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第625話 血痕を辿った先に

未だ襲撃者の正体をつかめぬまま、俺とシャーミリアが中央牢獄のドラグの下に到着した。まだ陽は昇らず雨は小雨になりつつある。ドラグたちは息をひそめるように深い草むらに潜んでいたのだった。


《ラウル様》


《敵は?》


《見えません》


またか…。ルタン近くの森で戦ったデモンも不可視の敵だった。どこに敵がいるか分からない以上は、牢獄にも近づくに近づけない状況になっている。雨であたりが水浸しになっており、敵もそれほど遠くへは逃げられないはずだった。


《こちらに被害は?》


《恐らくは7人が行動不能になっております。申し訳ございません》


《仕方がない。残りはこれで全員か?》


《そうです。敵の攻撃を避けつつ攪乱して逃げました》


《上出来だ》


牢獄を見れば、まだ破壊はされてはいないようだ。


《まだ壊されてないんだな》


《はい。かろうじて防衛しました。一旦敵は引いてくれたようです》


ドラグが悔しそうに言う。


《ご主人様。確かに7人の魔人が、既に息絶えております》


《そうか…》


これは俺の責任だった。事を複雑に考えすぎて行動が遅くなった。しかしそんなことはどうでもいい、俺の国民を殺したことを断じて許す事など出来無い。


《どういう状況だったんだ?ドラグ》


若干、怒気が混ざってしまう。


《はい。我は中央拠点におりました。牢獄には防衛のため30を張りつかせておりましたが、戦闘の気配があったため急ぎ駆けつけたところ、既に魔人数名がバラバラになっておりました。敵が見えぬため苦戦を強いられ、仕方なく逃げました。その間も数名が殺され今に至ります》


俺は牢獄の方を見る。どうやら地面に魔人の残骸が転がっているようだ。他には映る物は無い。


《ご主人様、中にいる人間は29人です。そしてご覧の通りですが、数本の光柱が立っております。恐らくは死んだ者がいるのでしょう》


《まだ捕虜は奪還されていないという事だな》


《そのようです》


《じゃあ揺さぶってみるか》


俺は直ぐに2つの車輪がついた120mm迫撃砲 RTを召喚した。照明弾を用意してポンッと放り込む。


バシュ パン!パララ


空に飛んで行った照明弾が発火し、あたりを照らした。


・・・・・・・


何も動きは無いようだった。照明弾はゆっくりと下に向かい消えた。


《敵は逃げたのかね?》


《近くには、気配が感じられません。遠くへ逃げたのでしょうか》


シャーミリアのセンサーで捕えられないとすると、近くにはいないのかもしれなかった。


《よし、ならばここから牢獄まで走るぞ。恐らく敵の攻撃は無いと見て良い、全員銃を構え突撃の姿勢をとれ!》


ジャッ


全員が銃を構えて気合を入れる。


《シャーミリアは上空から周囲の確認を》


《かしこまりました》


ドンッ


シャーミリアが消えた。


《ミリア!どうだ?》


《やはり周辺に気配はございません》


《了解だ》


「よし!全員走れ!」


俺とドラグ、魔人23人が牢獄まで走っていく。すぐに牢獄の周りにある壁に全員が張り付いた。さすがに進化魔人、その速力は人間とは比べ物にならないほど速い。こいつらがやられるという事は、敵の能力の方が高いという事だ。


《ミリア!中はどうだ?》


《敵らしき者は、おりません》


「よし!突入!」


俺を先頭に次々に門の中に突入していく、自動小銃を持った進化オークと進化オーガ達。ドラグが殿を務めて全員が建屋周辺に入る。


「ドラグ!門を閉めろ」


「は!」


そして牢獄の門が閉められた。


「鏡面薬は?」


「ございます!」


「敷地内に魔法陣が無いかくまなく調べろ!」


「みんな行くぞ!」


「「「「「は!」」」」」


それぞれが壁の中に転移魔法陣が無いか調べに行った。


《シャーミリア、中の人間に変化は?》


《特にございません》


《ドラグ。食料は与えているか?》


《十分に》


《了解だ》


どうやら中の捕虜には特に変化はないようだ。周囲は静かで魔人達が魔法陣を探る音だけが聞こえていた。戦闘音は聞こえたと思うが、内部からはこの牢獄を破る事は出来ないはずだ。


《シャーミリア!降りて来てくれ》


ドン!


すぐ隣に落ちて来た。


「どうやら敵は逃げたようだな」


「スンッ」


シャーミリアが匂いを嗅ぐようなしぐさをした。


「ご主人様。血の匂いがいたします」


「血の?」


「はい。人間のでございます」


俺やドラグには嗅ぎ分ける事の出来ない、人間の血の臭いをシャーミリアが嗅ぎつけたらしい。さすがはオリジナルヴァンパイア、この雨の中で洗い流された血の臭いを嗅ぎ取るとは恐れ入る。


「ドラグ!俺とシャーミリアが血の跡を追う。魔人達の決死の攻防戦がどうやら功を奏したようだぞ」


「ありがとうございます!死んだ者も報われます」


「とりあえず不用意にここを出るなよ」


「は!」


血を辿るシャーミリアの後を追って俺も牢獄の壁の外へと出る。しばらく歩いた先でシャーミリアが止まった。


「ここで撃たれているようです」


「なるほど。と言う事はルタンで遭遇したデモンと違って、空間系の魔法を使っているわけじゃなさそうだな」


「気配もございませんので、デモンとは違う者かと推測されます」


「追うぞ!俺を連れて行け」


「は!」


シャーミリアがバッと俺を抱き上げて、血の臭いを追って飛び始める。


《ラウル様!》


《どうしたアナ!》


アナミスからの念話だった。


《人間の集団がおりました。恐らくは南の牢獄から逃げた騎士たちかと思われます》


《了解だ》


《洗脳しますか?》


《いや、近寄るな、むしろ距離をとれ、正体不明の敵がそちらに向かったようだ。全車ライトとエンジンを消して警戒態勢をとれ》


《かしこまりました》


「ミリア。聞いたな?」


「はい。牢獄を襲撃した犯人が、合流するために南へ向かったのでしょう」


「だろうな」


雨がポツリポツリと軽く降っているが、シャーミリアに抱かれて高速飛翔すると結構痛い。俺にもモーリス先生のような結界が張れればいいのだが、残念ながら召喚以外の魔法は使う事が出来ない。


「集団を確認しました」


「南の牢獄から、こんなところまで来ていたのか…まるで馬のような速さだな」


「いかがなさいましょう」


「既に逃げた敵は合流していると見て良い。いきなり近づかないで距離をとって降下しろ」


「は!」


音を立てずにシャーミリアが、地表に降り立った。


《敵からどのくらいだ?》


《3キロといったところでございましょうか》


《わかった》


俺は敵の方角と距離を掴んで、全員に次の指示を出す。


《アナミスは皆とトラックに残って護衛に専念してくれるか?そしてファントム、マリアに雨合羽とスナイパーライフル連結型暗視ゴーグルとTAC50スナイパーライフルを取り出して渡せ》


《……》


《ファントムが渡しました》


代わりにアナミスが答える。


《マリアは雨合羽を着てトラックの上に乗り、東に向かって狙いを定めていてくれるように伝えてほしい》


《わかりました》


《ファントム、エミルにはFN SCARアサルトライフルを渡せ》


《……》


《お渡ししたようです》


アナミスがまた答える。うーん、ファントムが言葉を話せたらいいんだけど、そう都合よくはいかないらしい。


《逃げられないように、マキーナは高度を取って敵上空を通過し東に降りろ。すぐに待ち伏せの体制をとれ》


《は!》


《ファントムは南へ向かって、敵が来たら殺さず捕縛しろ》


《……》


《以上!行動開始だ》


《《《《は!》》》》


敵はこちらの存在に気付いているのだろうか?逃げ足は速そうなので、とにかく逃げ道を塞ぐのが先決だった。配置につき次第すぐに行動に移す事にする。


《マリアとエミル様は既に位置についております》


《了解だ!アナ》


《ご主人様。私は東に到達しました》


《了解だ。マキーナは無理をするな、敵を確認したらM240中機関銃で迎撃して良い。だがなるべく足を狙って殺さぬように、光柱が生えると厄介だからな》


《かしこまりました》


《ファントムは良いかな?》


《……》


まあシャーミリアの次に移動速度が速いヤツの事だから、既に位置についているころだろう。


《みんな準備はいいな?俺達が襲撃をかける。逃げたネズミを取りこぼさないようにしてくれ。アナミスはマリアとエミルに足を狙えと伝えてくれ。下手に殺して光柱を生み出されてはかなわんからな。ファントムは捕獲を試みるんだぞ!》


《《は!》》

《……》


敵を包囲し、俺達が襲撃をすることで敵は逃げるだろう。空間系の能力があるわけじゃなさそうなので、必ず網にかかってくれるはずだった。


「ミリア。行くぞ」


「は!」


俺とシャーミリアが、草むらに身をしずめながら歩いて敵に近づいて行く。


シャーミリアは既に俺が召喚したM240中機関銃をかまえバックパックを背負っている。俺は機動性を考えてP90サブマシンガンを召喚した。FN P90(ファブリックナショナル プロジェクト ナインティー)は小型化されたライフル弾風の専用弾薬を使用し、5.7x28mm弾50発が装填されている。弾薬切れを念頭に入れながらの次々武器召喚をする必要がなく、魔力切れを想定してこの銃を選んだ。毎分900発の弾丸を射出し、薬きょうが下に出るために敵からの認識もされにくいと考える。


《木の下にいるな》


《はい》


俺達は敵から50メートルほどの距離の草むらに潜む。草原にポツンと生えた大きい木の下に、その集団はいた。中心に誰かが寝そべり、その周りを騎士風の男たちが囲んでいる。


《間違いないな、南の牢獄から逃げて来た奴らだろう》


《いかがなさいましょう》


《あの寝ているやつは恐らく、ドラグたちを襲撃した奴だと思う》


《怪我をしているようで血の匂いがします。間違いないかと》


《じゃあ炙り出すか、シャーミリアはこれをもって木の上へ》


《は!》


俺はシャーミリアに召喚した武器を渡した。シャーミリアは音もなく空に飛び立ち、木の上に滑空する。


《じゃ下ろせ》


《は!》


コロン


シューッ


シャーミリアが落としたのは、スモーク ハンドグレネードいわゆる煙幕手榴弾だった。男たちの中に落ちて勢いよく煙を吐き出し始める。


「うわ!」「攻撃だ!逃げろ!」「ま、魔法じゃないか?」「どこからだ?」


男たちは慌てて木の下から蜘蛛の子を散らすように出て来た。俺は寝そべりながら直ぐにFN P90の狙いを定め、男たち数名の足を撃った。


パララララ


「ぐあ!」「ぎゃああ」「い、いてぇ!」


数人の男が逃げ損ねて転がる。だが俺はそれ以上の攻撃をしなかった。囲まれて寝ていた男が起きあがり、よろよろと歩いて逃げ出したからだ。他の男たちは倒れた男たちに目もくれず、一目散に四方へ走り出していった。


《いかがなさいましょう?》


《追わなくていい。みんなに任せよう》


《かしこまりました》


俺はその歩く男の姿に既視感を覚えていた。そのためどうしても捕らえて事情を聴く必要があったのだ。


パラララ


俺はそいつの足に狙いを定めて撃つと、足から血を噴き上げて倒れ込みそうになる。しかし倒れる直前にふっ、と視界から消えてしまったのだった。


《消えた?》


《いえおります》


《見えないが?》


《魔法の類ではないでしょうか?》


《ということは、ルタンのデモンのように空間に逃げたということでは無いんだな?》


《はい。今もそこにおります》


それならば。


おれは直ぐに暗視ゴーグルENVG-Bを召喚し、すぐに装着して見る。


《いた…》


光の枠で縁取られた人間が、地面を這いつくばって逃げようとしている。


《どうやら通常の視覚では追えないようです》


《なるほどね》


《一見すると風のように見えます》


《風…ね》


モーリス先生がいたらこのからくりを見破れそうだが、俺達には何が起きているのか分からなかった。だが容易に近づくわけにはいかない、魔人達は意識外から斬り裂かれているからだ。男は這いつくばって体を引きずるように先へ先へと進む。何としても生き延びようとしているのが分かる。


パラララララ

パン!パン!


遠方から銃声が聞こえた。恐らくマリアやマキーナの方に逃げた騎士たちが、罠にかかって撃たれているのだろう。


《どうするか?》


《私奴がこやつを捕らえましょう》


《斬られるぞ》


《恩師様のおっしゃるとおりであれば大丈夫です。お任せいただけたらと思います》


《わかった。最新の注意を払え》


《は!》


シャーミリアが一気に男の下に急降下して、2度ばかり左右にぶれるように飛び男を捕縛した。すると男の実態がすぐに浮かび上がるのだった。


《捕獲しました》


《了解だ》


俺は立ち上がり、男を捉えたシャーミリアの下へと駆けつけるのだった。


「う、うう」


男の顔は真っ青だった。どうやら出血でかなり体力を奪われているらしい。俺はポケットからポーションを取り出して男の傷口にかけてやる。


「は、はあはあ」


傷は完全に治ったが、失った血液は食い物を食べて休まねば戻らない。かなり出血していたようなので、すぐに治療しなければ危ないかもしれない。


「た、助けに来てくれたんじゃないのか!?」


男はおもむろに俺に叫んだ。


「助けに?俺がお前をか?」


「だってそれは!」


男は声を詰まらせた。


男はシャーミリアが脇に抱えた、M240中機関銃に目を向けている。そして俺が男に既視感を持ったのは他でもない、その男は詰襟の学生服を着ていたのだった。日本の中学生か高校生であることは間違いなかった。

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