第665話 異世界人の被害者
デモンを圧倒して来た俺達が、ここまで翻弄されるとは思っていなかった。それも日本の中学生にだ。村に出現した時は読み勝ったと思ったが、さらに大勢の仲間を犠牲にして逃げていった。友達をたくさん殺されたのだという、被害者ムーブを醸し出していたくせにだ。
「本当に厄介です」
「結局、少年少女を守れず、皆殺しにされてしもうたのじゃ」
いつも飄々としたモーリス先生が、珍しく怒気を孕んだ言い方をする。
「あれは正真正銘のバケモノかもしれません」
「まったくじゃ」
村長宅から燃え上がったインフェルノの炎は、村全体に広がって既に大部分の建物が焼け落ちてしまった。そこにヒュンヒュンと音を立てて、エミルのヘリがやって来る。まだあちこちから煙が上がっているので見つけやすかっただろう。
「よ!」
俺は信号拳銃を召喚し、上空に照明弾を撃っている場所を教えた。
「とりあえず、ヘリで基地に帰投します」
「うむ」
俺は全員が乗れるようにオスプレイを召喚した。エミルが乗って来たUH-1Y ヴェノムヘリはファントムが丸め込んで、山岳地帯の方向へと蹴り飛ばす。
「ラウル…村はどうした…」
エミルとケイナが俺の場所まで歩いて来た。
「インフェルノだ」
「仕込まれていたのか?」
「いや、インフェルノを発動できる魔法使いがいたらしい」
「そんなんがいるのか!」
「恐らくな。もしくはインフェルノに似た魔法かも」
「ふむ。ラウルよ、あれの魔法式は確かにインフェルノに似ておったの」
「違う魔法でしょうか?」
「異世界人の魔法は、少し理が違うからそう思っているだけかもしれん」
「なるほどです」
炎の感じとかが似ていたからそう思っていたが、もしかしたら違う術式によって発動した物かもしれないという事ね。
「で、すぐ飛ぶのか?」
「ああ。三人ばかり救出したし、一旦基地に連れて行くべきだろう」
「了解だ」
シャーミリア以外がオスプレイに乗り込んだ。彼女には護衛のために外を飛んでついて来てもらう。異世界人の能力が未知数すぎて油断が出来ないからだ。ヒュンヒュンと音を立ててプロップ・ローターが回り機体を垂直に上げていく。十分な高度をとって垂直のローターを水平に遷移させ、オスプレイは前に進み始めた。
「どんなやつらじゃった?」
やはりモーリス先生は地下にいた魔法使いの事が気になるようで、早速聞いて来た。
「はい。闇魔法と転移魔法を使うのは恐らく同一人物です」
「なんじゃと!」
「恐らく間違いないかと思われます」
「あの炎をあげたのは、また他の奴という事かのう?」
「その時には空にいましたので、そこまでは確認できませんでした」
「ふむ」
「あと、恐らくはホウジョウマコのような魅了を使う少女がいました」
「またそれは厄介じゃ」
「はい」
俺達は眠っている三人の少女を見た。彼女らにも恐らく、何らかの魔法が備わっているかもしれない。異世界から来た人で、はっきりと魔法と呼べない能力を持っているのはハイラだけだ。
「さすがに闇魔法と転移魔法を同時展開する奴がおるなど、考えられんかったのじゃ。主犯格を逃してしまったのは、わしの責任が大きいのじゃ」
「そんなことはないですよ、先生。いくらなんでも先生が見たことのない魔法を、二つも持っているなんて想像もつかないです」
「じゃが…危ないのじゃ…」
「はい…、あいつらが『それ』に気が付くかどうか」
「うむ…」
俺と先生はある事を懸念していた。もしそれらの魔法が発動できるとなれば、更に困った事になる事は目に見えている。
「何か懸念される事でも?」
カトリーヌが言った。
「ああ…恐らく少年たちは気が付いていないと思うが…」
「まて、ラウルよ」
「はい」
「そこの少女たちを調べてから話したようが良いじゃろう」
「寝ていますよ?」
「耳に入った情報が、主犯格に筒抜けになっているやもしれん」
「わかりました。彼女らの能力も未知数ですからね」
「そう言う事じゃ。デモンの魅了のような力が働いている可能性はあるのじゃ」
確かにその可能性もあるだろう。ここにきて想定外の魔法がどんどん使われている。何が起きるか分からない以上は、慎重に慎重を重ねていくしかない。
「やはり全部日本人だったのかな?」
エミルが聞いて来る。
「俺が見たのはそうだ」
俺がファントムと突入した部屋では、裸の少年と四人の女の子が何かをしていた。裸ではあるが、彼らが日本人の少年少女であることは分かった。
「わしらが突入した部屋の子らも、同じような服装をしとったのじゃ」
モーリス先生が言う。
「私達が眠らせた子達もです」
ルピアが言う。
「私が眠らせた子もですね」
アナミスが言う。
やはり全員が日本の少年少女だったらしい。元の世界からいきなり不幸の転移をしてしまい、訳の分からない同胞のやつらに連れまわされて焼かれるなんて、これ以上不幸な事は無い。日本には恐らく家族も待っていたのだろう。死んでしまっては家族には二度と会えない。
「酷いものです」
「そうじゃな、許し難い所業じゃ」
「どこに逃げたか探す必要があります。あとは光柱に先回りをして監視をつけないと」
「やらなければ更に異世界の子らが死ぬじゃろう」
「目的も要求も無いんですよね…」
「困ったものじゃ」
俺は立ち上がって眠っている少女たちの元に跪く。彼女らも恐らくは被害者だろう。
「アナミス。彼女らに催眠をして自白させよう」
「わかりました」
「その前に、シャーミリア」
「は!」
「彼らにデモンの干渉は?」
「ございません」
「わかった」
そして俺はモーリス先生を見る。
「わしが他の魔法にかけられていないか見てやるのじゃ」
「お願いします」
モーリス先生も俺の隣に跪いて、彼女らの目を広げて見る。
「どうやら何の魔法もかけられておらんようじゃ」
「ありがとうございます。それじゃあアナミス、彼女らに催眠をかけてくれ」
「はい」
寝ている三人を赤紫の煙が覆う。するとゆっくりと目を開けるのだった。
「おきなさい」
アナミスが言うと三人が上半身を起こした。
「アナミス、彼女らはどんな感じだ?」
「魅了がかかっておりますが、それ以外はなにも」
「解けるか?」
「上書きですが」
「やってくれ」
そしてアナミスが少女たちに何かをつぶやいた。
「終わりました」
「わかった」
少女たちがとろんとした目つきで俺を見る。日本の女子高生くらいの、かわいらしい女の子たちだ。三人とも同じブレザーを着ているところを見ると、同じ学校の生徒なのかもしれない。
「聞いてもいいかな?」
「「「…はい…」」」
「君たちは日本から来たということで間違いないかな?」
「「「…はい…」」」
「こちらに来た時の事を覚えているかい?」
「「「…はい…」」」
「どうして来たの?」
するとその中の一人がうつろな目で話し始めた。
「私達、三人で私の家に行こうとしてたの。そしたら悪そうな男たちに囲まれて遊んでいかないか?って言われたの」
「それでどうしたんだ?」
「絶対悪い奴だって分かってたから、無視して歩いたの」
「なるほど、それは正解だね」
「うん。そうだと思ったんだけど」
「ダメだったのか?」
「後を追いかけて来て、しつこく遊ぼうって言って来たの。本当にしつこくて、ずっとついて来て」
なるほど。三人とも可愛いからナンパ野郎がまとわりついて来たってわけだ。しかし、もっとイケイケの女子高生を狙えばいいのに、なんでよりによってこんな優等生グループを狙ったんだか…
「そしたら前からも、そのグループの仲間みたいなやつが声をかけて来て囲まれたの」
「そいつは困ったな」
「だから私たちは走って路地裏に逃げたの」
「いい判断だ」
「だけどその入り組んだ路地裏は行き止まりで…その脇にあったビルのドアが開いていたので入ったの」
「それで?」
「ドアを閉めたんだけど、あいつらの話し声が聞こえて来て…」
「見つかった?」
「ううん、怖くて怖くて三人で震えてて…来ないでって!見つけないで!って祈ったの」
「そしたら?」
「周りが光り出して、気がついたら森の中にいたの」
「そういうことか…」
ナンパ男たちのせいで、こっちの世界に来ちゃったなんて気の毒すぎる。ていうかこんな理由で、こっちに来ちゃった奴らが大量に死んだと思うと無念で仕方がない。
「やるせないのじゃ」
「はい…」
「許せないわ」
カトリーヌが無表情でキレている。
「こっちの世界に来てからはどうだった?」
「草原をさまよっていて、ようやく道にでたら日本人の女の子が声をかけて来て一緒に行こうって」
「それでついて来たんだ?」
「怖いから一緒に行動しようって言われたから。でも連れて来られた所には男の子たちもいて…助かるために一緒に頑張ろうって」
「どのくらいの人がいた?」
「学生がいっぱい」
「いっぱい?」
「うん、集められた子達がいっぱいいた」
「それで?」
「集めたぞー!って声がけされて、そしたらあの少年が来て」
「あの少年?」
「なんか意地悪そうな雰囲気の中学生…」
「ああなるほど」
あの転移魔法を操る少年の事だろう。
「そしたら一人一人顔を見て、何か魔法を唱えて…人を消し始めたの」
なるほどね。顔を見て判断して転移魔法で飛ばしていったわけか。ナタが見失ってから、そんなことが行われていたとはね。ナタは集めた奴らが行進していたところを目撃したってわけだ。
「無茶苦茶です」
「本当に!」
「許せない!」
カトリーヌとマリア、ケイナが憤慨している。少女たちの身に起こった出来事に同情して怒り心頭のようだ。
確かに知らん世界を彷徨っているところ集められて、不安を感じる間もなくいきなり整列させられて飛ばされるとか…意味がわからん。人間を人間だと思っていない奴のやる事だ。
「そうだな…」
目の前の少女たちはアナミスの催眠が作用し泣く事もしていないが、こんなことを正気では話していられないだろう。
「君らは、飛ばされなかったと?」
「うん。しばらくしてから一緒に村に行くって言われて、気がついたら無人の村にいてそこで休憩しようって」
「なるほど」
それであの村にいたってわけだ。
「だけど、村についたら女の子たちが男の子たちに連れて行かれて、それぞれの家に入って行ったの。私たちは呼ばれていなくて、待っていたのだけどなかなか呼ばれなくて…見にいったの」
「なにを?」
「家の中に連れて行かれた女の子達を」
「そしたら…」
「男の子たちも女の子たちも裸になって…良くない事をしていたの」
…それは俺も見たわ…あれは強制的にさせられていたのか。男たちを従わせるための、餌に使われたとかそんなところだろう…
「許し難いな」
「私達は嫌だったから逃げて隠れたの」
「それであの家にいたと?」
「うん」
三人は怯えるような顔で俺達を見ている。催眠にかかっていても、その恐怖を体が覚えているようで身を寄せ合って震えている。
「俺達はそんなことはしない。それに彼女たちは君たちの味方だ」
三人の少女たちがカトリーヌ、マリア、アナミス、マキーナ、ルピア、ルフラを順番に見渡す。
「もう安心して良いわ!」
「そうです。あなた達は守られます!」
カトリーヌとマリアが憤慨して三人に声をかけた。マキーナ達魔人はそれほど動揺していないようだ。確かに魔人にとってみれば大したことでは無いのかもしれない。
「アナミス、彼女らを眠らせてくれ」
「わかりました」
三人の女子高生はアナミスの催眠により再び眠らせられた。
「これ以上は精神に負荷がかかりそうだ」
「そう思われます」
アナミスが言う。
「ラウル様、主犯の男はどんな奴なのですか!」
「嫌な奴だったよ。しかし何を考えているのやら…」
「許してはいけません!」
「分かったカティ、マリア。何とかする」
カトリーヌとマリアがブチ切れているので、俺は彼女らの肩に手を置いて落ち着くように促す。
少年はこの異世界に来て魔法という力を手に入れ、狂い始めたのかもしれない。絶大な力を手に入れ何もかもを支配できるとでも思い込んでいるのだろう。既に自分たちが何をやっているのかも分かっていないのかもしれない。更にあの少年を利用し女の子たちに好き勝手なことをしている少年もいるようだ。
しかも被害者ムーブでだ…めちゃくちゃたちが悪い。
同じ世界から来た人間として恥ずかしい。
それに巻き込まれて死んだ無実の少年少女が大量にいるのだ。前世なら何回死刑になっても足りないくらいの罪状だろう。一刻も早く捕まえて罪を償わせなくてはいけない。
「ふう」
デモンと戦う時とは違う怒りと虚しさが、俺を襲ってくるのだった。