第644話 山積する課題
盗賊たちと飯を食い終わり、移送用のヘリを召喚する前に一つの問題を話し合っていた。
「どこに行ったのかな?」
「さすがに予測がつかないんじゃないか」
「確かに無理か…」
俺達が話をしているのは3人の異世界人のうちの1人、転移魔法を使って逃げたやつの事だった。俺もエミルもどこに行ったか全く見当がつかない。シャーミリアも気配を感知する事が出来ないようだった。
「かなりの重傷なのじゃろ?」
先生が言う。
「はい。足を撃ち抜かれ、腕は辛うじてつながっているような状態のようです」
「ねじ切れる前に、転移魔法を発動させたという事じゃったな」
「そうです」
「それなら間違いなく体内では出血しておるのじゃ。足からも出血しておるじゃろうし、放っておけば失血死するじゃろう」
「あいつに他の力が無ければですよね?」
「わしの目には、他の属性は持ち合わせてないように見えたのじゃ」
「そうですか」
モーリス先生の見立てでは、逃げたやつには他の能力が無いという事だった。逃げた先で体を修復する事は出来ないとなれば絶望だ。ほぼ壊滅状態のファートリア神聖国内では、まともな医療は受けられないだろう。どうあがいても死ぬしかなさそうだ。
「どのくらいの距離を転移するのかわかりません、先生は転移魔法使いについて何かご存知ですか?」
「転移魔法使いに関しては、ユークリット書庫の禁書で呼んだ程度の知識しかないのじゃ。そもそもが禁術じゃから、まともな情報が残っておらん。転移魔法陣は入り口と出口があって初めて成り立つもの、じゃがあ奴は盗賊の集落で魔法陣も使わず3カ所に現れおった。という事は目視で確認した場所には出れるのじゃろう。それと今まで行った事がある場所であれば、思念の力で飛べるやもしれんのじゃ。あとは距離についてじゃが、魔力量との関連性が高いかもしれん」
「そういう情報があったのですか?」
「いや。これまで読んだあまたの文献と、アブドゥルとやらの転移魔法陣、そして今回の少年が使った転移魔法の情報を合わせて、わしが推測したのじゃ」
「ならほぼ確実だと思います。先生の情報は神をしのぐと私は考えています。その情報をもとに推測したのですよね?」
「まあ法則や、いろいろな考察を踏まえてじゃがな」
「話を聞いて私もそうじゃないかと思っています」
モーリス先生の言うとおり、目視で見えている場所に転移できる、訪れたことがある場所に転移できるというのがかなり有力だと思う。
「それだとしたらどうするんだ?ラウル」
「うーん。ある程度地域を絞れるかもしれないが、この広いファートリア神聖国をしらみつぶしにしている時間なんてない」
「ラウルの言う通りじゃな。ファートリア神聖国に限らず北大陸の東側が範囲に入るやもしれぬ」
「ですね」
「ならどうするのじゃ?」
「南の4つの村を経由して武器を魔人に渡した後、ファートリア聖都に向かいます」
「うむ、懸念はあれど問題は先送りにするのじゃな」
「そうです」
俺達の次の指針は決まったので、すぐに盗賊達に号令をかけた。盗賊たちが一斉に俺達の側に集まって来る。
「じゃあビクトール!俺達と共にファートリア神聖国に向かってもらう」
「わかりました」
ビクトールが返事をして盗賊たちがうんうんと頷いていた。急いで俺が草原の方に向かって、CH-47 チヌーク大型ヘリを召喚する。
「な、なんだ!」
「ばけもんだ!」
「に、にげろ!」
チヌークヘリを見て盗賊たちが一斉に逃げ出した。いきなり現れた魔獣だとでも思ったのだろう。
「安心してくれビクトール、あれは乗り物だ。あれに乗っていく」
「あれが…乗り物?馬車なのですか?」
「違う」
ビクトールが盗賊たちに声をかけて呼び戻した。俺達だけでも15人いるので、盗賊を入れると30人近くなってしまう。窮屈なのは嫌なので、ゆったりと乗れるチヌークを召喚したのだった。
「じゃあエミル」
「了解」
エミルが先にチヌークヘリに乗り込んでいくと、ビクトールと盗賊たちが騒ぎ出す。
「精霊神様がお乗りになったという事は、あれは神の乗り物…」
「まあそんなところだ」
「凄い…」
凄いと言いながらも、ビクトールも盗賊たちも目を白黒させて、何が何だか分かっていないようだった。理解できる方がおかしい。
「さあ、俺達に続いて乗ってくれ」
「わ、わかりました」
俺達が開いた後部ハッチから乗ると、ビクトールと盗賊たちが乗り込んでくる。席に座りマリアとハイラの説明でシートベルトを着けていた。最後にファントムが眠る礼一郎を抱いたまま乗り込んで来た。彼はよほどのショックだったのか未だに目を覚まさない。
後部ハッチが閉まりかけた時、ビクトールが声をかけて来た。
「あの、美しいお二人が残されているようですが!」
ハッチの外にはシャーミリアとマキーナがM240中機関銃をもって立っていた。もちろん空中でのチヌークの護衛の為だ。
「えっと、あれは護衛です」
「お二人だけで?」
「一人で十分なのですが、左右に護衛をつけるつもりなので」
「…よくわかりませんが、そういう事であれば」
「ああ」
何から何まで質問してくる。まあ仕方がないと言えば仕方がないが、ちょっと面倒になって来た。
《黙らせましょうか?》
アナミスが念話で言って来る。
《とりあえず寝かそう》
《は!》
アナミスから赤紫のモヤが出て来て、あっという間にビクトールと盗賊たちを包み込んでいく。すると1秒も持たずに全員が眠りにつくのだった。それと同時にチヌークヘリは大空に舞って南東へと飛び立つ。
「ふう」
俺は次から次へとやってくる難問に、ついため息をついてしまった。
「なかなかに疲れるのう」
「問題点だらけです」
「まったくじゃ」
「やはり普通の人間を連れて行動するのは骨が折れますね」
「本当じゃな。魔人なら簡単に進むような事が、思うように進められんようじゃ」
「ええ。ルタンから連れて来た100人の人間兵も、結局ファートリア前線基地に置いたまま足止めですよ」
「うむ。光の柱事件があったからの…デモンの件から、このかた一息もつけんのじゃ」
「はい」
「だけどラウル。せっかく連れて来た、ルタンの人間兵がもったいなく無いか?」
エミルが操縦席から言う。
「ニスラに指示をして、アグラニ迷宮に向かう魔人達にまぜて移動させようとも思ったんだが、あんな異世界人が出て来てはな…光柱はあちこちにある。人間を移動させるのは危険すぎるんだよ」
「だな。せっかく連れて来たのに、殺されてしまったら意味がないよな」
「ああ。それにせっかく生き残ったファートリア国内の村人たちも、あんな異世界人が来たらあっという間に淘汰されてしまうかもしれない」
「マジで厄介だな…」
「オージェ達がいるから前線を任せられているけど、向こうにもデモンがいつ襲来してくるか分からない。シン国に拠点を設けて、兵士を送り出すにしてもまだまだ不十分だ」
「ふむ。そうじゃな、恐らくあのデモンの大群が砂漠の向こうから来た以上は、敵は砂漠の南におる可能性も高いじゃろうがのう…」
「はい…そして、せっかく補給してまわった兵器の消滅期限もありますし。デモンはデモンで一般兵には荷が重いですし、そんなときに光柱問題が浮上してくるなんて問題山積みです」
「かなり複雑になってしもうたのう…ここまで敵が想定しておったとは思えんが」
「「「うーむ」」」
俺もモーリス先生もエミルも頭をかかえてしまう。
魔人ならスムーズに行く事が、人間が絡んだだけでこうも難易度が増すとは思っていなかった。いっそのことリュート王国を、魔人国の植民地にしてしまおうかなどと考えてしまう。だが急いては事を仕損ずる、ひとつひとつ解決しなければならない。オージェ達が待つ前線へ戻るのには、もう少し時間がかかりそうだった。
「むしろ今までが円滑過ぎたのかもしれません。むしろ今このファートリアにいる事は不幸中の幸いだったと思います」
俺は一つの結論を言う。
「確かにのう…それに本来なら数十年…いや数百年かけてやることを、数ヵ月でやっておるようなものじゃしのう」
「こうなって当然なのでしょうね」
「そういう事じゃろうな」
流石にモーリス先生もこの空気の中、外の風景を楽しむ気にはなれずに深刻な顔をしている。俺もだいぶ頭が重くなってきた。
「るーる、るるー♪らーるららー♪」
重い空気の中でハイラの優しいハミングが聞こえて来た。寝ている盗賊や礼一郎に聞かせてやっているようだが、俺たちまで癒される美しい声だった。しばらくはその歌声に聞き入っていた。ハイラがその空気に気が付いたのか、歌うのを止めてしまった。
「続けて」
俺が言うと恥ずかしそうにしながらハイラがまた口ずさむ。俺とエミルだけはその音楽がわかった。前世のアーティストの歌だった。
「懐かしいな」
「ああ」
俺とエミルは尚深く聞き入る。
すると…
「あ、うう」
礼一郎がファントムの腕の中で少し身動きをした。どうやら目を覚ますようだ。
「ニスラ、アナミス、ルピア。十分警戒してくれ」
「「「はい」」」
ヘリの中で魔力暴発させたら、シャーミリアとマキーナたちが何とかするにしても、せっかく連れて来た盗賊たちが木っ端みじんだ。なるべく彼を刺激しないようにしなければならない。
「あ、ああ…」
礼一郎の目が薄っすらと開かれた。ハイラもそれに気が付き歌うのを止めて、じっと礼一郎を見ている。
「ここは…」
「目覚めたか礼一郎。ここはヘリの中だ」
俺が声をかけた。
「ヘリ!ヘリコプターですか!」
礼一郎は天井をぼんやり見つめたまま呟く。ここに来るまでもオスプレイに乗ったりしたのだが、初めて乗ったような言葉をつぶやいた。
「そうだよ」
「いま、歌を聞いたんです。流行り歌のメロディーを、もしかしたら助けに来てくれたのですか!?」
礼一郎がガバっと起きて、俺達の顔を見た。
「あ…」
「残念ながら俺達だ」
「そう…ですか」
なんだか少ししおらしくなった。ハイラの教育の賜物だ。恐らく礼一郎は、前世の自衛隊か軍隊が助けに来てくれたと思ったのだろう。助けられた夢でも見ていたのかもしれない。
「悪いな。向こうの世界から助けが来たと思ったか?」
「はい」
「ずいぶん寝ていたようだが」
「恐らく…夢を見ていたのだと思います」
「夢?」
「はい。こっちの世界に来る前の夢を」
「そうか…そんな夢を見たのか」
「そうです…それで、あ…ああ!」
礼一郎の瞳にいきなり恐怖が宿る。そして急に震え出した。
「大丈夫か!」
モーリス先生を含め、皆がピリピリした空気に包まれた。こんなところで魔力を暴発させられたらたまらない。
「あ、なんで!なんであいつらが!」
「おちつけ!」
俺が動く前にカトリーヌが動いた。礼一郎の側に素早くカトリーヌが座り、そっとその手を取った。そして自然な感じに癒しの魔法をかける。
「ふうふう…」
「落ち着いてね…」
カトリーヌが静かに伝える。礼一郎の目の焦点がカトリーヌにあった。
「ごめんなさい」
「どうしたの?」
「……」
「言いたくなければいいわ。とにかく落ち着いてね」
俺がすぐにレーションのペットボトルを召喚して、蓋をあけ礼一郎に渡してやった。
「ゴクゴクゴクゴク」
一気に水を飲んだ。
「落ち着いたか?」
「はい」
「もう話さなくていいぞ」
「いえ、話さなければなりません!」
「なんだ?」
「あの集落で首を斬られていた二人は」
「ああ」
「いつも俺をイジメていたやつの、後ろにいた腰ぎんちゃくたちなんです」
なんてこった。一緒にこっちに転移してきていたらしい。
「同じ学校のか!」
逆に俺がビックリする。
「はい。クラスが違うので名前を知りませんが、いつもあいつらが後ろにいました」
「一緒にこっちに来たって事か…」
「そうなのだと思います」
「なんてこった…」
「う、うう!きっ気持ち悪い…」
礼一郎が頭を抱え込んでたちまち真っ青になる。こんなところで吐かれたら大変だ。
《アナ!》
《はい》
アナミスがすぐに礼一郎にモヤをかけて、瞬時に眠らせたのだった。
「マジか…」
エミルがポツリという。
「ですね…」
ハイラも愕然としているようだった。
礼一郎は自分の学校の生徒の斬首死体を見たのだった。自分をイジメていたとはいえ顔見知りの死体をだ。コイツがどうしてこうなったかを俺達は知ったのだった。
《記憶どうしようかな…》
こんな可哀想な記憶を持ったまま、精神を正常に保つことができるか心配だ。どう考えても、これはPTSDの症状だ。PTSDを患った高出力の魔法使い…どう考えてもまずい。
俺はもう一つの難題を背負いこんだことを知ったのだった。