第623話 襲撃犯の消息
最初に助けたゴブリンが話をし始める。
「どうしたんだ?」
「いきなり襲撃をうけました」
「どんな攻撃だ?」
「何かが炸裂して仲間が裂けました。助けようとしたら自分も手足が取れてしまったのです」
「いきなりか?」
「はい」
ゴブリンたちは自分の身に起きた出来事を話しだした。オーク1人とゴブリン5人が俺の周りに集まり、ひとまず状況の確認のために事情聴取する。仲間を殺された事によってショックで話せない者もいた。
「敵はどんな奴だった?」
「それがあまりよく分かりません。あっという間にやられてしまいました」
「敵影を見た者はいるか?」
するとオークは手をあげた。
「どんな奴だ?」
「お、おでもはっきりとは見てねえですが、人の形をしていたんでさあ」
「人間だったか?」
「大きさからするとたぶんそうだと思うんす。だけんどはっきり見えなかったんでさあ」
「防戦、出来たやつは?」
………
みんなが黙ってしまった。
「すまんな。俺が早く拠点に来て武器を補充すべきだった」
「いえ、前線に行く部隊には武器が必要でしたので、どうしても不足してしまうんです」
なるほど。二カルス大森林方面に送り出した部隊が、ある程度の武器を持って行ったという事か。そのため牢屋の見回りにまで武器が回らなかったという事らしい。軍事作戦変更の指示を出した後のフォローが出来なかった俺の落ち度だ。
「もう大丈夫だ。たっぷり武器を出してやるからな!」
「ご主人様、魔力が全てお戻りになっていないのではございませんか?」
「こいつがいるから」
俺はファントムを指さした。拳銃や小銃、マシンガンの類ならファントムが飲み込んだものがいっぱいある。それをこの拠点に置いて行くつもりだ。俺の采配ミスが招いた事だが、俺がダメならファントムが内包する武器で補うしかない。
「なるほどでございます」
「ファントムの補給は余力がある時にまたやるさ」
「かしこまりました」
「それで?」
俺は再びゴブリン達に質問する。
「それで、気がついたらラウル様に助けられておりました」
「それまでは牢獄は壊されて無かった?」
「はい。自分たちは見ておりません」
「わかった」
牢獄は見事に破壊されていた。壁に穴が空いて中は空っぽになっている。だが建屋が破壊される前に魔人達が攻撃されたという事は、内部からの破壊行動ではないとわかる。外部から襲撃されて、中の捕虜が連れ去られてしまったのだ。こんなことなら牢屋の捕虜の魂核は全て書き換えておけばよかった。まあ光柱があったから、そう簡単に出来なかったという事情もあるのだが。
「よし。まだ敵が潜伏しているだろうから、すぐに拠点に戻ろうと思う」
「「「「「はい!」」」」」
魔人達が頷いた。
「だけど遺体をそのままにしておけない。連れて行こう」
俺が言うとシャーミリアが口を挟んだ。
「ご主人様、それであればあの者どもの遺体を、ファントムが吸収いたしましょう」
「ファントムが?」
「彼らはご主人様のお役に立てずに、さぞ無念だったと思われます。ご主人様がお許しになるのであれば、ファントムの養分として吸収しましょう。それでお役に立つのであれば、彼らも本望だと…」
シャーミリアが悲しみを湛えた顔で言う。
「お前達はそれでいいか?友達や知り合いだったんじゃないのか?」
「友達でした。ですがラウル様のお役に立つことがあいつらには幸せです」
「僕もそう思います。あいつらはラウル様の為にその身を捧げたいと思うはずです」
「お、おでもそうおもう」
「‥‥わかった。ファントム!」
俺はすぐにファントムを動かした。
「……」
ファントムは、遺体を集めた場所に行って仲間の残骸を吸収し始めた。すると少なからずとも俺に魔力が流れ込んでくるのがわかる。魔人はだれもが魔力を内包しているが、それが俺の力になっているようだ。魔人を吸収したのは初めてだったが、未進化魔人でもそこそこ魔力を保有している事がわかった。
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
「ど、どうもす」
魔人達が俺に感謝していた。自分たちの仲間の力が俺に流れ込んだのが嬉しかったようだった。だが俺の敵への怒りは消える事は無い。何としても敵を見つけて始末しなければならない。
「あいつらは必ず役に立つ」
「「「はい」」」
魔人達は素直にニッコリと笑った。魔力を少し戻した俺は直ぐに、96式装輪装甲車を召喚して生き残った魔人達を乗せる。
「シャーミリア、ファントム。俺が操縦するから、お前達は周辺の護衛についてくれ」
「は!」
「……」
そして俺達は拠点に向けて走り出すのだった。牢獄には一本の光柱がのぼるだけで、戦いの煙はいつしか消え去っていた。
《アナミス、マキーナ》
《はい》
《は!》
《牢獄が襲撃された》
《やはりそうでしたか》
《魔人を4人失った》
《…はい…》
《‥‥》
アナミスの気持ちが闇に包まれるようになるのがわかる。同胞を殺されて怒っているようだ。マキーナも静かなる怒りを秘めているように感じる。
《遺体は吸収した。きっと俺の役に立つことだろう》
《それは何よりでございます!ラウル様のお役に立てるのであれば、死んだ者も本望でありましょう》
《なんと慈悲深い》
《これ以上の被害はとにかく避けたいんだ》
《かしこまりました》
《は!》
《周囲に正体不明の敵が潜伏しているから、臨戦態勢を取るように》
《かしこまりました》
とにかく俺は96式装輪装甲車のアクセルを踏み込んで、拠点に急ぐのだった。敵の正体が分からない以上、一刻も早く全兵士に武器を供給して、守りを堅牢にする必要がある。
《ニスラ!聞こえるか?》
《は!》
俺は96式装輪装甲車を運転しながら、ファートリア前線基地の司令官であるニスラに念話を繋いだ。
《こちらで魔人が襲撃を受けた。未進化の魔人が4人死亡した》
《なんですと!》
《奇襲を受けたらしい。西部ラインをもっと増強する必要がある、1500ずつ各拠点に派兵してくれ。そして敵を何としてでも見つけ出して始末したい》
《御意!既に二カルス大森林食料補給ラインを繋ぐため、1000を派兵しておりました》
《上出来だ。だがそれとは別に1500ずつを出してくれ》
《は!人選は?》
《任せる》
《かしこまりました》
ニスラとの通信を切り、すぐにフラスリア基地のマズルへと念話を繋いだ。
《マズル》
《は!》
《話は聞いたな?》
《は!ラウル様の大切な兵を。許せません!》
《ああどうやってもかたをつける。ひとまずフラスリアからファートリア西部基地へ1000の兵を動かせ》
《かしこまりました。人選は?》
《任せる》
《は!》
《ルタン基地のガンプに、オークとゴブリンを更に3000送るように要請しろ》
《早急に手配します》
とにかくファートリア周辺の兵力を増強する必要がある。これだけの被害で済むわけがないような気がするためだ。緊急の事案のため拠点につく前に早急に連絡した。そして96式装輪装甲車はほどなく拠点へと到着する。
「ラウル様!お怪我は?」
俺がドアを開けて降りようとすると、ドラグが声をかけて来た。
「俺はなにもない。救出した奴らが後ろに乗ってる」
「わかりました」
ドラグは後部ハッチの方に向かっていった。さらに俺が到着したのに気が付いて、カトリーヌやマリア達がアナミスと共に駆け寄ってくる。
「ラウル様!何があったのです?」
「カティ。牢獄が襲撃を受けた」
「何者です?」
「それがはっきりしていない、とにかくこれから緊急で対策を練る」
「わかりました」
カトリーヌとマリアに遅れて、先に拠点に戻っていたモーリス先生とエミルが走って来た。
「大変な事が起きたようじゃのう!」
「はい。いきなり襲撃されたようです。まだ敵の消息はつかめていません」
「このあたりに潜伏している事も考えられるのじゃな?」
「はい。ですがシャーミリアは既に気配が無いと言っています」
「はい、恩師様。敵の気配は致しません」
「なるほどの、シャーミリア嬢ちゃんが言うのであれば近くにはおらんか」
皆が俺の下に集まるが、念のため襲撃がいつあるか分からないので、ひとまず結界が張られた建物に入り込む。襲われた魔人達も一緒に連れて入った。仲間が死んだので重苦しい空気に包まれるが、とにかく直ぐに対策を練らなければならない。
「敵の正体が分からない。どちらに逃げたのかも分からないし、牢獄にいた捕虜を連れてどこに行ったのか。とにかく味方がやられて黙っているわけにはいかない。近くにいるのか…もしかすると転移魔法陣で逃げたか分からないが、野放しにしてはおけない」
「だがラウルよ。方向だけでも分からないと探しようがないぜ。この拠点には今人数が足りてない」
「全員でドローンを使おうと思う」
「なるほどな…それは悪くない」
「早速やるぞ」
そして俺は直ぐにドローンを5機召喚した。俺、エミル、カトリーヌ、マリア、ケイナがドローンを扱えるので、すぐさま建物の屋根に上ってドローンを飛ばし始める。
「5方向に飛ばそう」
「わかった」
「はい」
「かしこまりました」
「ええ」
ドローンは5つの方向に向かって飛んでいく。バッテリーが切れても使い捨てなので、飛べる距離だけ飛んで画像を飛ばして確認するつもりだ。
「6000メートル以上飛ぶはずだ」
皆がコクリと頷く。集中しているので声を発さないようにしていた。モーリス先生は興味深そうにディスプレイを覗き込み、シャーミリア達はドローンを操る俺達を護衛するように周りを見ている。東へと飛んでいく俺のドローンが送ってくる画面には、動く者は映らなかった。皆が必ず見つけてやる!という気迫でドローンを操り、かなり広範囲を探しているが見つからない。
「こっちはダメだ」
「すみませんラウル様、こちらにもいないようです」
「ダメだ。俺の方もいない」
「私の方もですね」
「こっちもです」
俺達5人がいくら探しても、敵影は発見できなかった。
「もっと遠くに行ったかな?」
「じゃないか?だれの画面にも動く者がいない」
「そうか…」
また俺の捜査は行き詰ってしまうのだった。このままでは敵を取り逃がしてしまう可能性がある。なにか方法が無いかを皆で考えていると。
「ラウルよ」
先生が言う。
「なんでしょうか?」
「既に陽が落ちかけておる。敵が人間であった場合、火を焚く可能性もあるのではないじゃろうか?」
「たしかに」
「火を焚けば上空から、シャーミリア嬢ちゃんがすぐに発見できるじゃろ」
「そうですね。今は先生の案が一番良さそうです。最終的にそうしましょう。それまでに敵が遠くに逃げる可能性もありますので、他の案も並行で走らせたいですね」
「ラウル様。それであれば、この拠点の進化魔人を全て動かしてはいかがでしょう?」
ドラグが言う。
「いや、それはやめておこう。敵の力が未知数で、これ以上の仲間の損害を出したくないんだ」
「かしこまりました」
「しかたがない、先生の案で行こう。それまでに俺は各拠点に通達をだす」
敵の捜索が行き詰ったので、先回りして各拠点に緊急の戦闘配備をするように指示を出す事にする。残り二つの拠点には幹部クラスの魔人がいない為、少し魔力を強めにして念話を送るのだった。すぐに念話は繋がり、武器を携帯し守りを優先にした行動をとるように伝える。
これで各拠点の全兵隊に警戒態勢をとらせることができた。
「ドラグ」
「は!」
「いますぐ中央の拠点に飛んでくれ。誰かがいないとまずい」
「かしこまりました」
ドラグはドラゴンの羽を広げて、空に舞い上がり北へ向かって飛んでいくのだった。
「むしろ、どこかの網にかかればいいんですがね?」
「ふむ。今は慌てず対処する事が賢明であろう」
「また仲間が死ぬかもしれません」
「なにも起きぬよう祈るのじゃ」
「はい」
仲間を殺されて、焦る俺にモーリス先生は落ち着いた声で諭すのだった。怒りは正常な判断を奪う、こういう時こそ冷静に対応する必要がある。自分にそう言い聞かせて時を待つことにした。