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第659話 異世界人の処遇

俺達は魔人軍基地へ向かうトラックの中で揺られていた。


異世界人を目覚めさせ尋問をした後、生き残りをトラックに収容している間に、魔人と異世界人の遺体を全てファントムに処理させた。もちろん異世界人にはその光景は見せてはいない、幻覚で戦ったバケモノがファントムと間違われてしまうと思ったからだ。


「少年少女…ほとんど覚えてなかったな」


「左様でございますね」

「そのようです」

「可哀想に」


シャーミリアとカトリーヌとマリアが言う。


「まあ覚えておらん方が幸せじゃろう」


「確かに」


生き残った異世界の少年少女たちの記憶は、ところどころ欠落していた。草原を彷徨い歩いた記憶があったり、森で食料を求めて歩いたりしていたらしい。こちらの世界に来る前の記憶はだいたい同じで、人間関係で揉めていたらしいということだ。


「で、全員が嘘をついていないと?」


「はい、ご主人様。彼らに嘘は無いようです」


「見えていたバケモノの記憶は、だいぶまちまちだったな」


幻覚で見たバケモノについて記憶がある者もいるようだが、その内容に関してもだいぶ違っていた。まったく覚えていない者もいて、どうしてあのような凶行に及んだのかも覚えていないようだ。


「ラウルよ、あれは本当に見えているわけではないのじゃ。恐らくは彼らが一番怖いと思うもの

を勝手に見ておるのじゃよ」


「それぞれの心が怖いと思うものを、という事ですか?」


「そういうことじゃ」


どうやら幻覚魔法は、魅了とは違う物のようだ。


「操られている、というわけではなさそうですね」


「戦っていた理由としては、本能的に嫌悪を抱くものを排除する為に、といったところじゃろ」


「…まるで自分と戦っているみたいですね」


「その例えは遠くないじゃろうて」


「心に抱く恐怖を利用した、と言ったところですか…」


「そういうわけじゃ」


俺はふと後方を走るトラックを見る。あのトラックに乗っている異世界の少年少女たちは、一体何と戦っていたのだろう。いずれにせよ異世界から来た魔法使いに死ぬ気で特攻されれば、とても脅威になる事が分かった。説得したところ、全員が俺について来る事を決意してくれたのでホッとした。あのまま無罪放免というわけにはいかないので、もし拒む者がいれば処刑しなければならなかった。


トラックが岩を乗り越えたのかガタンと揺れて、カトリーヌが俺に寄りかかった。


「すみませんラウル様」


カトリーヌが小刻みに震えているようだった。どうやら今の話で恐怖を抱いたらしい。


「大丈夫だよカティ」


「はい」


俺はカトリーヌの手を握って安心させるように微笑む。恐らくカティは、自分にその闇魔法をかけられた時の事を考えたのだろう。


「もしかけられたとしても、わしが開放するからのう。カトリーヌもマリアも安心するがよい」


モーリス先生が言った。マリアを見ると恐れるような表情をしていた。


「ありがとうございます。ですが私は大丈夫です」


「マリアも無理はしなくていい。そして俺はマリアも絶対に見捨てない」


「ラウル様…」


マリアが目に涙をためた。普段のマリアからすると少し意外だった。芯が通った強さを持つ彼女にも怖いものがあるらしい。俺はマリアの手も握りしめて目を見て頷いた。


「ありがとうございます」


このトラックには、俺達と魔人の一般兵が乗っている。だが魔人達はカトリーヌやマリアのように怯えてはいなかった。


「シャーミリア。彼らに怖いものは無いのだろうか?」


「もちろんございます。いえ…怖いものというのとは少し違いますが」


「なにかな?」


「魔人の誇りを汚される事でしょうか?」


「誇り?」


「元始の魔人様です」


「俺って事?」


「左様にございます」


「死ぬことより怖いの?」


「死などという些事は問題にもなりません」


「いや、俺は俺を見捨てても生き残ってくれていいと思ってるよ」


「何をおっしゃいます!ご主人様がそのような事になり、それを見捨てた魔人は後悔し自害することでしょう。むしろご主人様のために命を賭ける事が、我々魔人の本懐にございます!」


シャーミリアがいまにも泣きそうな勢いで言う。まあシャーミリアに限って泣く事は無いんだろうけど。


「そうですラウル様」

「私もそう思います」


カトリーヌとシャーミリアも言う。


「いやいや、それぞれ自分の命は自分のために」


「私の命はラウル様の物です!私はラウル様のためにこの命を使うのです!」


「私もです。幼少の頃よりずっとそう思って生きておりました。見捨てる事などございません。私は絶対にラウル様を失いたくないのです!」


「わ、わかった!だが無駄死にはダメだよ!とにかく俺は死なない、だからみんなも死なない。それでいいな」


「はい!」

「もちろんです!」


「ふぉ!ラウルは皆に命を託されて大変じゃのう。わしゃ気楽じゃわい」


「何を言ってるんです先生?死ぬなんて私が許しませんよ」


「ラウルよ…いずれにしろ、わしゃすぐに逝く老いぼれじゃ。適当にしておくれ」


「適当にしません。そうだなミリア」


「ご主人様の大切な恩師様を守るのは当然の事」


「なんじゃろな、わしゃカッコよく死にたいのじゃがな」


「いいえ。どうせ逝くなら、みんなが見守るベッドの中で、ゆーくりと眠るようににしてください。私がお花でいっぱいにしてあげます」


「まったくラウルは、わしをダサ爺にしたくて仕方ないようじゃな」


「ダサくて良いんです。カッコいい死に方なんて許しませんよ」


「わかったわかった」


俺達がそんな話をしている間に基地に到着したようだ。


「「「ラウル様!」」」


スラガとアナミスとマキーナが基地の前に出て待っていた。


「異世界人たちを連れてきた。今は落ち着いているが、魔法を発動させないとも限らない。後ろの二台のトラックで、ルフラとルピアが魔人達と共に見張っている」


「それでは降ろして連行いたしましょう」


「乱暴はするな」


「もちろんいたしません」


「だが、危険だと判断した時は始末して良い」


「心得ております」


スラガはそう言ってトラックの方へと歩いて行った。見た目は日本の少年だが、めっちゃ仕事が出来てありがたい。あと日本の少年少女もスラガならば言う事を聞きやすいだろう。すでに魔人達と共に日本人達をトラックから下ろし始めていた。


「アナ!ちょっと来てくれ」


「はい」


俺はアナミスを連れて少し離れた場所へと歩いて行く。


「あのね、あの異世界人たちの魂核を変えちゃおうかどうか迷ってんだけど」


「はい、私はいつでもできます」


「ちょっと俺もわかんないんだけどさ。魂核を変えた場合、将来的に副作用みたいなものでないだろうか?」


「ふくさよう?でございますか?」


「なんというか、精神が崩壊したりとかバケモノに変わっちゃうとか…死んじゃうとか?」


「それは…」


「それは?」


「分かりません。今のところそのような者は現れていないようですが、この後にどのようになるのかはわかりません」


「だよねえ…」


確かにわかるわけがない。魂核の書き換えをやったのは、つい最近のことだ。初めてやった事がどうなるかなんてわかるはずがない。


「ですが…」


「ですが?」


「バケモノに変わろうが精神が崩壊しようが、ラウル様に仇なすように変えてはいませんので、最後まで味方でいる事に変わりがありません」


なるほどね。そういう答えになるか…。


どうも魔人と人間の価値観の違いに戸惑う時がある。魔人の一人は全体の一部、魔人に欲はなく全体のために働こうとする意識が高い。そのため自分勝手な行動をしたり、エゴでみんなに迷惑をかける事は無い。それとは反対に人間には一人一人に欲もエゴもある。人間にも自己犠牲の精神はあるが、魔人のそれよりも低い。見知らぬ人のために命を賭けたりすることは少ない。


「ひょっとすると、魂核を変えた人間も俺の一部ってことかな?」


「そうです」


「わかった」


なるほど、どうしよう。あの少年少女の魂核を変えて良い物かどうなのかを相談しようと思ったのに。より一層悩んできた。むしろアナミスに聞いたらそういう返事が来るのは予想がついた。


「それで…書き換えをするのですか?」


「実は悩んでる」


「それでは止めておきましょう」


「それでいいだろうか?」


「ラウル様の後悔になってはいけません」


「わかった。だけどとりあえず魔法の暴発だけは避けたいんだよね」


「では、当面は催眠を」


「そうしてくれ」


そうしてアナミスは、トラックから降ろされている異世界人たちの方に向かって歩いて行った。まずどうしたらいいのか迷っている時は、一時しのぎでも安全策を取るしかない。


「しゃーないか」


俺はそれを尻目に、魔人基地の中へと歩いて行くのだった。魔人基地の中では既に戻っていた魔人達が、武器を取って警戒態勢を取っているようだった。皆は俺の言いつけ通りに建物の中にいて、襲撃を警戒していた。


「申し訳ございません。魔人達をここにお呼びします!」


俺の側にはマキーナがいた。俺に挨拶をしに来ない事を気にしているのだろう。


「いやマキーナ、そのままにしてくれ。陣形を崩すと面倒だ」


「かしこまりました」


そして俺とマキーナの側に、シャーミリアとファントムが来た。


「ご主人様。しばらくはマキーナをお側に置いてはいかがでしょう?」


シャーミリアが唐突に言う。


「ああそれはかまわないが?」


「ありがとうございます」


「ミリアはどうするんだ?」


「再びあの村に戻って、待ち伏せてみようと思っております」


「ん?再び来ると思うのか?」


「その可能性があるかと愚考します」


「理由は?」


「敵は同胞を送りつけるだけ送り付けて、その後の戦果の確認をしておりません。あの村へ異世界人たちを放り込んで来たのは、確認のためだったのではないかと思うのです」


「なるほど。それもあるか…」


「ですので、すぐに戻り警邏の必要があるかと」


「なら飛んでくれるか?ただし、こちらからの攻撃は無しだ。もし敵を見つけた場合、行動を監視して報告してくれるだけでいい。くれぐれも敵を殲滅しようとか考えないでくれ」


「かしこまりました。マキーナ、ご主人様を頼みましたよ」


「この身に代えても」


「任せました。それでは行ってまいります」


「気を付けてくれ」


「ありがたきお言葉」


ドシュッ。シャーミリアが夕方の空に飛びあがり、再び西に向けて飛んで行った。確かにシャーミリアの言う通り、あの村に固執して確認しにくる可能性は高い。


しかし、シャーミリアが自分から、俺の元を離れると進言してくるのも珍しかった。恐らくはスラガやマキーナ達の能力を高く評価しているのだろう。


「ラウルよ、わしらはどうするかのう」


モーリス先生とカトリーヌ、マリアがやってきた。


「先生達は一度、休息をとってください。寝ずにいれば能力が落ちてしまいます」


「わかったのじゃ」


「ラウル様はいかがなさるのです?」


「ああカティ。異世界人の対応をアナミスとスラガに任せてばかりはいられない。一緒にどうするかを考えて、終わったらみんなの所に行く」


「わかりました。あまりご無理をなさらないように」


カトリーヌは言うが、俺は全く無理をしていない。ほとんど眠らずにいるが、ファントムが魔人と異世界人を大量吸収したおかげで滅茶苦茶有り余っている。むしろ血がたぎっている感じだ。


「ルフラ!ルピア!」


「「はい!」」


二人が俺の元にやって来た。


「モーリス先生たち三人を頼む。彼らは基地で休むから警護についてくれ」


「「はい」」


ルフラとルピアが、モーリス先生たちを安全な建物へと連れて行った。基地の建物ならば、魔法の攻撃でいきなり崩壊させられる事は無い。それにルフラとルピアが護衛に着けば万が一も無いだろう。


「さて」


「ご一緒いたします」


いつもはシャーミリアが居る位置にマキーナがいる。


「じゃあマキーナとファントムはついて来てくれ」


「かしこまりました」


「……」


異世界人たちをトラックから下ろし、スラガとアナミスが対応していた。既にアナミスは催眠の能力を発動させた後らしく、異世界人はトロンとした顔をしていた。


「アナ、これは大丈夫か?」


「なんなりと」


「えーっと、少年少女諸君!長旅ご苦労であった!君たちはようやく休息をとる事が出来る。俺達についてくると言い」


「「「はーい」」」


俺が先頭を歩きマキーナが後ろをついて来ると、異世界人たちはその後ろをのそりのそりと歩いて来る。催眠がバッチリ聞いているようだ。やっぱりこういう時のアナミスはめっちゃ役に立つ。ホント優れた配下ばっかりで楽だわ…


「アナミスも来てくれ」


「はい」


「スラガは魔人達に警戒態勢を取らせつつ、交代で見張りをするように指揮をとれ」


「わかりました」


「2日以上寝ていないものがほとんどだ、万全の体制をとらせるため休息が必要だろう」


「心得ております」


「あと彼らは48人の同志を失ったばかりで、精神的な部分も心配なんだが」


「精神?でございますか?仲間はラウル様の、御ために死んだのですよ?」


スラガが何を言っているのかと、不思議そうに聞いて来る。


「てことはなに?悲しんでないと?」


「むしろ死んだものを羨ましがることでしょう。彼らはラウル様のために命を賭した、誉れ高い戦士たちの話に花を咲かせると思います」


魔人ってそんな感じだったのか。いままで魔人を大量に殺された事なんてなかったから、こういう場合どうなるかと思ったが俺の想像の斜め上をいっていた。


そして俺は異世界人を連行し収容所として作られた建物へと向かうのだった。

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