第627話 屋上から異世界 ~芦田礼一郎視点~
3回連続お正月特番
中学2年になったばかりのある日、俺は早く学校から帰りたくてそわそわしていた。楽しみにしていたネットゲームのサービス更新があって、課金してガチャを回すつもりだったからだ。
「礼一郎、今日もログインするんだろ?」
休み時間に友達が声をかけて来た。
「もちろん。今日はサービス更新だからな!絶対強いキャラと装備を手に入れる!」
俺はすこし興奮して大声になっていた。
「今でも十分強いじゃないか、課金しなくていいんじゃね?」
「もっと先まで行きたいだろ?」
「まあそうだけど、金もったいないだろ。あんま無理すんなって」
「いいんだよ。このために小遣い貯めたんだからな」
「お前がそれで良いならいいけどさ」
声をかけて来たのは中学1年からの友達の梶貴晴だ。小学校も同じ学校だったが、中学校で同じクラスになってから仲良くなったのだ。一緒にネトゲでパーティーを組んで遊んだりしている。よく家にも来るし親友と言っていいだろう。
「俺のキャラと装備が強化されたら、貴晴も一緒につれてってやるよ」
「うれしいけど。俺はそこそこでいいんだよな」
貴晴が気を使っている。
「まあそう言うなって」
「つきあえなくて、ごめんな。俺の母ちゃん足悪くしたろ?だから金貯めて、玄関とトイレに手すりつけてやるんだ」
「そういえば貴晴のかあちゃん、それでも仕事行ってんだろ?」
「親父がいなくなっちゃったから仕方ないよ。まあ、ろくでもない親父だったからどうでもいいけどな。ろくすっぽ働かないから、母ちゃんが働きどおしで足悪くしちゃったんだ」
「貴晴も大変だな。いまどき中学生で新聞配達なんてやってるの、貴晴くらいしかいないんじゃないか?」
「それもしかたないよ。中学生で出来る仕事はそれしかないんだから。自分で携帯を持てるようになったのも新聞配達のおかげだしな」
「まったく、お前は偉いよ」
「あと、まあまあ金たまったから、手すり取り付け工事を頼むつもりなんだ」
「母ちゃん喜ぶだろうな」
「たぶん喜んでくれると思うけど」
「そうだな」
貴晴は家庭環境が悪かったが、親を助けるために始めたバイト代で、俺と遊ぶために無理して携帯を買ったのだった。俺は芦田礼一郎、どこにでもいる一般の中学生男子だ。親から小遣いをもらい何の不自由もなく暮らして来た。それに比べたら貴晴は凄く偉いやつだった。
そして放課後となり、俺は貴晴に先に行くと伝えコンビニエンスストアに走った。貴晴は家のことで金がかかるし、俺が強キャラと武器を手に入れて、一緒に次のステージに進む予定だ。学校側のコンビニに行くと、ネットゲームで課金できるカードが売っていた。俺は思い切って20000円のカードを買う。出来るだけたくさん回して良いキャラを手に入れるつもりだった。
「よし!」
俺はコンビニを出て自宅の方に走り出した。路地を曲がったところで俺は足を止めた。
「よう礼一郎、そんなに急いでどこ行くんだ?なんか学校でいろいろ言ってたな?」
俺の前に現れたのはクラスメイトの阿久津だった。だがコイツとは仲がいいわけじゃない、というよりもどちらかといえばお近づきになりたくない相手だ。2年生でクラス替えになった時に、たまたま一緒のクラスになったやつだった。あとの2人は見たことが無いので、違うクラスのやつか違う学校の奴かもしれない。ガラの悪い、まとわりつくような視線が特徴の嫌なタイプだ。
「な、なんのことだ?」
「ガチャ回すんだろ?」
「だから何だよ!」
「おいおい、ずいぶん威勢がいな。お前がそんな口きいていい相手じゃねえぞ」
阿久津はチラリを後ろを見る。
「…とにかく、俺は帰るから」
横をすり抜けようとしたら、阿久津が目の前に立ちはだかって止めてきた。
「なんで邪魔す、グッ」
いきなり腹を膝蹴りされた。不意打ち的にみぞおちに入って、呼吸が出来なくなってしまった。
「まったく、弱ええ癖にイキがったってしかたねえだろ」
「ぐっ、はあはあはあ」
3人は狂暴な目つきで俺を見ていた。俺はパニックに陥ってしまう。いままで喧嘩なんてした事も無いし、相手は3人のごろつき風の学生。よく見ると後ろに立っているやつらは、阿久津より年上のように見える。
「とにかく、カード出せよ」
俺は大声で貴晴と話したことを悔いた。コイツは俺が課金する事を知って、このコンビニで待ち伏せしていたらしい。場当たり的なカツアゲじゃなく、俺を狙ってここにいたのだった。
「い、いやだ!」
これは俺が課金するために買ったカードだ。これで課金してキャラを強くして、貴晴と一緒に次のステージに行くためのカードだ。絶対に渡したくない。
ズド。
今度は顔面を殴られた。しかも何か棒のような物でだ。
ドサ
俺はたまらず地面に倒れ込んだ。目の前が暗くなるような衝撃に、どうしていいか分からなかった。と、とにかく体を守らなくちゃ!俺は亀のように体を丸めるしかなかった。
ドッ、バグッ、バガッ
そいつらは俺を数度蹴りつけた。
「ほら、そんな痛い目みる必要はねえだろって。カード出せよ、そしたらすぐに止めてやるから」
「わ、わかった。やめてくれ」
そう言うと、奴らはしゃがみ込んで俺を蔑むように眺める。俺は涙をためて阿久津を見返した。
「ほれっ」
手を出して来た。
「う、うう…」
「早く出せよ!」
恫喝されてビクッと委縮する。頭の中は怒りで一杯なのに、情けない声しか出せなかった。俺には何も出来ない…そしてこれ以上殴られるのは嫌だった。ポケットに入っているカードを取り出して、俺はそいつに差し出した。
「まいどありぃ」
くそ!頭では怒りが爆発しそうだが、体は震えて何もできなかった。
「おい、よこせ」
阿久津の隣にいた、偉そうな奴がそのカードを取り上げる。
「お!20000じゃねえか!ラッキー」
「よかったっすね!」
「おまえ今日から格上げな」
「え!やった!」
「とりあえず、これ無くなったらどうすっかね?」
その偉そうなやつが言う。
「ああ…そうっすね。おい、礼一郎。小遣いはまだあんだろ?これ無くなったら徴収な!」
なんで!なんで俺がこんな奴らに、こんなことをされなきゃならないんだ!くそ!怒りだけは猛り狂うように体を走りまわるが、結局…何もすることができなかった。
「じゃまたな、親とか学校に言うなよ。もし言ったら殺すからな!」
「そ、そんな‥‥」
そして3人はそこから立ち去った。俺は砂だらけになりながらそこにうずくまって泣いた。悔しくて悔しくて仕方がなかった。
「れ、礼一郎?」
俺の後ろから声がかかる。
「貴晴…」
「どうしたんだよ!何があった!」
「あ、あの。カード取られちまった」
「誰にだよ!」
「阿久津だ」
「クラスメイトのか?」
「他に二人、先輩みたいなのがいた。見たことなかったけど」
「くそ!学校に言おう!」
「だめだ。学校に言ったら殺すって言ってた」
「そんな…」
貴晴は俺よりもおとなしいタイプで、喧嘩とかはからっきしなやつだった。もちろんあいつらが、かかってきたら何も出来ないだろう。貴晴が俺に肩を貸して立ち上がらせてくれた。そして学生服についた砂ぼこりをはたいてくれる。
「怪我してるな」
「そうか?」
「血が出てるし痣もあるぞ」
「くそ!」
そのまま貴晴は一緒に俺の家に着き添って連れて来てくれた。
「とりあえず、病院行った方が良いんじゃないのか?」
「あ、頭を殴られたからな」
「明日は学校を休んだ方がいいよ」
「でも、親に何て言ったらいいだろう?」
「転んだって嘘ついたら?」
「そうする」
そうして貴晴は夕方まで一緒に居てくれたが、母親が帰ってくると言う事で急いで帰って行った。俺はゲームにログインする気にもなれずにただ部屋で寝転んでいる。親に夕ご飯の声をかけられたが、食欲もわかずにそのまま寝る事を伝えた。次の日、転んだと嘘をついて病院に行ったが、頭も骨も異常がなかった。診断内容は打撲と言う事で、特に注意する事もなさそうだった。
《学校に行きたくない…》
学校に行けばあいつがいる。だとまた俺はあいつらにやられてしまうだろう。
ブーブーブー、スマホのバイブが鳴ったので画面を見ると、貴晴からだった。
「はい」
「どうだった?」
「骨とか内臓に異常はないって、脳も問題ないらしい」
「良かった‥‥」
「あいつ…来てた?」
「いや、あいつも休んでたよ」
アイツと言うのは阿久津の事だった。あいつがいるなら学校に行きたくない。
「てか、一緒に居たの3年か高校生じゃないかな?」
「なのかな?俺は見てないから分からないけど」
「明日からどうすっかな…」
「俺もいるから一緒に居れば大丈夫じゃないかな?明日は家に向かい行くから一緒に行こう」
「…わかった」
そして俺は電話を切った。
それから1週間後…俺達は阿久津を筆頭にしたイジメグループからいじめを受けていた。なぜこんなことになってしまったのか分からない。そして貴晴も一緒にイジメの対象になってしまっていた。俺が家から小遣いを全部持ってきて渡したのに、それでもいじめは止まなかった。
「も、もうお金はない」
「あいつはバックレたみたいだな」
「……」
今日は貴晴は休んでいた。さすがにいじめに耐えかねて出て来なくなってしまったらしい。貴晴がいないのなら俺も学校に来るんじゃなかった。家に迎えに来なかった段階で休んでしまえばよかった。一人でいじめを受けるのは辛かった。
「おまえ、小遣い貯めてたんじゃねえのかよ?」
俺は屋上に抜ける階段の踊り場にいた。屋上はいつも鍵がかけられているので、そこで行き止まりになっていて誰かが来ることも無かった。
「い、いや。だから全部出したんだ」
「いやいや、あれじゃ許せねえな。何としても明日までもう1万もってこいよ」
「な、無いんだ。本当だ」
「無いとかあるとかじゃねえ、もってこい」
「そんな…」
もう本当に金は無かった。何万円もの金をとられている。
「じゃあとりあえず、お前の携帯をもらう」
「や、やめてくれ!」
「おいおい、拒否権なんてあると思ってんのか!」
阿久津が凄んで脅して来た。俺は体を委縮させてビクッとしてしまう。
「早く出せ!」
「い、いやだ」
「なんだと!」
ドブゥ
腹を思いっきり蹴られる。
「ごほっごほっ」
「よこせよ」
携帯を取られれば何をされるか分からない。思いっきり金を使われるかもしれないし、ゲームのデータを滅茶苦茶にされてしまうかもしれない。それだけは嫌だ!
「あ、あの!」
「なんだ?」
「梶だけど…」
「あ、あいつ休みやがったよな。金も出さねえし!でも貧乏なんだろ?」
「いや、貧乏というかバイトしてる!そして金を貯めてるんだ」
俺は一線を超えた…
「ほう、あいつ金持ってんのか?」
「そうだ。貴晴を呼び出すにも携帯がいるし、俺はもう金がないから!とにかくあいつが持ってる!」
「…嘘じゃないな?」
「嘘じゃない」
そして阿久津を含むイジメグループが顔を見合わせる。嫌な笑いを浮かべて俺を睨む。
「わかった。嘘だったら殺す。とりあえず明日あいつを学校に来させろ」
「わ、わかった…」
そう言うと、イジメグループは階段を降りて行った。とりあえず今のところは助かったらしい…
《俺は貴晴を裏切ってしまった。だが、ああでも言わなければ俺はまたやられる。それだけは嫌だった》
そして俺は次の日、なんとか貴晴を誘い出して一緒に学校に来た。阿久津が教室にいて目を光らせているが、何も言ってくる事はなかった。貴晴は何も知らずにいるが、今日の標的は貴晴だった。差し出さなければ俺がやられる。
そして…その時は来てしまった。
「たっかはるくぅーん」
阿久津だった。お昼時間になって貴晴を連れに来たらしい。
「な、なんだい?」
「ちょぉーっと顔をかしてもらえるかな」
「ここで言えばいいじゃないか」
「まあまあ、そう怖い顔をしないで、つきあってねー」
顔は笑っておらず、むしろ凄んでいるようだった。クラスメートに分からないように誘い出しているようだ。貴晴は阿久津とイジメグループに囲まれて教室を出て行ってしまった。俺はついぞ、そちらに目を向ける事ができなかった。
《貴晴ごめん。じゃないとスマホを取られるんだ》
貴晴が連れて行かれてから、俺はそわそわとしていた。一体どうなっているんだろう?だんだん気が気じゃなくなってきた…居ても立っても居られなくなって、俺は屋上に向かう階段に向かい駆け上がった。貴晴は最上階の階段の踊り場でやられているはずだった。
「はあはあはあ」
階段の踊り場についたが、阿久津たちと貴晴はいなかった。
「あれ?」
どこか違う場所でやられているんだろうか?一体あいつらはどこへ貴晴を…。そう思っていると、どうやら屋上から声が聞こえる。俺が恐る恐る屋上の扉を開いてみるとドアが開いた。そっと開けて屋上に出る。
俺が建物の陰に隠れて様子を見ると、貴晴が阿久津たちにボコボコにされていた。恐らく金を出すように言われて断ったのだろう。あいつは母ちゃんの為に金を使う予定だから、こんな奴らに差し出すわけがなかった。
「いつも、友達の礼一郎君にばーっかり金払わせて。お前はいっせんも出してないよな?悪い子だ」
「やめてくれ。俺は金は出せないんだ」
「いやいやいや、礼一郎ばかり出してるじゃないか」
「それは…」
それを聞いていると確かに俺ばかりが金を出していた。貴晴は、かばってくれるが一緒にボコボコにされるだけで、金を出したことは無かった。そう言われてみるとズルい気さえしてくる。
「そんでお前、バイトしてるんだろ?」
「ちゃんと学校の許可はとってる!」
「そんなことを聞いてるんじゃねえよ。そのバイト代をよこせ」
「嫌だ!何を言われても無理だ!」
そう叫ぶと、また貴晴がボコボコにされ始めた。だが貴晴は強い意志で阿久津を睨みつける。
ダッ
貴晴はボコボコにされながらも、そこから逃げて屋上の柵に向かって走った。
「やめろ!これ以上、俺と礼一郎に関わるっていうなら死ぬぞ!」
貴晴は柵をよじ登っていく。だが誰もそれを止める事は無かった。
「おいおい、やめろって。お前が死んだってなんもならねーぞ」
阿久津がへらへらしながら言う。
「うるさい!おまえらが、あっ!」
貴晴が柵から足をすべらせて向こう側に落ちて行った。もちろんここは3階建ての屋上だ、ただで済むはずがない。
だが…俺の足は震えて固まってしまい、身動きをとることができなかった。
「やべえ!あいつ落ちたぞ!」
阿久津が叫ぶと同時だった。いきなり、あたりに光が満ちて来た。そして俺はその光に包まれあっという間に視界を奪われる。
・・・・・・・
とにかく何が起きたのか分からない。目の前が真っ暗になっているが、どうやら俺は寝ていたようだった。俺の周りからは風に揺れる草の音が聞こえて来た。青臭い草の臭いがする。
「あれ?」
俺が驚いて飛び起きると、周りではおかしなことが起きていた。学校の屋上にいたはずの俺が、なぜか草原の真ん中に座っていたのだった。
「貴晴!」
俺が周りを見渡すが、貴晴の姿などどこにもない。あいつは屋上から落ちたようだった。あんな高さから落ちたらひとたまりもない…だが…それよりも…これは?
「なんだ…これ…」
立ち上がって足元を見ると、恐らく人間の骨のような物があった。
「う、うわ!」
そして骨の周りには、薄汚れてボロボロになった服と剣のような物が落ちている。
「これは…」
俺は気づいてしまった。間違いない、これは俺がよく読んでいたラノベやアニメのような異世界に来てしまったのだ。足元のこの剣をみれば一目瞭然だった。おそらく俺がやっていたような冒険の世界に転移してしまったのだろう。
「異世界召喚だ…す、すごい!すごいぞ!」
自分の置かれた状況も分からずに、俺は浮かれて叫ぶのだった。だが俺を召喚したのは何者だろう?漫画やアニメのように神様が出てくるような、テンプレ展開なんかなかった。しかもここは神殿でも何でもないし、周りに俺を呼び出したであろう人間が一人もいなかった。
一抹の不安がよぎる。ここは天国?もしかしたら地獄と呼ばれる場所なのではないかと。