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第646話 神様の人質

南の村々に武器庫兼用の地下壕を掘り、武器を補給し終えた俺達は、チヌークヘリでファートリア聖都へ飛んでいた。南には光柱が少ない分、どちらの村も攻め込まれたりはしていなかったようだった。


「光柱が発動する条件もはっきりはしていないのじゃ」


「そうですね。わずかではありましたが途中にも光柱はありましたし、まだ発動していないようです」


「うむ。一体ファートリア国内のどれほどの光柱が発動してしまうのじゃろうか?」


「いずれ全てじゃないですかね?」


「やれやれ…そんな恐ろしい事は考えたくないものじゃ」


「先生は、解除方法の見当もつきませんか?」


「すまんが全く想像がつかんのじゃ」


考えれば考えるほど状況は深刻だった。ファートリア神聖国の地下にあった召喚魔法陣の方がよっぽどましだ。呼ばれたのは全て大人だったのと、いきなり無茶苦茶暴れたりしなかったからだ。今回光柱で召喚される奴らは、どちらかというとゲーム感覚で攻撃してくる。


「礼一郎といい礼一郎をイジメていたやつらといい、精神が未成熟なやつが来てるようですね」


「確かに未熟じゃが、想像の力は果てしないようじゃ」


「まああちらには…そういう文化があるんです」


「その文化が悪いとはいわんが、こちらの世界にそれを持ち込まれるのは厄介じゃのう」


「すみません…先生。私も持ちこんでます」


「これはすまんかった。まあラウルはこちらの世界の人間の為に、力をふるってるんじゃから良しとしよう」


「すみません」


俺達の話を聞いてハイラが申し訳なさそうにしている。


「いや、ハイラさんは違いますよ」

「そうじゃ、ハイラ嬢ちゃんは違うのじゃ」


「ありがとうございます。ですが、私の幼少期や学生時代に原因がある気はしています」


「それでも故意じゃないんだ。ハイラさんが気に病むことはない」


「すみません」


「俺が思うに前世の日本の少年少女が抱えている、虚無感や世間に対する不満などが関係してる気がするよ」

「俺もラウルと同感だな。行き場ない精神のエネルギーが爆発したような感じかもね。社会の問題だと思う」


俺とエミルがフォローする。


「こちらの世界から考えたら、あっちはよほど恵まれているんですけどね。普通に生きていたら死ぬこともなく、突然親を亡くしてスラムで暮らさなくてもいい。身売りされることもないんですからね。子供達だけで生きようとして薬草を取りに行っても、魔獣に襲われ生きたまま食べられるなんて地獄ですよ」


ハイラの言うとおりだった。俺もエミルも生まれてすぐこちらの世界に来ているから、この世界の常識が身に染みついている。だがハイラが魔石に閉じ込められた期間を考えると、日本の暮らしはほんの数か月前の記憶だろう。こちらの過酷さがより一層身に染みるようだ。


「向こうの世界はよほど恵まれておるようじゃの」


「まあ、こちらの世界ほど子供が死ぬことは少ないです。もちろん全くないわけではないですけど」


「こちらでは回復術士が周りにいない子や、高級なポーションが手に入らん子は死んでしまうのじゃ」


「向こうでは医学が発達しているのです」


「医学がか…わしも向こうに行ってみたいのう」


「先生が行ったら帰って来たく、なくなってしまうかもしれません」


「それはわしも容易に想像がつくわい」


チヌークヘリの中での移動中は、ビクトールと盗賊たちはアナミスの催眠によって寝てもらっている。ビクトールも盗賊たちも髪を切り髭を剃らせたのでさっぱりしていた。礼一郎には何度が起こして飯を食わせたが、あまり食べる事は出来ずに少しずつ弱って来た。礼一郎の様子から見ても、向こうからやって来た子供達がこちらの環境に耐える事は難しそうだ。


「ラウル。ファートリア聖都がみえて来たぞ」


「了解」


上空から見た聖都には多数の光柱が立っていて、国内では一番本数が多いだろう。あれが全部発動したら大変な事になってしまう。チヌークヘリを聖都から離れた場所に着陸させ、ビクトールと盗賊たちを目覚めさせた。礼一郎はぐったりしているが、ファントムに抱かれて軽く意識はあるようだ。


「よ!」


73式大型トラックを2台召喚した。


「みんな、これに乗ってくれ」


「こ、これは!」


ビクトールと盗賊たちがいちいち驚いている。ヘリで十分驚いたと思うんだが、やはり慣れないようだ。


「まあ馬の無い馬車だ」


「何と不思議な」


「とにかく乗ってくれ」


ビクトールと盗賊たちもトラックに乗ったので、俺達は聖都へと向けて出発した。聖都に着くと壊れた城壁がそびえたっているが、人間達は城壁の外にはいないようだった。


「なんだか静かですね」


マリアが言う。


「だな。人が外にいないようだ」


「どうします?」


「東に周って魔人軍基地に行ってみよう」


「はい」


トラックはそのまま聖都を迂回し、魔人軍基地へと向かった。都市の復興作業が行われていない事が疑問だった。周辺を警戒しているため、みな口数が少なくなっている。車が魔人基地に到着する頃に、ようやく魔人と人間達がいるのが見えた。その先頭で手を振っているのは、サイナス枢機卿と聖女リシェルとカーライル、リュート方面の村々に行っていたはずのマカとクレだった。


「よくぞ戻られた!」


先に俺とモーリス先生とエミルが降りると、サイナス枢機卿が歩み寄ってくる。


「枢機卿!」


「ラウル君!よくぞこの機会に来てくれたの!」


「これはどうされたのです?人間も魔人も集まられているようですが」


「実は魔人に頼んで、マカ君、クレ君、ナタ君に戻ってもらったのじゃ」


「そのようですね」


俺が超進化ゴブリンのマカとクレの二人を見る。ナタはここにはいないようだ。


「実はのう、正体不明の魔法使いがいきなり現れたのじゃ」


どうやら一歩遅かったらしい。既に、ここにも光柱の影響はでていた。


「ふむ。それはおいおい説明するとしようかの」


「なんじゃモーリス。何か知っておるのか?」


「少しややこしい事になっておってな」


「なんじゃ?」


「まずは、現状の問題を解決せねばならんのじゃろ?」


「ああそうじゃった。困った事になっておってのう」


「困った事?」


「人質を取られて籠城されておるのじゃ」


「人質じゃと?」


「うむ」


「誰がじゃ?」


「アトム神じゃ」


「なんじゃと…」


「あとケイシー、そしてハイラ嬢と一緒に来た魔法使いたちよ」


マジか。よりによってアトム神を人質にとるとは、相手にはよほどの策略家がいるのかもしれない。


「彼らは大丈夫なんですか?」


「それが、またあれじゃ。アトム神様が自ら、ハイラ嬢が包まれていた巨大魔石となって閉じこもったのじゃ」


「魔法使いたちはどこに?」


「都市内の地下に潜伏している状況じゃ」


「また厄介な状況になっているようですね」


「おかげで手が出せんようになってしもうた」


「マカ、クレ。踏み込めるような隙はあるかな?」


2人の超進化ゴブリンが、そろって首を振った。


「すみません。あいつらは突然現れるので、対処にこまっています」


「突然か」


「はい。今まで居なかったのに急に現れて、おとなしい奴もいるのですが先導している者がいるようです」


「まずいな」


「はい、それとナタには西方へ偵察に出てもらったのですが、どうやら西の都市付近でも魔法使いたちが集合しているらしいのです」


「はは…どうしましょ、先生…」


「まずは話し合わんといかんのじゃ」


俺はトラックに行って乗っている皆に降りるように促す。全員がトラックから降りて来ると、ビクトールが枢機卿に向かって走り寄って行った。


「これは!サイナス様!」


「おぬしは見たことがあるのう、聖騎士じゃの?」


「はい、ビクトールと申します」


すると…


「ビクトール!」


サイナス枢機卿の後ろからカーライルが声をかけてきた。


「カーライル!」


「お前生きていたのか!」


「お前こそ!」


どうやら二人は面識があるらしい。


「すまんが俺は逃げたんだ…そしてファートリア国内の山の中に隠れていたんだ。騎士道も何もあったもんじゃない」


「何を言うかビクトール。我々もファートリア国内にすら入れずユークリットに潜伏していたのだ。同じさ」


「そうだったか…とにかく生きていてくれてよかった」


「お前もな」


「ああ。だけどカーライル、何か雰囲気が変わったか?まあ昔から鬼神のような強さだったが、なんというか…気に磨きがかかったように見える」


「ははは、それはそうかもな。昔の俺とは違うかもしれん」


「何がそうさせたんだ?」


「こちらのラウル様の配下達との戦闘訓練さ」


「…ラウル様の配下と戦闘訓練?」


「そうだ」


ビクトールが信じられないような顔でカーライルを見る。


「なんで生きてるんだ?」


ビクトールがそういうのも無理はない。シャーミリアの強さをまざまざと見せつけられている。


「それは手加減されてるからだろう」


「そ、そうだよな。いくらカーライルでも無理な事はあるよな」


「だが届かせたいという気持ちはまだ枯れてない」


「…相変わらずだな」


まあ、相変わらず(馬鹿)ってことだろうな。


「人間そんなに変わらんさ。さしずめビクトールは村人たちの為に奔走していたのであろう?」


「まあ…そんなところだ」


やっと巡り合った聖騎士同士、二人はかなり意気投合しているようだ。


「カーライルはビクトールとは親しかったのか?」


「はいラウル様。ビクトールとは騎士の頃からの同期なのですよ」


「そうだったのか…」


盗賊と一緒に見捨てなくてよかった。いや…一歩間違えばカーライルの同期を見殺しにしてた可能性がある。ビクトールが生き残ったのは、俺のおかげじゃなくビクトール本人の運だ。


「とにかく、司令部へ行こう」


「はい。すみません…旧知の友に出会えるとは思っておりませんでしたので」


「いや、こちらこそ」


「私もありがとうございます。ラウル様とお会いできたおかげで、カーライルと会う事ができました」


「いや。あの盗賊の集落で、生き残ってくれてありがとう」


「助けてくださったおかげです」


「いや、ほんと」


ものすごく後ろめたい気持ちがあるが、ここはグッと堪えてクールに対応しておこう。司令部の部屋へは俺達一行とサイナス枢機卿、聖女リシェル、そしてビクトールと盗賊たちがいた。


「そして彼らはだれじゃろ」


サイナス枢機卿が盗賊たちの事をきくと、盗賊のひとりが答える。


「ハイラ様に仕える敬虔な信徒です」


「「「「ぶっ!」」」」


俺とモーリス先生とエミル、そしてハイラが吹き出してしまった。盗賊がいきなり本職の前で、訳の分からない事を言いだしたのだ。


「は、ハイラ様じゃと?敬虔な信徒と?」


「はい!聞くところによりますと、ハイラ様はアトム神様の使徒だと」


「素晴らしい!その話を聞いて信徒になったというのじゃな!」


意外や意外、サイナス枢機卿のテンションがググっと上がってしまった。聖女リシェルも目を輝かせて彼らを見ている。いずれにせよ最終的にはアトム神を信仰する事になるのだから、彼らにしてみれば信者獲得といった感じなのだろう。


「あなた達の事はアトム神様が、お守りになられます」


リシェルが言った。だがそのアトム神はいま人質となって、ファートリア聖都の地下にいるんだよな。本当に守ってくれるのかね?


いずれにせよ、ファートリア聖都に戻って来て良かったと心底思う。既に手遅れ感はあるものの、これ以上遅くなっていたら手の打ちようがなくなっていたかもしれない。まさか本丸がこんなことになっていようとは、更に深い問題に直面してしまったのだった。


「で、魔法使いの人数はわかりますか?」


「それが良く分からんのよ」


「そうですか…」


「いつの間にか増えているのじゃな?」


モーリス先生が聞いた。


「そうじゃ」


俺達はこれまでの経緯と、聖都に戻ってきた理由である光柱の発動について、枢機卿達に説明した。その話を聞いて、あまりもの深刻な内容に思考停止に陥っているようにも見える。


「光柱がそのような…」


「そこで、アトム神に尋ねようと思ったのですが…よもや人質になっているとは」


「それについては皆が反省しているのじゃ」


「何があったのでしょう」


「アトム神様はわしらの言う事を聞いては下さらなんだ。魔法使いが現れたと言ったのじゃが、自ら地下へと下りて行ってしもうた。わしらが目を離したすきに…ケイシーを連れて」


「そしてどうしたのです?」


「戻らぬアトム神様を助けに、ハイラ嬢と一緒に来た魔法使いたちが入っていった」


「で、あいつらも帰って来なくなったと」


「そうじゃ」


「で、仕方なくマカ、クレ、ナタを呼んだと」


「うむ。そして早速地下の様子を探ってもらったところ、あの巨大魔石が出来上がっておったという事を知ったのじゃ」


「マカ、クレ。地下はどうなっていた?」


「数名から十数名の魔法使いがおりました。巨大魔石を囲むようにしておりましたが、そろそろ食料も尽きるころかと」


「なるほどな。そのうち出て来るか…」


「かと思われます」


サイナス枢機卿の機転で、マカとクレとナタを呼び戻してくれたのはありがたかった。さすがあの地獄を切り抜けただけはある。


それよりもアトム神の馬鹿だ…何も考えずに入って行くだなんて何を考えているのやら。数ヵ月も立たぬうちに、またファートリア聖都を攻略する事になるとはうんざりだ。あの馬鹿神さえ枢機卿の言う事を聞いてくれれば…無謀なアトム神をビンタしたい気持ちでいっぱいになるのだった。

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