第629話 中二死に物狂い ~芦田礼一郎視点~
3回連続お正月特番最終日
俺はテンションMAXだった。恐らく俺は選ばれた人間で、この異世界に英雄として呼ばれた存在に違いない。既に魔物を倒して人間達も助けている、これは俺の英雄譚の始まりだ。大好きだったゲームの世界に来たようなものだ。
「あは、はははは」
どうしても笑ってしまう。あんなに無力だった俺が、こんなパワーを持っているなんて信じられない。
「やったー!やったぞ!」
つい大声をあげてしまった。ジェット走法でしばらく進むと遠くにまた光の柱が見えて来た。
《あれはいったい何なんだろう?俺が進むべき道を示している道しるべだろうか?とにかく慎重に草原から行くか》
俺は街道から逸れて、草の深い草原へと身を潜めた。
《いきなり魔物に襲われたらたまらないからな》
草むらを光の柱の方に進み始める。
《あれ?》
なんか足裏のジェットが急に切れて来たように感じる。それと同時にふらついて来た…
《どうしたんだ?いきなりクラクラして…》
パタリと倒れてしまった。
《ヤバいぞ。なんか体に力が入らない…》
仰向けになって空を見ると、すでに陽が暮れてきたようだった。
《まずい…気を失いそうだ…とにかくこんな草むらで気を失ったら、魔物に襲われて死んでしまうかもしれない…とにかく…》
俺は慌てて周りの草をむしって自分の体にかけて行く。とにかく体を隠さなければどうなるか分からない。必死に草をむしっていたが…眠気に負けてしまった。
・・・・・・・・
ポツリ、ポツリ
俺の頬に何か冷たいものが当たる。薄っすらと目を開けると既に夜になっていた。どうやら俺は気を失っていたらしかった。そして俺の目を覚まさせたのは雨粒だった。かなり強めに降っているようで体が冷えているのが分かる。
「ふう…」
ゆっくり上半身を起こして自分の体を見てみる。どこも欠けている様子は無く無事だった。
「いったいなんだよ、いきなり眠くなって…でもスッキリしたみたいだな」
立ち上がると辺りは真っ暗になっており、雨がどんどん激しくなってきた。
「どのくらい眠ったんかな?」
遠くを見ると、光の柱はまだ何も無かったように立っていた。あれがあるだけで俺はどこに向かえばいいのか分かる。まるでゲームでもやっているかのようだった。
「とにかく行かなきゃ」
光に向かって進むと、遠方にまた同じ建物が見えて来た。間違いなくあそこに人間が囚われているに違いない。
《俺はもう逃げないぞ、この力で人助けをするんだ》
俺は再び体を隠すイメージをした。すると目の前に水のベールのような物が現れる。雨が降っているせいか、それを発生させるのは楽になった。そのまま建物の方に近づいて行くと、暗い中に何かが歩いているのがわかった。
《さて、どう料理する?》
俺は気持ちが大きくなっていた。余裕でそんな事を考えていると、更に雨足が強まり土砂降りになって視界が悪くなる。ここに何匹の魔物がいるのかすら分からない。
《とにかく、手当たり次第にやるしかないか》
バシュバシュバシュ!と音を立てて俺の力は、その蠢いてる者の方に飛んで行った。
「がぎゃぁ」
「うぐぅぅ」
どうやら2体ほどやっつけたようだ。そのままゆっくりと近づいてみる。
「えっ…」
俺は倒れているやつらを見て愕然とした。さっきのような魔物では無かった、人間のように見える。だがどことなく人間とは違うような雰囲気を発していた。
《もしかして…この世界の人間を殺した?》
土砂降りの中でその遺体を見て俺は急に現実に戻る。だがさっき助けた人たちとは、違うような気がする。
《まずい…》
誰かがやってくる音が聞こえたので、俺はその場から離れる。
《ヤバいぞ…》
草むらの陰から見ていると、大男と少年風の人がやって来た。遺体を見て慌てて口笛を吹いた。
ピィィィィィ!
すると何人もの奴らがこちらにやってくる。死んだ人間を見てあたりを警戒するように散開していった。間違いなく敵の襲撃があったと認識している。
《どうしよう》
雨足はさらに強くなっていき、視界が悪くなってきた。
《もしかしたら助けるべき人間を殺した?間違ったんじゃないか?どうしよう!さっきの人たちからも恨まれて殺されるかもしれない…》
パニックを引き起こしていた。とにかく後ろにも前にも進めないような状況に陥ってしまった。まずは冷静に事を運ばねばならない。幸いにも雨足が強くなり視界が悪い為、こちらには気が付いていないようだった。しかし俺も真っ暗で身動きがとれなくなる。
《どうする。このままこっそり逃げるか?そして彼らの知らない場所で人間を見つけようか。きっと人間を殺したら重罪だと思う、前の世界よりも罪は重いのかもしれない。でも間違いだったと許してもらえるかも…》
優柔不断な性格もあり、俺はそのままその場所で悩み続けた。そうしているうちに叫び声のような怒号が聞こえるようになってきた。
「ガチガチガチガチ」
恐ろしくて歯が鳴った。あの恐ろしい声は絶対人間の物じゃないと思う。次第に雨足が弱まって視界が通って来た。あの光の柱のおかげであたりは薄っすらと青く照らしだされる。
その薄暗闇の中に立っていたのは…
《ん?》
俺は違和感を覚えた。
《よく見えないな》
俺は水のベールをまといながら近づいてみる事にした。なんとなく彼らのシルエットに違和感を覚えたからだ。近くにそっと近づいて草むらに隠れて目を凝らした。
《まさか…》
あり得ないものが俺の目に飛び込んで来た。
《間違いない。あの人たちが持っているのは銃だ、機関銃とかそういうもんだと思う。ということは何らかの方法で異世界にゲートを開けて、俺を救助しに来てくれたのかもしれない。絶対に米軍の特殊部隊とか何かだ…どうしよう。米軍を殺してしまった》
俺はどうするべきが分からなくなってしまった。だがこのままここにいたら、死んでしまう可能性が高い。ましてや俺があの凶行を行ったという証拠もないし、何の力も無い日本人の中学生を怪しむことは無いだろう。
《黙ってれば分からない…》
そして俺は思い切って水のベールまとったまま、米兵に声をかけて見る事にした。
「あのー!すみません!助けに来てくれた人ですか!」
声を張って尋ねると、一斉にこちらに銃が向いた。無理もない、いきなり声をかけた俺が悪い。米軍とはいえこちらの魔物は脅威だと思う。銃をぶっ放されなかっただけでも良しとしよう。いきなり日本語で語り掛けてもわからなかったかもしれない。
「プリーズ、ウエイト!」
俺の声に兵隊たちはこちらに銃を向けて警戒しているようだった。もしかしたら俺は大きな過ちを犯してしまったかもしれない。この人たちが米軍だと、なんで勝手に思ってしまったんだろう?もしかしたらテロリストの類かもしれなかった。
《でも…生きて帰るにはここで大人しくして、向こうの世界に戻ったら力を放出して殺して逃げればいい》
「ドント、キル!」
俺が叫ぶが、皆が俺に向かってじりじりと近づいて来た。
《まずい…殺される…とりあえず俺を捉えてはいないようだし…このまま逃げた方がよさそうだ》
俺が振り向くと、そこには既に5人の兵隊が忍び寄ってきていた。
《えっ…》
いつの間にか俺は囲まれていたのだった。間違いなく特殊部隊のような人たちだと思うのだが、完全に殺すか捕らえるかしてる動きだった。
《1,2,3,4,5…後ろは5人か…ならば突破して、ジェットで逃げるしかない》
身動きをすれば、すぐに見つけられそうな気がしたので、後ろから忍び寄るやつらが近づいて来るのを待った。
《いまだ!》
シュババババババ!凄い風切り音と共に、5人の腕や首が飛び倒れていく。それと同時に後ろから銃声が聞こえ始めた。
パラララララ
パラララララ
パラララララ
バスッ
バシュ
《ぐううううう!》
俺の肩と腰のあたりに、焼けた鉄の棒がツッコまれたような激痛が走る。どうやら弾丸が当たってしまったようだった。それでもひるむことなく一気にジェットで逃げ切り、深い草むらへとふせるように倒れた。
「んぐっ、ふぅふぅ、ううう」
思わず声が漏れてしまった。すると向こうから兵隊たちがこちらに追ってくるのが分かる。俺はたまらずそいつらに向かって無我夢中に、裂ける力を放出した。あちこちで血がはじけ、兵隊たちの突撃は止まったようだった。
《痛い‥‥痛いよう…痛い…》
兵隊たちが奥の草むらに消えていくのを確認して、俺は再び反対方向へとジェットで走り始めた。だが腰の傷は思いの外深かったようで、足に暖かい血が流れていくのが分かる。
「くそ!なんで、銃なんかあるんだよ!なんで撃たれるんだよ!俺はまだ中学生なんだぞ!くそ!くそ!くそ!」
とにかく必死だった。このままではあいつらに捕まって殺されてしまうだろう。
《訳も分からないうちに殺されるなんて嫌だ!とにかくさっき助けた人たちの下へ!俺が助けたんだから、きっと逆に助けてくれるに違いない!》
雨は既に上がっていた。視界も晴れてきており、まだ陽は上がっていないがなんとなくあたりが分かるようになっている。しばらく草原を進み続けると彼らがいた。俺は水のベールを取り去って姿を現し、さっきの男たちの前に倒れ込む。
「おい!大丈夫か?」
「怪我をしているのか!」
「何があった?」
いきなり質問攻めにされるが、何を答えたらいいのか分からなかった。
「たぶん…はぁはぁ。同郷のやつらに攻撃されたと思います」
俺はさっきとは違う。今はもう守ってもらう側の人間だ。明らかにこの人たちの方が年上だし、やはり敬語で礼儀正しくして助けてもらわなければならない。
「酷いやられ方だな」
「あ、あの。すぐに治る薬とかありませんか?」
「これだけの怪我だからな、王宮に収めるような高級ポーションでもないと無理だろう」
「高級ポーション!ポーションがあるんですか?」
「いや…俺達はもってねえよ。さっき牢獄から助け出されたばかりだからな」
「そんな…」
「とにかく休め。おい!だれか水を汲んできてやれ」
そして男の指示で誰かが水を汲みに行ってくれた。雨が降ったばかりなのでそこらに水はあると思うが、なんでもいいからとにかく飲みたかった。
「ごくごくっ」
俺は差し出された水を飲み干した。
「あんたの力でもダメだったか…」
「いえ、もっときちんと作戦を立てればよかった。ただ突っこんでいった結果がこれです…」
「戦いは素人って事か」
「はい。実のところ力はあっても戦い方を教わってはいません」
「そうか…。何にせよあんたの力は必要だ。こんなところで死ぬんじゃねえぞ」
「はい」
そして俺はずるずると両肩を抱かれて、草原に生えた木の下へと連れて行かれた。俺を寝かせて男たちもその木の下に座り込む。これで雨はあたらなくなった。
「雨も上がって来たし、日中はあったかくなるんじゃねえか?」
「は、はい」
失血のせいか、俺の体温はかなり下がっているようだった。だんだんと震えがくる。さっきの戦いの恐怖なのか、失血の為の震えなのかもわからなかった。
「おい!だれか上着をかけてやれ」
男が一人やって来て俺に上着をかけてくれた。
《この人たちは良い人達だ。やっぱりさっきの魔物が悪い奴らだったんだ。だけどなんで銃があるんだ?剣もあるけど、銃もある近代的な世界なのか?痛い…意識が…》
意識を保つのが厳しくなり、俺は目を瞑ってまた寝てしまった。
・・・・・・・・・・
「な、なんだこれは!」
「う、うわああ逃げろ!」
「敵だああああ!」
俺はその叫びのせいで目が覚めた。気がつけば辺りは煙で真っ白になっており、俺の周りにいた男たちは俺を置いて一目散に四方に逃げ去ってしまった。
《置いて行くのかよ…》
パラララララ
音が聞こえる。恐らくは銃の音だ…
《奴らが追って来たんだ》
俺は直感的にそう思った。逃げようとしていた男たちが、3人ほど倒れ込んでいるのが見える。
《に、逃げなくちゃ…殺される…》
木につかまって立ち上がり、俺はよろよろと歩き出した。
《とにかく逃げなくては》
俺が木から出て痛い体を引きずって走り出す。とにかく少しでも遠くへいかなくては。
パンパン!
「うぐっ」
足に激痛がはしる。足を撃たれたようだった。
《くそ!》
俺は倒れ込む前に咄嗟に水のベールを張った。とにかく敵の視界から消えれば逃げる隙もできるだろう。
パラララララ
パン!パン!
遠くからも銃声が聞こえて来る。どうやら逃げて行った人間達も攻撃をうけているようだ。それで俺の精神の糸は切れてしまった。よくここまで頑張ったと自分を褒めてやりたい。
《もう…ダメだ動けない…》
そう思った俺は仰向けになり、出来る限り力を放出しまくって最後にあがこうと思った。
《俺の力を出来る限り放出してやる!》
俺のあがきは2回ほど力を放出しただけで一瞬で終わった。いきなり俺の体に恐ろしい重さがのしかかって来たのだ。何が起きたのか全く分からなかった。
「どぐぅ」
変な声が出た…もうベールを張る事も出来なかった。体を強く押さえつけられており、身動きを取る事が出来なかった。よくよく俺を押さえつけている物を見ると…
信じられない…
ドレスを着た絶世の美女が、機関銃をもって俺の体にサーフィンでも乗るかのように立っている。こんな美人はアニメでも見たことがない。
俺が痛みも忘れてその女に見とれていると、白髪で赤目の少年が現れる。少年はカプセルのような物を取り出して、俺の腰と肩に液体をかけた。驚いた事に体の痛みが消えていく、これがさっき助けた人間が言っていたポーションかもしれない。
「は、はあはあ…助けに来てくれたんじゃないのか!?」
俺はその白髪に言う。
「助けに?俺がお前をか?」
「だってそれは!」
俺は銃を見て言う。女はどう考えても、自衛隊かアメリカ軍が使っていそうな機関銃を持っていた。しかしそれ以上は何と言っていいのか分からなかった。恐らくこいつらは俺を助けに来た奴らじゃない。助けに来たのならば、こんなサーフィンみたいに俺に乗ったりしない。
《殺してやる!》
そう思った瞬間だった。俺に乗っている女が恐ろしいほどの重量になって、俺を潰して来た。
《ぐっぐぐぐぐぐ!し、しぬ!》
「ミリア、息が出来ないようだ。少し緩めてやれ」
「しかし」
「少年、何かおかしなことをしたら殺すぞ」
スッと重さが緩む。
「ゴホッゴホッ!」
《くそ、力が入らない…》
「貴様、魔法を使うそぶりを見せたら額に穴が空くぞ」
乗っている女が、この世の物とは思えない美しい声で脅して来た。俺は頷くしかなかった。それからしばらくの間、俺は尋問された。向こうの世界の事と、こっちに来てからの事。根掘り葉掘り聞いて来るので、だんだんムカついて来た。
「そうだよ!なんでずっと質問するんだよ!俺はまだ中学生なんだ!守られる対象だろ!」
ムカつきが爆発して思わず大声で叫ぶと、再び女の重さが尋常じゃなくなる。まるで妖怪こなきジジイのようだ。
《む、胸が潰れる。あばらが‥折れる…死ぬ!》
「緩めろ」
「ごほっ!ごほ!」
「勝手にしゃべるな。お前には話す権利は無い、ご主人様が許可を出した時だけだ」
美しい女はとにかく恐ろしかった。そもそもこいつはどこから俺に襲い掛かって来たんだろう。全く見えないのに、いきなり俺の上に乗っていた。
長かった尋問が終わり俺の上から女がどけてくれた。そして白髪の少年が倒れている男の下へと歩いて行き、無造作に足に拳銃を打ち込んだ。躊躇も情け容赦もない恐ろしい少年だった。男達に何かを話しかけ、目の前で足に鉄条網を括り付け始めたのだった。
《サイコパスだ…》
それを見た俺はもう抵抗する気は無かった。するとまた急に黒髪の美しい女が現れて、その少年の命令を聞き始める。目を疑ったがその女は大の男を、縄に括り付けて引きずって走って来たのだった。
ドドドド!
さらに凄い足音と共にいきなり地獄が出現した。俺は本能的にそれを悟り、がくがくと震えてしまう。ホラー映画でもこんなヤツ見たこと無いような気がする。そこにはこの世の終わりを具現化したような怪物がいたのだった。そしてそれが男たちを鷲掴みにするのを見た…まるで胡瓜でも持つように。
俺を運んでくれるのが、美女二人で良かった。心からそう思うのだった。
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