思わなかったよ」
「これが禁術になった理由の一つかもな」
「ああ、犯罪がやりたい放題になってしまう。殺して逃げて、盗んで逃げて、犯して逃げて、それこそやりたい放題の奴が出てくるだろうね」
「ああラウル。先に西部のラインに大量に兵器を補充して正解だったな」
「魔力がギリギリだったけど無理してやって良かったよ」
大量に兵器を召喚したおかげで、一般兵の魔人達でもかなりの戦力となるはずだ。
「ご主人様。私奴が再び彼奴等を探してまいりましょう」
シャーミリアが言う。
「いや、いいよシャーミリア。むしろあの村に戻ってくる事も無いだろうし、範囲が広すぎて難しいだろう」
「私奴が先に見つけたにもかかわらずお役に立てませんでした。力至らずもうしわけございません」
「シャーミリアに一切の過失がない。あるとすれば俺だろ」
「そんなことは…」
「あるんだよ。お前はよくやっている」
「は、はぁ…ありがとうございます…」
シャーミリアが顔を紅潮させて頭を下げる。
ファートリア全土を探し回るなんて、どだい無理な話だ。どこかに待ち伏せて、あいつらが来た時に対応したほうが最も効率が良い。
「モーリス先生たちの目覚めを待って聖都に行く」
「ではご主人様、今宵はお休みいただいてよろしいかと」
疲れている俺にこの言葉はありがたかった。
「甘えよう。エミルとケイナもゆっくり休んでくれ、明日の朝は早い」
「わかった」
「ありがとうございます」
エミルとケイナが自分達に用意された寝所へと向かって行った。
「じゃ、そういうことで」
俺が魔人達に挨拶して行こうとすると、シャーミリアがスッと俺の前に来た。
「ご主人様、お疲れでございましょう。こちらへ」
「ん?俺の部屋あるだろ?」
「もちろんでございます。それではマキーナ、ルフラ、ルピア、ご主人様をお連れして」
「かしこまりました」
「わかったわ」
「はいはーい」
それぞれが順に返事をした。
シャーミリアが歩き出すので俺はその後ろを追っていく。前を歩くシャーミリアの背中から目を離し、後ろを振り向くとそこにアナミスの顔があった。少年少女を寝かしつけて戻っていたらしい。セクシーな美しい顔でニッコリと微笑んだ。
…あ…この展開は…
次の瞬間俺の意識がふっと落ちた。
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あれ?俺寝てたのかな?
暗闇から次第に明るみに出て来る。
「はっ?」
俺はいつの間にか寝ていたようだ。窓の外は薄っすらと陽の光がさしてきている。よく見ると俺は裸で大きなベッドに寝ているようだった。ベットの周りを見ると、五人の美女が俺を囲んで膝をついて見つめている。
シャーミリア、マキーナ、アナミス、ルフラ、ルピアだった。
「おはよう」
「おはようございます、ご主人様」
「みんななんだか顔の色づやが良いね」
「そうでございましょうか?それよりもご主人様、同郷の人間達の大量の死。大変悲しい事でございました。ご主人様の悲しみの御心は計り知れないと思われましたので、誠に僭越ながらご主人様をお癒しする事とさせていただきました。勝手な事をして申し訳ございません。何なりと御処分いただけますよう」
「しないしない!ありがとう!なんか知らんけどスッキリしてるし、実はすっごく心にキてたんだよね!この気遣いはものすごくありがたいよ」
「それは何よりでございました」
どうやら俺が日本の少年少女の大量死をまざまざと見せつけられたことで、心が弱っている事を見抜いていたらしかった。さすがシャーミリアは俺の秘書だ。おかげで昨日よりも良い判断が出来そうな気がする。
リセットされたようだ。
「よし、そろそろ夜が明ける頃だな。みんな作戦を開始するぞ!」
「「「「「は!」」」」」
俺がベッドから起きると、シーツがふぁっさっ落ちた。なんか知らんが朝から俺の357マグナムが元気いい。こんなに元気だっけ?てか成長した?
「まあ…」
「あら…」
「ふふっ」
「すごい」
「こら!皆、そんなにまじまじと見るものじゃないわ!ささっ!ご主人様こちらをお召しください」
シャーミリアが一番恥ずかしがっているような気がする。
「悪いね」
俺が立っていると、5人であっというまに俺に服を着せてくれた。
「よし!」
「「「「「は!」」」」」
直属の配下達の気持ちがとてもありがたかった。いつも俺の精神がやられそうになった時には、彼女らが最大限のサポートをしてくれる。最初はこの魔王の務めとやらが不思議でしょうがなかったが、今となってはその理由が分かったかもしれない。
俺は5人の美女を従えてさっそうと、部屋を出ていくのだった。
「ラウルよ。少しは元気が出たようじゃな」
食堂に行くとモーリス先生とカトリーヌ、マリアとエミル達が既に食事をとっていた。
「はい。深い眠りについて休めたようです」
「色艶がいいようじゃ」
「ご心配をおかけしました」
「無理もないわい。異世界人はいわば同郷も同然の者達、それがあれほど無残に殺されたのじゃからな気に病むのは当たり前じゃ」
やはり先生も俺の気持ちを見抜いていたらしい。
「いえ、それを言ったらエミルも」
「俺は大丈夫だ」
「そうね」
エミルとケイナも少しは回復したようだ。元気になってくれてよかった。
「カトリーヌ様。それではご主人様をお願いします。我々はこの基地内の魔人達の立て直しを行いたいと思います」
「ええ。シャーミリアありがとう」
「は!」
そして魔人達五人は食堂を出ていくのだった。
腹減った!なんかしらんがなんでもいいから腹に入れたい!
「ラウル様、食事の準備は出来ております。思う存分お食べ下さい」
マリアに言われて席につき、俺はがむしゃらに肉にかぶりつくのだった。