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第640話 襲撃者引き渡し

集落内に無差別に降り注ぐ岩の塊と火球の雨。だが盗賊たちは洞窟や離れた場所に隠れており、死者が増えているようには見えなかった。


《マキーナ、状況だけ教えてくれ》


《はい。盗賊は最初は私達が犯人だと考えていたようですが、攻撃した者達とは違う事を説明をしていたところに、再び異世界人の攻撃が始まりました。それを察知した私たちが、異世界人のいる場所を教え避難させたところ、今のところは私達に従っているようです》


《上出来だ。引き続き頼む》


《は!》


どうやら自分たちの判断で盗賊たちを説得したようだ。彼女は俺が考えるより自分で動く事が出来ている。


「先生。上手くいっているようです」


「そうかそうか」


「ミリア。彼女は自分の判断で動いているよ」


「はい。なにぶん私奴の眷属である年月が長かったものですから、危惧しておりました」


「ところでマキーナは、いつミリアの眷属になったんだ?」


「はて、いつでしたか…。申し訳ございません、はっきりとしたところは…」


確かにシャーミリアには3000人くらいの眷属がいたし、数千年の間の記憶だから覚えていないのかもしれない。それはそうとマキーナにも人間だった時があったはずで、その時の記憶はあるのだろうか?


「よほど長いんだろうな」


「人間の生よりははるかに長いかと」


「なるほど」


「おいラウル。集落が静かになったようだぞ」


エミルに言われ集落を見ると、異世界人たちは攻撃を止めて座り込んでいる。盗賊側にも、まだ動く気配はなさそうだった。


「先生、どうなりますかね?」


「ふむ。あれだけ魔法を撃ち続ければ、魔力が枯渇してくる頃じゃろうな。よほど恐怖に心を縛られておったのじゃろ、無我夢中で魔法を乱発しとったのう」


「魔力切れということを知らないのでしょうね」


「こちらの世界に来たばかりじゃろうからな」


「でもまだ起きているところを見ると、魔力残量はあるんじゃないですか?」


「そうじゃな、残り三割といったところじゃろうか」


モーリス先生の見立てどおりなら魔力はそう長くは持たないだろう。彼らは元々の体力も精神力もないので、ふらついている頃かもしれない。


「だけど、少しは学習しているようにも見えませんか?」


マリアが言う。


「確かに。一人は起きてるけど、一人が横になり始めたな」


異世界人のひとりが横になってしまった。


「うーむ。学習したのではなく、本当に具合が悪くなって横になったように思えるがのう」


モーリス先生が双眼鏡をのぞきながら言う。


「何かわかりますか?」


「横になった方の魔力の揺らぎが酷い。恐らくは精神が錯乱しとるように見える」


「そこまでわかりますか?」


「魔法使いの事ならのう」


「いつでも逃げられるから余裕だと思っていたのが、逃げ道を断たれて狼狽しているのでしょう」


「行き当たりばったりというやつじゃな」


「はい」


魔力切れに気が付いて交代で休むことにしたのかと思ったが、どうやら岩の上の二人は一人がダウンしてしまったらしい。俺達は魔力を感知する事が出来ないので、モーリス先生に状況を説明してもらわねばならない。


「救出された怪我人は、ほとんどが死んでしまったようです」


シャーミリアが言う。


「あれだけ徹底的に岩や火球を落とされたら、生きてはいられないだろうな」


「ラウル。俺達が介入すれば助けられたんじゃないのか?」


エミルが言う。


「お言葉ですがエミル様。彼ら盗賊は罪もない人を殺して来た罪人でございます。これは報いであったのだと私は思います」


俺が答える前に、カトリーヌが口を開いた。


カトリーヌは名門ナスタリア伯爵家から公爵家へ嫁いだ母を持ち、根っからの貴族なので盗賊に対し全くの情け心はないようだ。いつもの優しいカトリーヌからは想像できないが、三つ子の魂百までとはよく言ったものだ。


「ええカトリーヌ様。彼らは税も収めず、大切な民を殺す不届き者です。百害あって一利なし、私もそう思います」


マリアも大きな商家の出なので、どちらかというと盗賊は幼少の頃から完全に敵であった。彼らに対して情の一つもあるわけがない。


「…あ…あの」


それに対し少年が何か言いたいことがあるようだった。


「なんだ少年?」


「…盗賊は殺していいのか?」


「敬語!」


やはりハイラは許せないらしい。


「盗賊は殺して…いいんですか?」


《おお!少年が進歩したぞ!言葉を改めた。もしかしたら聞く耳を持つかもしれないな》


《ハイラの躾が、浸透したように思われます》


《いいかミリア。ミリアの躾は鬼のように厳しいが、このくらいの塩梅が丁度いいんだ》


《肝に銘じます》


シャーミリアの躾…いや体罰は酷いものがある。魔人達の訓練にしても試験にしても、死ぬ一歩手前まで詰める。人間に対して手加減してビンタしても、即死の状態で吹っ飛んでいきエリクサーで蘇生する必要があった。キリヤがそれで一回死んでる。シャーミリアにも人間の扱いを覚えてもらわねばならない。全員が全員カーライルのような人間では無いと、知っていてもらう必要がある。


「そうだな少年。盗賊ってのは自分達の欲で人権を侵すし、欲望を満たすために人を殺したりする。国に税金も納めないし、王族の大切な民を殺すんだ。この世界ではそいつらに生きる権利はないかな」


「なら、何で魔族を殺してはいけないん…ですか?」


一瞬ハイラがピクッとしたので、敬語に言い直したようだ。


「魔人は食べるために魔獣を狩ったりするが、人間を殺したりしない。欲望で他の知的種族を殺したりはな。配下たちは俺の命令だから人やデモンという種族を殺しているだけだ。それも戦争だからな」


「戦争なら殺して良いんですか?」


「まあなんにせよ殺しは良く無いだろう。だけど一方的に殺されるのもおかしいだろ?お前は何も抵抗しないで死んでいくことが美徳だと思っているのか?」


「……」


確かに答える事など出来ないだろう。日本では自分達から戦争を仕掛ける事は無い、攻撃されたら防衛の為だけに攻撃が許されている。みすみす自分の国が攻撃されるのを分かっていても、自分達から先に敵の拠点を潰す事は出来ない。そんな国で生きている少年には分かるはずもなかった。


「そして最初に攻めてきたのは敵の方だ。俺達は攻められたから反撃しているにすぎない」


「反撃…」


「そうだ、反撃だ。お前が殺した魔人に、お前は何かされたか?」


「……」


「されていないよな?それなのに一方的に不意打ちで殺した。その理由は何だ?」


「バケモノだと思った…」


「それはお前の世界の常識なのだろうな。だがこの世界には、この世界の常識があるんだよ。違う世界の常識を振りかざして正論をのべていると思ったら、全くのお門違いって事だ」


「……」


俺は間違った事を言っていると思っていない。何もしていないのに殺してくる方が一方的に悪いと思っている。


「だが俺は俺の民を殺されても、お前を殺さなかった。そして可能であれば向こうの世界に戻してやろうと思っている。お前はここにいるべき人間じゃないからな」


「…はい」


「ここには俺の配下もいる。配下からしたら、なんでお前だけ特別扱いなんだと思うだろう。それを押しても俺はお前を殺さなかった。それなのにこれまでの間、お前はずっと俺達に反発をしてきたよな?」


「…はい」


「こうして配下達は皆落ち着いているが、内心ではお前に、はらわたが煮えくりかえっているよ。だが配下には誰にもお前を殺させない、それは俺がそう決めたからだ」


「……」


「それにな、お前は一度でも俺や配下に謝ったか?」


「…いえ」


「それを、何というか分かるか?」


「……」


「甘えだ」


「……」


「俺の話を聞いて理解したなら、あとはお前の心が決める事だ。向こうの世界で何があったか分からないが、おまえの事情をこの世界に持ち込むのは100パーセント間違っている。まあ俺はお前の事情を良く知らんからな、好き勝手言っているだけだ。だがそれもお前の責任なんだ」


「なんで…ですか…」


「お前が話さないからだよ。話さないのに理解しろって言うのか?」


「それは…」


「いいか?もしこの経験を未来の自分の為に生かしたいなら学ぶんだ。ここで学ばねば、お前に未来はない。そしてまだやり直せる年齢なんだ、俺が言った事を心に落とし込め。そして志を持て」


「志ですか?」


「まあ分かりずらいなら…目標のようなものだ」


「目標?」


「そうだな…向こうに親御さんがいるんだろ?」


「います」


「何不自由なく育てて来てもらったんじゃないのか?」


「はい」


「親御さんのもとに帰ると強く念じろ。そしてそのためにどうするかを徹底的に考えろ。俺から言えるのはそれだけだ」


「はい」


最後はとても素直に返事をした。少しは俺の話が心に浸透したのかもしれない。だが俺はこの少年の立場も分からんではないし、これらの経験を自分の糧にしてほしいと考えていた。今の話のあいだ、俺の周りにいる人たちは一言もしゃべらず聞き入っていた。俺が熱く語るのに水を差すのを控えてくれたのだろうと思う。


「さて、話はこれくらいでいいな?」


「あの…」


「なんだ?」


少年がまだ語り掛けるので、少し冷たく返事をしてしまった。


「名前は…俺の名前は芦田礼一郎です」


何か反論のような物が来るのかと思ったが、以外にも自分の名前を名乗って来た。


「お!良い名前じゃないか礼一郎!俺はラウル・フォレストだよろしくな」


「はい」


「わしはサウエル・モーリスじゃ」


「はい」


「私はカトリーヌ・レーナ・ナスタリア」


「はい」


ここにいる全員が少年に自分の名を告げた。これで少しは少年も話やすくなるだろう。


「それでいいのよ」


ハイラがニッコリ笑って礼一郎に言う。礼一郎は笑い返す事も無かったが、素直に頭を下げた。


《ラウル様》


マキーナから念話が来た。


《状況は?》


《騎士崩れが完全に私に従うと降伏してきました》


《了解だ。引き続き任せていいか?》


《はい。ただ条件の提示が御座いまして、仲間を殺した異世界人を捕らえて差し出してほしいと言うのです》


《まあそうだろうな。あれだけ好き勝手に仲間を殺しまくったんだ、無理もない。それならば俺からも条件があるがいいか?》


《はい》


《3人で異世界人たちのもとに行き、南東の村を壊滅させた犯人かどうかを聞きだしてほしい。もし犯人だったらすべてをお前たちに任せる》


《それでは、私がやりましょう。魔人達を殺したものが彼奴らであれば、なおの事許し難いです》

《私がアナミスの補助につきます》

《オーク達を殺したのがあいつらなら許せないです!》


アナミスとマキーナとルピアが同意見のようだ。


《やってくれ》


《《《は!》》》


念話を切った。シャーミリアとスラガには既に話の共有がかかっている。


「どうやら彼女たちは、南東の村を壊滅させられたことに憤慨しているようです」


「あたりまえであろうな。もしあれらが犯人だとしてどうする?」


「完全に彼女らに任せます」


「ラウルが制止すれば止まるであろうが…」


「いえ。私は私の責任の下で、彼女らの意志を最大限に尊重せねばならないでしょう」


「それでよい」


「はい」


俺達が集落を見下ろしていると、マキーナとアナミスとルピアが飛び出して来た。岩の上にいる異世界人二人を上空から見下ろしている。二人はまだその存在に気が付いていないようだ。


「危険かな?」


「ご主人様。どうかあの者を見守ってくださいますか?」


「そうだな」


俺が念話で何か指示をしようと思ったが、シャーミリアは徹底して彼女らに任せるようだ。


「ラウルよ。飛んでおる敵には土属性は不利じゃな、火魔法の奴は眠っておるようじゃし大丈夫じゃろう」


「わかりました」


俺は彼女らを静観する事にした。


次の瞬間、スッっと異世界人の周りを3人の美女が囲い込んだ。土魔法を扱うやつが叫んで立ち上がるが、火魔法の方は飛び起きて何が起きているかすら分からないようだった。マキーナがM240中機関銃の銃身を異世界人の顔に突きつけ何か言っている。


「どうするんだろ?」


しばらくの間、魔人達と異世界人が会話をしていたが異世界人の両の手が上がった。どうやら降参の意を示しているらしい。


《ラウル様》


《どうだった?》


《最初はしらを切りましたが、念のためアナミスが自白させたところ、南東の村を襲った犯人に間違いありません》


《嘘をついたか…》


《はい》


《マキーナはどうしたらいいと思う?》


《盗賊との約束です。彼らに引き渡す事をお許し願えますか?》


《約束だからな。それでいいだろ》


《かしこまりました》


そしてマキーナとアナミスとルピアが、二人を抱えて岩の下に降ろした。だがまだ盗賊たちは出てこない。あの攻撃をされたら更に被害が増えるからだろう。まだマキーナ達を信じていないという事もある。


そして…


とうとう最後まで転移していった奴は戻ってこなかった。足と腕に大けがを追っているので、逃げた先で生き延びれるとは思えないが、能力が能力だけに油断が出来る相手ではなかった。

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