第624話 ケアレスミス
襲撃を警戒した俺は、進化魔人達に銃を持たせ拠点周辺に散開させた。モーリス先生の計画通りシャーミリアを拠点の上空に飛ばし、シャーミリアのセンサーが敵を感知したと同時に、先制攻撃を仕掛けるつもりだ。また遠方で火が焚かれないかを同時監視しているのだった。
「それで、看守をしていた魔人の遺体は斬り裂かれていたのじゃったな?」
「そうなんです先生。一体どんな攻撃だったか見当がつきません」
「うーむ。遺体を見ておらんから分からんが、急に斬り裂かれていたと言っていたのう」
「そうです」
「ならば風魔法を操った可能性はあるじゃろうな。あたりから煙が上がったという事は火魔法じゃろか…」
「2属性使える人間がいたという事ですかね?」
「あるいは複数人がいたと考えるのが妥当じゃろうな」
「そうですね」
敵影を目撃したのは未進化のオークだが、人らしきものを見たという曖昧な表現だった。実際にはっきりと見たわけではない。
「わからんのう」
「敵の生き残りでしょうか?」
「そうかもしれん」
俺とモーリス先生は一番高い建物の屋根の上にテントを張って、暗視スコープをのぞきながら話をしている。電子技術を用いて監視をしていたのだった。あたりでは騒がしく虫が鳴いているが、他に怪しい気配は感じられない。ファントムがテントの側に立って遠くを見つめている。
「先生」
「なんじゃ?」
「もしかすると、まだ私達が確認していない未知の種族の敵がいるのでしょうか?」
「ふむ。そうかもしれんのう、この広い世界を全て調べる事は出来ておらんしのう」
「そうですよね」
「光柱が消えておったのも気掛かりじゃ」
「はい」
とにかくだ。俺の大切な魔人国の国民を殺害したことに変わりはない。いきなり攻撃して来て、あまつさえ牢獄の敵兵を救出していくなど。敵は間違いなくあの牢獄に、自分たちの味方が投獄されているのを知っているやつだ。
《ミリア!状況はどうだ?》
《怪しい気配は感知しておりません》
《了解だ》
念話で上空待機しているシャーミリアに聞くも、特に変化はなかった。
「先生。シャーミリアもまだ何も感知していないようです」
「ラウルの言うように敵は、人間では無いのじゃろうか?」
「もしくは転移魔法陣で逃げたかですね」
とは言ったものの、この周辺に魔法陣が無い事は既に確認してある。そして俺達は建物を破壊されてから、すぐに駆け付けたのだ。敵がデモン1体であれば逃げられてもおかしくはないが、牢獄の中の人間も全て連れて行くとなれば、それほど遠くへ逃げる事は出来ないはずだった。
《恐れ入りますご主人様》
《何かあったか?ミリア》
《いえ。敵はファントムのように、人間を養分にしてしまうような者ではないでしょうか?》
《…うん…確かになくはない気もする。牢獄の人間を養分にしたって事か?》
《グールかもしくは、ルフラのようなスライムなど…》
《だが魔人がか?俺の系譜から外れる魔人がいる可能性があるのか?》
《申し訳ございません!そのような事はあり得ないかとは思うのですが》
いや、俺は魔人を疑ったシャーミリアを怒った訳ではない。純粋に俺の系譜から外れる魔人がいるのかが知りたいだけだった。
《確かセイラは本来、龍神の眷属なんだよな?魔人として魔人国にいたようだが、そういう種族もいるんじゃないか?》
《はい。ですがそのような気配は感じ取れませんでした》
《モーリス先生の推察では魔法を使っている。それなら魔人ではないと思うんだがな》
《恩師様のお見立てであればそうかと思われます》
《だが可能性としては考えておこう》
《私の愚考でございます。可能性は低いかと》
《念頭には入れておくべきだ》
《かしこまりました》
デモン、人間、獣人じゃないとすれば魔人かエルフ。だが魔人が同族を殺す事は考えにくい、エルフだとしても俺達を襲う動機がない。だがシャーミリアのような意見は貴重だ。型にはめずに考えていくことが必要だと思う。
推理を続けているが一向に答えが見つからなかった。夜はさらに深まっていき月や星が隠れてしまう、どうやら曇っているらしい。
「風がでてきたのう」
「そのようですね」
これで雨が降ればさらに見つけにくくなるだろう。さらに気象条件が悪ければヘリも飛べなくなる。俺は無線でエミルに連絡する。
「エミル」
「はい、こちらエミル」
「風が出て来た。天候が荒れたら飛べなくなるな」
「まあな。だがある程度荒れても精霊の力でどうにかなるがな」
「分かった」
ヘリで待機しているエミルが退屈そうに答えた。ヘリにじっと座っているのもつまらないのだろう。
「あ、雨だぞ」
エミルが言う。ウインドウに雨粒が当たったらしい。こちらでもポツリポツリとテントに雨粒が落ちてきた。次第に雨脚が強くなり、ザーッと音を立ててあたりを濡らしていく。
「先生」
「うむ。これでは火を焚くところではあるまい」
「一旦仕切り直しですね」
「じゃな」
《ご主人様。それでは私奴は遠方の監視から近隣の警戒行動に移ります。マキーナも同様に周辺を警戒させましょう》
《わかった。そうしてくれるか》
《かしこまりました》
「エミル。恐らくしばらく飛ぶ予定は無いだろうが、そのまま待機してくれるか?」
「了解」
《アナミスは、そのままヘリでエミルとケイナを警護していてくれ》
《わかりました》
雨脚が更に強まり視界がなくなっていく。魔人であれば見通す事ができるだろうが、人間には監視は無理だった。俺とモーリス先生はテントに入ってファスナーをあげる。テントの中にはカンテラがあり灯りが灯っていた。ファントムがそのまま外で雨に打たれている。
《ラウル様》
雨の中のテントで先生と二人で考え事をしていると、二カルス大森林基地のティラから念話が入った。
《どうしたティラ》
《前線より念話です。そのまま伝えます。前線で敵の襲撃はない。また南からの進軍なども確認できておらず、デモンは確認していない。西側の山脈付近には魔人の拠点を作っているため、侵入して来ればすぐに分かるようになっている。念のため二カルス大森林側にも拠点を設営する。光柱の件は報告を待つ。内容は以上です》
《了解だ。こちらの返答は再び謎の敵の襲撃にあっている。敵の正体が分からず、防戦体制を強いられている。まだ敵は未確認で目下調査中だ。敵の目的は…》
俺が言葉に詰まる。
《ラウル様、敵の目的は?》
《とりあえず不明だ。なので警戒を続けるように伝えてほしい、以上だ!》
《伝えます》
ティラの念話が切れる。俺はティラに伝えている最中にある事に気が付いた。
「先生…待ってください…」
俺は見落としをしている事に気が付いたのだ。
「なんじゃ?」
「私は見落としをしていました」
「教えておくれ」
「はい。ティラからの念話では、南の本隊は全くの平和だそうです。そして二カルスの中継を経て念話が届いたという事は、二カルス大森林の中継基地でも何も起きていないようです」
「そうなるじゃろうな」
「敵は、牢獄の兵士を救出していきましたよね?」
「そのようじゃな」
「牢獄はあと二つあります…」
「‥‥なるほどの、そう言う事じゃな」
「はい。敵は中央の牢獄に向かったのではないでしょうか?」
「それは十分にあり得る。中央までは人間の足でどのくらいじゃ?」
「3、4日はかかると思いますが、逃げ足が速い敵の事ですから、もう少し短いかもしれません」
「早速、ドラグに伝えた方が良さそうじゃ」
「はい」
《ドラグ!》
念話で中央の拠点にいるドラグに繋ぐ。
《は!》
《すまん。俺の見落としがあった。牢獄の見張りに兵は何人いる?》
《念のため30名ほどが見張っております》
《武装は?》
《全員に小銃を携帯させております》
《わかった。まだ推測だが、敵はそこの牢獄の敵兵を救出に向かった可能性がある。警戒態勢を最大に、拠点を先に攻撃する可能性もあるから気を抜くな》
《かしこまりました》
ドラグは元の魔人軍の隊長格。恐らくあいつがいれば大きな損害は出ないだろうが、早急に手を打つ必要があった。
「先生、下に降りましょう」
「ふむ」
「ファントム!お前は外でこの建屋を護衛しろ!」
「……」
もちろんファントムは勝手に動く。
《シャーミリア!マキーナ!建屋に戻ってくれ》
《は!》
《かしこまりました》
「エミル!一旦建屋に戻ってくれ!アナミスも戻るように伝えてくれ」
「わかった」
エミルにも無線で伝えた。俺達は屋根の上のテントからでて、天窓から家の中に入る。1階の会議室に行くとカトリーヌとマリア、ハイラが待っていた。
「ラウル様!どうされました?」
「カティ、作戦変更だ」
「作戦変更ですか?」
「そうだ。もうすぐエミルも来る」
エミルの前にシャーミリアとマキーナが入って来た。そのあとを追うようにエミル、ケイナ、アナミスが入ってくる。
「どうした?」
「ああエミル。俺達は無駄な事をしていたよ」
「どういうことだ?」
「そもそも、この拠点を維持する必要は無いんだ。牢獄の捕虜が連れ去られた段階で、ここは補給路の、いち拠点でしかないということだよ」
「‥‥なるほどな」
「そこですぐに作戦を変える必要がある」
「どうする?」
「もし敵が二カルス大森林に逃げたとしても、二カルス基地には強い魔人がいるから敵を排除するのはたやすいだろう。さらに念話で二カルスには敵は逃げてない事が分かった。まだ西に行ったとしても、バルギウスやユークリットにも魔人がうようよいるから問題ない。それはファートリア神聖国の聖都も同じだ。だが中央の牢獄を襲撃して救出するのだけが目的ならば、他の拠点より成功する可能性が高いという事だ」
「なるほど」
「この拠点をいったん放棄する」
「…そう言う事か!」
「ふむ」
「このまま拠点の全員を連れて、北上し中央の拠点に進軍する」
「そうか、それならこの拠点の未進化魔人達も守られるな」
「そうだ」
「しかも早急にじゃな」
「そうです。今すぐです」
「ふむ」
「シャーミリア!マキーナ!アナミス!全軍に通達!集合をかけろ!」
「は!」
「かしこまりました」
「はい」
3人は直ぐに部屋から出て行った。俺達も準備をしようと動いた時だった。
「しかしラウル、お主の休息が取れねば魔力の補給がままならんのじゃ」
先生が俺の心配をしている。こんな時でも俺の身を案じているのだった。
「今は時間との勝負です」
「仕方がないのう」
俺達が外に出るとまだ雨が降り続いていた。次第に雨足が強くなり、声の通りも悪くなっている。
「よ!」
俺は疲れた体を奮い立たせ、73式大型トラックを5台召喚する。
「エミル!マリア!疲れている所悪いが、トラックを運転してくれ」
「もちろんです」
「はい!」
「あと進化魔人で、このトラックを操れる者は?」
駆けつけた魔人2人の手が上がった。
「わかったなら1台は俺が」
俺が言う。
「あの!」
エドハイラが声を上げた。
「どうした?」
「私、運転免許持ってます!」
「トラックを運転したことは?」
「乗用車なら」
「‥‥じゃあお願いしよう」
「はい!」
ハイラが自ら名乗りでてくれたので、お願いする事にした。乗用車でもなんでも運転の経験があるのなら問題は無い。すべての魔人がトラックに乗り込み、北の牢獄へ向けて出発するのだった。雨足はまだ弱まらずワイパーが激しく動きっぱなしだ。
「途中で敵に遭遇する可能性もあるから、警戒の為に俺の精霊を飛ばしておこう」
「お願いするよ」
エミルが運転しながら、下級精霊を飛ばして周囲を警戒するように指示をだす。
「あの、銀のヤカンの奴はどうしてる?」
「あれから呼び出してないが、とにかく肌身離さず持ち歩いているよ」
「虹蛇みたいに、全部飲み込んで連れてってくれるといいんだがな」
「ジンのデカくなった時が、実体なのか幻影なのかもわからんからなあ。有事の今は試験してる暇もないだろうし」
「まあ不確定要素のあるものに、頼るわけにいかんか」
「ああ」
フロントウインドウに雨があたりワイパーが雨粒をぬぐう。雨音が縦から横から聞こえて来る。
「どうやら風も強くなってきたようじゃな」
「真っ暗ですしね」
「わしも手伝うのじゃ」
助手席のモーリス先生が、小さい杖をフロントウインドウに向けて振る。するとトラックの前方に光の玉が浮かんだ。
「道に沿って飛ばすから、あれについて行けばよい」
「ありがとうございます」
トラックの30メートルほど前方の上空に、明るく輝く球が浮いている。より安全に進むことができそうだ。後ろの4台のトラックは、このトラックについて来ているため先頭が事故るわけにはいかない。殿のトラックはマリアが運転をし、マキーナとアナミスが乗っている。俺達の後ろのトラックはハイラが運転し、助手席にはケイナが乗っていた。シャーミリアとファントムはトラックと同じ速度で、周辺の警護をしながらついて来ているはずだ。
「雨が上がって来たな」
「少しは視界もよくなった」
「だけど道がだいぶ悪くなったぞ」
「水たまりを避けて通るしかないだろう」
「了解だ」
数時間走っているうちに雨足も弱まって来たのだが、舗装されている道ではないため、だいぶぬかるむようになってきている。
「もうそろそろ夜が明けるのじゃ」
「そんな時間ですか…」
「うむ」
「もしかしたら敵を追い抜きましたかね?」
「その可能性もあるかもしれんのう」
《ラウル様!》
「先生。ドラグです!」
俺はエミルとモーリス先生にそう伝え、ドラグに返事をする。エミルと先生は走るトラックの前方を見て、声を発さないようにした。電話じゃないから話してくれてもいいんだが。
《どうした!》
《敵です!牢獄に突然現れました!》
やはり俺が気が付くのが遅かった。既に謎の敵は中央の牢獄にたどり着いたようだ。人間の足では到底この時間でたどり着く事は出来ない。
《敵の数は?》
《まだ未確認ではありますが、一人かと》
《一人?とにかくすぐ行く!》
「先生すみません。牢獄が襲撃されました!私は先行します!」
「気を付けるのじゃぞ!」
「エミルは道なりに真っすぐ行ってくれ」
「了解」
俺はすぐさまシャーミリアに念話をする。
《シャーミリア!いますぐ俺を連れて北へ飛べ!》
《かしこまりました》
シャーミリアがすぐ現れトラックの側を飛んでいた。俺が走っているトラックのドアを開けてそのまま外に踊り出ると、シャーミリアが俺を受け止め一気に中央の牢獄に向けて飛ぶのだった。