第633話 異世界人防衛ライン
二カルス大森林基地に向かうオスプレイから、南の収容所付近を見下ろしていた。
「無いな」
「無いな」
光の柱がない。
「建物は破壊されたときのままか」
「そのようだ」
俺はエミルの操縦席の隣で周囲を確認しているが、収容所の光柱がなくなっている。間違いなく異世界からの転移が行われてしまったのだろう。
「ハイラさんの夢は学生時代に限られてるんですよね?」
「はい。私はいつも学校で一人で、遊ぶ相手もおらず歌ばかり歌ってましたね」
「そうですか…」
「またあの少年と同じ境遇の者が、飛ばされてくるかもしれんのじゃろうな」
「はい。もちろんこっちの住人を殺してしまう可能性もありますが、逆に適応できずに魔獣に殺されたり賊に殺されたりするかもしれません」
「能力次第というところじゃろうな」
「そう思います」
魔人を襲った少年は最初から力を発動させていたらしい。何らかの素質があったか、魔法が発動しやすい幼少期や少年時代を送ったのかもしれない。こちらの世界で魔法が当たり前でも、あっちの世界で実際に魔法が使える人間はいないはずだ。少年は魂の底から魔法が使えると思っていた可能性がある。
「危険じゃのう」
「はい、どちらにしても」
「ふむ。死なんでいい命が散ってしまうのは食い止めたいのう」
「急ぎます」
「ふむ」
ファートリア西部の中央ラインにはこれから、大量の魔人達が送られてくる事になっている。ファートリア地内に出現した異世界人を、西のバルギウス帝国やユークリット王国、ラシュタル王国へ流出させるのを防ぐためだった。東のリュート王国は、ファートリア神聖国から近い為すぐに手を打つ必要がある。
《アスモデウス》
《これは!君主様!アグラニ迷宮はだいぶ楽しめるように改築いたしました!》
ずいぶん待っていたようだ。物凄く嬉しそうに俺に報告してくる。
《悪いね。任せっきりにしちゃって》
《君主様の楽しみは、私の楽しみでもありますよ。ふふふ》
《そりゃよかった。だがちょっと困ったことがあってな》
《どうされました?》
《ファートリア地内の光柱あったろ?》
《ありましたねぇ》
《光柱から魔力の強い異世界人が湧いて来るんだよ》
《湧いて来る!それはおもしろい!》
《ま、まあな。それでお願いなんだが、その異世界人にリュート王国の地を、どんな手段を使ってもいいから踏ませないでほしいんだ》
《なんだ、そのような事でございますか。容易いことでございます》
《容易い…そうか。ならやってくれ》
《はい》
《たださ、出来ればでいいんだが、生きたまま捕獲してくれるとうれしい》
《そうですかそうですか!わかりました。きっと君主様はなにか楽しい事をお考えなのでしょう?ふふふふ》
《ま、まあそんなところだ。とにかくよろしくな!》
《喜んで!》
居酒屋のオーダーの時のような返事が来た。まあアスモデウスは凄いデモンらしいから、そんなことは簡単なのかもしれない。とりあえずあいつに任せておこう。
「森だぞラウル」
「ああ」
南の収容所を通過するとまもなく二カルスの森が見えて来た。二カルスの森に入ればすぐに基地が見えてくるのだった。
《ティラ、まもなく到着する。逃げてきたやつらを集めておいてくれ》
《はい》
エミルはオスプレイを降下させていく。
《さすがどんな時でもエミルの操縦テクニックは神がかっている。いやエミルは神だから神がかっているはおかしいか…》
俺達がオスプレイを降りるとティラと魔人達が集まって来た。人間も数名混ざっているが、ファートリア神聖国で俺達が魂核をいじった奴らだった。
「これで全員か?」
「全員です」
「そうか…」
ここに十数人しかいないと言う事は、200人近い人間と、それを見守っていた魔人達が殺されたかもしれないということだ。間違いなく、その転移者もこちらの世界に適性がある者だろう。
「二カルスの森林内には既に偵察の魔人を出してます」
「なるほど。トレント達は協力してはくれないのかな?」
「この騒ぎが起きてから、彼らは来ておりません。何かを感じ取ったのでしょうか?」
「まったく、使い物にならん木だな。使えなかったら燃やしていいぞ」
「まったくです」
ティラが手をひらひらとさせて、すかした顔で言った。
「まだ人間は網には引っかかってないのか?」
「今のところは」
「了解だ」
どうやら異世界人は二カルス大森林に追って来てはいないようだ。もしかすると大量の魔獣に嫌気がさして、入ってこないのかもしれない。木々の上を移動するなんてことは、転移者には出来ないだろうから当然だ。
「南の収容所の光の柱が消えていたよ」
「やはり関係しているのですか?」
「ああ、ティラ。恐らくは光柱が原因とみて間違いない」
「ハイラたちのような人たちですか?」
「恐らくはな。今回連れて来た少年もその類だ。かなりの魔力を保有しているから要注意だな。今はシャーミリアとファントムとマキーナが交代で見張っている。アナミスは万が一の時の為の要員だ」
「わかりました」
「偵察に出た魔人には何と指示をだしている?」
「発見した場合、手を出さないで戻るように言ってあります」
「了解だ」
ティラはすっかり指揮官ぶりが板についているようだ。この二カルス大森林には2次進化以上の魔人もいるし、トレントとの訓練もあるというのによくやっている。
「とにかく逃げて来た奴らは、手厚く保護してくれ。しばらくは何もさせなくていい」
「わかりました」
「その前に逃げて来た魔人を一人連れて来てくれ」
「はい」
二カルス大森林には屈強な二次進化魔人の兵士たちがいる。シャーミリアの試験を突破した奴らは、既に前線に行っているころだ。異世界人がここに攻め入ってきてくれれば、事態を収束させるのは楽だが、そう上手くいかないようだ。
「連れてきました」
ティラが、襲われた村から逃げて来た魔人を連れて来た。
「疲れているところ悪いな」
「いえ!ラウル様に再びお目見えできるとは光栄です」
「よく生き延びてくれた。何があったか説明できるか?」
「は!自分たちが村で作業をしている時でした…」
一般の魔人兵が当時の様子を説明しだした。
日常的な村の復興作業や、魔獣の狩の準備をしていた時だったそうだ。急に村の外が騒がしくなり駆けつけて見ると、何人もの魔人や人間が既にやられていたそうだ。相手は見慣れない服を着た3人組で、特にそのうちの1人が強い魔法で暴れ回っていたらしい。魔人と魔法使いたちでそれをおさえようとしたが、次々にやられてしまった。全滅を逃れ、俺にそれを伝えるために二カルス基地に逃げてきたとの事だ。
「そうか、よく逃げ伝えてくれた。お前たちのおかげで俺は早く動けた」
「はい」
「とにかく今は休んでくれ。あとのことは俺に任せろ」
「お役に立てず申し訳ございませんでした」
「いやいや、十分すぎるほど役に立ってる」
「ありがとうございます」
そういって魔人は下がっていった。
「先生、間違いないですね」
「そのようじゃな」
「なんというか、光柱の発動は一斉にじゃないのですね?」
「もしかするとじゃが、光柱が出来た年月も関係しとるかもしれん」
「古い物からある柱と言う事ですか?」
「もしくは距離的な問題かもしれん」
「ハイラさんとの?」
「あくまでも推測じゃ。発現条件は全くわからんのじゃ」
「そうですか」
そりゃそうだ。いかに大賢者とはいえ、こんなことは前代未聞だろう。いきなり起きた未曽有の出来事に、どう対応したらよいのかわからないようだ。
「ラウル。悠長なことを言っていられない事だけは確かじゃの」
「はい。すぐに動きます」
「すぐに伝達したほうが良さそうじゃぞ」
「はい」
先生に言われるまでもなく緊急事態だった。ファートリア全域にその脅威が広がっている。それを正確に知っている幹部はドラグだけだ。ひとまず近場にいる二カルスにいる奴らに伝えなければならない。
《ルフラ、ドラン、ルピア》
《《《は!》》》
《詳細は聞いているか?》
《はい。既にティラから通達をもらっています》
《最前線から、ラーズとミノスを呼んでくれ》
《は!》
《ルフラとルピアは俺達に合流しファートリアに潜入する》
《《は!》》
《ドランとラーズが中継地点に、ティラとミノスが二カルス基地を防衛するように》
《《《《は!》》》》
《相手は異世界の人間である可能性が高い。すでに魔人が11名死んでる。極力生け捕りを考えているが、自分たちの命を最優先にしてくれ。仕方ない時は殺害しろ》
《《《《は!》》》》
こればかりは仕方なかった。これ以上自分たちの仲間を殺させるわけにはいかない。正体不明の敵に、ドラグたちも判断を鈍らせたのだ。先に殺害指示を出しておけば、無理をせずに自分たちの命を優先させるはずだ。俺の指示は絶対だから、かなり状況は変わってくるだろう。
《そしてラーズとミノスを要請する際に最前線に伝えろ。光柱からは異世界の人間が出現すると、それらは強大な魔力を持っている可能性があり、こちらの部隊はその対応に追われている。だが最前線も気を緩める事が無いように、引き続き警戒態勢を取ってほしいと》
《は!》
ドランが答えた。ルフラとルピアは既にこちらに向かって動き出しているらしい。
《では全員、急ぎ準備にかかれ》
《《《《は!》》》》
念話を切る。
「じゃあティラ、ルフラとルピアをヘリで迎えに行って来るよ。既にこっちにむかっているようだから、途中で落ち合うだろう」
「わかりました」
「ミリア!ファントムお前達だけついてこい!」
「かしこまりました」
「……」
「じゃあ先生達はここで待っててくださいますか?」
「わかったのじゃ」
「カティは万が一の回復要員としてここにいてくれ」
「はい」
そして俺は再びエミルとケイナと共にオスプレイに乗り込んだ。ファントムも一緒に乗り込み、シャーミリアがオスプレイの警護につく。
オスプレイが飛んで1時間ほどでルフラとルピアを発見した。街道に着陸してすぐに彼女らを回収する。やはり二カルス大森林はかなりの広さを持っている。すでに二カルス基地からは500㎞くらいはなれているのだ。
「すまないな」
「いえ!ラウル様!一緒に動く事が出来てうれしいです」
ルピアがキャピキャピと喜んでくれる。ふわふわした銀のショートボブの髪と、長いまつ毛が可愛い美少女だ。巷では殺戮天使と呼ばれているとか呼ばれていないとか。
「カトリーヌは元気ですか?」
「もちろんだ。また彼女と一緒に行動してほしい」
「もちろんです」
透き通るような青く長い髪の毛とブルーの瞳が美しい。スライムなので人型以外にもなれるし、俺にも化ける事が出来るが基本はこの姿だ。彼女はカトリーヌを包み一緒に戦う事が出来る。前線に常に回復要員がいるのはとても心強い。
「じゃ行くぞ」
そして再びオスプレイが二カルス基地へと飛んだ。
《ラウル様!》
飛ぶオスプレイの中でティラからの念話が入る。
《どうした!?攻め入られたか?》
《いえ、違います。スラガから念話が入りました》
《内容は?》
《正体不明の敵が出現し、交戦したもようです》
《相手は?》
《強力な魔法を使ったようです》
《それで?》
《ラウル様の意志を考え、捕獲しようとしたが不可能だったと》
《倒したのかな》
《逃亡したようです》
《了解だ》
念話を切る。
「エミル。やはりファートリア地内に出たみたいだな」
「そりゃそうだよな…あれだけ光柱があるんだ、あの少年だけなわけがない」
「スラガで生け捕り出来ないとなるとかなり厄介だぞ」
「まったくだ…異世界人。本当に厄介だな」
「だけどスラガは見た目は日本人の少年なんだがな。何で戦う事になったんだろ?」
「確かにな」
未進化の魔人ならいざ知らず、スラガは人間の見た目をしている。なぜ戦ったのか?スラガに詳しく聞く必要がありそうだ。とにかく俺達は二カルス大森林基地へと急ぐ。
《ティラ。とにかく到着と同時に出発する。あの少年も連れて行くぞ、二カルス基地で暴れられても困るからな》
《わかりました。皆に伝えます》
ティラが皆の準備を手伝ってくれるだろう。彼女はそう言う気配りが出来る子だ。二カルスに到着すると、既にヘリポートにはみんなが揃っていた。
俺、エミル、モーリス先生、シャーミリア、マキーナ、ファントム、アナミス、マリア、カトリーヌ、ケイナ、エドハイラに、ルフラ、ルピアと少年が加わる。少年は未だ口を開かず、不気味におとなしいが、何をしでかすか分からないので置いて行く事は出来ない。
燃料の都合で新しいオスプレイを召喚した。
「じゃあティラ!二カルス基地を頼んだ」
「はい」
俺達はティラに見送られながらファートリア地内へと、とんぼ返りで戻っていく。特に心配なのは光柱の大量に生えていた聖都で、サイナス枢機卿や聖女リシェルが心配だった。もちろんケイシー神父もだが、頼みの綱はカーライルと魂核をいじった異世界人。俺達はまずスラガと合流するべく東へと飛ぶのだった。