第634話 壊滅した村
オスプレイを襲撃を受けた村の近郊へと着陸させた。安全確認のため俺とシャーミリア、ファントム、先生、エミルが先に降り立つ。村の周辺には人間や魔人の死体が転がっていた。物凄い血の匂いと腐敗臭が漂い始めている。
「ミリア、生存者は感知できるか?」
「一人もいないようです」
「敵の気配は?」
「無いかと」
「そうか。エミルは精霊で何か感知できるか?」
「特には無いようだ」
「わかった」
魔人の話では確かこの村で、人間同士のカップルが出来て子供を孕んだとか言っていた。恐らくその者達も有無をいわさずに殺されたのだろう。魂核を変えても恋愛をすることが分かり安心した矢先だというのに、その結果である子供の誕生を見る前に殺されてしまった。
「酷いものじゃな」
「そうですね」
「ラウル。ここには人間がいたのに何でこんなことになってんだろうな?」
確かにそうだ。南の収容所を守っていたのは未進化の魔人だったため、少年はモンスターだと思ってゲーム感覚で襲ったようだが、ここにいたのはほとんどが人間だったはずだ。
「異世界人ってまさかテロリストとかも来ちゃうのかな」
「それなら俺達が結論付けた、ハイラさんの境遇との関連性がなくなるな」
「だな」
俺はヘリに向かって手をあげる。安全確認ができたので、カトリーヌ達にこちらに降りて来ても良いという合図を送たのだった。ルフラやマキーナ達に囲まれて少年が、さらに他のメンバーも俺達のもとへとやってくる。
「こんな…」
「…」
過酷な戦闘を何度も繰り返して来た俺達は、こんな場面をいくつも見て来たが、ハイラや少年は慣れていない。二人とも真っ青な顔をしていた。
「おえぇ」
少年が嘔吐する。自分はあんなに魔人達を殺したのに、実際に人の死体を目の前にするのは辛いらしい。ハイラも具合悪そうにしている。
「マキーナとルピアが少年を見ててくれ。念のためファントムを置いて行く」
「かしこまりました」
「はい」
「……」
少年は未知数の力を持っているため、ファントムがいないと押さえ込めない可能性がある。
「ハイラさん、村の中はさらに悲惨な状況になっていると思うけど、どうする?」
「すみません。無理っぽいです」
「わかった。それじゃアナ、ハイラさんも頼む」
「はい」
アナミスも置いて行く事にした。
「念のためルフラとカトリーヌが一緒に」
「はい。じゃあルフラ良いかな?」
「ええカトリーヌ」
ルフラが人間の形を崩してカトリーヌに覆いかぶさる。そして少しずつカトリーヌに浸透していくようにルフラが消えていくのだった。
「…あっ…」
カトリーヌが小さな声で呻く。あの感覚はいつまでたっても慣れない。
「じゃあ念のため鏡面薬を配るので、転移魔法陣などの存在が無いか調べましょう」
シャーミリアとモーリス先生、カトリーヌとルフラとマリア、俺とエミルとケイナの3組に分かれて、転移魔法陣も含めた確認を兼ねて村の中に入る。それぞれに得意な武器を召喚して渡してやった。
シャーミリアにはM240中機関銃を、カトリーヌとルフラの組にはウージ―サブマシンガンを、マリアにはベレッタ92とP320ハンドガンを、エミルにはFN スカーアサルトライフルを、ケイナにはMP9シールドをそれぞれ持たせた。モーリス先生は魔法の杖、俺は手ぶらだ。
「一応、シャーミリアの見立てでは生体反応は無い。敵の存在は確認できていないが、遠距離からの攻撃も想定され転移してくる可能性もある。十分注意するように。シャーミリアは確実にモーリス先生を守れ。ルフラを纏ったカティはマリアを守ってくれ」
「この身に代えてもお守りいたします」
「マリア、私に任せてね」
「わしとて大賢者と呼ばれるものじゃ、魔法使いになら遅れはとらんのじゃ」
「はい。もし魔法使いが現れた時はお願いします」
「ふむ」
「私も自分の身は自分で守ります」
「マリアの体術は凄いが、魔法使いには通用しないと思う。くれぐれも気を付けてほしい」
「はい」
「じゃあ行こう」
村に入るとさらに血の匂いがきつくなる、モーリス先生とマリアが軽く顔をしかめた。カトリーヌはルフラに包まれているため、そのあたりは調節出来ているようだ。
「では分かれましょう」
三方に分かれて村へと侵入していく。俺のチームが中央に、シャーミリアのチームが北側へ、カトリーヌのチームが南側へと向かった。怪しそうな場所を見つけては鏡面薬をまいて行くが、光を発する事は無く何も起きなかった。
「しかしこれは絶望的だな」
エミルが言う。
「まさか身内がこんな目に合うとは思っていなかった」
「無差別だと思うと、ムカつくぜ」
「ああ」
「二カルスの森が襲撃された事を思い出したわ」
ケイナが悲しそうに呟いた。
「兵士ならば戦場で死ぬことは仕方がないと思う。俺の父さんとサナリア領兵が殺されたことは、許す事は出来ないがね。でも一般人がこうも無残に殺されるのを見るのは嫌なものだな」
「グラドラムでも大量に殺されたんだよな」
「ああ」
そして俺達は口を噤む。死臭も更に酷くなり、さすがに気が滅入って来た。結局、村を半周して反対側にまわるまで、魔法陣の類は見つからなかった。俺達がついたと同時くらいに他のチームもやって来た。
「先生、どうでした?」
「魔法陣は見られんかった」
「カティの方は?」
「こちらもです」
「そうか」
「皆、何か変わったことはありませんでしたか?」
「ただ、人が死んでおった。無残なものじゃ」
「こちらもです」
「遺体の損傷が激しいようですが、死因は何でしょうね」
「あたりに石礫が転がっているようじゃ、一つは土魔法であろうな」
「ひしゃげたような死体が多いのはそう言う事ですか?」
「そうじゃ。じゃがほとんどの岩は形を留めておらんようじゃな」
「形状を持続する力はない、という事ですかね」
「そんなところじゃろ。あと焼死体もあったようじゃ、火魔法を使う者もいたのじゃろ」
「そうですか」
「…あの時、ラウルが武器を置いて行く暇も無かったからな」
エミルが言う。確かにあの時に俺が武器を置いて行ったら、こんな惨劇は起きなかったかもしれない。俺達がこの村にいた時に遠くから爆発音が聞こえ、俺達は慌ててヘリで拠点へと戻ったのだった。その時には俺の魔力も足りず、この村への銃火器の補充が出来なかった。その結果この村の人間が全滅してしまった。
「デモンとの戦いが無ければ…」
「お前のせいでもないだろ。光柱の影響なんて誰も推測できなかったさ」
「俺の魔力が無限ならと思うよ」
「ラウルよ。異世界から運ばれて来る者達は、確かにかなりの魔力を保有しているようじゃが、彼らよりラウルの方がはるかに膨大な魔力を保有しておるのじゃ。おぬしは魔人の王子じゃからこそ、その器が強く強大な魔力にも耐えられるのじゃよ。無限の魔力なぞ、とてもじゃないが器が耐えられんじゃろう」
モーリス先生が、ちょっとだけ険しい表情で言う。
「そういうものなのですね?」
「そうじゃ、本来は少しずつ覚えて訓練を積みようやく使えるものなのじゃ。あの少年とて、よく器が耐えられたものじゃと感心するわい。異世界から来る者の器が、そもそも違うのかもしれんがのう」
「もし力が器を超えたらどうなるのでしょう?」
「わしも見たことがない。魔法の使い過ぎなら魔力の枯渇じゃが、大量魔力暴走なぞ見たこともないのじゃ」
あれ?俺がシャーミリアの眷属を大量に倒した時のあれ…あれが魔力暴走じゃねえかな。俺の体中から武器が生えまくっていたやつ。
「わかりました。私も気を付けるようにいたします」
「ふむ」
とりあえずこの村ではこれ以上、何かを見つけられそうになかった。
「ではみんなのもとにもどりましょう」
「そうじゃな」
「ああ」
「はい」
俺達は少年やハイラの待つ場所に戻る。
「みんな!ここには死体しかない、転移魔法陣の類もないようだ。みんなオスプレイに戻っていてくれるか?」
「はい」
「かしこまりました」
「わかりました」
「ファントムと俺は後から行く」
皆がオスプレイに乗り込んでいくのを見届けて、ファントムに指示を出す。
「よし。死体を全て飲み込め」
「……」
さっそくファントムの口が胸まで裂けて、ブラックホールのような真っ暗な空間が見える。
ズッ、ズズズ、ズズズズズ
転がっている遺体を一気に吸い込み始めるのだった。一体この仕組みはどうなっているのだろう?あとこの死体を吸い込んだ魔力だまりが、俺と繋がっていると思うと気味が悪い。
「じゃあ、終わったらオスプレイに戻れ」
それを見るのをやめて先にオスプレイに戻る。
いやあ…ひっさびさに見たな。大量死体の吸引作業…気が滅入る。
俺がオスプレイの後部ハッチから入っていくと、まだ少年やハイラはうつむいて具合悪そうにしていた。少年が魔人を殺していた時は、アドレナリンが出て平気だったのだろうか。しかし冷静になり死体の山を見て、日本の中学生らしい反応になってしまったようだ。
「少年。大丈夫か?」
「…」
それでも俺の問いに答える事はなかった。相当嫌われてしまったらしい。こっちは自分の兵隊が殺された事を不問にしてやっているというのに、こいつは自分の立場を分かっているのだろうか?
「私も、日本から来たのよ」
無視されている俺を見て、おもむろにハイラが少年に話しかける。すると少年はゆっくりとハイラを見た。
「…」
「こっちで怪物につかまってしまったところを、この人たちから助けてもらったのよ」
いや…怪物からつかまったんじゃなくて、人間の神様から固められていたんだけどね。まあ怪物から守るために固められたってのが正しいか。
「…」
「私も日本から急にこの世界に呼ばれて大変だったの、だからあなたの気持ちは分かるわ。でもね…この世界は、いつまでもそうして黙っていられるほど甘くはないわ。確かに中学生でこんなことひどいって思うかもしれないけど、あなたはそれだけのことをしてしまったのよ。きちんと理解できるだけの頭は持っているんでしょう?甘えていいのは親だけよ。他人に甘えられるなんていうのはきっと日本だけだわ」
ハイラは思いっきり正論を言っている。でもこの少年にはきついかもしれない。さらに心を閉ざしてしまわないかと思う。
「…」
「どうなの?」
ハイラが詰めよる。
「…」
「じゃあいつまでも黙ってなさい。あなたがこの世界に居続けたいのか、元の世界に帰りたいのかも分かりゃしない」
ぽそぽそ…
いま少年が何か話したようが気がするが、全く聞き取る事が出来なかった。
「何言ってるか全然聞こえない!」
ハイラに怒られる。
「…帰りたい…」
「やっと喋ったね。そう言う気持ちがあるのなら、ちゃんと聞かれたことに答えた方が良いわ。彼らは私が帰る方法を探してくれると言ってくれたのよ。もちろんそんなものはないかもしれない、だけど一縷の望みがあるかぎり私は頑張るつもりよ。だから私に出来る事なら、なんだって協力するつもり。あなたがおんぶにだっこで、それを叶えられるとは思わないでね」
「う…俺は…俺は…」
「そうしてグズグズしていたらいいわ」
「あ、あの…ハイラさん?」
「あ…」
「ふむ。ハイラ嬢よ、少年もきっとそれは分かっておるのじゃろ。まあ急かさんと様子を見ようではないか」
「す、すみません!私ったら!ついイライラしちゃって…なんか自分の意志で、考えているんだか考えていないんだか分からないような人を見てるとつい」
「うっううっううう」
少年が泣き出してしまった。やはり14歳の少年なりの苦しさがあったのだろう。ハイラの説教によってその心の殻が少し崩れてしまったようだ。
「あ、あの。ごめんなさい、私言いすぎちゃったみたい」
ハイラが話を収めようとする。
「いいえ。ご主人様の問いに答えぬなど、私奴も腹に据えかねていたわ。ハイラの言う通り肝に銘じるべきよ」
せっかくハイラがなだめようとしていたが、今度はシャーミリアが爆発した。
「み、ミリア」
「この者はご主人様に甘えているのですわ。いくら何でも目に余ると思われます」
「まあまあ」
今度はエミルがシャーミリアをなだめるように言った。
「あらエミル?そうかしら。シャーミリアさんの言う通り、少年は甘えていると思うわ」
今度はケイナが怒りだす。どうやらケイナもこの状況を気に入らなかったようだ。
「いや、ケイナ…だけど…」
「いいえ。甘えです」
ケイナがきっぱり言うとエミルが黙る。
「ケイナ。まあ俺もエミルも、どこか彼の気持ちが分かる所があるというかなんというか」
「ラウル様。私もいかがなと思います。まがりなりにも来年成人を迎える男が、そんなことでどうするのでしょうか?」
カトリーヌが言う。確かにこの世界の成人年齢は15歳だ。貴族ならとっくに一人前として社交界に出ている年頃だ。カトリーヌから見れば甘えきっていると見えるのだろう。
「カティ…あの。まあ、一応その世界の価値観があってね」
「世界が変わろうと、既に自分で分別のつけられる歳であることに変わりありません!」
今度は俺がカトリーヌにぴしゃりとやられてしまう。なんか少年だけじゃなく、俺たちまで怒られているような気分になってきた。
「そりゃそうなんだが」
「ラウル様?まがりなりにも、ラウル様は将来魔人国の王になられる御方です。温情はわかりますが、ある程度の示しをつけていただきませんと」
「はい、すいません」
「あ、ラウル様に言っているわけではないのですが…」
ミシッ
そんな空気の中でファントムがオスプレイに乗り込んで来た。どうやら遺体の回収作業を終わらせてきたらしい。
「おお!ファントム君!終わったかね!君は大変優秀だな!」
「……」
「ラ、ラウル!そろそろ出発したほうがいいな」
「そうだな。少年、気分はどうだ?もう出発するがいいかな」
コクリ
言葉を発する事は無かったが、きちんと意思表示をしてくれた。俺達の今のやり取りを見て、何か感じるところがあったのかもしれない。エミルとケイナが操縦席へと移りスラガが待つ、ファートリア地内へと飛び立つのだった。