第650話 平和ボケの子供
結局のところ地下最深部の魔石二つはスルーして、俺達は上層へと上がって来た。アトム神や異世界人たちはあのまま魔石に入っててもらうと助かる。なにせあの中は時間が進まないし、問題を解決するまでは居てもらった方が良いだろう。危険もなく精神がやられたり体を病むこともないはずだ。
「もしかしたらアトム神は、それらを見越して自らも封印したんですかね?」
「…ラウルよ。わしはそうではないと思うのじゃ。あのまま封印を解けば異世界の魔法使いから攻撃を受ける、咄嗟に固まって解けなくなった…といったところじゃと思う」
「なるほどなるほど、アトム神らしい。一番納得がいきます」
「可哀想なのは、巻き込まれたキリヤやマコたちかのう」
「いや、彼らは問題ないと思いますよ。苦にならない魂を持っていると思います」
だって俺とアナミスで魂を書き換えたし。
「ケイシーもおると思うのじゃがな」
「それだけが少し心残りです」
ケイシー。無駄死にではないぞ!
…いや…死んで無いか。むしろ彼もあそこにいた方が安全だと思う。この危険な世界を生き延びるには、いろいろと力が無さすぎる。俺達は話をしながら地下礼拝堂に戻って来た。広い部屋の中央にはマキーナとルピア、スラガ、カーライル、マリアが待っていた。
「おかえりなさいませ」
ルピアが言う。
「お待たせ」
「無事でよかったです」
「誰とも会ってないからね」
「そうなんですね?」
「とりあえず。この子らを起こして基地に連れて行こうかと思う。また光柱が発動して誰かが呼ばれてくるかもしれないけど、その時のために対策も練らなければならない」
「わかりました」
ルピアが俺にお辞儀をすると、スラガとマキーナもお辞儀をした。
「あの…」
「何だいカーライル」
「アトム神様とケイシーはどうされたのです?」
「ああ、彼らは自らの身を挺して異世界人を保護してくださった。なんと魔石を発動させて、自らと異世界人たちを閉じ込めたんだよ。あの中は時間も進まないし、それが良いと判断したんだろうね。本当に素晴らしいお方だ」
「…そうですか…さすがはアトム神様。ですが、ケイシーもそんな殊勝な心掛けを?」
「たぶん…ひとまずは一件落着だと思っていい」
「そうですか…わかりました」
カーライルの瞳が分かっていない。
「お前のような下賤の者が、ご主人様の説明では不満だというのか?」
ピリピリピリ。俺すら総毛立つシャーミリアの殺気を浴びて、カーライルがしゃきっとする。
「ああ…シャーミリア様!私は決してそのような。ましてやラウル様に不満を抱くなどございません。ただケイシーが心変わりしたことに違和感があっただけです」
「ならだまれ」
「かしこまりました」
カーライルはシャーミリアにベタ惚れだ。今の一言ですべてを理解したらしい。しかしカーライルもカーライルだ。今のシャーミリアの殺気を前にきちんと受けごたえしているのだから。膝が笑っているようだが、俺はカーライルを尊敬する。
「アナ、この子らをゆっくり起こすかね。あとの5人には精神を落ちつかせるような術を」
「かしこまりました」
アナミスから赤紫のモヤがでて少年少女を包む。
「う、うう」
「?
「あれ?」
「俺達は」
「わたし…何を…」
五人プラス三人が起きる。
「やあみんなおはよう。俺達は皆を救出しに来たんだよ」
そして打ち合わせ通りに、俺の言葉のあとで魔人達が銃火器をみせた。
「自衛隊の人?」
一人が聞いて来る。
「そうじゃないけど、とにかく皆を保護しに来たんだ。そして一つだけ皆に注意点がある。今からこちらにいる大先生がお話をするから、よーく聞いてくれるとうれしい」
そして俺はモーリス先生に譲る。少年少女はモーリス先生を見て、目をキラキラさせている。それは恐らく、前世で大変有名な映画のキャラクターにこういうおじいさんがいるからだ。
「みんな体の具合はどうじゃな?」
「すこしお腹に痛みが」
「首が少し…」
「私もあと頭が重くて」
「僕も」
「あの!あなたは賢者という人ですか?」
最後の一人が聞きたかったことを聞いた。
「そうじゃな、わしを賢者と呼ぶ者は多いのう」
「やっぱそうだ!」
「凄いわ」
「凄いね!」
「賢者だって!」
「RPGみたいだ」
「あーるぴーじー?なんじゃ?」
「いやおじいさん、こっちの事だよ。でもここはどこ?」
いやおまえ…俺の先生に気安くおじいさんとか言うな。
「どうやら君たちが異世界と呼ぶ世界のようじゃの」
「やっぱ!」
「でも本当か?」
「シチュからしてそーじゃん」
「信じられる?」
「わからない」
「わかったのじゃ。なら君らの世界じゃないという事実をみせようかのう、カトリーヌや彼らを治癒しておくれ」
「はい」
カトリーヌがみんなのところに来る。
「エリアヒール」
シャァァァァァ。皆に光が降り注いでいく。少年少女は目を見開いてそれを見ていた。
「かるくなった」
「痛くない」
「え、エリアヒールだって」
「ヒーリング系?」
「回復魔法だわ」
流石はネトゲ世代の少年少女だ。一発で理解して納得したようだ。
「そしておぬしらも魔法が使えるのじゃろ?」
「はい」
「俺も」
「俺も」
「使えます」
「私も」
「全員とは凄いのう、じゃが魔法はむやみに使ってはならんのじゃ」
「どうして?」
「おぬしらはまだ器が作られておらん。そもそも精神の準備も出来ているとは言えんのじゃよ、いきなり暴れまくって体がもたんかもしれんし精神が崩壊する恐れもある」
「怖い!」
「死ぬの?」
「まずくね?」
「俺、やだな」
「わたしも」
皆が怖がるようなそぶりを見せる。自分たちが死ぬなんて事を考えたこともないのだろう。いきなり死ぬかもしれないと聞かされて青ざめた。
「練習をするのじゃよ。気持ちも体も訓練によってついて来るのじゃ」
「訓練?」
「まあ、魔法を使うにあたっての知識というかの?それを学び、体も鍛える」
「それだけ?」
「まあ基本はそれだけじゃよ」
「よかった」
「ほんと?」
「でもだれが?」
「そうだ」
「誰が教えてくれるんです?」
「魔法使いが教えてくれるのじゃよ。魔法使いが魔法使いにその使い方を教える、先輩が後輩に伝授していくといったところじゃな」
先生の説明で大まかな所は分かってくれたようだった。
「君らはいくつだ?」
俺が聞く。
「13」
「13です」
「14です」
「13です」
「14」
それぞれが答えた。
地下礼拝堂にいた五人は全員中学生だった。ひとまず俺達は異世界の少年少女の八人を連れて、地下礼拝堂から出て魔人軍基地に向かう。少年少女は抵抗する様子も無く素直について来る。地上に出ると聖都の上空を旋回するエミルのヘリを見て驚き、この世界が元居た世界なのではないかと疑う者もいた。
「ヘリが飛んでます」
上を指さして高校生側の15歳の女の子が言う。
どうやら、十五歳の女の子は皆の代表として話すようだ。あの地下でバラバラだったのは、この子が皆をまとめる事が出来なかったからだろう。十五歳の女の子に、人員を管理するなんて出来るわけがないから当然と言えば当然だ。
「ああ。あれも我が国の兵器なんだ」
「ここは地球じゃないんですよね?」
「違うよ。まあ風景を見てもらったら分かると思うけど」
「…この都市を見てですか?」
女の子が答える。中学生たちのグループはきょろきょろ周りを見渡していた。確かにこんなボロボロの都市を見てもピンと来ないかもしれない。
「あ…たしかにそうだな。そこいらじゅうに光柱があるだろ、こんなものは向こうじゃ見られなかったはずだ」
「確かに…」
「これは何なんです?」
「俺達も良く分かっていない。ただあれが原因で、君たちがこちらの世界に呼ばれた事は分かっている」
「あの…それもさっき聞いた物凄い悪い怪物がやったことなんですか?」
「そうだ」
都市が残っているバルギウスやシュラーデン、ラシュタルなどの国を見せれば分かるかもしれない。だがこのファートリア聖都は俺たちが、デモンと戦った時に壊滅してしまったため都市自体がほぼ無い。近隣の村を見せただけでは、前世の未開の土地の集落に見えなくもない。この光の柱が異世界を認識させるのに最も適しているだろう。
正門を出ると、シャーミリア達が乗って来たクーガー装甲車が置いてある。
「まじか!」
「これアメリカ軍の車じゃね?」
「車があるの?」
少年少女が車を見て驚いている。
「これも俺の国の兵器だ」
「なんか、異世界つーからもっと違うの想像してた」
「もしかしたら世界なんてどこも同じ様なもんなんじゃない?」
「だけど、こんな城壁のある都市なんて見たことないよ」
「でも、さっきの光の柱は?」
「そうだね」
うーん。中高生を連れてぞろぞろ歩いていると、なんだが修学旅行のような雰囲気になってしまう。それに意外に動じてないというか、彼らはまったく怯えていないようだ。あまりの平和ボケな感じに、この世界に解き放ってはいけない存在だと痛感する。このまま世界に出してやったら、礼一郎や盗賊の集落で死んだ中学生のようになるのが目に見えている。
「よ!」
ズッズゥゥゥン。俺は目の前に74式特大型トラックを召喚した。
「え!今どこから出て来たんだ!」
「うそ!いきなりトラック出て来た」
「アイテムボックス系?」
「絶対そうだよ。アイテムボックス持ちだ」
「チート過ぎない?」
少年少女がガヤガヤと話し合っている。しかし異世界の人間にトラックを隠してもしょうがない。また間違ってはいるものの、ある程度ゲームの知識がそれをカバーして理解に結びついている。この世界の住人に説明するよりは、見せればある程度理解するのはありがたい。
「じゃあ、みんな乗ってくれ」
「はい」
「自衛隊みたい」
「すごーい」
「本物だ」
「動くのかな」
いちいちガヤガヤと話す。
まったく平和ボケも良い所だ。俺達が敵だったらいいように使われるか、殺されるのがおちだ。俺は少し気になってモーリス先生を見る。だが先生は逆にニコニコと笑って少年少女を見ていた。やはり先生は子供が大好きなようだ。カトリーヌは自分と似たような年頃の子らが落ち着かないのを見て、なんとなくウザったがっているようにも見える。魔人やマリア達はなんとも思わないらしく無表情で、カーライルも特に気にしていないようだった。
「じゃあマリア。頼む」
「はい」
マリアが運転席に乗り、カトリーヌが助手席に座った。俺と先生、残りの魔人とカーライル、そして異世界人の少年少女が荷台に乗った。そこから揺られる事10分少々で基地に到着する。トラックが基地中に入って行くと、また少年少女ががやつき始める。
「あれ?本当に異世界?」
「まあ異世界だからと言って、中世的ということもないんじゃない?」
「エスエフっぽくもないし」
「なんか普通だ」
それもそのはず。魔人軍基地はどこも、前世の軍隊の駐屯地に似ている。無骨な四角い建物が並びヘリポートや整地された道路もある。どうみても異世界には見えないかもしれない。
「じゃあみんな降りるよ」
俺が降り、後から少年少女がついて来た。そこには魔人達が膝をついて待っていた
「えっえっ!」
「なに?」
「もしかして賢者って偉い人?」
「やっぱそうだろ」
「だよね」
少年少女は賢者に対して皆が首を垂れていると思っているようだった。
「「「「「おかえりなさいませ!ラウル様!」」」」」
「えっえっ!」
「誰?」
「賢者?」
「違うんじゃね?」
「たぶん…」
そして少年少女、八人の目線が俺につながる。
「子供達よ。ご主人様は一国の王子である。あまり馴れ馴れしくするのではない」
シャーミリアが何の感情も籠ってない言葉で言う。当たり前のことを当たり前に言っていた。
「まあみんなそういう事だから。でも、そんなにかしこまらなくていいからね」
シーン。いきなり少年少女がかしこまり始めた。今まで馴れ馴れしく話をしてくれていたのに、いきなり距離感を感じる。
「すみませんでした!」
「いやいや、いいって。大丈夫だから」
「でも王子さまって、とても偉い人なのですよね?」
「はいそうです。この世界で王族にそう馴れ馴れしく話しかける人はおりませんよ」
カトリーヌがピリピリといった。やっぱり気にしていたらしい。
「事情が分からずすみません」
「いえ。知らないのですから仕方ないでしょう。でも今覚えていただけましたよね?」
「は、はい…」
ちょっとだけカトリーヌが怖い。これだと委縮してしまって、話をしなくなるかもしれない。
どうするか…!すると建物から期待の人物が出て来た。
「ハイラさん!」
建物を出て来たばかりのハイラを見つけて呼ぶ。
「はい!なんですか?」
ハイラが走り寄って来た。
「紹介する!このみんなは異世界から飛ばされて来た、中高生の皆さんだ」
「日本から…。あ、よろしく!私も日本から飛ばされて来た女子大生のエドハイラです」
俺の目線を感じ何か感じ取ってくれたようだ。
「日本人!」
「また?」
「なんで日本人だけ」
「よ、よろしく」
「よろしくおねがいします」
「よろしくね」
「ハイラさんにお願いがあるんだよね。この子らに、この世界の事情とかいろいろと教えてほしいんだ。そして自分たちがどうすればいいのかを、考えてもらいたいと思っているんだ」
「…なるほど。そういうことなら分かりました。みんな!私と一緒に来て、皆のように飛ばされて来た子がもう一人いるのよ」
「日本人が、もっといたんですね…」
「ええ」
「マリアも一緒に行ってくれ」
俺はフォローのためにマリアを差し向ける。マリアをつけておけば間違いない。
「はい」
そして少年少女たちはハイラとマリアに連れられて、司令塔の扉の向こうへと消えていくのだった。やはり話をするのは、俺達よりも同じ境遇のハイラの方が良いだろう。あとはマリアがある程度フォローをしてくれるはずだ。
俺達は残りの光柱の対処方法と、西から行進しているという異世界人たちの対応を話し合う事にした。