第621話 消えた光柱調査
ファートリア西部ライン、南の拠点。
《ティラ》
《はい》
《念話を前線に送ってくれ》
《はい》
《北の大陸にてデモン2体に遭遇。ラウル、シャーミリア、ファントムの3名で応戦するも、転移魔法によって対象は消失。なお敵の目的はラウル本人の抹消と推測される。だがシン国周辺にも転移魔法陣設置の可能性は否定できず、前線でも警戒されたし。オージェ、グレース両名も敵の標的になっている可能性がある。もう一つ、こちらで確認されていた光柱が消える事案が発生。目下調査中にて状況が分かり次第報告する。ティラ、以上を伝えてくれるか?》
《はい、伝えます》
ファートリアの一番南の拠点にて、二カルス基地のティラを通じ前線に念話を送った。中継して先までつなげてくれるだろう。内容が変わらぬように端的にまとめて伝えた。
「さてドラグ」
「は!」
「光の柱が消えたのはどのあたりだ?」
「ここより東に10キロほど進んだ草原です」
「ゴーグが仕留めた兵から上がった光柱か?」
「はい。基地の者からはそのように聞いております」
「なるほど。すぐにその地点に行って確認する必要があるな、調査の魔人はどれくらい出した?」
「10名が周辺を探索中です」
「わかった。特に被害は無いな?」
「今の所報告は来ていません」
「了解だ」
ここの拠点にも300人くらいの魔人がいる。進化魔人が50に対し250の未進化魔人だ。他は二カルス大森林基地へと向かっており、兵の準備が出来次第オージェ達がいる前線に送り出す手筈になっている。二カルス大森林基地にいたシャーミリアに選定された魔人達は、すでに前線に配備されていた。
「じゃあカティとマリアは残ってくれるか?」
「なぜです?」
「未知の問題だからだよ。シャーミリアや俺でも対処しきれるかどうか分からない。そして逃げなくてはならない状況になった場合に、少人数なら撤退も容易いからさ」
「それでは仕方がないですね」
「ケイナもそれでいいか?」
「エミルが行くのでしょう?」
「行くのは、俺と先生とエミルだ。シャーミリアとファントムに護衛についてもらう。マキーナとアナミスはこの拠点の防衛にあたる予定だ」
「では私はついて行くべきでは?」
「いや、ケイナ。さすがにこの状況では、ここに残ってもらった方がいいだろう」
「エミルの補佐がいるわ」
ケイナが食い下がる。
「大丈夫だよ。エミルの操縦するヘリはシャーミリアが護衛するから」
「…わかりました」
ケイナは心配そうにエミルを見ている。エミルは安心させるように微笑んで、ケイナの肩をポンッと叩いた。やはり未知の事案と言う事で、かなり心配しているらしい。
「ハイラさんはこの建物から動かないように」
「はい」
「じゃあ先生、まいりましょうか?」
「そうじゃな。なら本部の建屋に結界魔法を施すとするのじゃ、何かあればそこに籠城するがよい」
「わかりました」
「武器は大丈夫か?」
「携帯しております」
マリアが言う。マリアはずっとベレッタ92とP320ハンドガンをホルスターにさし、TAC50スナイパーライフルを携帯していた。マキーナはM240とバックパックとハンドガンを持っている。
「アナはこれにしてくれ」
「はい」
アナミスには、HK UMPサブマシンガンを召喚して渡した。.45ACP弾を使用し重い衝撃を与える為、殺傷力が高いのが特徴だ。貫通力は低いが敵を足止めするのに向いている。
「敵が出たら、これで足止めをして。マリアが狙撃で仕留めるように」
「はい」
「わかりました」
「マキーナは敵を攻撃しやすいところに上空から誘導するんだ」
「は!」
「カティ、みんなに何かあったら治療を頼む。マキーナだけには治癒魔法をかけるなよ」
「もちろん分かっています」
「ハイラさんは、とにかくマリアの側から離れないように」
「は、はい」
ハイラは俺達から離れるので、少し不安になっているようだ。
「ドラグ、本部の建屋の周りに、進化魔人を配備してくれるか」
「既に控えさせております」
さすが。何が最優先かわかっている。俺が教育をしてきたわけじゃなく、魔人軍時代のルゼミアの教えが色濃く残っているようだ。
「じゃあ、行って来る。ドラグ、当該地域に連れて行ってくれ」
「は!」
「じゃ、いってくるよ」
「ご無事で」
「こちらはお任せください」
カトリーヌとマリアが答える。
「エミル。いざという時は上位精霊を召喚したほうがいいわ」
「わかってるよケイナ。行って来る」
「ええ」
「では行こうかのう」
俺達が本部建屋を出て、草を刈った広場に来る。皆ここで訓練をしているらしい。
「ラウル、魔力は大丈夫か?」
「ヘリを召喚しても、おつりがくるくらいは戻ったよ」
「わかった。じゃあブラックホークを」
「了解」
エミルに指示された通り、ブラックホークヘリを召喚した。俺達が乗り込むまで彼女たちが見送りをしてくれている。ブラックホークに乗り込んだのは、エミル、俺、モーリス先生、ファントム、ドラグだった。
「シャーミリア。じゃあ引き続きヘリの援護を」
「かしこまりました」
ブラックホークがローターを回すと、砂ぼこりが舞って残った女性たちの髪が乱れた。皆髪をおさえながら俺達を見送ってくれている。
「エミル。やってくれ」
「了解」
俺達を乗せたヘリは空高く舞い上がり東へと飛んだ。目的地に行く途中で、監獄から光の柱が天に伸びているのが見える。
「ドラグ!あそこの光柱は消えてないんだな」
「は!消えたのは草原にあった光柱です」
「わかった、エミル。あの光柱を避けて更に東へ!」
「了解」
ヘリはさらに東へ飛ぶ。前には広大な草原が広がり、右手にはどこまでも続く二カルス大森林が広がっていた。見渡す限りの緑に、この世界の壮大さを感じる。少し飛んでいるとドラグが言った。
「ラウル様。このあたりです」
「エミル、このあたりだ!降ろしてくれ」
俺が言うとヘリは高度を落としていく。そして草むらに着陸をした。
「先生、足元に気を付けてください」
「ふむ」
先生の手を取っておろし、他の奴らは自分で飛び降りた。
「エミル!いつでも飛び立てるようにしておいてくれ!」
「了解だ」
「シャーミリアは周囲を警戒しつつ、ヘリを守れ。攻撃してくるものがあったら、殺していいぞ」
「よろしいのですか?」
「わからんが、想定外の事が起きる可能性がある。最悪ヘリを捨ててエミルを連れて飛べ」
「かしこまりました」
エミルをチラリと見ると俺に親指を立てている。俺も返すように親指を立てて返事をした。
「ドラグとファントムはモーリス先生を死守だ」
「は!」
「……」
「ドラグどのあたりだ?」
「こちらです」
俺達はドラグに連れられるままに、草原を進んでいく。草の背丈が俺の腰辺りまであり、だいぶ歩きづらかった。ドラグが槍を振り回して、あたりの草を飛ばして歩きやすくしてくれる。一振りでバッサリと草が飛ぶのが、まるで草刈り機のようだった。
「先生。森に近いから、何か森から来たとか考えられますかね?」
「どうじゃろうのう。実は皆目見当がついておらん」
「そうですか」
草刈り機のように進むドラグだったが、あるところに来ると大きく草が刈られ円形になっていた。
「これは魔人が整備したのか?」
「そのとおりです」
その円の中心には、人の骨らしきものがあった。だがそれは人間の形を留めていなかった。いろいろと足りないものがあるように見える。もしくは既に風化して無くなってしまったのかもしれない。
「ふむ」
モーリス先生が、じっと黙ったまま考え込んでいる。一体何が起きたのか見当もつかないようだ。
「…どうでしょうか?」
「なるほどのう。魔力の残滓がある」
少しの糸口が見えたようだ。
「残りかすのようなものですか?」
「もしかすると、強力な魔力が発生したのやもしれん」
「強力な魔力が?自然発生的にでしょうか?」
「わからぬ。じゃが、敵の大神官とやらが使う、魔法陣の力にも似ておるように感じるのじゃ」
「あの転移魔法陣ですか!ならばデモンでしょうか?」
「いや、それは分からぬ。転移魔法陣の類ではないのじゃ」
転移魔法陣ではないが、何か似たような魔力の動きがあるのだと先生は説明した。俺にはそれがどういう事が分からないが、何か通常の理ではない事が起きたという事だろう。
「これは…、シャーミリアに見てもらうしかないですね」
「ふむ」
《シャーミリア!どうやらここには、危険なものは確認できなかった。エミルを連れてここに来てくれ》
《かしこまりました》
ドン!
シャーミリアが瞬間的に俺の側に出て来た。その腕にはエミルを抱えており、エミルが泡を吹いて気絶している。
「おい!俺じゃないんだぞ!手加減をして飛ばないと、とんでもない事になるだろ!」
「も、申し訳ございません!どうしましょう!」
俺はファントムからハイポーションを受け取り、エミルにかけてやった。
「あ、はっ!」
息を吹き返した。
「すまん」
「俺はどこ、ここは誰?」
神だから死ぬことは無いと思うが、何かしらの障害がでたらしい。エミルがバグっている。
「こっちこっち」
「あれ?俺いま、ヘリに座ってたのに?」
「ちょっと来てもらった」
「そうか…」
狐につままれたような顔で、あたりを見回している。
「ミリア。ここにデモンの気配を感じるか?」
「まったく感じ取れません」
「何か気配は?」
「申し訳ございません。私奴には感じ取れぬようです」
「そうか」
どうやらデモンの類ではないようだ。そもそもアブドゥルの魔法で確認できているのは3種類、転移魔法、インフェルノ、デモン召喚だ。そのどれでも無い可能性が出て来た。
「ラウルよ。光の柱はハイラ嬢ちゃんに関係があったものでは無かったかの?」
「そうです。彼女を守る巨大魔石が生み出した魔石粒が原因です。それを飲んだ人間が死んだ場合にこうなるのです」
「この状況から推測すれば、デモンや敵の魔法の関連ではないと思えるのじゃが」
「そうですね。繋がりが無さすぎますし」
「じゃな」
そして俺達はまた考え込んでしまった。この人間の骨は間違いなく、ファートリアから送られて来た敵の騎士の物だろう。しかしその骨はほとんど残っておらず、鎧や服なども見当たらない。何が起きたというのだろう?全くの見当がつかなかった。
サササササササ
風が吹いて草原の草を撫でて行った。少し風がでてきたようだった。
「魔人です」
その風に乗ってかシャーミリアが何かを感じ取って言う。どうやらシャーミリアは調査隊の気配を感じ取ったらしい。
「ラウル様。部下達です」
ドラグもそれを肯定するように言う。南東の方から10名ほどの魔人がこちらにやってくるのが見えた。
「ご苦労!」
「「「「「これは!ラウル様!」」」」」
進化魔人達は俺を見るなり、あわてて跪いて挨拶をした。いきなりここにいるとは思わなかったらしい。
「報告が欲しい」
「は!我々がここを調査した結果ですが、何も見つける事は出来ませんでした」
「ゴーグからは光の柱の事は聞いてなかったんだけどな」
「そうですか。兵達からはそう聞いていたのですが」
「光の柱を見つけたとゴーグとタロスの班が、ファートリア聖都に来た時言ってたから、それかもしれん」
ゴーグは人間を仕留めてはいない。ここにいる全員がそれを知らなかった。ゴーグは主人の言いつけを守り人間を傷つけなかったのだ。その時死んだのは、ハルピュイアが空を飛ぶ翼竜を落とした際に落下して死んだ3人だけ。さらに、ここにあった光柱はそれとは全くの別物であった。
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最前線基地では…
「くしゅっ」
最前線の砂漠近くで、ゴーグがくしゃみをしていた。
「なんだ?ゴーグよ。風邪か?こんなに暑いのに。ライカンが風邪なんておかしいぞ」
「いや、違うよギル。なんか鼻がムズムズして」
「なんか臭うのか?」
「いや、まったく」
「なるほど。逆に体がなまっているのかもな、戦闘訓練でもするか?」
「いいね!やろうやろう!」
前線で二人がそんなやり取りをしている事を、ラウル達は知る由も無かった。
《ギレザム!》
そんな時いきなり念話が入るのだった。
《どうしたルフラ!》
《ラウル様からの通達だよ!》
《なに!》
「戦闘訓練はお預けだね」
「ああ、またな」
「うん」
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二カルス北の草原にもどる
「それでこの先には、何も無かったんだな」
「おっしゃるとおりです。ラウル様」
草むらで膝をつきながら、進化ダークエルフが俺に報告を続けていた。
「ならどこに行っていた?」
「足跡です」
「足跡?」
「はい。正体不明の足跡が続いておりましたので、それを追いました。ですが川を境にその足音は消えておりまして、川下に向かって捜索しましたが何も見つかりませんでした」
「ファートリア聖都から来た誰かかもしれん」
「こちらに人を?」
「ここから東に行けば一度滅びた村があるらしい。そこを復興させるために人を仕向けた」
「そこから来た人間でしょうか?」
「わからん」
「それじゃあ、そこまで足を伸ばしてみるかの?」
「そうしてみますか」
俺達はさらに東にある、復興途中の村へと飛ぶ事した。そこの人間がこちらに来て何かしたかもしれない。だが、完全に魂核を書き換えた人間に、自分の判断でなにかをやれるかは疑問だった。まずは話を聞いてみるしかないだろう。