第620話 基地の台所事情
ヘイロー大型ヘリは問題なく、ファートリア西部基地に到着した。100人の人間兵を休ませるため、兵舎へと人間を詰め込んだ後で、俺は司令官のニスラと話をしていた。前線基地を統括しているのは、スプリガン元隊長のニスラだった。
「部隊の状況は?」
「すぐに前線に送り込めるようになっております。既に1000が二カルス方面基地に到着したころかと」
ファートリア西部基地にはかなりの数の魔人がいた。兵器に関してはそろそろ期限が切れてしまうので、到着と同時に補給を行いたい所だったが、一旦俺の魔力の補充が必要だった。
「進化魔人は何割だ?」
「既にここは未進化の魔人のみです。進化魔人は既にほとんどが前線に向けて行軍中です」
「了解だ」
「ラウル。それじゃあここの防衛は手薄なんじゃないか?」
エミルが言う。
「まあそうだが、人間と比べれば魔人は強いからな。数で補えるだろうと考えている」
「なるほどな」
このファートリア西部基地は、今までの基地でも一番大きいといってもいい。それだけ魔人の数も多く、これだけの魔人に武器を持たせればそこそこの戦力は発揮するだろう。質より数だ。
「総員でどのくらいいる?」
「13000です」
「すごいな。であれば2000動かしても問題なさそうだな」
「はい」
「なら、ここからファートリア地内を通過して、東にリュート王国という場所がある。そこにアグラニ迷宮という洞窟があるんだが、そこを今はアスモデウスと言うデモンが管理しているんだ。そのアグラニ迷宮の前に魔人の都市を作りたい」
普通にマナウ渓谷に人間の都市を作れば、魔獣の餌食になってしまうが、魔人の都市となれば逆に餌が舞い込むような状態になる。
「かしこまりました。それではすぐに出兵させましょう」
「よろしく頼む。そこを拠点にして洞窟を管理するつもりだ。その洞窟は最下層に行くと海に繋がる、そこからの敵の侵入にも備えたいんだ。まあ迷宮内には強力な魔獣とアスモデウスがいるから、そう簡単に突破されるとは思っていないが、万が一の為にも魔人を配備しておきたい」
「は!」
今の所、他に穴は見つかっていないが、俺達があそこから南に行けたという事は、逆に北上してくる事も考えられる。
「ここから二カルス大森林までの西部ラインはドラグだな」
「そうです」
ここから二カルス大森林までは3つの拠点があり、それぞれに捕虜を収監した監獄がある。監獄と近隣にある小さな基地は、竜人の元隊長のドラグが管理していた。力量的にも問題ないだろう。
「他に懸念される事はあるか?」
「13000の魔人の食い扶持ですね。維持するために、この周辺の森の魔獣を食べ尽くしてしまいました」
「なるほど。魔人国やグラドラムには海があったからな」
「はい。超大型の魚などが取れれば、それで十分に補えていました。しかし食料調達のために、遠くまで遠征に行かねばならなくなりました」
「それは非効率だな」
「はい」
「わかった。検討しよう」
「ありがとうございます」
なるほどね。立地的にほぼ北大陸の中心にあるこの基地は、どこに兵を向けるにしても理想的な位置にあった。そのためここにかなりの数の魔人を送らせていたのだが、周辺には森も少なく海も無い。魔人の胃袋は人間とは違い、かなりの量を必要とするため食料の調達に問題があるようだった。
「他には?」
「大きな懸念材料は以上です」
「わかった。それじゃあ基地を見せてくれ」
「よろしくお願いいたします」
「みんなはどうする?」
「わしも見たいのじゃ」
「わかりました」
「ぜひ私も」
モーリス先生とカトリーヌが言う。先生は興味本位、カトリーヌは極力俺の側に居るためだと思う。
「私はここのキッチンを見させていただきたいと思います」
「では私もマリアさんと一緒に」
マリアとハイラはここの台所事情の確認に行くようだ。さっきの話を聞いているので、少しでも役に立ちたいと考えているようだ。
「ラウル。もし可能ならマキーナさんとアナミスさんを借りたいんだ」
エミルが言う。
「それはいいが、何かするのか?」
「俺もこの基地を視察させてもらうよ。ラウルだけが大変な思いをする必要はない、手分けして必要な量の武器リストを作成した方が良いだろ?」
「助かる。じゃあマキーナとアナミスは、エミルとケイナについて行って」
「かしこまりました」
「わかりました」
「えっと、ラウルさん?私はキッチンに行きたいです。武器の事はエミルがやりますので」
ケイナが言った。
「わかった。それじゃあマリアはケイナをたのむ」
「はい」
「じゃあ…」
俺はシャーミリアとファントムを見る。
「護衛につかさせていただきます」
「……」
「わかった」
ニスラが兵士たちがいる場所へと行くというので、俺達はそれについて行く事にした。マリア達はキッチンへ、エミル達は武器庫方面へと向かって行く。基地はそれこそあちこちに魔人がいたが、やはり一番多いのはゴブリンとオークだった。オーガの比率も低くはないが、やはり強い個体は増え辛いようで、竜人、ダークエルフ、ライカンは、ほとんど見ないし、スプリガン、ミノタウロス系統は全く見ていない。
《シャーミリアちょっと聞きたいんだが》
《なんなりと》
《お前みたいなヴァンパイアって、どこの基地にも一人もいないんだけどなんで?マキーナしか見たことない》
《それは…ご主人様との戦いで、眷属3000が消えましたので》
《それはすまなかった》
《いえ!すまないなどと!私奴が無礼な真似をしたのですから、ご主人様からの謝罪などいただけません!消滅した眷属はもともとご主人様の養分になる予定だったのでしょう》
なるほどそうだった。俺の力になったんだったな、それはそれで大変ありがたい。という事にしておこう。
《眷属はマキーナだけだが、オリジナルヴァンパイアって他には?》
《おりません。遠い昔、父と母はそうでした。ですが記憶も朧気です。しかしオリジナルヴァンパイアは今は私のみです》
シャーミリアって、めっっっちゃレアじゃん。すげえレア魔人だった。不老不死だし眷属を作れるし、やはりシャーミリアは特別な存在なんだな。
《わかった、変な事聞いてごめんな》
《とんでもございません!ご主人様は何を聞いてもよろしいのです》
《わかった》
《それでは…ちなみになのですが、アラクネのカララとスライムのルフラも、かなり希少です。人語を話し高等な知能を持つアラクネやスライムなど、他に類を見ないのではないでしょうか?また、セイラは魔人と言うよりも龍神様の眷属です。彼女もかなり珍しいと思われます》
《なーるほどねー。あまり詳しく聞いた事がなかった気がするな》
《確かに、お話をさせていただく機会は無かったように思います》
《って事は、ルゼミア母さんはなに?》
《詳しくは存じ上げないのですが、魔人と龍の子だと聞いた事がございます》
《えっと魔人って種類は?オーガとか?》
《いえ、そのまま。魔人です》
《魔人っていう種類?》
《はい。例えばガルドジン様が魔人です。そしてそのお父上もそうでした》
《えっ?みんなが魔人でしょ》
《厳密にはそうではなく、魔人はガルドジン様でご主人様は魔人と人の混血となります》
《そうなんだ》
《ですが元始の魔人であるご主人様が覚醒すれば、正真正銘の魔人となるかと思われます。ですが詳しい事はこのくらいしか存じ上げません》
《みんな魔人て呼ばれてるけど、それはなんでだろ?》
《総称してそう呼ばれるようになっただけかと。ただ私奴も厳密な所は存じ上げません》
《いや、すっごくためになったよ。もっとゆっくり話をする時間を持ちたいね》
《あ、ありがとうございます!そ、そうですね!そのような時間もよろしいかと思われます》
《今は時間が無いから、そのうちな》
《はい!》
配備されている大量の魔人達を見ていて、ふと思った疑問だったが、始めて聞いたような気がする。俺はまだまだ知らない事があるようだった。
「おお!いっぱいおるのじゃ」
俺達が訓練所と言われている場所に来ると、サバイバルゲームが行われるようなところだった。しかもかなり広大な土地を使って作られており、あちこちで戦闘訓練が行われている。
「凄い。これだけの数の魔人いりゃ、そりゃ飯も食うか」
「はい。身体を維持する為にもかなりの量を消費いたします」
なるほどなるほど。こりゃ食料事情に問題が出るはずだった。大半がオークでそいつらの身体は大きく、かなりの消費量になるのは間違いなかった。
「すぐに手を打とう。まあ自給自足のような形にはなるがな」
「かしこまりました」
俺はファートリアの西部ラインの事を考えていた。ファートリア西部ラインは今や、北と二カルス大森林を結ぶ中央線と言ったところだ。ルタン町から一直線に南下しフラスリア領を通り、中央ラインをさらに南下すれば二カルス大森林の街道にはいる。この中央ラインを更に強化する事は、今後の北大陸の発展の為にはとても重要になってくる。二カルス大森林は前世の地球の四分の一くらいありそうな巨大な森だが、あの森林の街道をさらに開拓すれば、シン国とのパイプも強くなるだろう。
「二カルス大森林を何とかしないと」
「それはどういう?」
ニスラが聞く。
「森で食料回収だ」
「なるほどのう。あの森ならば、魔獣はわんさか湧いて出るのう」
「そうです。そしてここの魔人を使って、防衛と利便性を兼ねたラインを強化しようと思っています。ついでに食糧事情も解決しようと思います」
「一石二鳥じゃが、狙いはその先のシン国、いや…アラリリスかの?」
「はい。シン国への増援が送りやすくなりますし、前線からアラリリス国へ向かうにしても拠点の強化は必須ですから」
「じゃな。それが良さそうじゃ」
「はい」
ニスラは俺達の会話を聞いて、おおよその所を理解したらしい。あとは詳細を詰めればいいだろう。
「さすがはラウル様です」
「うーん。ちょっと考えれば誰でも考え付く事だよ」
「ふぉっ!二カルスを狩場にするなど、魔人くらいしか思いつく者はおらんじゃろ」
「まあ…たしかに」
「ならばアグラニ迷宮も同じ事じゃろうよ」
「それもそうですね」
なるほど先生の言う通り、アグラニ迷宮は魔獣の宝庫だ。あそこの魔獣から肉を回収して素材はグラドラムに送ればいいか。
「ニスラ」
「は!」
「東には3000動かそう。そしてアグラニ迷宮からの供給ラインを確保するんだ」
「かしこまりました。それでは東に3000動かしましょう」
「3つの拠点があるからな、500ずつ配備してアグラニ迷宮側には1500だな。それでかなりの時間短縮が図れるはずだ」
「は!」
「じゃあ他も見て周るか」
「は!」
そして俺達は一通り基地内を視察して周った。魔人が多いというだけで、これといって変わった事は無い。ただこれだけの魔人を一気に進化させることができたら、恐ろしいほどの戦力アップが図れるだろう。と皮算用をしてみる。だがデモンとの戦いが起こらない限り、進化の可能性は低い。資質の高い者を選出して前線に送るかといったところだ。
「大体は分かった。あとは俺の見立てとエミルの見立てをすり合わせして、武器の召喚を行うとしよう」
「かしこまりました」
ニスラがきびきびとした動きで俺に敬礼をした。ここでもすっかりオージェの影響が色濃く出てしまっている。俺はさりげなく敬礼で返した。
「じゃあ、本部に戻ろうか」
「は!」
俺達が本部へ向かおうとした時だった。
《ラウル様!》
念話が入る。
《ん?ドラグか?》
《はい!》
《どうした?》
《今はどちらにおられますか!》
《西部基地で視察を軽く終えたところだ》
《それはよかった。お邪魔では無かったでしょうか?》
《前置きは良いよ、なんだ?》
《草原にありました光の柱が消えました!》
《なに!》
ハイラが眠っていた巨大魔石が産んだ魔石粒を、飲んだ人間が死ぬと出来る光の柱の事だ。
《ゴーグが始末したという、人間達がいた場所あたりから上がっていた柱です!》
《マジか…それで何か変わった様子は?》
《それが特には無いのです》
《消えただけ?》
《申し訳ございません。目下調査中でございますが、未だ変わった事は見つかっておりません》
《とにかくそれは今まで確認していない現象だ。十分注意して周辺を監視するように、俺がまもなくそちらへ行く。それまでにも何かあったら逐一報告してくれ》
《は!》
元竜人のドラグからの念話だった。3つの拠点のうち、一番南の地域で光の柱が消えたらしい。今の所、特に異変は無いらしいが何が起きるか分からない。十分に注意して動く必要がありそうだった。
ひとまずドラグとの念話を切って先生に話しかける。
「いま、念話が入りました」
「誰からじゃ?」
「西の拠点を統括するドラグです」
「竜人じゃな?」
「はい」
「それで?」
「あの光の柱が消えたと」
「なんじゃと!それでどのように対処しておるのじゃ?」
「今は監視のみですが、何も変化は無いという事でした」
「ならば引き続き監視を続けた方が良いじゃろうな」
「ここの武器の補充が終わったら、先生も一緒に飛んでいただけますか?」
「もちろんじゃ」
光の柱が消えれば、デモンが入りやすくなってしまう。あれは時間で消えるものなのだろうか?突然の事に俺もモーリス先生も皆目見当がつかなかった。俺がファートリア西部基地の補給を、急ぐ必要がある。魔力の補給が追い付かないが、それほど悠長なことは言ってられそうにない事案だった。