第653話 月夜の惨劇
ナタは北の街道へと向かう途中の、森を抜ける小道にいた。俺達がスーパースタリオンヘリにナタをピックアップしたところだ。
「ラウル様。すみませんでした」
ヘリの中でナタが膝をつき謝る。
「仕方ないよナタ、転移魔法で逃げられるとシャーミリアでも追跡が難しいんだ」
「そうなんですか」
「恐らく相手は異世界の少年少女だよ」
「どこに行こうとしているのでしょう?」
「恐らく北の村じゃないかと思う。どこかでファートリアの民をひろって事情を聞いたか、もしくは民が村を教えて向かっているだけかも」
例えば薬草採取に出た民と偶然出会い、一緒に村に向かっているだけかもしれない。例えはこちらの世界に呼ばれたのを、この世界の人間のせいにして逆恨みしているのかもしれない。いずれにせよ日本の少年少女が勝手に理由をつけて、行動している可能性がある。大人と違って斜め上の行動をとってくるかもしれないのだ。
「北の街道沿いにある村近郊には、魔人基地もあるがのう」
「はい。村人に手を出す前に、到着を急ぎます」
俺達のスーパースタリオンは北部の村と村の中間地点にある、魔人軍基地へと到着した。俺が降りると魔人達が一斉に膝をついて出迎える。
「「「「「ラウル様!よくぞおいでくださいました!」」」」」
《なんかあちこちで微妙に出迎えの方法が違うな》
《そのようです。ご主人様、統一させるようにいたしますか?》
《いや、いい。挨拶の方式なんてそんなにこだわってやるもんじゃない。まあ確かに規律とかの問題とかはあると思うが、きちんと出来てるじゃないか》
《それであれば良いのですが》
こんな緊急時に魔人の躾なんてやっていられないし、シャーミリアに任せたら魔人が使い物にならなくなる可能性がある。ひとまず大人しくしていてもらおう。
「よし!みんな!聞いてくれ!」
「「「「「は!」」」」」
ここにいるのは300の魔人だ。以前ファートリア前線基地付近にいたデモン戦で、一時進化を経た魔人達だった。
「この付近の村に正体不明の魔法使いが出現する可能性がある。せっかく助けたファートリアの人間達に危害を加える可能性も否定できない。こちらから先に手を出す事はしないが、攻撃をして来たら速やかに敵を捕縛。難しい場合は攻撃も許可する。西の村と東の村に隊を分けて向かってくれ」
「「「「「かしこまりました!」」」」」
「武器の残存期間が近づいている!新たに兵器を渡すから、それをもってすぐにむかえ!」
そして俺はSFP9ハンドガンを300丁と予備のフル充填されたマガジンを600個、20式5.56mm小銃を300丁とフル充填されたマガジンを300個、AT4ロケットランチャーを100基、M67破片手榴弾を600個召喚した。一斉に魔人達が駆け寄って来て、次々に装備を受け取り各隊に分かれていく。
「全員渡ったか!」
「「「「「は!」」」」」
全員が武器を携帯して俺に返事をした。
「スラガ!お前は東に向かう隊を率いてくれ。スラガ隊にはマキーナ、アナミス、マカ、クレを配属させる」
「わかりました」
「「「「「は!」」」」」
「よっ!」
ズズンッ!俺は73式大型トラックを12台召喚した。各トラックの荷台に12.7㎜重機関銃を1基ずつ設置し、4箱の機銃用の弾丸を乗せていく。
さらにスラガたちにも武器を渡していく。スラガにはM134ミニガン、マキーナにはM240中機関銃、アナミスには2丁のウージ―サブマシンガンを、マカ、クレにはH&K UMPサブマシンガンを1丁ずつ渡す。
「このトラックに乗って行け!」
俺が言うとスラガとマキーナ達が、第一進化の魔人達と共に6台のトラックに乗って東へと向かって行った。
「俺達も行くぞ」
「皆!ご主人様のご指示通り迅速に動くように!」
「「「「「は!」」」」」
シャーミリアがはっぱをかけると、きびきびと魔人達がトラックの荷台に乗り込む。久々の作戦とあって、意気揚々としていた。魔人達にもトラックを運転できる奴がいるので、それぞれ運転席に乗り込んでいく。
「エミル、ケイナ!」
「あいよ」
「はい」
「悪いんだが、一番東の魔人軍基地までヘリでナタとカーライルを連れて行ってくれないか?」
「了解」
「ナタ。ファートリア東部基地の奴らにこのことを伝えろ。万が一はそちらに異世界人が流れるかもしれない。そうなったら俺達が到着するまで突破されることなく持ちこたえてくれるか?」
「はい」
俺は3人のために、UH-1Y ヴェノムヘリコプターを召喚した。ドア付近にM134ミニガンを取り付け、ナタにそれを使うように指示する。
「そっちの基地に、先に異世界人が出現する事も考えられる。十分注意してくれ」
「了解」
「はい」
「は!」
「それでは」
「エミル頼んだ!」
「頼まれた!」
4人はヴェノムヘリに乗り込んで東の空へと飛び去って行った。これでファートリア北部の線のどこに現れても網にかかるはずだ。
「よし!先生、私たちも行きます」
「そうじゃな」
そしてマリアが運転する先頭のトラックの荷台へと、俺と先生が乗り込むのだった。ルフラを纏うカトリーヌがマリアの隣に座る。シャーミリアとファントムにはトラックの周辺を護衛するように指示し、俺とモーリス先生とルピアが一次進化魔人達と共に座った。
「マリア!出してくれ」
「はい」
そして俺達のトラックは、西側にある村へと走っていくのだった。俺達が一番最初にファートリアに潜入した時に接触した村だ。
「すっかり陽が落ちたのう」
「そうですね。こんな暗闇で少年少女たちが動くものでしょうか?」
「見えぬのであろう?」
「普通の人間なので見えないと思います。間違いなくこの状況では、魔人達の方が有利です。あんがい無傷で全員を捕まえられるかもしれませんね」
「政治的な思惑も欲もない子らが、何をしようとするのか分からんが…こちらの世界の子らとは違って厄介じゃのう」
「本当に。向こうの世界にはゲームという遊ぶものや、異世界に関する書物などがたくさんあるのです。そして転移させられてくる子らが、そういうものに執心している人種でして…。それにイジメられたりイジメたり、社会に不満を抱いている子もいるでしょうから、それが勘違いして厄介な現象を引き起こしているんです」
「心に闇や歪をかかえているというわけじゃな」
「はい。ほとんどは素直な子だと思うのですが、ねじくれてしまった子らも混ざっているようです」
「何をしでかすか分からんという事かの」
「そうです。盗賊の集落を襲った奴らや、礼一郎などと同じ人種ですからね」
「傷つけたくはないのう」
「願わくば平和に解決したいです」
陽が落ちてあたりが真っ暗になった。道がトラックのヘッドライトに照らされて浮かび上がり、時おり普通の動物が驚いて飛び跳ねていった。
「ラウル様!あちらで火の手が上がっております」
「なに!」
マリアのあげた声にトラックの先を見ると、村が燃えて煙が立ち上っていた。どうやら一足遅かったようだ。
「最悪だ…」
「じゃな」
《シャーミリア!先に村に飛べ!》
《は!》
先行するシャーミリアを追うように、俺達が村へ到着してすぐにトラックを降りる。
「全員気をつけろ!トラックから離れるな」
俺が指示を出すと、第一進化の魔人達がトラックの周辺で待機をする。
《ミリア!どうか?》
《は!》
恐らく彼女は既に村の上空から見ているだろう。
《ご主人様》
《異世界人は?》
《おりません》
《逃げたか…》
《そのようです》
《生存者は?》
《わずかです…》
《わかった》
「全員!一斉に村に突入する。生きている者がいたらすぐにエリクサーを振りかけろ!とにかく一人でも多く救うんだ!」
「「「「「「は!」」」」」
「カティも先を急いでくれ」
「わかりました!」
ルフラを纏うカトリーヌは魔人の速さで走る事が出来る。ルピアと一緒に先行して走っていくのだった。俺とファントムはモーリス先生とマリアの護衛につきつつ、後を追うように走っていく。
「ラウル!先に行ってもええのじゃ!」
「いえ。まだ異世界人が、潜伏している可能性もございます」
「わしなら大丈夫じゃ、魔法使いの相手なら引けをとらぬ。マリアは任せておれ!」
「わかりました!ファントム!行くぞ!」
俺とファントムはさらに加速し村の中へと突入した。あたりには血の焼ける匂いが充満し、既に村人のほとんどがやられているようだった。そこいらで魔人達がエリクサーを振りかけているが、どのくらいが助かるのか見当がつかなかった。
《ミリア!ペルデレさんの家に!》
《は!》
上空のシャーミリアに指示を出してから、俺は急ぎペルデレの家に向かう。ペルデレとはこの村の村長の奥さんで、貧しいながらも俺に食を恵んでくれた人だった。村長宅に到着して中に入る。
「ミリア!居たか?」
「ここにはおりません」
「探してくれ」
「は」
シャーミリアが村長の家を出ていく。雲に隠れていた月が現れてあたりを照らすと、更にそこいらじゅうに死体が転がっているのが分かった。
「ここにはルタンから連れて来た騎士が3人いたはずだが、あいつらもやられたんだろうか…」
俺とファントムが村長宅から出ると、モーリス先生とマリアが遅れて走って来た。
「酷いものじゃ!」
モーリス先生の声に怒気が混ざっている。
「とにかく一人でも多く助けないといけません!」
「うむ」
「わかりました」
俺達は手分けして村の中の生存者を探して回る。そこいらじゅうに死体が転がっており、破損もひどく既に手遅れの者ばかりだった。建物が燃え上がりあたりを照らし出しているが、動く者はいない。だが俺の視界に月に照らされた蠢く一人の姿が映った。
「大丈夫か!」
微かに動く女がいたのでエリクサーをかける。しゅうううぅと音を立てて光り輝き息を吹き返した。あっというまに傷が癒えていく。すると女がガバっと起きあがった。
「あ、うちの子!うちの子はどこ!」
女はあたりを見渡して一点に目を止めた。ダッと立ち上がって一目散に走り寄る。
「あ…あああっ!」
頭と腕の無い子供の遺体だった。
「あの子の!あの子の服!」
マリアが近づいて、子供にエリクサーをかけてみたが復活しなかった。
「いやあああああ、いやあああああああ!」
女が半狂乱になってしまった。恐らくそこに倒れていたのは自分の娘だったのだろう。
「せ、先生!」
「ふむ」
パシィィィ!モーリス先生の杖の先から電気のような魔法がはしり、その女は再び気を失った。
「なぜ…なぜこんな!」
マリアが涙を流しながら叫ぶ。
「なぜにこのようなむごいことをするのじゃ!異世界とはどのような世界なのじゃ!」
先生も怒気をはらんだ声で叫んでいた。俺はそれに返す言葉もなく、ただ黙々とあたりの生存者を探し始めるのだった。あたりには老人や男だけでなく女や子供の死体もあった。
俺も聞きたい、いくらこちらにいきなり連れて来られたとはいえ、なぜこんな非道な事をするのか。日本の少年少女はそんな者だけではないはずだ。これではまるで…アブドゥルの仕業だ。
「子供まで…」
俺が必死にあたりに生存者を探していると、暗がりの向こう側からカトリーヌが歩いて来た。
「ラウル様!」
「カティ…」
「なぜです!なぜこのような事になっているのです!」
「…分からない」
「こんな赤子まで…」
カトリーヌの胸には力のない人形のような赤ん坊が抱かれていた。その傍らにいるルピアも何も話す事は無かった。
《ご主人様…》
《どうした?ミリア!》
《ペルデレがおりました》
《生きていたか!》
《いえ…》
なんと、俺がお世話になったペルデレまでが…
「先生!カティとマリアを頼みます!ルピアは先生達と引き続き生存者の救出を!」
「分かったのじゃ…」
「はい」
「ファントム!来い!」
俺は急いでファントムと共にシャーミリアの元へと向かった。シャーミリアがペルデレの遺体を抱き上げて、こちらに歩いて来た。
「申し訳ございません。私奴が発見した時にはもう…」
「ミリアが悪いわけじゃない」
「ルタンから連れて来た騎士たちは、役に立たなかったようです。一緒に殺されておりました。どうやら最後まで守り通したようですが…及ばなかったと思われます」
「そうか。頑張ったんだな」
「もっと鍛え上げればよかったのかもしれません」
「いや、ミリア。そういったらキリがない」
「はい…」
シャーミリアが珍しく、人が死んだことに残念そうな表情を浮かべる。俺が貧しいペルデレに、ごちそうされた事を聞かせた時、人間にもそういう心根の者がいる事に感銘を受けていた。それがこんな結果になってしまい、俺の残念な気持ちも伝わってしまったのだろう。
「一人でも多くの生存者を見つけるため、引き続き生存者救出を続行する!」
「は!」
夜空に浮かんだ月がその惨劇を照らし出すのだった。