第643話 組織化した下拵え
夜が明け俺達は盗賊団をつれて森を下っていた。平地まで出たら大型ヘリを召喚して、次の目的地に向かうつもりだった。
「ハイラ様、何か不自由な事はございませんか?」
歩きながらもビクトールは物凄く気を使った感じで、ハイラに尋ねている。
「私は特に」
「それは良かった。何かございましたら直ぐに私に」
あれから、何故かビクトールはハイラにかしずいている。やはりアトム神の使者という肩書が効いたのだろう。
「とにかく大丈夫ですから!」
「はい」
ハイラが困ったような顔で俺をみた。そしてもちろん俺は目をそらす。
「ラウル。お前、少しあれの責任取れよ」
「え。だってビクトールが勝手にやってるんだから良くない?」
「ビクトールの事じゃねえよ。ハイラさんの気持ちの事だよ!」
「大丈夫。あいつらがハイラさんに何かするとは思えないし、もし指一本でも触れたら殺せばいいんだろ!」
「ラウル、お前…殺せばって…まるでアニメの魔王じゃねえか!」
「はっ!?いま俺?…そうだった??」
「そうとしか聞こえなかった」
「とにかくだ、あいつらが手を出す事は無いよ。なんなら手を出さなくてもいいように、ハイラさんが乗ってビクトールたちが担げるような、神輿でもあれば良かったか?」
「それはもっと違うと思うぞ」
盗賊たちを見ると、鎌や剣でハイラが進む先の雑草を切り倒して、歩きやすいようにしてくれていた。なぜかハイラの先だけだが。
「似たような事してるじゃないか」
「確かに…」
ハイラの周辺は護衛のように盗賊たちが囲んでいる。一応ハイラだけでは何かあった時にすぐに対応できないので、その中心にはマキーナが一緒に歩いていた。
「とりあえず釘はさしておくか」
「そうしてくれ」
「おーい!ビクトール!こっちへ来い!」
「は!」
ビクトールが小走りに俺のもとへとやって来た。
「ハイラさんは、あまり大袈裟にされるのは好きじゃないんだ。もっとさりげなくされるのを好まれる。十分に配慮するように心がけてくれ」
「も、申し訳ございません」
「ハイラさんは優しいから、言いたいことを飲み込んで優しく見守るたちなんだよ」
「そ、そうでしたか!私たちは不快な真似をしているのでしょうか?」
「とにかく、さりげなくだ」
「は!」
俺が言い終わるがビクトールは何か言いたげに、そのまま俺の隣を歩き続けている。
「あと何かあったか?」
ビクトールを見て言う。
「実を申しますと、ラウル様にお伺いしたいことが御座います」
「何?」
「そちらを歩いている少年…御仁は、集落を襲った者と似た髪色と瞳の色をしているようです。もしかしたら同じ国の御方でしょうか?」
俺は一瞬ファントムに抱かれたまま眠り続けている、礼一郎の事かと思った。だが、ビクトールが言っているのはスラガの事だった。確かにスラガは一見すると日本の青年のように見える。
「違うぞ。彼は魔人の国の出身だ」
「そうでしたか!失礼しました」
「いや、確かに似ているかもね。ところで、ビクトールはシン国へ行った事は?」
「ございません。二カルス大森林より南だという事は存じ上げています」
「そこの人たちと少し似てるよ。もちろん彼も襲撃者も、そこの国の人間とは違うけどね」
「なるほど。で、あればあの大きな御仁に抱かれた彼もなのですね」
ファントムに抱かれた礼一郎を指さして、ビクトールが言う。
「うーん。たぶんあれは襲撃者の同じ国の人だと思う」
「な、なんですと!」
ビクトールが少しピリついた空気を出す。
「だけど、彼には手を出さないでね。彼に何かしたら分かってるね?」
「も!もちろんです!ですが、どうして?」
「うーん。彼は君らの集落を襲った犯人でも、俺の村を襲った犯人でもないんだ。だけど我が国の兵士を殺害した犯人ではあるんだよ」
「という事は…少年が来た国と交渉するための、捕虜という事でしょうか?」
「違う、とりあえず俺自身が保有していると言った表現が正しいかも」
「そうですか、わかりました。では!」
納得したんだか、してないんだか分からない表情で、ビクトールは何も言わずにハイラの元へと戻って行った。盗賊たちがせっせと雑草を切る音と、木の枝を踏む音だけが森に響く。何よりもまして朝の森は空気が良く、とても気持ちが良かった。
「それにしても、あの少年…目を開けんのう」
モーリス先生が礼一郎を気にしている。
「そうですね。あれから眠りっぱなしです」
「一体何にそんなに驚いたのか分からんのじゃ」
「こればかりは本人に聞いてみないと分かりませんね」
「あのまま魔力を放出しとったら、どうなっとったかと思うとの」
「とにかく、起きたら話を聞くしかないです」
「ふむ」
礼一郎はファントムに抱かれたまま目を瞑って動かなかった。息はしているので死んではいないようだが、アナミスによると夢を見ているようだとの事だった。ハイラも礼一郎の安否を気にかけており、なんだかんだ厳しい事を言いながらも、日本人中学生という事で気にしているらしい。自分も女子大生という学生の立場だったので、当然と言えば当然かもしれない。
「そういえば…あれ残念だったな」
エミルがポツリとつぶやいた。
「襲撃した中学生たちか?」
「ああ、もちろんやったことを考えれば、当然の報いだろう。ただあの光の柱さえなければ、こちらに呼ばれる事は無かったろうにな。もちろん死ぬことも無かった」
「だけどエミル。力を得たからといって大量虐殺は問題だろ?万が一あの意識で向こうの世界に帰ったらどうなると思う?力を失えばいいだろう、だが力を保有したまま帰ったとしたら?」
「空恐ろしい事になるだろうな。気に入らない奴を殺しまくるとか…あるいは日本中であんなことをやってしまうとか?金を強奪して魔法で破壊の限りを尽くして、証拠を隠滅するとかもできるか…」
「と、俺も思うね」
「まあラウルの言うとおりかもな。あくまでも礼一郎の倒した相手は魔人、ゲームで言うところのモンスターだが、あいつらは人間を大量虐殺したからな。向こうに戻ってその感覚で人を殺すかもしれないって事か」
「恐らくだが、あいつらバーチャルゲーム感覚でやってなかったか?」
「それは俺も思った」
「とすれば罪の意識ないぜ。あれ」
「やっぱ怖えな。見た目はどうあれバケモンじゃないか」
「まさにそうだろ」
「ああ」
エミルも俺の説明に納得してくれたようだった。もちろん俺も心にひっかかってなかった訳じゃない、だがあれほどの事をする人間を野放しにするわけにはいかなかった。
「平地が見えてきました」
スラガが言う。
先を見れば草原が広がっていた。ようやく森を抜けて平地まで来たらしい。雑草をかき分けて草原に出ると、太陽はだいぶ高いところまで昇っていた。
「じゃあみんな、ここでいったん休憩を取るぞ。適当に腰かけて休め」
ビクトールや盗賊たちに声をかける。魔人達は問題ないが、ハイラも疲れているようだし一旦休憩を取る事にした。盗賊たちもだいぶ汗をかいたようで、ふうふう言っていた。
「ビクトール!」
俺が大きな声で呼ぶと、ビクトールがダダッっと走って俺のもとに来る。
「は!」
「みな食事がいるだろ?魔獣を狩って肉でも食おうと思うんだが、昨日の今日で彼らは食えるだろうか?」
「やつら荒事は慣れておりますし、人死にも珍しい事ではありませんので大丈夫です。でも魔獣などどこに?」
「それは今から。とりあえずそれならそれで」
「は?」
「ミリア!」
「は!」
「大型の魔獣をとって来てほしいんだ。こいつらに飯を食わす事にする」
「かしこまりました」
「ちょっ!彼女一人でどこに?」
「え?森の奥で魔獣をとってきてもらおうと思って」
「それならば、我々が!」
「もういないよ」
「えっ?」
ビクトールが振り向くが、そこにはすでにシャーミリアの姿が無かった。あっけに取られてあたりをきょろきょろと見回している。
「じきに来る」
「じきに?我々は、いま苦労して森を抜けて来たばかりですよ?」
ズッズゥゥゥン!
話してるそばから目の前にいきなり落ちて来た。7メートルくらいのグレートボアに、ビクトールや盗賊が度肝を抜かれ腰を抜かしている。また土魔法の攻撃でも受けたのかとビビったのかもしれない。
「敵襲!」
ビクトールが叫ぶ。
「違う違う!」
「は?」
ビクトールはなにが起きたのか分かっていない。そして俺の後ろには、スッとシャーミリアが立った。
「ご主人様。少々遅くなり申し訳ございません。近場にはいなかったものですから」
「全然待ってないよな?ビクトール」
「待ってないも何も、えっ?えっ?」
状況が飲み込めていないがスルーだ。
「とりあえず、これをみんなで食えばいい」
「えっと、これを?何か月分の食料ですか?」
「いや、今食うんだよ。ここで」
「この人数で?いくらなんでも…」
「まあ足りないよりいいだろ」
「足りなくなど、ならないかと…」
「まあ…取り合えず、さばいて食うか」
俺が巨大山刀のマチェットを召喚し、シャーミリアに渡した。
「ラウル様、私にも」
マリアが言うので、俺はコンバットナイフを召喚して渡してやる。
「えっと…いまどこからそれをお出しに?」
「あ。えーっと。服の下」
「服の下に忍ばせているようには見えませんでしたが?」
「なにか問題ある?」
「い、いえいえ!問題などあろうはずがありません」
「ならいいね」
さっさとシャーミリアが肉を捌き、マリアがそれを細かくしていく。グレートボアの皮をしいて、その上に肉を重ねていくのだった。既にスラガが薪を集めてきており、山高く積み上げられていた。さすが直属の魔人は阿吽の呼吸で動く。
「ファントム!」
ファントムが俺のもとにやってくる。礼一郎を抱いたまま俺の側に棒立ちになった。
「皿」
するとファントムの背の部分のマントがもりあがる。ルピアとマキーナがやって来て、その皿をせっせと取り出してそこいらじゅうに並べていった。まったく手際が良い。
「よいしょ」
「はい」
「よいしょ」
「はい」
ケイナが肉を木の枝に刺してカトリーヌに渡し、次にハイラに渡していく。彼女らは流れ作業のようにそれを、皿の上に並べていくのだった。
「なんと…」
「手際が良いだろ?もう慣れっこなんだよ」
「ラウル様達は、王族でいらっしゃるのですよね?」
「そうなんだけど、ずっと世直しの旅をしてきただろ。だからみんな何をやれば早く終わるのか分かってるのさ。特に時間がとても重要なんだよ」
「えっと、大賢者様は…あれは何をやっているのですか?」
ビクトールの指さす方を見ると、モーリス先生が肉に氷魔法をかけて腐敗しないようにしていた。
「腐敗しないように処理をしてくれている」
「精霊神様は?」
エミルは精霊により虫が寄り付かないようにしているようだった。
「虫がつかないようにしてくれている」
俺達の合理的な動きに言葉も無いようだ。マリアが薪の所にやって来てバッと火を灯した。一気に薪が燃え上がり始める。その周りにみんなが串にささった肉を並べていくのだった。
パチパチパチ!と火が爆ぜる。
「では、ラウル様」
マリアが言う。
「オッケ」
俺はファントムから粉末にした岩塩をとりだして、肉に振りかけていく。あたりには一気に肉の焼ける香ばしい匂いがたちこめて来たのだった。
「素晴らしい…」
ビクトールと盗賊たちはその手際にただただ見惚れている。しばらく肉を焼き続けてマリアが良く焼けた一本を俺の所に持ってきた。俺はそれを受け取って一口かぶりつく。
「うんま!このくらい焼けてればいいよ、連れて来た皆にふるまおう。マリアたちも食べようね」
「「「はい」」」
そしてマリアが盗賊たちの前に立った。
「あなたたち、主様が食事をすることを許してくださいました。一人一人火の所に来て肉を持って行きなさい」
「へ、へい!」
「ありがてぇえ!」
「腹が減って目が回る!」
そして盗賊たちはきちんと列を作り、一人一人行儀よく肉を受け取って離れたところに持って行って食べていた。
「なんだあいつら。ずいぶん行儀がいいな…」
ビクトールがつぶやいた。
「きっとバチが当たるとか思っているんだろ」
「なるほど!左様でございますね!もちろん本当にバチが当たると思います」
「あんたも食いなよ」
俺は焼けている串を一本とってビクトールに手渡した。
「ありがとうございます…う、うまい!なんだこれは!」
肉にかぶりついてビクトールが感動している。
「巨大グレートボアに希少な岩塩をふっただけのものさ」
「こんなにうまくなるものなのですか?」
「まあね。特別製の岩塩だから」
「こんなうまい肉を食った事はありませんよ」
「なによりだ」
盗賊たちも無心に肉にかぶりついていた。どうやらかなり腹が減っていたらしい、
「先生。我々も食べましょう」
「そうじゃのう」
エミルがモーリス先生を誘って串を取る。
「スラガも食え」
「ありがとうございます」
そして全員が巨大グレートボアを食べ始めて、1時間が経過した。
「うっぷ」
ビクトールがもういっぱいいっぱいのようだ。盗賊たちも既に腹はいっぱいで入らないと言っている。モーリス先生もエミルもマリアやカトリーヌも、既に食べるのは終わっていた。だが終わっていないのが2名、俺とスラガはまだ食い続けていた。
負けられない。
俺はスラガの目を見る。だがこいつは全然苦しくなさそうだ。
「スラガ、腹いっぱいならもういいぞ」
「えっ?まだいけますけど?」
「そ、そうか」
「ラウル様もまだいけますよね?」
「も、もちろんだとも」
そしてそこから30分、撃沈する俺がいるのだった。
《そうだった…スラガは本来巨大なスプリガン…こいつに食い勝てるわけがなかった…》
魔人は本当にそこが知れない。