第637話 盗賊集落へ潜入
俺達が崖の上から盗賊の集落を監視していると、その外側にマキーナとアナミスとルピアが現れた。崖を降りていくと目立つので、森を迂回して降りていったのだった。どう見ても飛んで火にいる夏の虫、鴨が葱を背負って来た状態だ。美しすぎる華奢な3人が野獣の住む巣へと入っていくように見える。
だがそれは、その手に持っている物を無いものとした場合だが…
ルピアなんかは張り切って、イングラムM10サブマシンガンを突き上げて俺に微笑む。マキーナがM240中機関銃を、アナミスはH&K MP7サブマシンガンを構えていた。前世の人たちが見たら物凄く物騒な美女たちだ。
《ご主人様、集落に入ります》
マキーナから念話が入る。
《まあ…念のため気をつけてな》
《はい》
そして3人が集落の中に入って行く。
「ミリア」
「はい…」
「マキーナが自分で申し出るのは珍しいな」
シャーミリアに何か含みがありそうだったので聞いてみた。
「そう思いますか」
「お前が言ったんだろ?」
「…やはりご主人様に隠し立ては出来ませんか。勝手な事をしてしまい申し訳ございません」
「なんでだ?」
「私奴やご主人様の命でなければマキーナは動きません。私はマキーナを自分で考え行動できるようにしたいと考えておりました。今回は指示をしましたが、練習台としてはあの集落はうってつけかと思いました。ご主人様にお断りもなく申し訳ござませんでした」
シャーミリアがいつしかそんなことを考えるようになっていたらしい。今まではマキーナには、絶対的に従うように行動して来たと思うが、シャーミリアなりにいろいろ考えているようだ。
「いいよ!それがいい!やっぱりシャーミリアは凄いな」
「あ、ああ…」
ヘナヘナヘナ。シャーミリアがぺたりと座り込んでしまった。不用意にシャーミリアをべた褒めしてしまった俺のせいだ。シャーミリアが上気した顔ではぁはぁ言っている。
「あ。あの俺が常々魔人達に、自分で判断して動けるようになれと言ってるからだろ?」
「はい、私奴も常に心がけるようにいたしております」
「それでいいんだよ。究極は俺がいなくても全てが回るようになるのが理想だ」
「肝に銘じます」
どうやらシャーミリアにもかなりの変化があるようだ。今まではマキーナを駒としてしか使っていなかったように見えたが、主体性を持って行動が出来るように促していた。ここまで各拠点の元隊長格の魔人達にもそれは感じていたが、なんとなく俺の成長と共に魔人達も成長してきているように思える。
「ただ、ルピアがちょっとはしゃぎすぎだな」
「私奴の方から指導しておきます」
「いや、今回は良いよ。彼女も久々に合流してうれしいんだろ」
「そのようです」
やはり、シャーミリアは俺の秘書であることで、管理職としての自覚が出てきているようだ。ギレザムにも感じたが、そういう役職につけるとそれなりの意識が高まるのだろう。
「じゃあドローンを飛ばすか」
俺はドローンのブラックホーネットとディスプレイコントローラーを召喚した。ブーンと小さな音を立てて、ブラックホーネットが崖を下っていく。斜面を降りて集落の中へと侵入した。
「いたのじゃ」
「はい」
ドローンが美魔女3人の姿を捉えた。
《ラウル様。人がいっぱいいます》
《ルピアまずは様子をみろ》
《わかりました》
ドローンにルピアの顔が映ると、ルピアはウインクをした。なんか進化したらどんどん天真爛漫になっていくんだが。
《ご主人様。この集落を囲んで逃げられないようにいたしましょうか?》
《いや、マキーナ。むしろここでは騒ぎを起こしてくれ》
《かしこまりました》
《万が一周囲に異世界人が潜伏していたら、それに引かれて出てくるかもしれない。もしくは危険を察知して逃げるとかもありえる》
《では》
隠れていた3人は、おもむろに立ち上がってさらに奥へと入って行く。
「おわぁ!」
盗賊集落の人間が3人のいきなりの訪問に驚いていた。
「失礼するわ」
「こんにちわ!」
「ごきげんよう」
マキーナとルピアとアナミスが挨拶をした。
「なんだあ?お前達!一体どこから?」
「あちらから」
アナミスが自分たちが来た方を指さした。さすがアナミスはサキュバスだからか、こういう輩の扱いはなれているようだ。
「あ、あちらって…」
その男を見ると、髭ヅラで髪もぼさぼさに伸ばした、あからさまに盗賊って感じの風体だった。
その男が思い出したように、ピィー!っと口笛を吹いた。すると奥から似たような汚らしい男たちがぞろぞろと出て来た。20人以上はいるようだ。
「なんだなんだ!」
「お、おいおい。こいつらは?」
「ていうか…見ろよ…」
男たちは今にも涎を垂らしそうに口元をゆるめ、鼻の下を伸ばしきって3人を見てくる。ディスプレイに移るその顔に、カティやマリアやハイラがあからさまに嫌そうな顔をしている。
「なにかしら?」
「いやいや…ようこそぉ。お嬢様がた。何でこんなところに来たか分からねえが、どうぞ中に進んでくれぇ」
「どうしようかしら?なんだかあなたたち下心があるんじゃない?」
アナミスが妖艶に笑いながら言う。その笑いを見て更に男たちは下卑た笑いを浮かべるのだった。
「なんでえお高くとまりやがって、お前達…なりは立派だが娼婦なんじゃねえのか?そうじゃなきゃこんなところに来ねえだろうが」
「あら失礼だわ。私たちが娼婦に見えるというのかしら」
アナミスが挑発するように、落ちていた酒樽に足をかけて転がした。ころころと転がり男の足元にコンッとたどり着く。
「ぐへへへ、ずいぶんいろっぺえねえちゃんだな」
「おれはこっちのキリっとしたのがいいねえ」
「俺はふわふわのこっちの少女がいいなあ」
男たちがゆっくりと距離を縮めて来る。
「あら?あなた達の親分さんに断らなくてもいいのかしら?」
男たちはお互いに顔を見合わせて少し相談する。それから何か結論が出たようで頷いた。
「とりあえず女たちを見張ってろ。お頭に言って来る」
「お、おい!お頭に言ったら、俺達がこの女にありつけなくなるんじゃないか?」
「俺の方から頼んでみる」
「本当に言ってくれよ。こんな世界になってからほとんどヤッてねえんだからな!」
「わかってるよ」
そして男は奥の洞窟の方に向かって行った。どうやら洞窟にそのお頭と呼ばれたヤツはいるらしい。
《男たちの様子はどうだ?》
《は!ご主人様!私に対抗できるような力のある者は一人もいないようです》
《なるほどな。ディスプレイでこっちでも見てるが、異世界人などは混ざってなさそうだ》
《そうですか》
洞窟から、また数十人の男たちが出てきたのだった。その男たちが左右に割れると、そこには雰囲気の違う男が立っていた。どう見てもその風格は盗賊じゃない。だが髭も生えて髪もぼさぼさだった。
「あら、あなたが親分さん?」
「親分と呼ばれるのは慣れてない」
言葉遣いが盗賊のそれじゃなかった。どことなく背筋も伸びて礼儀正しく見える。
「なら、なんと呼べばいいのかしら?」
「ビクトールだ」
「あら、ビクトールさんとおっしゃるのね?こんな山奥で何をしていらっしゃるのかしら?」
「…まあ見ての通りの盗賊稼業さ」
というが、この男だけはそう見えない。
《マキーナ、アナミス、ルピア。暴れるの中止。ちょっと様子を見るぞ》
《はい》
「盗賊という事は、人を殺したりするんじゃないかしら?」
「ここにいる大多数は…まあそうだな。人を殺したこともあるだろう」
「貴方は?」
「まあ、あるな」
《この者、他の者と明らかに気が違います》
マキーナが言う。
《どんな感じだ?》
《これまで戦ってきた中で言えば、騎士という職業の者でしょうか?》
《堕ちたヤツかな…》
《聞きます》
「お前」
マキーナが親分に言う。
「なんだ?」
「騎士か?」
「…どうかね?騎士だと名乗った事はあったかもしれないな」
「どうして騎士が盗賊をやっている?」
「それよりも、お姉さん…娼婦じゃないな?その口調」
「娼婦だと言った覚えはない」
すると騎士は、後ろの男を睨みつけた。
「す、すまねえ!ちがうんだ!俺は娼婦だと思ったんだが」
「どうもすなまいね。根っからの盗賊稼業のせいで、こびりついてしまっているようだ」
「いや。それは問題ない、それよりさっきの問いに答えてもらえるか?」
「騎士が盗賊をか…」
「ええ」
「もう一つだけ聞きたい。お前は化物の仲間か?」
「化物?」
「そうだ」
「どうかしら?私の主様はとても気品のある御方だ」
「まさか…貴族か?」
《どのように答えましょう》
《まあそのまま言っても差支えなさそうだ》
「貴族というより、それ以上よ」
「なに…」
すると貴族くずれのみならず、周りの盗賊たちもピリついた空気を出して来た。どうやらこのワードは何かの変化をもたらしたらしい。
「お前の質問は答えた。こちらの問いに答えろ。お前は何故、騎士から盗賊になった?」
「…情けない話だ」
「なんだ?」
「逃げて来た」
「何から?」
「化物からだ」
「化物?」
「そうだ。得体のしれない化物だ」
「どんな?」
「よくわからん、骸骨のようなサルや他にもいた」
デモンだ。どうやらこの騎士はデモンから逃げおおせた一人らしい。
《分かった。その騎士が何で盗賊と一緒に居るんだ?》
「なぜ騎士が盗賊と一緒にいる?」
「こいつらが、村人を襲って殺したりしていたからだ。すべてを制圧してあちこちからここに集めて来た」
「盗賊を集める?」
「そうだ。今は村人や人を殺さずに、周辺で狩った魔獣の肉を村に持って行って物々交換している。言ってみれば冒険者の真似事かな」
そういえば、リュート王国の方にもそういう騎士がいたっけ。仕方なくそうやって生活をしているやつが。だがこの騎士はさらに盗賊を集めて、人を殺さないようにしているそうだ。
「あーあ、やっぱできなくなっちまった…」
「だからいったろ」
「お前のせいだぞ」
盗賊が小さい声でブツブツ言っている。出来なくなってしまった事がよっぽど残念なようだ。だがこの騎士の言う事を聞かずに襲えばいいのに、それをしないのだから、この騎士崩れはそこそこ力があるのだろう。
「わかった。このあたりで怪しい奴を見なかったか?」
マキーナが続けた。
「今、目の前にいる」
「どこだ?」
「お前達だ。なぜおまえたちのような美しい女が、わざわざ盗賊のアジトにのこのこやってくるんだ?おかしいだろ?」
確かに。正論過ぎて何ていうか困る。
《えーっと、何て言ったらいいもんかな》
「散歩」
口を開いたのはルピアだった。天真爛漫な笑顔でニコニコ笑っている。
「さ、…そんなわけがなかろう」
「本当。あと人探し」
「人探し?」
「3人の少年を探してるけど、ここに来なかった?」
「少年など来るわけがない。盗賊のアジトだぞ」
「そうなんだ。残念」
「というより、なぜ3人とも全く怯えんのだ?もし俺がこいつらを抑えられなかったらどうするつもりなんだ?」
「あら…怖い顔して」
アナミスがしゃなりと身を崩し、騎士を見上げた。
「う、おかしい。女3人がこんなところに来て、どうなるか分かってないのか?」
「どうなる?どうするおつもり?」
「まあ分かりやすく言えば、お前達の体は男たちの慰みものになるだろう」
騎士崩れはあきらめたように言う。
「え、わたし達に指一本でも触れちゃだめよ」
ルピアが少し真面目に言う。
「指を触れたらどうなるというのだ?」
「私達の全ては大切な主様のものよ。もし触れようとなんかしたら殺すわ」
そう言ってルピアがこれ以上ない明るさで笑った。それを見た男たちは一気に殺気立つ。それに先立ち先頭にいた騎士崩れもピリピリした空気を出し始める。
「やはり…物の怪の類か…」
騎士崩れがポツリというが、既に盗賊たちを制御する事は出来ないだろうと諦めていた。こうなってしまっては、盗賊たちが納得するまで女達につきあってもらうしかない。
不本意な形になって、騎士はうんざりした顔をするのだった。