第635話 村人惨殺の動機
南の村を見た限りでは事態はかなり深刻だった。あれがファートリア神聖国の全土で起きたら、再起不能なくらいに壊滅してしまうだろう。
「ふむ、破壊行動をする団体が『テロリスト』というのじゃな?」
モーリス先生が言う。
「そうです。テロリストというのは怨恨による報復だけではなく、政治的な目的だったり、宗教的な思想があって破壊活動をしている事が多いです」
俺がモーリス先生の疑問に答える。飛ぶオスプレイの中で先ほどからこのような話が続いていた。
「こちらで言えば民が、王族や貴族に対して抱く不満のようなものじゃな。それでむこうでは王族に謀反を働いて、利権を勝ち取るという事はあるのかの?」
「過去にはありましたね。革命といって政府を倒した例もあります」
「なるほどのう。こちらでも、上の貴族との小競り合いで利権を勝ち取る事はあるのじゃ。じゃが国家転覆のような出来事は、今回のこの戦争で初めて起きたのじゃよ」
「この戦争は根本的に何かがおかしいですよね?」
「まさかデモンなどという、伝説の怪物が出て来るとは思わんかったのじゃ。普通の一般市民が、魔法使いが多い貴族や王族に勝てる見込みは万が一にもないがの。あんなものが現れてはどうする事もできんのじゃ」
「確かに、デモンのような強大な力を得て初めて出来る事ですよね。ですが私が召喚するような武器があれば、一般市民にも出来てしまうのです。武器はあちらの世界では様々な方法で入手する事が出来ます。もちろん金があればですが」
「それが金で手に入るとは恐ろしい世界なのじゃな。ラウルの武器はいきなり一般市民が、強大な魔力を持つようなものじゃからのう」
「はい」
「ならば、南の村のあれはテロリストの定義には当てはまらんじゃろう。敵対関係の相手ならばいざ知らず、異世界の者には何の利益も生まんのじゃ」
「確かにそうですよね。テロリストが何の目的もなくリスクを負って、少しの利益も生まない事をするとは思えません。それも見知らぬ地で」
恐らくこの世界の人間や魔人達では、この会話はよくわからないと思う。エミルは操縦しながら耳をかたむけているがオスプレイに揺れは無く、風の精霊による機体の補助をしているようだった。俺やエミルと先生以外に、ハイラと少年にはかろうじてついて来れる話だろうか。
「テロリストでないとすればやはり学生なのかのう?」
「その可能性はあると思います」
「何故に一般の学生があそこまでの虐殺を行うのじゃろうか?」
「普通だったら考えられませんよね?」
「普通じゃないなら、どんな理由があるというのじゃ?」
「テロリストではなく一般の学生で考えられる原因があるとすれば…やはりそれも不満でしょうか?」
「不満はテロリストもじゃろ?」
「もちろんです。ですがその不満の内容が違うかと」
「どんなものじゃ?」
「いじめられた不満、親に対する不満、学校に対する不満、社会に対する不満、などがあるかもしれません」
「なるほどのう…そんな理由で虐殺をする事があると…」
「確かに狂ってますよね?でもあちらでは、それで無差別に一般市民を殺す事件があったりするのです」
「ある種、魔法使いと似たようなところもあるのじゃな。じゃから精神の育成が大切なのじゃがの、強大な力に振り回されんようにの」
「未成熟なままで武器を手にしてしまうと、簡単に引き金を引けますからね」
「そうじゃな。ただ恨みを持つ相手だけじゃなく、無差別になるのは何故じゃろう?」
「この世の全てに恨みの念を持ってしまうのかもしれません。私もその分野は詳しくないので分かりませんが」
「それが…あの村の惨劇に繋がったのじゃろか?」
「あくまでも推測です」
俺達の話を皆が黙って聞いていたが、少年が少しだけソワソワしているように見える。なんだろう?おしっこでもしたいのだろうか?
「どうした少年?」
「……」
答えない。
「あのね。さっき言ったでしょ、聞かれたんだから答えなさいよ!」
ハイラが怒る。
「…あ、なんで…オスプレイ…?」
「ん?」
少年がようやく口を開いたと思ったら、斜め下の質問だった。いきなりオスプレイの事を聞いて来た。
「なんでって、みんなで早く目的地に着くためじゃないの?」
もごもご話す少年にイラつくハイラが、きつめに言う。
「えっとハイラさん。待ってください、どういうことかな?少年」
「…どうしてオスプレイがあるの…」
「あ、なるほどね。それは簡単な事だよ、俺の国の兵器だからさ」
「……」
少年が聞きたいことはそうじゃないのは分かっているが、重要機密なので簡単に教える事は出来ない。万が一でも敵に情報漏洩されちゃ困る。
「…アメリカ人がいるの?」
「いない。こちらであっちの人間が確認できているのは、ハイラさんと一緒に来た日本人5人だけだ」
「ならなんでオスプレイがあるんだ?」
少年が苛立つように言う。すると俺が答える前にハイラが口を挟む。
「あなたね。中学生なんでしょ?敬語とか使えないの?」
「…」
「いや、いいんだハイラさん。俺は別に気にしちゃいない」
「ダメです。まったく中学生にもなって!」
「あ、あの。あまり刺激をしないように」
「いえラウルさん。それでシャーミリアさんに殺されたって、この子は文句を言えないです。命を粗末にしないようにも、きちんと受け答えをするべきです」
ビクッ!また少年が委縮してしまった。いざとなったらそう言う事もあり得るが、せっかく話す気になったのを閉じ込めてしまってはめんどくさい。
「まあいいよ」
俺がスルーするように促す。
「いえ!よくありません!」
今度はカトリーヌだ。
「カティも、とにかく待ってくれ!」
俺は二人を制する。
「話せるか?」
少年がうつむいてしまった。
「なんで…なんでだよ…くそっ」
うつむいてブツブツと言っている。
「まず顔をあげてくれたらうれしいんだが」
「なんで同い年くらいの奴に、敬語を使わなくちゃいけないんだよ!」
いきなり顔をあげての、はっきりした発言にちょっとびっくりしてしまった。確かに俺の今の年齢は、この少年と変わらない。なぜ敬語を使わなければならないんだ?って思うのも分かる。同い年なのにいじめっ子に敬語を使わされる感覚かもしれない。きっと抵抗しているのだ。
「そうだよな。わかるよ」
「あなたね、この人は一国の王子様なの。えらーい人なのよ、わかる?」
ハイラが煽る。
「まあ、そんなに偉くもないんだ」
「何をおっしゃいます!ラウル様!魔人国の王子ともあろう御方が!」
カティも怒る。
「そうじゃなくて!話が進まないから!たのむよ」
「…はい」
「申し訳ありません」
二人が少しシュンとした。
「あ、怒った訳じゃない」
二人が苦笑いをした。
「少年。とにかくこの機体の事は秘密だ、だが君がいた世界と大いに関係があるのは間違いない。だから君が知っているオスプレイとこれは全く同じものだ」
「…そう…なんだ」
「そう」
「あの、機関銃やピストルも?」
「そういうことだ」
「そうか…」
「俺の答えは満足かな?」
「…」
無視される。
カシャ。M240中機関銃の銃口が少年のこめかみに向けられる。
「小僧、ご主人様が聞いておられる」
…今度はコイツか。
「ま、んぞく…」
シャーミリアが銃口をそらした。
ふう…困ったな。彼女らがいるといつまでたっても、この中二少年の心は開く事が無いぞ。まあ開かないなら開かないで、最終手段はアナミスと俺でリセットだが。
「少年。銃は魔法の発動よりはるかに速い、変な気は起こさない方が良いぞ。俺達は君の力を警戒しているから、こんな感じになってるんだ。君が魔人を殺したことは許される事じゃないし、本来なら処刑になる所なんだがね。生かされている意味を考えてもらうとありがたいんだ」
俺が本心を言う。
「脅しかよ」
「脅しじゃない、現実だ。他に含みはない。君が言う事を聞かずに暴れれば一瞬で死ぬし、ここにいるほとんどの人がそれを実行する事ができる。この優しそうなお爺ちゃんですらな」
ピクッ、恐々とした感じで少年はモーリス先生を見た。モーリス先生はそれに対し、好々爺とした笑みを浮かべるだけだった。かえってそれが怖い気もするが、先生は少年を殺そうなどとは思っていない。俺が例え話をしただけだ。例え話とはいえ真実だが。
「なんでだ…」
「何がだ?」
「なんでお前たちは人間なのに、あんなモンスターの味方をするんだ」
どうやらようやく本音を話し出したか?
「モンスターなんていたか?」
「角を生やした鬼やゴブリンがいた。俺は化物を退治しただけだ」
「あれは、この世界のある国の住民だが、なぜおまえに退治する権利があった?」
「だって、この世界の魔王が何かがいてあれはそれの手下だろ?人間に対して害をなす恐ろしい怪物なんだろ?」
やはりゲーム感覚で殺しやがったのか…困ったものだ。
「いや?危害を加えて来る相手にならいざ知らず、何もしてこない相手に攻撃する事は無い。ましてや怪物などでもなく普段から優しい者達だ。まあ魔獣を狩って食ったりはするがな」
「なんでそんなことが分かるんだ?お前たちもバケモノなのか?」
「どう見える?」
「わからない。全員人間にしか見えないけど、あいつだけは違うだろ!もしかしたらあいつが影のボスなんじゃないのか!」
少年が指さす先にファントムがいた。ファントムは何事もなかったようにどこか遠くを見つめたままだ。影のボスと言われても何の反応も無い。確かにどう見てもバケモノにしか見えない、俺達が見慣れているだけでこの世界のだれもがバケモノだと思っている。
《ファントム、胸の前で腕でバツを作れ》
念話で言うと、ファントムがこっちを振り向いて胸の前で腕を交差しバッテンを作った。
「うっ」
少年がぞくっとしたらしい。顔から血の気が引く。
「違うってさ。あいつはまあ…ゾンビの王様みたいな顔つきをしているが、ただ顔色が悪くてブロンズ像みたいなだけだ。根はきっと優しい」
「そんなわけない!」
ファントムから流れ出るオーラはどう考えてもヘルモードだ。そんな彼が優しいわけがない、と思うのも無理もない。
「あ、あの…」
「なんだいハイラさん」
「それはさすがに無理がありそうです」
「…やっぱそうかな?」
「はい」
俺も言っていて、無理があるなーって薄々は感じてたよ。
「とにかくだ。君に攻撃や反乱の意志が無ければ、彼女らは君に危害を加える事は無い。そして俺は彼らの主でもある、俺が望まなければ…基本は…死ぬことは無い」
「いま、答えに迷いがあったじゃないか!」
「あ、俺が望まなければ死ぬことは無い」
「信じられるか」
「信じる信じないは君次第だ」
つい都市伝説を話した後のようになってしまった。
「……」
少年はまたうつむいてしまった。聞きたいことがなくなってしまったのだろうか?
「でも…」
ハイラが口を開いた。
「それでいいのよ。とにかく自分の聞きたい事や主張をしなければ、何も変わらないから。君は同じ日本人なんだし、もしよかったら私に話てみたら?」
「……」
少年が更にうつむき、ハイラは俺に向かって苦笑いをした。
「ハイラさん。時間がある時に少年の話を聞いてやってくれ」
「そうします」
とりあえず。ほんのわずかだが雪解けの兆しが出て来た。あとは同行中にいろいろと聞いて行くしかないだろう。
「少年。とにかく大人しくしていてくれよ」
「……」
「どうなの!」
ハイラにきつく言われ、少年の首がコクリと頷いた。
《スラガまもなく到着するぞ》
スラガの位置が近づいたので念話を繋げてみる。
《こちらから機影がみえました》
《照明弾をあげろ》
《は!》
すると前方に赤い照明弾が上がった。スラガは着陸しやすいように森と森の間にある、空き地のようなところに居てくれたのだった。オスプレイはエミルの安定した操作で、森林の空地へと下りて行くのだった。