第628話 風使いの冒険者 ~芦田礼一郎視点~
3回連続お正月特番
いきなり見知らぬ草原に飛ばされてしまい右も左も分からない。とにかく何かの役に立つかもしれないので、足元にあったボロボロの皮の服のような物と剣を拾った。革袋には硬貨のような物が入っている。
「さて、ウィンドゥみたいなの開かないかな?」
手元で空中にいろいろと操作して見るが何も起きなかった。どうやらここはラノベやゲームの世界とは違うらしい、何も無い場所にいきなり出てしまったようだ。
「…まずい!まずい!まずい!」
俺はうろたえ、そこらをウロウロしてしまう。だってこんなところに放り出されて何の力も無いなんて、死ねと言われているに等しいと思う。
「にっ人間とかいないのか?」
周りを見渡すと、だいぶ向こうの方に何やら光の柱のような物が見える。もしかしたらライトが上に向いて照射されているのかもしれない。
「よし」
俺は黙々と歩きだした。その光の方向に行けばきっと何かあるはずだ。左手の遠い場所には森があるようで、高い木々がそびえたっている。森は前後にどこまでも広がっていた。
ワォン…
‥‥気のせいか?
何かが聞こえたような気がして俺は周りを見渡した。特に変わった様子は無かったので、とりあえずそのまま光の柱に向かって歩いて行く。
「なんだこれ」
光の柱にたどり着いたが、それはただ地面から生えており、空高くまで昇っているようだった。ライトのような物はどこにも見当たらない。近づいて様子を見てみることにする。
「んー、なんだろ。てか骨?ここにも服があるようだけど」
周りを見渡してみると、離れた場所にも同じような光の柱があった。すぐそこに行ってみるが同じように光の柱が上っているだけで、そこにも骨と服のような物があるだけだった。
「なんもない。てかこれ以上は物を持てないし、拾わなくてもいいか」
ゲームにあったようなアイテムボックスのような物があるわけでもなく、剣もそこそこの重量があるため何本も持っていけなかった。しかもでっかい鳥のような骨まであるし、もしかしたら鳥に襲われて死んだ人間なのかもしれない…
「…えっ」
俺は急に恐怖に襲われる。そんな恐ろしい怪物が来たらひとたまりもないからだ。俺は剣を使えるわけでもないし、そもそもただの中学生なのだから。
ガウガウガウガウ!!
気が付くと、森の方から黒くて大きい牛のような動物が数頭走ってくるのが見えた。
「うわ!」
とにかくひたすら走り出した。しかし明らかに大きい牛の方が足が速く、あっという間に追いつかれてしまう。俺は剣を握って振り向いた。
「なんだ…」
俺の目の前にいたのは牛くらいの大きさの、牙と角が生えたジャガーのような生き物たちだった。いきなり飛びかからずに、囲んでガウガウと吠えている。俺の手は震え足もガクガクだった。どうあがいても死しか見えない。
「く、くるな!」
俺が前に後ろに剣を振りまわすが、その巨大クロヒョウは右に左に動いて様子を見ているだけだった。獲物を品定めするように…どう考えても詰みだ…
「し、死にたくない!」
俺はふと、屋上から落ちて行った貴晴のことを思い出す。あいつは俺をかばうセリフを叫んで、屋上から落ちていった。3階の屋上なので死んでしまったかもしれない。
なんだ…なんでこんなことに!踏んだり蹴ったりだ!
「くるなぁ!」
俺はブンブンと剣を振る事しかできずに、巨大クロヒョウを威嚇する。だが、その均衡が破れるのはすぐだった。巨大クロヒョウはその巨体をものともせず、5メートルも上空に飛んで俺に襲い掛かって来たのだった。無我夢中で剣を振るが、その剣は弾き飛ばされて巨大クロヒョウに組み敷かれるような体制になった。
「くそおぉぉぉ!」
その巨大クロヒョウの吐息が顔にかかった時、俺は走馬灯のようにいじめのシーンがよみがえって来た。にくいあいつらの顔が。
「くそ!離れろ!バケモノ!」
恐らく何トンもあるだろうそのクロヒョウに対し、俺は力いっぱい叫んで腕の下から振り払うように念を込めた。
バシュッバシュッ
プッシャァァァァァァ
「えっ?」
ビチャビチャビチャビチャ
俺の体におびただしい血が降り注いできた。そしてクロヒョウの体が左右に分かれて倒れ、俺の目の上には青空が広がった。
「あれ?」
その場に立って周りを見渡すと、クロヒョウたちは警戒して俺に近づかないようにしてるようだ。まだ俺を狙っているようにぐるぐると回っている。とにかく今はここを突破して逃げるしかない、そう思った俺はさらに先に向かって走り出す。すると一頭の巨大クロヒョウが目の前に立ちはだかって吠えた。
「くっ」
必死だった。とにかくその巨大クロヒョウをどけようと必死で、拾った剣を振りかざして突っこんでいく。だがまたその剣が弾かれてしまった。
「くそ!」
バッ!巨大クロヒョウがかかって来た。俺はまた、そのクロヒョウを押しのけるように手を向ける。
バシュッ
プシャァァァァァァ
またクロヒョウの体が血を噴き出し裂けた。俺はそのままその巨大クロヒョウの間をすり抜ける。とにかく走った、走って走って走り続けた。俺が振り向くと既に巨大クロヒョウの群れはいなくなっていた。どうやら俺の後をついては来なかったらしい。
「はあっはあ、はあ、はあ。気持ち悪い」
血で濡れた顔をぬぐうが、その血はものすごく粘っこくて取れない。俺は自分に起きた事が分からなかった。落ち着いて来たのでまた周りを見渡してみる。するとだいぶ先の方にさっきと同じ光の柱が見えた。
「あれも、きっと同じなんだろうな」
呆然としながら光の柱を眺める。ただ地面から生えている光の柱…いったいなんだ。そして…
「てか、さっきのあれ…なんだ?もしかして力?」
さっきの巨大クロヒョウを斬り裂いた事を思い出してみる。とにかく無我夢中であれをどかそうとした。そして何か手からほとばしったように感じた。
「超能力かもしれない」
俺は再び手をかざして周りの草むらに集中する。その草を千切るイメージを周りに広げてみた。
スパッ!スパッ!スパッ!
草が円形に切れて倒れた。
「うわ!」
間違いない。俺は超能力を手に入れたのだった。まるでアニメやラノベのように、こっちに召喚され恐ろしい能力を手に入れたのだ。
「すごい!凄いぞ!俺は凄いんだ!」
周りの草をとにかく千切り倒し、綺麗に俺の周りは円形になっていく。どうやら俺は、なにかを切る能力を持っているようだった。これならば何も怖く無かった。さっきのようなバケモノも一発で斬り裂く事が出来る。
「ふうふう」
とにかく光の柱に向かって歩くが、だいぶ距離があった。気づけば喉がカラカラな事に気が付いた。軽く疲労感が襲って来る。
「み、水…」
パシャ
「えっ?」
いきなり空中から水が出た。
「水」
パシャ
出る…
俺は自分の頭の上にそれをイメージしてみた。
「水」
ザバッ
俺の頭の上で水が爆ぜて体の血を洗い流していく。俺は口を上に向けてまたイメージして見る。
パシャ
ゴクリ
問題ない。水だった、俺はいきなり水を呼び出してしまったのだ。間違いない!俺の好きなゲームのキャラクターのようだ。子供の頃に見た自然現象を操る魔法使い。子供のころ憧れたスーパーヒーローの能力を身に付けていたのだ。
「やったぞ!やった!」
これなら…あの阿久津だって怖くない。そしてあの先輩だって怖くない。この力があれば貴晴を裏切ることだってなかったはずだ…
「はあ…」
俺の胸はズキリと傷んだ。あの時、貴晴は俺をかばおうとして屋上の柵から落っこちたんだ。それなのに俺はあいつを売ろうとした裏切者だった。
「今はそれを考える余裕がないか…。とにかく、このままじゃ何もせずに死んでしまう」
俺は再び光の柱の方へと向かって歩くのだった。しかしその足取りは重く精神的疲労があるのかもしれない。
「くそ!足にジェットがついていればもっと楽なのに、あのキャラクターみたいに」
俺がそうぼやくと、体がふわりと浮かんだ。そして歩くたびに滑るように体が前に動く。まるでアイススケートをしているように速く移動する事が出来た。
「す、すごい!なんでもできるじゃん!」
一気に光の柱のある方まで進んでいく。草むらをかき分けてもう少しで光の柱と言うところで俺は足を止めた。そこにはどうやら建物があるらしい、どう見ても人間が建てた建造物のように見える。
「人間って…いるのかな」
そう呟いてみていると、どうやら建物の周りに人らしきものがいるようだった。何かを見張るようにウロウロと歩き回っている。
「いた!」
そう言って近づこうとした時だった。
「うっ!」
建物の陰から、牙を生やしたゴリラよりはるかにデカい化物が出て来た。
《なんだよ…あれ…》
何か分からないが、鬼のようなゴリラのような豚のような物が歩いている。間違いなく見つかったら食われてしまうだろう。よくよく周りにいる奴らを見て見ると、それも人間じゃないようだった。
《あれ…ゴブリンじゃん》
確定だった。この世界は間違いなく、あのラノベやアニメで見た異世界だ。ゴブリンや鬼みたいなやつらが建物を守っているのだった。一体何を守っているのかは分からないが、さっきの巨大クロヒョウよりは弱そうに見える。普通は序盤に強敵は出ないがこれは現実、きっとゲームのようにはいかないのだろう。
《でも、あいつらをやればレベルアップとかしちゃうんじゃないかな?このままじゃ生きのびれそうにもないし、何とか退治できればいいんだけど》
ゲームのようにはいかないと思いながらも、俺は既にゲームの感覚に陥っていた。間違いなくゴブリンと鬼は敵だ。俺は敵を倒しレベルアップをして、強い敵とも戦えるようにしておかないといけない。きっとこれから強敵と戦わなきゃいけなくなる、ゲームやラノベじゃ弱い魔物から倒すのはセオリーだった。
「来た…」
何かを見回るように、一体のゴブリンがこっちに近づいて来た。
《気づかれた?》
後ろにもぞろぞろと魔物が見える。
《ヤバイ!》
汗が額から流れ落ちる。だが俺にはあの力がある、恐れる事は無い。草むらから手向けて先頭のゴブリンに向けて、攻撃のイメージをした。
シュパッ!
一瞬でゴブリンの足と手がきれて地面に倒れた。すると他の魔物たちが一斉に騒ぎ出し、そのゴブリンの所へとやって来た。
《気づかれる!隠れなくちゃ!》
そう思った瞬間、水のベールのような物が俺の周りを囲っている。どうなっているのかは自分では分からないが、もしかしたらこのまま逃げられるかもしれない。
《でも…また逃げるのか?俺は力がある。力が無かったあの時とは違う!もう逃げない!》
無我夢中で草むらから踊り出て、魔物に向かって力を振りかざした。次にこちらに迫って来たデカブツの首が飛んだ。
《あんなデカブツも一発!やれる!》
それからはもう戦いでは無かった。蹂躙と言った方がいいかもしれない。無茶苦茶に力を振り絞って魔物の中心に入り、四方八方に力を振るった。ビチャ。気がつけば俺の足元には魔物の血がたまっている。もう動くやつはいない。魔物の残骸の中を俺は建物に向かって歩いて行くのだった。
《あとは…いないみたいだな》
建物にたどり着いたので、扉に手を当てて押してみる。
《びくともしない…》
引いてもだめだった。この建物はスルーしたほうがいいのか…だがやっとたどり着いた手がかりの一つだった。もしかしたらこの中に食料があるかもしれない。
《それなら力で》
さっきのように切れるイメージで力を振るう。だがその扉も壁も切れることは無かった…どうやら相当頑丈に作られているらしい。
《何か…破壊する方法は?》
俺はどうやら水を出せるし、物を斬り裂けるようだった。何かこれを組み合わせる事によって…
《そういえばウォーターカッターって言うのあったな。あれみたいなこと出来ないかな》
俺が手をかざして、その両方の力を開放するイメージを浮かべて見る。
ボグゥゥゥン
いきなり目の前が爆発した。何が起きたのか分からないが、目の前の壁が大きく崩れて穴が空いている。どうやら成功したようだが、中から魔物が出てくるといけないのでそこから離れて様子を見る。
「なんだぁ?」
「いきなり穴が空いたぞ?」
「助けが来たのか?」
中からぞろぞろと人間が出て来た。
《やっと人間に会えた…》
俺が呆然と立ち尽くしていると、その男たちが俺に気が付いて近づいて来た。どうやら敵対するようなことは無さそうだった。だが全員日本人じゃない…言葉は通じるのだろうか?
「ハロー」
俺が挨拶して見る。
「ハロー?ブラウン様と同じ言葉を使うのか?」
俺は相手の話している事が分かった。耳に入ってくる言葉は聞きなれないような気がするが、何を話しているのかはよくわかる。
「皆さんはこの魔物達から捕らえられていたのですか?」
そう話してみた。
「そうだ。もしかしたら助けに来てくれたのか?」
「結果、助けただけだけど」
「ありがとう!見たところ子供のようだが、相当の使い手なのだな?」
「ま、まあ…」
さっき使えるようになったばかりだけど。
「あの、もしかしたら北の方にも救出部隊は行ってるのか?」
救出部隊?なんのことだろう?俺はたまたまここに来ただけだった。
「よくわかりません」
「もしかしたら、あんた一人かい?」
「かもしれません」
「……」
男たちは考え込んでしまったようだ。何か悪い事を言ってしまったのだろうか?
「もしかしたら、あんたはアブドゥル様が差し向けた人じゃないのか?」
「知らない人です」
「てことは、冒険者?」
冒険者!ゲームのような言葉が出て来た。そうだ、俺は間違いなく冒険者になったのだ!
「そうです!」
「良く助けてくれた!ならここから北にも俺達のように、捕らえられているやつらがいるかもしれないんだ。助けてやってほしい!」
《でた!これはイベントだ。救出イベントが発生したんだ。凄いぞ!本当にゲームをやっているみたいだぞ!》
「いいだろう。場所を教えてくれ」
急に気持ちが大きくなってきた。俺はこの人たちを助けた英雄だった。
「まあ、道なりだが一緒に行こう」
「わかった」
「こ、これはあんたがやったのかい?」
魔物たちの残骸を見て男たちが言う。
「ああ」
「とんでもないな…」
「まあな」
「とにかく助けに行こう」
そして俺はその男達と一緒に、北へと向かうのだった。
「ふうふう」
「はあはあ」
「ちょちょっと」
男たちの足取りは重かった。どうやらあそこの牢屋にずっと監禁されていて、体力が落ちているとの事だ。そう言われてみると俺はこんな状況だというのに、それほど疲れてはいない。元々ゲームばかりして体力のある方じゃないはずだが、どうやら身体能力も向上したようだ。
「あの、とにかくこの道の先に行けば同じ牢獄があるんだな?」
「わからんが、恐らくはそうだ。同じ調査部隊が出たはずだからな」
「わかった。なら俺が先行し救出して来てやろう」
「一人で大丈夫かい?」
「さっきのを見ただろう?」
「分かった、任せよう。俺達も後を追って向かう」
「わかった」
そして俺はまた、足裏ジェットをイメージして進む。
「おお!すごいぞ!」
「英雄だ!」
「これで助かる!」
男たちが口々に叫ぶのを聞いて、俺の口角は緩んでしまうのだった。そう、俺は英雄になった。彼らは俺の英雄譚の生き証人になるのだろう。この世界はこれから俺の力を知る事になる。そう確信するのだった。