第658話 幻覚魔法
魔人の遺体が並べられている脇に、異世界人の遺体も並べられていた。俺と魔人達で村の中に転がっているのを全て集めて来たからだ。もう原型をとどめていない魔人もいたが、シャーミリアの言う通り四十八人の魔人が死んだ。
「異世界人も半分は死んでいるようだな」
「すみません。私奴がもっと早く戻っていれば」
「いや、もとより俺の仲間を大量に殺した奴らを生かしておく理由はない。事情聴取の必要があったから生かしておいただけだ。ミリアは十分に仕事をこなしてくれているし、そのおかげで本当に助かっているよ」
軽く褒めても、シャーミリアはだらしない顔をしてしまう。これさえなければ完璧なんだが。
「これから異世界人を目覚めさせる。いきなり魔法を撃ってくるかもしれない」
「その時は私奴にお任せください」
「私もやります」
シャーミリアとルフラが言う。ルフラはすでにカトリーヌから離れてスタンバイしていた。この二人がいれば何が起きても対処できるはずだ。
「ファントムは俺達と魔人以外に動きがあったらすぐに制圧しろ」
「……」
「ではモーリス先生も良いですか?」
「もちろんじゃ」
モーリス先生も魔法の杖をかざして、魔法が発動された時のために準備をした。さらに魔人達が周りにいて銃を構えている、いざという時は発砲しても良いと指示をしていた。
「じゃあその子を起こしてくれ」
俺は一番近い場所に眠っている、女の子を指さした。
「はい」
シャーミリアがスッと女の子に手を伸ばして、体を軽く揺らすとゆっくりと目をあけた。
「あ、う、うう‥」
意識が朦朧としているようで、自分に何が起きているのかも分からないようだ。
「起きたか?」
俺が目の前で尋ねると、少女の瞳の焦点があってきた。
「いや、いやああ!やああああ!」
いきなり暴れようとする。
「いかん!」
パシィィ!少女が目を覚ましたものの、すぐにモーリス先生が魔法で眠らせた。
「魔力を放出するところじゃった」
「なんでしょう、物凄く驚いていましたよね?私の顔そんなに怖いですか?」
「ご主人様のご尊顔が怖いわけが御座いません!」
「うむ。いつも通りのかわいいラウルじゃの」
「あのこの子は、そういう感じじゃなかったと思います」
ルピアが言う。
「いったい何だと思う?」
「なんとなくですけど、違うものが見えてるんじゃないですか?」
「違うもの…幻覚か?」
「わかりませんが」
「ミリア。この子にデモンの干渉はあったか?」
「ここに眠るもの全てに、デモン干渉はございません」
「マジか…じゃあなんだ?」
「アナミスならば分かるやもしれませんが…」
シャーミリアが申し訳なさそうに言った。
「闇魔法の類かもしれんのう」
モーリス先生が言う。
「闇魔法ですか?」
「ふむ。本当に見えている物を違う物に見せてしまう魔法、とでも言うのじゃろうか?」
「そういう魔法があるのですか?」
「極めればという事らしいが、わしも闇魔法を極めたものには会ったことがないのじゃ」
「という事は、私が他の何かに見えたという事ですかね?」
「まあ先ほどの少女の表情からすると、そうとも捉えられるがのう」
「バケモノか何かに見えた?」
「その可能性はあるのじゃ」
「なるほど」
俺は礼一郎を基準にして考えていたために、見失っていたのかもしれない。こうなると盗賊の集落で死んだ二人の学生も、闇魔法の幻覚とやらにやられていた可能性がでてきた。全員がゲーム感覚で人殺しをしていたわけじゃないということだ。
「恩師様、この者たちは皆その魔法にかかっているのですか?」
ルピアが寝ている異世界人を指さして言う。
「そうじゃなルピアちゃん。シャーミリア嬢もルピアちゃんもわしも、恐ろしい化物に見えているかもしれん」
「恩師様も?」
「まあ厳格でなくとも、しわくちゃなバケモノみたいなもんじゃがの!」
「いいえ!恩師様はやさしいです!」
「ルピアちゃんに言われるとうれしいのう」
モーリス先生は可愛い子には、『ちゃん』をつけて呼ぶみたいだ。ゴーグもそう呼ばれていたし、きっとモーリス先生の中で基準があるのだろう。
「とにかく。もしそういう事だとしたら、彼らは幻覚で操られていた可能性があるということだ。俺の配下を大量に殺したことは許せないが、自分の意志でやってないのだとしたら礼一郎よりも罪は軽い」
「ご主人様のおっしゃる通りかと思われます」
シャーミリアはきっぱり言う。
「ですが、仲間をたくさん殺しました」
ルピアは納得できない様子だ。それはそうだ、無差別かつ大量に仲間達が殺されるのを上空でみていたのだ。納得するわけがない。
「状況はそうだけど、ご主人様のお気持ちを考えなさい」
シャーミリアが諭すように言う。
「それは、そうだけど…」
「私も、ルピアの気持ちは分かる。だけどこの場合は仕方がない」
「ルフラ…」
「まてシャーミリア、ルフラ。ルピアの気持ちを聞きたい」
「「はい」」
「ルピアはどう思う?」
「操られていたのは心が弱いからです。つけ込む隙があったんだと思います。それは自業自得だと私は思います」
「まあそれはそうだな」
「でも。ラウル様がお許しになるというのであれば、私は何も言わないです」
ルピアが感情的になっている。やはり割り切れないようだし、実は俺も割り切れてはいない。
「ラウルよ。この子らの幻覚が魔法によるものだとしたら、わしがどうにか出来るかもしれぬのじゃ」
「本当ですか!モーリス先生!」
「うむ。これでもたくさんの文献を読んできておるでな、多少の推測くらいはつけられるわい。まあ魔法の解析が出来るかどうかは運の要素もあるがのう」
「可能性があるならやりましょう」
「ラウルの魔力を貸してくれるかの?」
「いくらでもお使いください」
「ふむ」
そして俺はルピアと他の魔人達に言う。
「みんな!こいつらはどうやら何者かに操られていた可能性がある。一度目覚めさせて尋問をしたいと思うんだ。もしその話を聞いて許せないのであれば、あきらめて処分しよう。話を聞いて許しても良いと思う者がいれば俺に任せてくれるか?」
「ご主人様の仰せのままに」
「ラウル様が望めばそのとおりで良いかと」
「わ、私も従います」
「「「「「我々もラウル様に従います!」」」」」
それぞれが答えた。
「わかった。それでは先生ぜひこの者たちの魔法の解除を、お願いします」
「ふむ。まずはやってみるとしようかの」
そしてモーリス先生が、杖をかざし反対の手を俺の肩に乗せる。俺は以前モーリス先生に教えられたとおりに、少しずつゆっくりと魔力を渡していくのだった。いきなり渡してしまうと、モーリス先生の杖が壊れてしまうからだ。またモーリス先生の体の許容量を超えてしまうのもまずい。
「このぐらいでどうですか?」
「丁度良い」
モーリス先生は目の前に寝せられている異世界人たちに結界を張っていく。その上からまた違う魔法式をかけているようだ。するとモーリス先生の目の前に光の板のようなものが浮かび上がってくる。その板には幾何学的な何かの模様が浮かび、更に行く重もの小さい板に分かれていく。
「綺麗」
ルピアがつぶやく。そしてモーリス先生が放つまぶしい光に、テントの中にいたカトリーヌとマリア、老人と双子の女の子たちが出てきた。
「わあ!」
「きれい!」
双子の女の子たちが大喜びしている。
「なんという…奇跡じゃ!このような光景が見れるとは」
辺りはあっという間に光の海となり、寝ている異世界人たちを包み込んでいった。
「ふむ」
モーリス先生が更に杖をかざすと、割れた光の板が何枚にもコピーされて異世界人たちの上に並んでいった。丁度人数分あるらしく、それが寝ている異世界人の上に浮かんでいる。
「ラウルよ」
「はい」
「もうちっと強めに魔力をくれぬか」
「杖は大丈夫ですか?」
「この魔法式ならば問題ない」
「先生のお身体は?」
「多少の無理は問題ないのじゃ」
「では、いきます」
俺はさらにモーリス先生に魔力を注ぎこんだ。するとその模様が描かれた光の板が、さらに強く輝きだした。
「まあ…十分じゃろ」
モーリス先生の額を見ると冷や汗が流れてきている。相当の精神力を使って魔法を制御しているらしかった。シュッ、とその光の板たちが、異世界人の頭に刺さるように落ちて消えてしまった。
ふらっ
モーリス先生がふらついたので、俺が先生を支えた。
「大丈夫ですか?」
「さすがに初めて解析する魔法を更に解除するのは骨が折れるわい。この子らの精神を守って分離させつつ、幻覚だけを排除するのはこちらの精神が削られるのじゃ」
今そんな事してたの!?凄すぎるんですけど…
「あれは光魔法ですか?」
「かなり上位の技じゃよ、半分はいま生み出した技じゃな。」
モーリス先生はニッコリと笑った。アドリブの魔法と聞いてさらに驚く。
「カティ!先生に回復魔法を」
「いらんいらん!わしゃポーションを一本頂くとしよう」
そう言われたので、俺はファントムからポーションを一本取り出して先生に渡した。カプセル式のポーションを割り、その中の液体をぐびっと流し込んだ。
「ふう」
そう言ってモーリス先生は地面に胡坐をかいた。立っているのがしんどいらしい。
「で、どうですかね?」
「間違いなく闇魔法じゃ。試しに、もう一度その子を起こしてみるのじゃ」
「わかりました」
「念のため私が包みましょう」
ルフラがバサッと巨大スライム状になり、少女に覆いかぶさった。
「では先生」
「うむ」
パシィィ
「あっ!」
少女を包むルフラの可愛らしい声が漏れた。モーリス先生の雷魔法が当たってちくりとしたらしい。
「ふむ。ルフラ嬢よ。恐らくは大丈夫じゃから、その子から一度離れておくれ」
「わかりました」
しゅるしゅるとルフラが少女から抜けるように分かれた。
パシィィ
「う、うう…」
再び少女が目を覚まし始める。寝たり起きたり一体どうやってやっているのかは分からないが、モーリス先生の魔法はとても繊細で奥が深い。
「起きたか」
少女の目が再び少しずつ開かれた。
「あ、あ。あの…」
俺の顔を見ている。
「起きたようだな」
「あ、痛い!痛いいい!」
自分の手足を見た少女が青い顔で叫ぶ。そう言えばシャーミリアに折られた手足がそのままだった。
「カティ」
「ヒール!」
カトリーヌが少女に近づき、回復魔法をかけた。
「あ、なっ治った!」
「魔法で治したんだよ。どうやら手足が折れていたようだね」
「あ、ありがとうございます」
お礼が言えるような子だ。もしかしたらそんなにひどい奴じゃないのかもしれない。
「あの!あの化物達は?」
「バケモノって言うのはどんな?」
「体中からうねうねが生えていて、牙だらけで真っ黒で!とにかく恐ろしい!恐ろしい!」
なるほどやはり幻覚を見ていたようだ。
「それならもうここにはいない」
「あなた達は一体誰なんです?」
「俺達は救助隊のようなもんさ」
「救助隊?」
「右を見てくれ」
少女が右を見た先には、俺が召喚した74式特大型トラックが停めてある。
「自衛隊の人ですか!」
「君らの地では自衛隊と呼ばれているんだろう。ここでは軍隊と呼ばれているよ」
「助けに?」
「そうだ」
「良かった…よかった…」
少女はポロポロと涙を流して泣き出してしまった。よほど恐ろしい物を見て来てしまったのだろう。
「もう大丈夫だ。君は日本から来たんだね?」
「そうです!」
「日本の学生?」
「はい!」
「どうしてここに来たのか覚えているかい?」
「よくわかりません。学校で好きな人に酷い事を言われて、その横で私の親友が…にやにや笑ってて。何がなんだかわからなくて、そしたらあたりが光りはじめて…」
「知らないところに来ていたと?」
「はい」
「君もそうか。なぜ君のような人が集められたのかな?」
「あの、男の子が。いきなり現れてそして…あれ?」
「なんだ?」
「思い出せない」
「なにも?」
「えっと、あれ?」
「記憶がないのか?」
「はい」
どうやら女の子の記憶が曖昧になっている。だが何かを知っているのは間違いない。ここに生き残った異世界人の子らを全員起こして行けば、何かにたどり着けるかもしれなかった。
「はは…骨が折れます」
「ふむ。肝心な情報が取れんようじゃな」
「あるいは知らないのかも…」
「ラウルの、その予想は的中しそうじゃ…」
答えの見つからない推理に二人で頭をかかえる。礼一郎、盗賊団を襲撃した少年たち、ファートリアの地下に現れた少年少女、そしてこの襲撃に加わった子達。日本人学生という以外に共通点が無い。やはりかなりランダムに転移してきているようだった。
《ラウル様、こちら基地に到着しました》
スラガから念話が来る。
《スラガ、了解だ》
《いかがなさいましょう?》
《そこで待機だ。警戒を怠るな》
《かしこまりました》
基地に連れて行くにしても、危険性が無いかを確認する必要がある。異世界人の尋問を一人一人行っていくしかない。
《いっそのことアナミスを呼んで魂核を書き換えてしまおうか、キリヤやハルト達もその方が落ち着いているしな》
《とても合理的に思われます》
《私もそう思います》
《私も!》
シャーミリアとルフラ、ルピアが満場一致で俺の意見に賛同するのだった。ただ俺は、異世界に帰る方法が見つかった時、彼らに障害などが出ないか一抹の不安を覚えるのだった。