第647話 潜伏する異世界人
潜入したマカとクレの話によれば、異世界人たちは地下道を見つけて潜伏しているようだった。今の所、こちらの世界の人間や魔人に被害は確認されていない。状況を鑑みた結果、俺達が聖都に潜入して異世界人を説得または制圧する事になった。
「まさか、爺さんもいくのかの?」
サイナス枢機卿がモーリス先生に言う。
「相手を無条件で殺して良いなら、ラウルの隊だけでも良かろうな。じゃが相手の目的も要求も分からん状態では、そんな非道をするわけにはいくまいて」
「まあ、確かにのう。向こうの世界で普通の民じゃったというのなら、なおさらそうじゃな」
「まあそういう事じゃ。とにかくなんも出来んおぬしらは、黙ってここで待っておれば良い」
「なんじゃ!わしらを役立たずのように言いおって!」
「役立たずじゃろ?お前たちが行ったところでどうなるのじゃ?」
「むぐぐ」
いつもの二人のやり取りだった。いついかなる時もこの二人は憎まれ口をたたきあう。
「枢機卿、ファートリアの代表として私がまいりますので」
カーライルが言った。
「そうじゃな!カーライルよ!頑張るのじゃぞ!」
「はい。ラウル様に授かった魔剣もございます」
カーライルが鞘を押さえながら、アルカイックスマイルを浮かべた。
《まったく…どこまでイケメンなんだ。どんな顔をしてもイケメンなんておかしい》
《大丈夫ですご主人様。お気に召さねば、この馬鹿など瞬殺してご覧に入れます》
《や、やめろよ!国交問題とかに発展するぞ》
《かしこまりました。なら知らぬ間に殺しましょう》
《だめ。とにかく殺しちゃダメ》
《かしこまりました》
だんだん分かって来た。恐らく俺がイケメンに対して拒絶反応を示しているのを、シャーミリアは一番近くでで拾っているんだ。そのためなぜかイケメンを見ると殺したくなるようだ。これからはイケメンを妬むことなく、イケメンも人間として尊敬するようにしよう。
潜入するグループは次の通りだ。
正門
シャーミリア、マキーナ、アナミス、ルピア
携帯武器は全員がM240中機関銃とバックパック
市壁の秘密の入り口
スラガ、マカ、クレ
携帯武器はスラガがM1919A4機関銃とマカとクレがミニミ軽機関銃
北の橋の下にある隠し扉
俺、モーリス先生、ファントム、ルフラを纏うカトリーヌ、マリア、カーライル
AH-1Zヴァイパーヘリによる上空待機
エミル、ケイナ
作戦内容は
第一に情報収集
第二に異世界人との交渉
第三に異世界人の確保
第四に人質の確保
となっている。
もちろん戦闘になってしまった場合、自分たちの身の安全のための攻撃は許可した。シャーミリア達が脱出困難になった時は、エミルにAH-1Zヴァイパーヘリによる対地攻撃も許可すると伝えている。
「じゃあハイラさんと礼一郎はここで待っててくれ」
「わかりました」
「…はい…」
礼一郎は精神的ショックがかなり大きかったようで、相変わらず具合が悪そうだ。進化魔人達には礼一郎が暴走しないように見張らせる。また同じ日本人の学生が殺されるのを、見せないようにするためというのが大きい。
「では枢機卿、いってまいります」
「気を付けてのう、ラウル君。ジジイをこき使ってやってくれ」
「ふん!ジジイに言われんでも働くわい」
「せいぜいラウル君たちの邪魔をせんようにのう」
「なんじゃと!」
「では先生!行きましょう!」
俺は二人の話をぶったぎって基地を出る。
《みんな!作戦通りだ。まずは散開して入り口で待機、俺からの合図をまて》
《《《《は!》》》》
そして俺達はクーガー装甲車に乗って、都市の北側に面した川の橋の下に作られた秘密の地下道入口へと向かう。
万が一異世界人に遭遇したとしても、車両を見れば礼一郎のように、向こうの世界から助けに来たと思うかもしれない。シャーミリア達にも同じクーガー装甲車を召喚して渡してあり、エミルには派手に上空をぐるぐると飛び回るように頼んでいる。現代兵器がここにある事を知らしめる作戦だ。だが万が一魔法攻撃を繰り出されたら逃げるように言ってある。スラガとマカとクレだけは目立たぬよう徒歩で潜伏する事にした。
「あの橋です」
「ふむ。周りには魔力の気配はないようじゃ」
「助かります。私では人間の魔力を読めません」
「ふぉっふぉっふぉっ!サイナスに聞かせてやりたいわ!既に役に立っとるぞー!って!」
よほどさっき枢機卿に言われた事が悔しかったようだな…。
車を降りて橋の下にもぐると、以前と同じように石の扉があった。あの時はカララがいたため地下道内をあらかじめ索敵できたが、今回は手探りで入らねばならなかった。モーリス先生がいる事が本当に頼もしい。
《よし!シャーミリア、俺達は秘密の入り口に着いた》
《こちら正門前ですご主人様。いつでもご指示をおねがいします》
《くれぐれも光柱に触れる事の無いようにな。飛べる4人を都市に行かせたのは、いざという時に逃げる為だ。間違っても交戦しようなどと思うなよ》
《かしこまりました》
《スラガ》
《こちらも既に壁面に到達しました》
《騒ぎが起きても俺の指示があるまでそこで待機だ。異世界人たちが地下から上がったらすぐに潜入、最下層の人質の元へと真っすぐ走ってくれ。その格好なら何とかなるだろう》
《おまかせください》
俺はスラガにある仕掛けをさせた。上手く行けば異世界人を欺けるだろう。俺は無線を繋げてヘリで待機しているエミルにつなげた。
「エミル」
「はい、こちらエミル」
「まもなく俺達が潜入する。派手に上空を旋回してくれ」
「了解、ボス」
「ボスはやめろ」
「了解、隊長」
「くれぐれも魔法に気をつけろよ」
「もちろんだ」
そして俺は皆の方を向いた。ここにいるのは俺とファントムとルフラ以外が人間であり、地下道内では何も見えなくなってしまう。モーリス先生とマリア用とカーライル用にある物を用意する必要があった。
「暗視ゴーグルを用意します」
「助かるのう」
「ありがとうございます」
「すみません。私は必要ないかもしれません」
カーライルが言う。そういえばカーライルは目を閉じても戦える人間だった。なんでも魔力を読んで先に動くんだとか…まあ一種のバケモンだ。
米陸軍暗視ゴーグルENVG-Bを2つ召喚した。先生とマリアがヘルメットをかぶり、目にスコープの部分を下げる。マリアにはべレッタ92とP320ハンドガン、ルフラとカトリーヌチームにはSIG XM5アサルトライフルをもたせた。俺は相変わらず手ぶらで、ファントムも手ぶらにしている。状況判断で使う武器を変えるためだ。モーリス先生は魔法の杖を持っており、カーライルは氷の魔剣を帯刀していた。
「ファントムこの扉を開け」
「……」
ファントムが岩の扉を掴んで開く。
「ほんの数ヵ月前にここから侵入したばかりですよ」
「まったくじゃな。まずは行くとするかのう」
「はい」
《全員に告ぐ!これから俺達が潜入する!各自自分のやるべき事をやれ!》
《《《《《了解しました》》》》》
俺達が地下道内に入ると、やはり光はなく真っ暗だった。先生とマリアは暗視ゴーグルのおかげで、問題なく歩けている。敵はデモンじゃないので物凄い脅威とは言えないが、それでもどんな魔力の奴がいるか分からない。リスクのある人間チームを率いる事で、いつもとは違う重責がのしかかってくる。
「ラウルよ。そんなに硬くならんでもええよ。わしはこう見えて魔法の事ならほとんど知っておるのじゃから」
「わかっております。ただ4つの隊のうち一番危険度は高いので、十分気をつけたいと思います。先生とマリアはファントムの後ろに隠れるようについて来てください。私が先行しルフラが最後尾を行きます」
「ラウル様。私もあてにしていただいてよろしいのですよ」
「分かったカーライル。頼む」
「ええ」
「おぬしも気を付けるのじゃぞ」
「はい」
俺がファントムの5メートル前に行き、周囲を警戒しつつ進む。一度は来た事がある道なので迷いはなかった。先生からも魔力の反応の報告はなく、結局都市の直下に来るまで誰にあう事もなかった。どうやらそれほど人数はいないようだ。上からぽちゃんぽちゃんと水滴が落ちて来る。湿気があるらしく、足元に水がたまっているようだ。
「ラウルよ」
「はい」
モーリス先生が静かな声で話しかけて来た。
「道を乾かした方がええじゃろ」
「はい?」
「まかせておれ」
モーリス先生が魔法の杖をかざし、先の通路に向けて魔力を放った。すると床に溜まっていた水が、左右に分かれて中央に乾いた部分が現れた。
「ありがとうございます」
「足音がすると思うての」
「おっしゃる通りです」
俺達はモーリス先生が分けてくれた乾いた部分を歩いて行く。確かに足音を押さえる事ができて、相手に先に気づかれる事は無いかもしれない。こういう細かいところが先生の凄い所だった。曲がり角を何度か曲がると、いよいよ部屋がある区画へと入って行く。だが灯りも無く人の気配もなかった。
《シャーミリア、上はどうだ?》
《いまだ人間は確認できておりません。光柱の影響で上手く気配を感知できないようです》
《わかった。引き続き地上都市での索敵行動を続けてくれ》
《は!》
俺は手をあげてみんなの足を止める。
「どうじゃな?」
「地上ではまだ何も動きは無いようです。どうやら光柱の影響で、シャーミリアの気配感知が働きません」
「なるほどのう。こちらもほとんど気配はないようじゃな」
「やはりあの地下の最深部でしょうか?」
「もしくは、本当に礼拝堂の下あたりにおるんじゃなかろうか?わしらの推測の通りならば、潜伏しとるのは一般の学生なのじゃろ。こんな深部におるとは思えん」
確かに先生の言うとおりだ。相手は小学生か中学生か、はたまた高校生くらいの学生だ。こんな世界に飛ばされて、いきなり組織立った動きが出来るとは思えないし、何がいるかわからん地下道をさまよい歩く事はないかもしれない。
「先生のおっしゃる通りかもしれません」
「シャーミリア嬢に、礼拝堂周辺を探らせてはどうじゃろう?」
「はい」
《シャーミリア》
《はい》
《礼拝堂周辺を探索してもらえるか?》
《かしこまりました》
シャーミリアに伝え俺は先生を見る。先生はまた思考をめぐらせているようだった。
「地上で騒ぎが起きれば、むしろ異世界人は奥に引っ込んでしまうのじゃなかろうか?」
「そうですね…」
「ならシャーミリア嬢たちが見つけても、近寄らんようにして様子をみた方がいいじゃろ。報告だけもらう事にしたほうがええ」
《シャーミリア。人間を発見しても遠巻きに見て観察するようにしてくれ。見つけたら念話をつなげ》
《かしこまりました》
「さて、我々はどうしたものでしょう」
「まあ、このまま進んでみるかのう?今はまだ情報が足らんようじゃ」
「はい」
ここはファートリア聖都の中心にだいぶ近いと思う。先生の言うとおりであれば、そろそろ人間に接触する可能性も高いので進行速度を遅めた。ゆっくりとひとつひとつの部屋を確認し進んでいく。
「ラウルよ」
「はい」
「あの先の扉の向こうに魔力の反応があるようじゃ」
「なら一度、この部屋に入って周りの状況を確認しましょう」
「そのほうがええ」
話す声もひそひそ話のように小さくなっている。俺達はいよいよ異世界人に接触する。どちらの陣営にも、なるべく怪我人を出さないようにする作戦は難易度が高い。デモンの時のように無条件で殺しまくる方がずいぶんと楽だと思う。
「さて、ドローンで偵察でもした方が良さそうです」
俺はすぐにブラックホーネットナノを召喚し、ドローンを飛ばしてやった。暗い部屋で息を潜め、モニターを見ながら魔力反応のあった部屋への画像を確認する。
さて…どんな少年少女がいるのか。なるべく怪我をさせずに確保したいものだ。