第660話 マキーナ分析官
異世界の少年少女はおとなしく飯を食っていた。
よほど腹が減っていたのか、魔獣の肉にガツガツとかぶりついている。何人かが食い終わり、まだ終わっていない奴らが食ってるのをじっと見ていた。気が引けているからか催眠状態だからなのか分からないが、声を発する者はいない。
「欲しい時は欲しいって言わないと」
俺が言うと、先に食べた少年少女が俺を見てコクコクと首を傾ける。
「あの子らにおかわりを」
「はい」
俺は側に居た女の進化ダークエルフに指示をした。ダークエルフは容姿端麗でエプロン姿も良く似合っている。ミノスやドランのエプロン姿よりずっといい。そして進化ダークエルフと他のゴブリン達が、空になった食器を下げ料理を盛り付けて戻ってくる。少年少女達はまたガツガツと食べ始めた。
「やっぱり食べ盛りだしな。あのやつれ具合からすると飯を与えられていなかったんだろうな」
「飢餓状態でございました」
マキーナが言った。
「マキーナもシャーミリアみたいに、生体の流れや脈拍とか体温を感知して状態を見る事ができるんだな」
「これだけ近くにいればわかります」
シャーミリアは遠距離からでも広範囲でも感知できるからな、シャーミリアの能力の縮小版という感じなのだろうか?
「ところでシャーミリアは一度の吸血で何ヶ月も保ってられるみたいだけど、マキーナはどんな感じなの?」
俺はつい興味本位で聞いてみる。ヴァンパイアの眷属の食事情を、まじまじと聞いた事なんてなかったし。
「ご主人様の血をいただくまでは、割と頻繁だったように思います。それと今、シャーミリア様が血をいただくのは味を楽しむためだけです」
「えっ!そうなの?」
衝撃の事実なんだが!
「はい」
「マキーナはどうなのかな?」
「私もほとんど必要なくなりました」
「マキーナもか?」
「はい。恐らくシャーミリア様がお作りになった、ファントムが大きな原因かと思われます」
「ファントムが?俺と魔力溜まりの連結か…」
「はい。シャーミリア様もファントムを使役出来ますので、それも大きく影響があるかと。私にもシャーミリア様を通じて大きな力が入ってくるようです」
俺と裏で繋がっていた感じなのね。
「シャーミリア様は系譜の上位におられますので、今の動力源はご主人様の魔力がほとんどかと」
「シャーミリアの戦闘能力の向上も俺に関係しているの?」
「直属の配下の皆様が全員そうです」
「そうなんだ」
「系譜でとりわけ、ご主人様に近い方から影響が強く出ているかと思われます」
「俺に近い奴から…ね…」
なるほど。だから一般魔人の一次進化や二次進化でも差がでるのか。大規模戦闘でデモン戦に参加しても、大きく進化しない奴がいるかと思ったらそういう事が関係しているのね。
「マキーナは、よく見ているね」
「恐らくは一階層下にいるからかと思われます」
「一階層下?」
「私はシャーミリア様の眷属ゆえ、皆様と同等ではございません。客観的に見ることができているのかもしれません」
そういうことか。だと龍神であるオージェの系譜にいるセイラが、俺の下で強くならなかったのも頷ける。もともとセイラはオージェの下にいるのが正解だったのだ。
「みんなは気がついてるのかな?」
「本能的なものですので、当たり前な事と申しますか…ご主人様も直属の方達に居てもらわねばなりませんし、意識していらっしゃる方はいないのではないでしょうか?」
「そういえば力の流れは双方向って言ってたもんな。魔人が大陸に来て増殖しているのも、俺の力になっているんだろう」
「そのように思います」
なるほど。彼らがいると俺も強くなるし、逆に皆も強くなるって事なんだな。改めて認識すると違う側面が見えて来るもんだ。魔人を大陸で増殖させれば更に魔人の力は増大するって事だ。
「みんなは、なんとなく分かっているってことか」
「よりご主人様へ近い方が強いのは、必然的にそうなったのだと思います」
「なるべくしてなった…か。彼らが直属になるのは運命だったんだな」
「すみません。私の拙い考えでございますが」
「いや、うれしいよ。マキーナとこうやってじっくり話をしてみたいと思ってたんだ」
「シャーミリア様も私の考えを聞き、ご主人様とお話をしなさいとおっしゃってました」
シャーミリアは本気でマキーナを育てようとしているんだろう。俺の側に置くことで変化を期待しているのかもしれない。
「あと気がついたことある?」
「そうですね。直属の方の貢献度も関係しているかと思います」
「強さにって事?」
「はい」
「というのは?」
「ギレザム様とシャーミリア様は特に別格かと思われます」
「それはなんとなく分かってる」
「また種族的にはカララ様が特殊なのですが、違った強さを身に付けているように思います」
「まあ確かにね。彼女は俺の兵器と相性がいいんだよな」
「はい」
俺はマキーナの意外な一面を知った。彼女は分析をして味方の強さを掌握しているようだった。シャーミリアがやたらマキーナを気にかけていると思ったら、どうやらこの能力を知ってほしかったらしい。
「他に何か気が付いた事はあるか?」
「ルフラ様が特殊な能力を身に付けられているように思います」
「特殊な能力?」
「もしかするとですが、若干魔力の放出が可能になっているように思われます」
「魔人なのに?」
「恐らくはカトリーヌ様の影響かと」
「マジか…」
俺はむしろマキーナの能力に驚き始めていた。きっとそばで魔人達を見て来て洞察力がついてしまったのだろう。
「マキーナはすごいわ」
アナミスも同感らしい。
「いえ、アナミス様。私は皆様の足元にも及びません」
「戦闘力で言ったら私はマキーナに叶わないわよ?」
「そんなことは…」
「あるわ」
「それではアナミス様も、ルフラと同じ症状が現れているのではないですか?」
「それは…」
「アナもそうなの?」
「魂核の書き換えを行い、ラウル様から大量に魔力を注がれているうちに、なんとなく魔力の放出が分かったみたいです。もちろん使いこなす事などはできませんが」
「すげえ。いままではカティやマリアやイオナ母さんやミーシャたち人間が、俺の大きく影響を受けたと思ってたんだけど、魔人達も影響を受けているんだな」
「皆かなり変わったように思います」
「確かに…スラガなんか、人との交渉や人間社会に入り込む能力が高まっているしな」
「それは羨ましいです」
「私もそうできればよろしいのですが」
アナミスとマキーナが声をそろえた。どうやらスラガが人間社会にうまく溶け込めているのを羨ましく思っているらしい。
「まあこれから少しずつ覚えて行けばいいんだよ」
「かしこまりました」
「はい」
俺達が話をしている間に少年少女が飯を食い終わったようだ。食器を見つめながらボーっとしている。
「眠いんだろうな」
「休ませますか?」
「そうしよう。みんな集まってくれ!」
俺が声をかけると、少年少女が席を立ちあがって俺の周りに集まった。
「生き残ったのは十七人か…てことは、四十人弱の魔法使いから五十人近い魔人が殺されたんだな」
「それほどひどい戦いだったのでございますね」
「酷いのなんのってないよ。この子らが特攻させられたんだ。しかも恐ろしい物を強制的に見せられて、それと戦わされたらしい」
「デモンの干渉はありませんでしたが」
やはりデモンの干渉を疑うよな。だけど敵の首謀者はデモンじゃなさそうだった。
「いったいどこのどいつか知りたいよ」
「はい」
「というわけでアナ、彼らに幸せな夢を見せてくれ」
「かしこまりました」
そして少年少女たちはアナミスと進化ダークエルフや進化ゴブリンに連れられて、収容部屋へと向かうのだった。
ガッツリ食ったしぐっすり眠ってくれることだろう。
「モーリス先生たちは?」
「既に食事をすませお休みになっているとの事です」
「了解、じゃあスラガの手伝いでもしに行くか」
「は!」
俺はマキーナとファントムを連れて収容所を出た。基地の敷地内に魔人はおらず、全員が建屋に入って警戒態勢を取っているらしかった。
「さてと、いつまでこうしていたらいいかな」
「シャーミリア様のご連絡をお待ちになってはいかがでしょう」
「そうだな。ミリアが戻るまで待つとするか」
「はい」
「こうしてみると、マキーナも十分秘書としてやっていけそうだな」
「め、滅相もございません!シャーミリア様のように出来るはずもございません」
「そうか?分析しているし、演技とかさせたらシャーミリアよりうまいじゃん」
「私がですか?」
「ああ、村に潜入した時なんかマキーナの方がうまかったよ」
「そんな‥‥」
俺に褒められてマキーナが頬を染めた。シャーミリアのようにハァハァはしないものの、恋する少女のような目をしている。シャーミリアもこのくらいで済んでくれるといいんだけどね。
俺達はスラガの待機している建物へと入って行く。
「ラウル様」
「おうスラガ、お疲れ様」
「疲れるほど、大したことはしておりませんよ」
スラガが屈託のない笑顔を浮かべる。
「まあ警戒して待機しているだけでも疲れるかと思ってな」
「まったく問題ありませんよ」
「そうか」
「それで、今後の動きはどのように?」
「シャーミリアが偵察に出ている。彼女が自ら行くには必ず理由があるだろうから、俺はそれを待ってみようと思う」
「シャーミリアであれば、心配はありませんね」
スラガもシャーミリアに対しては、絶対の信頼をおいているようだ。魔人の社会は強さが全てのため、だれもシャーミリアがトップに立って文句を言う者がいない。
ギレザム、ガザム、ゴーグ、ミノス、ラーズ、ドラン、アナミス、セイラは元はガルドジンの配下で、魔人軍から出てガルドジンについて来た魔人たちだった。それが今では俺の下で魔人の最強格として前線で戦ってくれている。ずっと俺のそばに居た彼らは大きく進化した。さらに魔人国で配下となったカララ、ルフラ、ルピアもこの戦争で大きな手柄をあげた。
だがそれらを抑えるようにして、ギレザムと並ぶかそれ以上の強さを誇るシャーミリア。彼女が俺のために粉骨砕身働いてくれることで、危険な戦場も切り抜けて来れたのだ。
「ああ、本当に彼女はよくやってくれている」
「ご主人様。そろそろお休みになられた方が良いかと思われます」
マキーナが言う。
「俺は大丈夫だけど?」
「そう言われるだろうとシャーミリア様がおっしゃっておりました。それでも、お休みを取っていただくようにとの事です」
「まあミリアが言うならそうしておくか。秘書の言葉は素直に聞いておかないと」
「そうしていただけますと助かります」
俺はマキーナに連れられて、モーリス先生たちが休んでいる兵舎へと来たのだった。
「ファントムに護衛を命じられてくださいますか?」
兵舎の前でマキーナが俺に言う。ファントムはマキーナの言う事は聞かないからだ。
「ファントム!今日はここで警護の任務だ。敵が来たら始末しろ」
「……」
そう言ってファントムを玄関口に待機させ、兵舎の中へと進んでいくのだった。マキーナは間違いなく成長してきている。シャーミリアの考えは間違いないようだった。
「私が護衛をいたしますので」
「じゃあたのむ」
「はい」
しかし俺はそれほど長く休むことは無かった。深夜にシャーミリアからの念話が飛んできたのだった。