第657話 救助と被害
異世界人の神風アタックは想定外だった。そのおかげで俺は自軍に甚大な被害をだしてしまった。かろうじて呼び戻したシャーミリアとルピアの連携により、戦闘は収束に向かっている。
「どうやら敵の攻撃が収まってきたようですね」
テントのそばでカトリーヌが、俺に言い聞かせるように言う。確かに魔法の炸裂音や、魔人の銃声は聞こえなくなってきた。
「そのようじゃな、恐らくはこれが一番最適な対処じゃったと、わしは思うのじゃ」
「取り乱してすみません」
モーリス先生のフォローもありがたかった。
「敵は人を、まるで捨て駒のように送ってきおった」
「多分、生かして戻す事など考えてなかったと思います」
「この首謀者はずいぶんな外道のようじゃ」
「手口から推測するに、アヴドゥルでしょうか?」
「その線も捨てきれん」
「悔しいです」
「そうじゃろうのう…いずれにせよ、既に大量の異世界人が出現していたのじゃな…」
「そうですね。光柱は国内にまだまだありますので、これからどうなるか」
「しゃれにならんわい」
「急ぎ、各拠点に通達します」
「そうした方がええ」
俺は周りを警戒しつつ、スラガに念話を繋げた。スラガはここから更に東にある村へ百五十の魔人と共に向かっている。
《スラガ》
《スラガです。何かあったようですね?》
《襲撃にあった》
《お怪我は?》
《俺は大丈夫だが、魔人達にかなりの被害が出た》
《それほどの敵ですか?》
《いや、交戦したのは普通の魔法使いなんだがな、転移魔法を使って人間を放り込んできた》
《そのような真似を…》
《こちらでは戦闘が収束しつつあるが、未だどこに本体がいるのかが分からない。そちらにも行く可能性があるから、対策を練る必要がある》
《わかりました》
《白兵戦になる可能性があるが、混戦になれば同士討ちをしてしまう。村人を連れて魔人基地に移動し村を放棄しろ。魔人基地なら魔法の直撃でも耐えうる建造物がある…》
《なるほど、いきなり現れても対策が取れますね》
《そういうことだ。建物の中に隠れている間に、スラガたちで敵を撃退すればいいだろう。一般兵は外に出さない方がいい。アナミスとマキーナも聞いているな?》
《聞いております》
《はい》
《では取りかかれ》
《《《は!》》》
俺が念話を切ろうとした時だった。
《あの…》
《なんだ?スラガ》
スラガが話しかけて来る。
《ペルデレさんという人は無事でしたか?》
《知り合いか?》
《以前、村を訪れた時に世話になりまして》
《そうか…残念だ》
《そうですか…。それでは、すぐに村人を基地に移送します》
《頼む》
どうやらスラガもこの村でお世話になった事があるようだった。魔人達と一緒にデモンの干渉を調べたことがあったので、恐らくはその時だろう。シャーミリアといい、スラガといい俺の配下は本当に優秀なやつが多すぎる。
《ナタ》
《はい》
《こちらで襲撃を受けた》
《お、お怪我は!》
《俺は大丈夫だが魔人が多数やられた》
《そうですか。ラウル様が無事であれば良いのです》
《敵は転移魔法を使い、魔法使いを放り込んで来た》
《そんな攻撃を?》
《魔人基地で、かつその攻撃方法が分かっていれば、魔人たちで十分対応できるだろう。建物内から攻撃させるように徹底しろ》
《わかりました》
《エミルにはヘリで待機してもらえ、異世界人が出現したら機銃掃射で空から一掃して良いと伝えろ》
《伝えます》
《頼んだぞ》
《はい》
そして俺は最後に、最前線基地のニスラにも同様の事を伝えて念話を終える。相手の攻め方が分かっていれば、魔人達で十分対応できるはずだ。そして恐らくは魔人基地への転移は無いと睨んでいる。
「先生。各拠点には伝え終わりました」
「この村はどうするのじゃ?」
「既に村人は4人しかいませんので、放棄します」
「その方がええじゃろ。この4人もここに残されては生きてはいけまい」
「はい」
シュッ!テントが風でなびいて、シャーミリアが俺達の側にあらわれた。どうやら異世界人たちを全て行動不能にしてきたらしかった。
「ご主人様。敵の攻撃は止んだようです」
村に意識を移すと既に戦闘音は聞こえなかった。シャーミリアとルピアで鎮圧してくれたらしい。
「わかった。それじゃあみんなで手分けして負傷した魔人を救おう」
「わかったのじゃ」
「はい」
「かしこまりました」
《ルピア!負傷した魔人に回復薬を与えるんだ》
《かしこまりました》
離れた場所にいるルピアには念話で伝えた。
《ファントム!マリアを連れて戻れ!》
《……》
彼らもそのうち戻ってくるだろう。
「二人一組で動こうかと思う。シャーミリアは先生を護衛しつつ、魔人達を救出してきてくれ」
「は!」
「シャーミリア嬢よ、よろしく頼むのじゃ」
「もちろんでございます」
「先生、敵の攻撃は終わっていない可能性があります。まずは急ぎ魔人の救出をお願いします」
「うむ」
シャーミリアとモーリス先生が怪我をした魔人を救うため、回復薬を持って向かう。
「ラウル様」
ファントムに、かつがれてマリアが俺のもとにやって来た。
「ファントムとマリアも組になって、魔人達の救出にあたってくれ」
「わかりました」
「……」
「ファントム行きましょう」
「ファントム、マリアを守れよ」
可愛いメイドと、青銅の怪物が魔人を救うべく村に向かって行く。
「カティはどうしようか」
「私はルフラと一緒に回復魔法で救助にむかいます」
「わかったルフラを纏っていれば、魔法の直撃でも耐えられるだろうしな」
「はい」
「俺がこの村人たちを守ろう」
「お願いいたします」
シャーミリアが居るのと居ないのとでは大違いだった。彼女がいる事で、俺達全員の行動がある程度自由になる。それぞれが魔人達を助けるために村に向かって行った。
俺がテントをめくりあげて中を見ると、老人と共に二人の子供も目を覚ましていた。子を亡くした女だけが、未だにうなされながら眠り続けている。
「起きたか?」
「……」
「……」
そっくりだ。どうやら双子の女の子のようだった。しかし俺の事を恐怖の眼差しで見つめている。恐らく村を襲った奴らと同じだと思われているのだろう。
「おまえたち、この人はわしらを救ってくださった御方だよ」
老人がそれに気が付き言ってくれるが、それでも二人はただ俺を怯えた目で見つめるだけだった。
「とっても怖い思いをしたんだな。いいよ、無理に話をしなくても」
俺はフランス軍のコンバットレーションをテントの外で召喚し、老人と子供達に与えたのだった。
「これは?」
「食べ物だよ」
「このような貴重なものを?なんとお礼を言ったらよいか」
「お礼なんていらない。とにかく食べてほしい」
俺は女の子二人の前に行って、レーションの中に入っていたキャラメルを取り出して目の前に出してやる。
「甘いよ」
双子の女の子は、じっとキャラメルを見つめている。いっこうに手を伸ばそうとしないので、仕方なく俺は一つを自分の口に放り込んだ。
「うん、うまい」
ゴクリ。二人の喉が鳴った。恐らく喉も乾いているだろうし、腹も減っているだろう。
「ほら」
そうしてもう一度、双子の前にキャラメルを差し出した。すると一人がスッと手を伸ばして、キャラメルを手に取った。
「口に入れてみなよ」
パクッ、子供がキャラメルを口に入れる。するとみるみるうちに目に光がやどってきた。
「うまいだろ?」
俺はもう一つの包みをむいてやり、隣の子に差し出す。するとその子も、俺の手からキャラメルを取って口に入れた。
「これはお菓子だよ」
一人がしばらくもごもごしていたが、無くなってしまったようだった。俺は次に赤いキャンディーをむいてさしだした。イチゴ味の甘いキャンディーだった。女の子は素直にそれを手に取って口に入れた。
「イチゴ味だ」
「…甘…い」
「だろ?」
するともう一人のキャラメルも無くなってしまったようで、俺をじっと見ている。もう一人にも赤いキャンディーをむいて差し出す。すると奪うように手に取って口に放り込んだ。
「ゆーっくり舐めて溶かすんだ」
二人は夢中にキャンディーを舐めている。
「おじいさんも食べてください、この缶詰はこうやって開けます」
缶のタブを引っ張ってあけてやると、老人が驚く。
「なんと!こんな鉄の塊に!」
中に入っていたのは、ラムの煮物だった。
「これは小さい動物の肉と野菜を煮込んだものです」
「食べていいのですか?」
「どうぞ」
俺はスプーンを手渡してやった。
「うまい!こんな料理は食べたことがない」
「暖かくないので、アレですが腹の足しにはなると思います」
「十分すぎます」
双子は老人が食べて見るのを見て、じっと缶詰を見た。
「食う?」
コクン!二人が頷いたので、違う缶詰をあけてやった。中には鴨とジャガイモとオリーブの煮物が入っていた。そしてクラッカーの袋を開けて実演してやる。
「このクラッカーに、こうして乗せて」
パクッ!俺が食べるのを見て目を輝かせた。
「やってみな」
二人は俺のやり方を見て真似た。
「うまいだろ」
コクリと頷く。
「全部食っていいからな」
二回コクコクと首を揺らした。とにかくものが食べられるだけましだ。老人もどうにか口に運んでくれている。礼一郎のように絶食状態になってしまうと、どんどん衰弱してしまうため、食べてくれるだけでも安心だった。子供達二人が無心に食べているのを見ていると、情が湧いてしまいそうだ。
「今、この村の安全を仲間達がしらべているからね。安全だって分かったらここから出れるから」
そう言って俺はテントを出た。親も知り合いも何もかも失った子供たちを見ているのが辛かったのかもしれない。それからしばらく俺はテントの前で見張りをしながら、救出作業が終わるのを待っていた。するとテントの周りに、無事だった魔人達が集まって来た。
「お前達!無事だったか!」
「は!お役に立てず申し訳ございませんでした!」
「十分すぎるほど役に立ったよ。むしろあの状況でよくぞ生き残ってくれた」
「あれは…一体何なのですか?」
「転移魔法っていう厄介な魔法さ。それで人間達を飛ばしてきやがった」
「仲間をですか?」
「仲間なのか何なのか、魔人救助が終わったらアイツらを目覚めさせて聞かないといけない」
「我々がやりますか?」
「待ってくれ、シャーミリア達の救助作業が終わったらやろう」
「わかりました」
オーガの進化魔人はそう答え、周りの魔人達に説明をはじめる。見た目は人間に近いが、ギレザムたちのように進化しきってはいないようで、魔人の雰囲気が色濃くのこっていた。コイツは青鬼のタイプだろう。そうしているうちに続々と俺の周りに魔人達が集まってくる。俺は魔人達の様子を聞きながら、救出作業を終えるのを待っていた。
「ラウルよ。こっち方面の魔人達の救出は終わったのじゃ」
そこに一番最初に戻って来たのは、モーリス先生とシャーミリアだった。
「では、カトリーヌとルフラが北の方を見ています。そちらに手伝いに行ってもらえますか?」
「わかったのじゃ」
「かしこまりました」
モーリス先生とシャーミリアが北側に向かって行った。そうしてしばらく待っているとルピアがやってきた。
「ラウル様。南側の救助作業は終わりました」
「やっぱり上空からだと見つけやすいか」
「はい」
「ならマリアとファントムが西側を見ているから、そちら側に周ってくれるか?」
「はい」
それから救出作業は順調に終わり、動ける魔人達も順次集まってきているようだった。幸いにも救出作業中に再度の襲撃は無く、無事に作業を終えて皆が戻ってきた。
「先生もありがとうございました」
「ダメなものもおった…」
「仕方ありません。全員を守り切るのは、どだい無理な話でした」
「無念じゃ」
「はい」
先生もガックリと肩を落とす。
「シャーミリア、行動不能にした異世界人はどうなってる」
「意識を刈り取り、手足を折りました。身動きは取れぬと思われますが…」
「なんだ?」
「恐らくは攻撃魔法を使う者のみ転送されて来たとは思うのですが、回復系の魔法を持つ者が中に混ざっていないかと懸念しております」
「そうだな。回復して逃げそうなやつを感知したら殺してしまおう。とにかく不安の芽は摘み取っておくしかない。これ以上ファートリアの国民や、魔人に被害を出されても仕方がない」
「彼らは、ご主人様の…異世界の者達でございます。同郷と言っても差し支えないのではないかと…」
「ミリア。俺はここにいるみんなが大事なんだ。お前も含めてな。それに災いをなす者に特例は無いよ」
「かしこまりました」
「俺は生粋のこちらの国の者だ。異世界から来ようが魔界から来ようが、俺達に仇なすものは排除するだけだ」
「かしこまりました」
シャーミリアが深く頭を下げる。
「わかったのじゃ」
「わかりました」
「ラウル様は元よりこちらの人間です」
なぜかモーリス先生とカトリーヌ、マリアまでが答えた。先生とマリアからすれば幼少から知っているのだから、その気持ちはいっそう強いのだろう。俺だってモーリス先生を実のおじいさんのように思っているし、マリアは育ての親も同然だと思っている。
「シャーミリア!魔人の損害は何人くらいだ?」
「48名が戦死しました」
「…そうか、わかった」
「もうしわけございません」
「お前は悪くない。ではシャーミリアとルピアが敵の攻撃を警戒していてくれ、俺とファントム、進化オーガと進化オークで、生き残った異世界人を集めるんだ」
「「「「は!」」」」
「……」
「全員、SFP9ハンドガンを所持。危険な魔法を使いそうなものがいたら、射殺を許可する」
「「「「は!」」」」
「全員かかれ!」
いきなり魔法を使ってくる奴がいるかもしれない。目覚めたとたんドカン!じゃあ危なくて仕方なかった。だが、情報を取らねば今後の対策を立てる事が出来なかった。異世界人をシャーミリアに生かしてもらったのはそのためだ、あんがい行動不能になったやつのなかに首謀者がいるかもしれない。
「まるで地雷の撤去作業だな…」
俺と魔人達が、村の周辺に生き残った異世界人たちを集める作業を始めるのだった。まるで地雷の撤去作業を行うように、慎重に。