第642話 人の弱みにつけ込んで
盗賊達との話し合いの結果、遺体は全て火葬するという事で合意した。このまま埋めて、いつか屍人になってしまったら困るからだ。まあ俺達の内々の意見としては、盗賊などいくらファントムが吸収しても力にならないからだが。
「ありがとうございました」
「いや、処理は早い方が良いからね」
「それにしても恐ろしいほどの火魔法ですね」
ビクトールの声に盗賊たちも、まったくだ!という顔をしている。もちろんビクトールが火魔法と言っているのは、俺が召喚したM9火炎放射器だ。純粋に兵器の力なのだが、わざわざ軍事的な秘密を話す必要もない。
「まあ、うちには大賢者がいるからね」
「すばらしい」
モーリス先生が俺を白々しい目で見る。だがここはモーリス先生の名を借りてしまった方が、怪しまれる事も無い。
「それで、これからどうする?」
「そうですね…かなりの人数が死んでしまいました。残ったやつらもあの驚異的な魔法使いの攻撃に怯えています。どうしたらいいのか私も答えを持ち合わせておりません」
「かといって、またここに残って冒険者の真似事をするのか?」
「いや、こんなに仲間が死んだ場所はやつらも嫌でしょう。あと、この人数で魔獣の対処など出来ません」
確かにそうだ。人間でも大人数ならば魔獣の対処ができるだろう、しかし群れで襲われたらひとたまりもない。魔人とって魔獣は大した問題にはならないが、人間にとっては命がけの脅威となるのだ。
「確かにそうだろうな。この人数と疲弊したやつらで、森の魔獣を追い払えるとは思えない」
「そうです」
「なら、いろいろと打開策を話すとしよう」
「非常に助かります。何の情報もないものですから、ただ…」
「ただ?」
「申し訳ございませんラウル様。そろそろ火を焚きませんか?」
辺りが暗くなって少し冷えてきたのか、盗賊たちは少し寒そうに体を丸めていた。よく見るとハイラも体を縮こませている。少年は未だにファントムの腕にくるまれて寝ている…
《ファントムって岩みたいに硬いんだよな、冷たいし》
《ご主人様。子供は、だいぶ体が冷えているようです》
《わかった》
集落は山の上の方なので、夜は平地より少し冷えるようだった。モーリス先生やマリアは魔力をめぐらせているし、カトリーヌはルフラを纏っている。魔人達はこのくらいの変化ではびくともしないから、そこまで気が回らなかった。
「そうしよう」
「おい!」
ビクトールが盗賊達に声をかけると皆で薪を集め始めた。3カ所に大きな枯れ木が積まれ、盗賊たちが火をおこそうとする。
「マリア手伝ってやれ」
「はい」
マリアが集められた薪を回って火魔法で火を灯し始める。盗賊たちが火魔法を見てちょっとビクビクしているが、あんな火魔法の攻撃を食らった後では無理もない。
「この方も魔法使いなのですね」
「ああ。だけどあんな巨大な魔法は使えない。普通の火魔法を使うただのメイドなんだ」
『ただのメイド』という俺の言葉を聞いて、盗賊たちの目がマリアに向かいぎらついたような気がした。
《可愛いし胸もデカいし、そういう気分になってしまうのも分かるけど、ただのメイドというのは語弊があるかもしれない。ただのメイドは数キロメートルのスナイプショットを決めないし、二丁拳銃で踊るように敵を倒さない》
「俺の専属のメイドだけどね」
その言葉を聞いた途端に、盗賊たちの目が一斉にマリアから外れる。
「すみません。あの者達…生来のものでして…」
ビクトールが、それに気づいて謝って来た。
「なるほどね。でも健全な男ってことじゃないか?」
俺の言葉を聞いて、盗賊たちの気がホッとしたように緩んだ。ビクトールも一瞬気が緩んだように見える。
「ただ…」
俺が続ける。
「ただなんです?」
「俺の関係者に手を出したら、一族郎党皆殺しにするけどな」
俺が歯をむき出しにしてにんまりと笑う。すると盗賊たちが俺達から、そそそ…と離れていった。最初にルピアが殺すって言った時はギラギラしたくせに、ずいぶんひよってしまった。
「め、滅相も無い!だれもラウル様の大切な方々に手を出す事はないでしょう。さすがにそれを分からぬ者はおりません!」
「本当か?」
「そうだよな!みんな!」
すると盗賊たちは焦ったような顔をするだけで、なんて言っていいか分からないようだ。
「どうやら違うようだぞ?」
「そんなことはありません!な!皆!」
「へ、へえ!その通りでさぁ、たいそうな王子さまの女に手を出すなんてことはございません」
「まったくで!王子さまの女と知って手を出す馬鹿は、ここにはおりませんぜ!」
「間違いねえ!王子さまの女には指一本触れません!」
ん?俺は関係者と言ったんだが…女だけじゃなく、モーリス先生やエミルやスラガも入るんだけど。
「卑賤の者!ラウル様の、お、女などと!下品な言い方をすれば、ただではすみませんよ!」
カトリーヌが怒っている。
「カトリーヌ様の仰せの通り!ご主人様の女だなどと!私奴らなぞは、ただの下僕にすぎぬ!害虫風情がそのような不遜な事を言うとは!」
シャーミリアもビリビリと殺気を放っている。
「お嬢様方のおっしゃる通り!!お前達、若君に向かって何を言っているんだ!」
ビクトールが焦って盗賊たちに怒鳴った。
「ふぉっふぉっふぉっ!むしろ盗賊に向かって説法しても意味があるまいて!カトリーヌもシャーミリア嬢も落ち着くがよい」
「でも先生…」
「しかし…恩師様」
「なにも知らんのじゃ。この者たちは生まれも悪く、何も学んだことがない。こやつらの常識では全員がラウルの女じゃと思って当然じゃろ」
まあ先生の言う通りかもしれない。
「ラウル。あながち間違っていないんじゃないか?」
エミルがいきなり爆弾発言をする。
「ちょっと!エミル!あなた空気読みなさいよ!」
「痛てっ!」
どうやらケイナがエミルの尻をつねったようだ。
「何すんだよ」
「エミル!エルフと人間と魔人と、それぞれに違うのよ。それぞれに習慣も価値観も違うの!というより女の気持ち分かってる?」
「な、なんか俺、不用意な発言をした?女っておかしかった?」
するとみんなが微妙な空気でシーンとなった。
え?あれ?違うのか違わないのかどっちなんだい?おい!俺の配下!どっちなんだい?
「申し訳ありませんが精霊神様」
シャーミリアがキリっという。
「な、なんでしょう?」
「こちらの国にはこちらの事情が御座います。カトリーヌ様のお気持ちもお察しいただけますでしょうか」
「あ…」
エミルがカトリーヌを見てハッとしたようだった。
「…ごめんなさい」
「いえ」
ビクトールも盗賊たちも、今の俺達のやり取りにポカンとしていた。
…今の内輪揉めを聞いて、いろんな情報が聞こえたんじゃないかと思う。こいつらの聞きなれない単語がいくつかあったんじゃなかろうか?
「いや。見苦しい所を見せちゃったね」
「いえ…むしろこちらが全て悪いのですから、お気になさらずに…」
「聞いちゃったよね?」
「え、ええ。まあ」
「まあ、一から説明するしかないかな?」
「もしそうしていただけるなら助かります。というよりも盗賊に聞かせて良い内容なのですか?」
「まあ問題ないだろう」
《後に問題が起きそうな場合、アナと俺で何とかすりゃいいもんね?》
《そうですね》
念話でアナミスに心の準備をしておいてもらおう。
「何が知りたい?」
「まずは先ほど、エルフと人間と魔人という言葉が聞こえてまいりました」
やっぱ聞こえていた。
「そういう種族、見た事ない?」
「はい。北へ行けば獣人が人間と共に暮らしていると聞いた事はございます」
「ま、それを知っているのならいいか」
「はい」
「実はこの大陸にはいろんな種族がいるんだよ。人間だけじゃない、エルフ、獣人、龍、魔人ってのがいるんだ」
「もしかすると、私がファートリア聖都で見たあれもでしょうか?」
「あれは、どうなんだろう?種族といったらいいのかな?デモンと呼ばれる、この世の者じゃない怪物だよ」
「デモン…」
「そしてここにいる背の高くて、耳の尖った人たちがエルフ」
「名は聞いた事があります」
「二カルスの森の住人さ、ファートリアの人間に馴染みは無いと思う」
「はい」
「そして獣人はさっき言ったね」
「はい」
「龍ってのは北の海のさらに向こう、北の果てにいる」
「翼竜のことですか?」
「いやそうじゃない。それこそ知恵のある龍さ。でっかい山ほどの大きさの」
「そんな、御伽噺じゃないのですか?」
「実際にいる」
「にわかに信じられません。ですが、聖都であのようなバケモノを見た今となっては居てもおかしくはありませんね」
「そのとおりだ。そして魔人」
「魔人とは?」
「それも北に住む種族さ。人より魔力を多く保有し、強靭な体を持つ種族」
「…噂や空想の話かと」
「グラドラムには行った事ある?」
「ございません」
「なるほどね、まあそういう種族が海の向こうにいたのさ」
「もしかして…」
ビクトールが喉を鳴らして俺達を見渡す。俺達は否定もせずにその視線を受け止める。
「そういうこと」
「はは…、ならよかった…」
ビクトールがホッとしたような顔をする。
「よかった?どういうことだ?」
「私は幼少の頃から剣の鍛錬をしてきました。それこそ血のにじむような努力をずっと続けてきたのです。それなのに彼女のような美しく華奢な女性に、腕一本で抑え込まれてしまった。私の矜持はズタズタでしたが、今のお話で理解出来ました」
どうやらビクトールは俺の話を聞いただけで、大まかなところを理解したらしかった。自分が幼少の頃から鍛え上げて来たものが、シャーミリアの細腕一本に負けたことで、恐らく腑に落ちたのだと思う。普通なら絶対にありえないから。
「分かってくれたか」
「はい。これ以上は話さずともよろしいかと」
ビクトールはチラリと目を盗賊に向けてから俺に合図をする。それもそうだ、ビクトールは聖騎士として教育も受けて来たし、鍛錬も続けて来たから分かるのだろう。しかし盗賊達にはここからの話は理解できないかもしれない。幼少の頃に童話の一つでも、御伽噺の一つでも本の読み聞かせをしてもらっていたら理解したかもしれないのだが。
「そういうわけだ」
「まさか本当に存在するとは、それがまさか私の目の前にいようなどとは…信じられません」
ビクトールの目がキラキラしている。どうやら彼は御伽噺や童話を聞かされて育ってきた、いい家の出なのだろう。まるで少年のように俺達を見ていた。
「分かってくれたか」
「はい…そして、先ほど聞いた信じられない言葉ですが…」
「なんだ?」
ビクトールがこそっと俺の耳に耳打ちする。
「こちらにおります御方が…神様?」
「当たり」
「はっははあっ!」
ビクトールはエミルに対して、深く深く頭を下げた。地面に額をついてズリズリと後ずさる。
「え、彼どうしたの?」
「たぶん彼は、敬虔な信徒なんだとおもう」
「それはアトム神のだろ?」
「えっ!」
ビクトールが更に驚いている。
「どうした?」
「アトム神様とはどういった…」
「まあ知り合いだ」
「俺も」
「わしもじゃ」
「うっそ…」
ビクトールはこれ以上ないくらいに目を見開いて、俺達の顔を見ている。そりゃそうだ精神が衰弱している時に、自分の信ずる神様の知り合いだと言われれば、こんな顔をするのは当たり前だ。そしてこれはチャンスだ。こういう人の心が弱りきっているときこそ、勧誘してくるらしいアレをやってみよう。
「そして、あそこにいる女の子がアトム神の使い様だね」
俺したり顔でハイラを指さした。ハイラはアトム神に気に入られ、お使いとして任命されそうになっていたところを俺が連れだしたのだ。一応間違ってはいない。
「な、なんと…」
ビクトールが涙を流してハイラのもとに行く。そしてハイラの前に跪いて、ハイラの足にキスをした。
「えっ!えっ!なに!」
「私はあなた様の敬虔な信者にございます。祈りを捧げてもよろしいでしょうか?」
ハイラが豆鉄砲を食らったような顔で俺をみた。俺はただそれに対してニッコリと微笑み返すだけだった。だって本当のことを言っただけなのだから。
「主よ、天にまします我らが神よ。私はこれまで幾多の罪を…」
ハイラに対して懺悔をし始めた。そんなビクトールを見て盗賊たちが不思議そうな顔をしている。どうやら事情が分からずにいるようだ。だが一人、また一人とビクトールの後ろについて頭を地面にこすりつけるようにして拝みはじめる。
いつしかハイラの前には盗賊全員が跪き、頭を地面につけて祈りを捧げているのだった。
《うーん。ルピア!仕上げに羽を大きく広げてハイラの隣に立って差し上げなさい、そしてシャーミリアは俺の召喚するサーチライトで後ろから照らしてあげて》
《《は!》》
二人は俺の言うとおりに、ハイラの脇に立って羽をひろげシャーミリアがその後ろからサーチライトを照らした。
「「「「おおおおおおおおおおお!神よ!天使様まで!」」」」
神など知らないかもしれない、盗賊たちですら興奮気味に言う。ようやくハイラは俺の視線に気が付いて、逆に俺をジト目で見返して来た。恐らく心の中では「どうなっても知らないよ!」とでも思っているんだろう。
「えっと、皆さん。皆さんはこれまでいろんな悪い事をしてきたと思います。でも悔い改めてくれますか?」
「「「「はい!」」」」
「あと人殺しとか盗みとか、ぜーったいやっちゃダメなんですよ!」
「「「「はい!」」」」
「そうじゃないと、私の守護神が魂まで焼き尽くしちゃうんだよ」
「「「「はい!」」」」
「神様はちゃんと見てます。これからは良い事いーっぱいするようにしてくださいね」
「「「「わかりました!」」」」
「じゃないと、先ほどの神様の友達が皆殺しにすると思いまーす」
「「「「肝に命じます!」」」」
《よし。これでハイラ教が誕生しそうだ。彼らには敬虔な僧侶になってもらう必要があるな。修行とかさせたらきっとなれると思う》
《ご主人様。ハイラに仕える為の修行とはどんなことをするのでしょうか?》
《うーん。じゃあファントムとの戦闘訓練とか?》
《お言葉ではございますが、全員一瞬で死ぬかと》
《じゃあ…それこそマキーナにしごいてもらおう、手加減も出来るだろうし》
《それは良い考えです。マキーナ聞きましたか?》
《誠心誠意努めさせていただきます》
《おっけ。じゃ、こいつらも連れてくかね》
《《は!》》
俺達の念話会議で、ビクトールと盗賊たちを連れて行く事が決まった。こいつらを聖都に連れていくまでに、俺とマキーナとアナミスで立派な人間にしてやろうと決心するのだった。