第66話 ヴァンパイアの恩返し
俺はこの戦いで死んだ街の人達の墓の前にいた。
冬が忍び寄る天気の良い秋の日、少し肌寒い風がふいていた。
「冬の匂いがするな・・」
俺はしみじみと言った。気が付かないうちに季節は移りかわっていた。
あの壮絶な戦いから5日ほどたって、俺達はまだグラドラムにいた。ガルドジンとその仲間たちを船に乗せて移動させるにも、体の消耗が激しくすぐには動かせなかったからだ。ルゼミア王はすぐに魔人の国へ帰りたかったようだが、さすがに怪我人が弱体化しているのを、無理にひっぱっていくわけにはいかなかったようだ。
「ラウル様・・やっとここまで来たのですね・・」
マリアが俺に静かにささやいた。
「だな・・よくぞ生きてたどり着いたものだ。」
「本当に・・」
東の崖の上にはかなりの広さの土地がある。ここは昔から墓地としてたくさんの墓が立てられている場所だ。普通は崖に設けられた階段を100メートルも登ってやっとたどり着く、街の人たちにとっては神聖な場所だった。俺達が最初にグラドラムに入ったのは夜だったので、こんな場所があるとは思わなかった。
「こいつらもすっかり懐いてくれている。」
俺たちの横には、グリフォンが2匹おとなしく立っている。
「本当にいい子達です。」
マリアがグリフォンを撫でながら言う。
「そして、この街の人たちは本当に素敵な人たちだな・・」
「サナリア領の街みたいですね。」
マリアがフッと笑った。俺もつられてフッと笑い返した。数日過ごしたこの街の人達はとても優しく、俺達を労わってくれた。
「ラウル!」
「おう!」
ミーシャとミゼッタが後ろのほうから狼ゴーグに乗ってやってきた。さすがにイオナはもうかなりお腹が大きいので、墓参りは遠慮してもらった。
「しかし、すごい戦いだった。」
「はい。」
今回の戦いでわかった事がある。それは魔人と現代兵器の組み合わせは反則級の力をもつということだ。それもそうだ、大型魔獣一匹でも何百もの兵が討伐に向かう世界だ。武器を持っていなくとも恐ろしいのだ。逆に近代兵器なんて持たれたらたまったもんじゃない。あの人数では前世のシールズやスペツナズでも同じ戦果は得られない。
「あれからは新たな敵の来襲もない。」
「そうですね。でもいつまでもは・・」
「そうだな、連絡がなければすぐに敵国は動くだろう。長居は無用だな。」
「はい。」
戦闘終結した夜に俺は証拠隠滅の為、M93フォックス兵員輸送車とM113装甲兵員輸送車を海に沈めた。30日で消えるのだがその前に敵が来るかもしれない。本当は魔人の国へもっていきたかったが、船には乗せることができなかった。
「教会の人がいないから、街人の死者の魂はすべてルゼミア王の部下の、グレイグという女魔人が浄化してくれたようだ。」
「これでアンデッドになることもありませんね。」
「そうだな・・」
「しかし。ルゼミア王は不思議な人だ。」
「そうですね。子供のようでもあり大人のようでもある。素直で自分の気持ちにまっすぐな人のようですね。」
街の人、総出での弔いも終わり、それからの5日間いろいろあった。
まずは戦いの終わった日のその夜の事だった、シャーミリアが俺とルゼミア王へ話に行きたいというので一緒についていった。
「ルゼミア王よ、私のご無礼なふるまいをお許しください。私奴はこのアルガルド様の配下としてついていく事としました。もし気に入らないのであれば破邪の魔法で消滅させてください。」
ヴァンパイアのシャーミリアが、ルゼミア王に頭を下げる。
「なぜ、お前を消し去る必要があるのじゃ?好きにすればよいであろう。」
「それでは、他の者に示しがつかないのではございませんか?」
「そんなものどうでもよいわ。自分の信ずる通りやればよかろう。」
「あ、ありがとうございます。」
「アルよ。シャーミリアをよろしく頼むぞ。」
「は・・はい。」
「ご主人様♡よろしくお願いします。」
ん?今…ハートついてなかった?
ルゼミア王はすんなりシャーミリアを俺の部下に渡すと言ってきた。それどころか・・なんでもないことのように、
「妾は本当は魔人の国などいらぬのじゃ。ガルドジンと一緒に居られればいいのだ・・アルガルドお前が良ければ国ごと引き取ってくれても良いのじゃぞ。」
いやいやいやいやいや。そんな重責負いたくねえわ!いきなり魔人の国の王って魔王って事だよな。そんなん無理だって。
「いえ私には過分すぎます。ただルゼミア王、私を自由に働かせては下さいませんか?」
「ああ、もとよりお前は自由であろう。妾も自由だ、特に制限されるものはないぞ。」
「わかりました。私は・・父のガルドジンをあのようにしたものの元凶、そして育ててくれた人たちや町を滅ぼした奴らが憎いのです。」
「わかるぞ妾も許すことはできん。ただそれにしてはお主は甘いところがあるからのう。憎い相手をどうしたいのじゃ?」
「いえ、ただルゼミア王の、お力添えをいただければ非常に心強く思います。」
「そうじゃな。ガルの息子の頼みとあっては断れまい。好きにするが良いぞ。」
「ではまたの機会にご相談させてください。」
「いつでもまいれ。」
俺はルゼミア王、現魔王の言質をとった。俺に協力をしてくれるという事だ。俺はこれからの険しい戦いに思いを巡らせる。
すべてを取り戻すという誓いを胸にするのだった。
墓の周りの草強く揺れてきた。
「風が出てきたな。」
「はい。」
するとゴーグが言う。
「俺にくっつくとあったかいですよ。」
「ありがとう、でも今は風に吹かれていたいんだ。」
「ゴーグ、私もよ。」
「私も。」
ミーシャも隣に立っていた。遠く墓の奥まで見渡している。俺たちはそれぞれに思いを馳せながら墓の前に佇んでいた。もしかすると皆サナリアに帰ってこなかった兵士達の、幻影でも見ているのかもしれなかった。
「私はここに。」
ミゼッタだけが、ゴーグから離れないでいた。
「街は後片付けで忙しくなるな。」
街には戦いの跡が残っている。これを全て元通りにするのは大変だろう。
「でもあのグラドラムの王様は良い人だから、みんなも文句も言わずにやるだろうけどな。」
俺がマリアに言うと、マリアも頷く。
「ポール王は人格者ですね。」
建物はそれほど壊れていないはずだ。気をつけて戦った。最初にロケットを打ち込んだ家と、ルゼミア王の部下が暴れた時に壊れたくらいなはず。血の掃除が1番大変かもしれない。臭いがとれるまで時間がかかりそうだった。
「みな文句も言わずに死体を片付けていたしな。」
「そうですね。魔人達も墓地まで遺体を運んでくれるのを、快く引き受けてくれました。」
「ああ。凄い力だった。」
「あっという間に積みあがっていく遺体には、流石に気が滅入りましたけど。」
「そうか…そうだな。」
俺は既にもう何も感じなくなっていた。ただ証拠隠滅のための作業としての感覚だった。
「シャーミリアも不思議な奴だ、何故か俺の私兵になってしまった。まあ、元始の魔人とやらの系譜の力らしいが…」
「それだけでは無いと思います。私にはシャーミリアの気持ちがわかります。私もラウル様には生きてもらいたいのです。」
「俺も、もう誰も死んで欲しくはない。」
「はい、生き延びましょう。」
「そうだな。」
マリアとかたい約束をかわした。
《にしても、シャーミリアのやつあんなにいっぱいの死体をいきなりあんな事に…》
戦いの終わった日、死体を回収し一旦墓の周りに集めたら夜になってしまったため、埋葬は翌日にすることになったのだが、そんな時シャーミリアが俺に提案をしてきた。
「ご主人様。あの・・洞窟内で倒した大男ですが・・あの者の肉体と・・あの気が巡りやすい魂道は使えると思われます。」
俺達は知らなかったが、シャーミリアはバルギウス帝国4番大隊のグレイス・ペイントスという名前の男のことを言っている。
「あの怪物か。」
あの世紀末の兄みたいな筋肉と武術のおばけ。思い出すだけでも震えがくる。
「はい。私奴は昼間ご主人様を守る事ができません。」
「仕方ないさ、ヴァンパイアだもの。」
「はい・・それで・・出来れば昼に守るものをご主人様のお側に置いておきたいのです。」
「屍人にするのか?」
「いえ・・超屍人…ハイグールと呼ばれているものを作りたいと思います。」
「ハイグール?」
ハイボールじゃないよね?ハイグールってなんだ?
「私はオリジンヴァンパイアといって、数千年を生きる生粋のヴァンパイアなのですが…」
「数千年!?」
「はい。」
おばあちゃんどころでは無い!なんでこんなに妖艶な美女なんだ…あ、不老不死だからか…
「数千年かけて増え続けた眷属は、マキーナだけになってしまいました。」
「ああ、俺が滅ぼしてしまったからか…」
「些事はどうでも良いのです。」
眷属を滅ぼしたのに大したこと無いってか。数千のしもべを殺しちゃったんだけどな。
「数千年で、こんなに大量の供物…新鮮な兵士の死体が一度に手に入れられることなんて初めての事で…ぜひやりたいことがあるのです。それがハイグール作りなのです。」
「それは?なんだい?」
「屍人の最上位種となります。」
「最上位種?」
「はい、ご主人様の守護者としては最適かと…」
「わかった自由にしていいよ。」
「では、敵兵の死骸を全て私奴に下賜ください。」
「全部か・・わかった。」
「ありがたき幸せ!成功するかは分かりませんが、頑張ります。」
それからシャーミリアはマキーナと2人で騎士の遺体を、夜通しどこかに運びさってしまった。ゾンビ騎士はすでに集めているらしい。
「あの、ご主人様。」
「なんだ?」
「しもべにして下さってありがとうございます。」
「こちらこそ助かったよ。」
「光栄にございます。」
「いやホントに。」
「では、しばらく洞窟へは誰も入らぬよう人払いをお願いします。」
「俺もか?」
「申し訳ございません。できましたらご主人様も…」
「わかった。皆に伝えておく。」
「ありがとうございます。」
なんか…鶴の恩返しみたいな話になってきた。ヴァンパイアの恩返しか?
あれから5日以上ふたりは洞窟からでてこない。覗き見するとどこかへ飛んで行きそうなので、そっとしておく事にする。
そして皆で胸の前で手を組み祈りを捧げ、墓参りを終えて俺達は丘を降りるのだった。
そのころ洞窟では…
「さあ、もう少しだよ。早く食べてしまいなさい。」
シャーミリアが誰かに命令していた。マキーナは横で死骸を食べやすいようにバラバラにしていた。
暗闇にいるなにかは、口が胸の上あたりまで縦に裂け、牙が大量に生えていた。サメの口のようだった。マキーナがバラバラにした死骸を次々と、その縦の口に放り込んでいく。
じゃぁぁじゃぁぁ
咀嚼音というより、ジューサーみたいな音がする。
「ノロマだねえ!そんなんじゃご主人様のお役にたてないじゃないか!はやくおし!」
じゃぁぁじゃぁぁ
とにかく、それは死骸を口にどんどん放り込んでいた。
もう数日が経つ。魔人の船はそろそろ出発するだろう。それでも途中で止めれば失敗する。ここまできたら絶対に失敗は許されない。シャーミリアは最後の仕上げに取り掛かるのだった。
俺がみんなと墓参りをした夜だった。静かな月夜の良い夜だった・・ポール王の城の一室に俺は寝ていた。城といっても、ユートリア公国にあるような巨城ではない。サナリア領主の俺の住んでいた屋敷より少し大きいくらいの建物だったが、十分な広さがあった。
すると室内の空気が僅かに動いた。
「シャーミリア、どうした?」
「ご主人様、ようやく準備が整いました。私奴と一緒に来てくださいますか?」
「わかった。行こう。」
俺は窓からシャーミリアに抱かれ月の夜空にとんだ。連れてこられたのは、あの洞窟だった。
すると幕がかけられた何かが洞窟の広場に立っていた。
「間も無く。完成します!」
シャーミリアは意気揚々と幕を外した!
「成功です!」
なんか、シャーミリア嬉しそうだな。銅像の御開帳って感じでなんか俺も楽しくなってきた。そこに立っていたのは、あの筋肉おばけの大男の騎士だった。しかし…なんか様子が変だ、顔が大男のようであり、最初に倒したイケメンの騎士のようでもあり、魔人を捕えていたあのズルそうな顔の男のようでもあった。不安定に見える・・
「では。」
シャーミリアがおもむろにそいつの背中に、手刀を突き入れた。
ズボッ
「くっ!」
シャーミリアが、少し辛そうだった。
「大丈夫か?」
「問題ございません。ぐっ」
「おいおい。」
マキーナが倒れそうなシャーミリアを支える。
ズリュゥウ
音を立ててシャーミリアがそいつから腕を引き抜いた。
フラフラしてる。
「私奴の血をかなり入れました。ふうふう、あとはご主人様を覚えさせるだけにございます。」
「どうすればいい?」
「私達にしたように、ご主人様の血を少しお分けください。」
俺はコンバットナイフを取り出し、手のひらを切った。
ボトボト
血がしたたるのをそいつの口元に近づける。すると蛇のように長い舌が出てきて俺の血をぴちゃぴちゃと舐め取った。
「いつまで舐めてんだい!」
シャーミリアのハイキックでそいつの首が後ろに折れた。がゴキゴキという音と共に元の位置に戻る。
「ご主人様すみませんでした。」
シャーミリアが俺に謝る。俺はフラフラになっているシャーミリアに言う。
「お前にもやるよ。」
「そ・・そんな・・あ、ありがとうございます。」
シャーミリアは舌先で俺の血を舐めとり恍惚の表情を浮かべた。
「ああ、はぁはぁ」
するとマキーナもその場にうずくまる。疼いているようだった。
「マキーナ来い。お前にもやる。」
「は、はい。」
マキーナも俺の血を舐めとった。マキーナが俺から口を離すと血が口の周りについていた。するとシャーミリアがマキーナに近づいてきて、口の周りについた血を舐めとっていた。
淫靡な音が暗闇の洞窟に鳴り響いていた。
しばらく恍惚な表情を浮かべていたシャーミリアが、我に返りこちらをみる。
「ご主人様失礼いたしました。醜い様をお見せしてしまい申し訳ございません。」
「いいよ。お前も血を抜かれて栄養が必要だろ。」
「お心遣い痛み入ります。」
「で、こいつはどうなんだ?」
「ふふっ。完成にござります。1000体の騎士・・供物がなせる技です。こやつは陽の下でも活動でき、不死で眠りもいりません。人間の屍肉を喰らいますが、許可をださねば人間を襲う事もございません。特質すべきは見たものに変化することもできます。」
まるで新車の展示発表会のように説明している。
「力は?」
「はい、あの大男の騎士めを上回りますでしょう。」
ま、まるで未来から送られてきた殺人ロボットだな。ハイグールの守護者が俺のしもべに加わったのだった。