第618話 リスクヘッジ
「ラウルよ!無事じゃったか!」
合流した俺達にモーリス先生が駆け寄って来た。アナミスとマキーナが、人間の兵達をルタン町付近の林の中に隠して、先生が結界を張っていたらしい。防衛体制としては問題ないが、あのデモン達の攻撃を防げたかは分からない。
「問題ありません」
「凄い音がしたが、爆撃したのかの?」
「森を焼いてしまいました」
「仕方ないじゃろ。やはりデモンか?」
「そうです。こんなところで待ち伏せされるとは思ってませんでした。油断しました」
「それはラウルだけじゃないじゃろて」
「そうです!ご主人様!魔人である私奴どもが、もっと先に気が付かねばなりませんでした」
「そうじゃないよ。大陸北部の視察と兵力増強は、このためにやっているんだ。俺が油断していたのは事実だ。お前は何も気にすることなんてない」
「そうじゃな、シャーミリア嬢よ。この北大陸の平和な状況を見れば、デモンがいるなど推測は難しかったのじゃ。それより今後の事じゃな」
「わかりました」
シャーミリアも納得したようだ。俺達はその場で次の行動を決める。
どうやらデモンは大型の機械を探して追いかけて来たらしいので、まずファントムには隠したオスプレイを徹底的に破壊してくる事を命じる。使わない兵器で敵をひきつけても仕方がないからだ。またいつどこからデモンが来るか分からないため、ルタンの魔人軍基地にもさらに銃火器の補給を行い、すぐにフラスリア基地へと飛び軍備の拡張をする。とにかく急がねばならない。
「じゃあ急ごう」
西に進んでいた俺達は東のルタン基地へ向かって行軍を始めた。
「ルタン町の周りに、たくさん人が出てますね?」
「さっきの爆発音だよラウル。恐らくあれに驚いて見に来たんだ」
エミルが答えた。
「なるほどな。なら逆に都合がいいか」
俺達が民の下に進んでいくと、ルタン町のパトス町長が、馬に乗ってこっちに向かって来るのが見える。急いで馬からおりて俺の前に跪づいた。
「これはこれは!ラウル様!そして皆様!よくぞおいでくださいました。何やら大きな音がして、調査団を組んで向かうところでございました!」
「ああすいませんパトス町長。あれは俺の仕業です」
「そうだったのですか?何故?」
「戦闘がありました」
「なんですと!どちらかの国が攻めてきたのでしょうか?」
「国じゃないですね。まあ怪物のようなものです」
「怪物…?」
「安心してください、すでに撃退しました。ですが次にどこに現れるか不明です」
「なんと!それは街の驚異となるものでしょうか?」
「人間に対処は不可能です。何かを発見したら、我が魔人軍基地を頼っていただけますとありがたい」
「いえいえ。これまでもかなりの援助をいただいておりますので!」
「それは当然の事なのです。魔人達をルタン町に住まわせていただいているのですから」
「いえ。街の魔人達にもかなりの助力を頂いております」
「パトス町長。私たちはまだ援助して頂いた金貨100枚の、1枚分も仕事してませんよ」
「そのようなことは」
「いえ。貧しい方からの助力はそれだけの価値があるのです」
「あ、ありがとうございます」
「とにかく魔人が皆さんを守ります」
なるほど、ルタンはかなり上手くいっているようで何よりだ。
とにかくパトス町長のはるか後方で、剣や槍を持った者達がたくさん待機している。どうやらパトス町長は兵を率いて爆心地に向かう予定だったようだ。早く安心させて解散してもらった方が良いだろう。
「とにかく、兵をひかせてください」
「わかりました」
パトス町長が手を上げると、1頭の馬がこちらに駆け寄って来た。
「脅威はラウル様が取り払ってくださった!皆は町に戻って良いぞ!」
「はい」
その伝令がみんなの所に戻る前に呼び止める。
「あ、待ってください!」
俺が引き留める。
「はい?」
「当分の間は人間達は森に入らぬよう、そして商人が他の都市に動くなら、魔人の護衛をつけていただけますか?」
「かしこまりました」
「魔人にはそう伝えておきます」
「ありがたいです」
まだデモンが潜んでいるかどうかは不明で、どこから来るかもわからない状態ではある。だがそれに屈して流通を止めてしまえば、人間の暮らしは弾圧されていた頃に逆戻りしてしまう。それだけは絶対に避けたいところだ。また敵の狙いは市民や商人、貴族や王族ではない事がはっきりしている。敵は俺に絞りをかけているようだ。俺がやられたら、こちらにかなりの打撃が加わると知っているやつがいる。かなり賢い奴が敵の裏にはいると見ていいだろう。
「今回はルタンにお寄りする事は出来ませんが、また時期が来たら訪れる予定です」
「かしこまりました。それではご武運をお祈り申し上げます」
「あ、それと、先ほどの兵達は自警団ですよね?」
「そうです」
「次は魔人管轄の人間の騎士をお使いください。さきほどのような緊急事態には、パトス町長の権限で兵を使えるように指示を出しておきます」
「私などが?」
「勇気あるパトス町長だからお願いするのです」
「わかりました。お引き受けいたします」
「有事には町長が動かず、魔人を魔人基地に走らせてください。ダラムバに言えばすぐに動くようにしておきます」
今回ダラムバは俺達の状況を念話で掌握していたため、ルタン町の護衛に徹するようにしていた。そのため魔人は動かなかったのだが、人間達が自主的に判断をして出る事も考えるべきだったのだ。緊急時はダラムバを通す事によって、魔人への指示が的確に入るだろう。うろたえた人間達を無駄に殺す事の無いようにしなくてはならない。
「何から何まで、痛み入ります」
「とにかく無事でいてくださるように、ところでテッカとニケは元気ですか?」
俺はクマの獣人と犬の獣人少女の事を聞いてみる。
「今はグラドラムに行っております」
「グラドラムに?」
「はい。なんでもシュラーデンとラシュタルに大勢の仲間がいて、その者達の能力をあげる事が出来ないか、グラドラムに相談に行くのだと言っておりました」
あらら…そこもノーマークだった。魔人じゃないので俺に行動制限の権限はないが、行動には危険が伴う。世話になったやつらには死なれたくない。
《まあグラドラム方面なら大丈夫だと思うがな》
《はい。街道沿いにはかなりの魔人が潜伏しておりますので、問題は無いかと》
《だな》
「わかりました。では町長、彼らが戻ったらよろしくお伝えください」
「はい」
「ではこれにて」
「身の安全をお祈り申し上げます」
俺達はパトス町長に挨拶をして、そのまま東へと向かって行軍を始めた。するといつの間にかファントムも戻ってきていた。俺の後ろにさりげなく歩いている。
「ご苦労さん」
「……」
ファントムはただ黙ってついて来る。
「とにかく急ぎましょう」
「そうじゃな」
やはり人間が徒歩で進むのは時間がかかる。基地に到着したのは、それから2時間後だった。午後になって雪がちらついて来ており皆の吐く息が白い。冬の行軍は余計に体力を使うため、人間の兵士たちに疲労がみえてきた。
「よし!全隊!到着だ!荷を下ろして休んでくれ!」
俺が指示を出すと兵士たちが自分の荷を下ろす。それぞれがその場に座ってうつむいていた。鍛えられているとはいえ、デモンとの戦闘音を聞いたり過酷な行軍で緊張が続いたため、どっと疲れが来ているようだった。
「この基地もだいぶ大きくなったようです」
「そのようじゃな」
「ラウル。とにかく急がないとだな」
「ああ。シャーミリア、魔人達を招集してくれ」
「は!」
シャーミリアが消えるようにいなくなる。そしてすぐ戻って来た。すると基地の奥から駆け足で大量の魔人達が走って来た。だいぶ人数が多いようで人が全く途切れず、全員が集まるまでしばらくかかった。
「そろいました」
シャーミリアが言う。
「よし」
俺は皆の前に立った。
「魔人軍諸君!君たちの日々の働きに感謝する!」
「「「「「「は!」」」」」」
「今日、この北の大陸でデモンに遭遇した!」
シーンとなり緊張感が走る。
「辛くも撃退する事が出来たが、いつ襲撃されるかもわからない。俺達魔人にとってグラドラムは今や重要な拠点となっている。もし敵が現れたらここが第一防衛ラインとなる。これより俺がこの基地の武器弾薬の補給を行い増強を行っていく。だが武器をいくら増やしても使いこなせねば意味がない、君たちの日ごろの訓練が物を言うぞ!そして君らにはルタン町の市民を守るという仕事もある!心してかかるように!諸君の働きに期待する!」
「「「「「「は!」」」」」」
「以上だ!解散!基地の責任者は俺のところに!」
「「「「「「は!」」」」」」
そして俺の前に現れたのは、オークの隊長だったガンプだ。久しぶりに見るガンプの顔は司令官としては十分な気迫が宿っていた。ガンプが俺の前に跪いた。
「ガンプ、デモンは強い。もし現れたら近寄る前に察知して先制攻撃あるのみだ。部隊編成はどうなっている?」
「大隊が3、内中隊が20、小隊にすれば300です」
「1200か…」
「はい」
「わかった。俺がグラドラムについたら増援を出す。とにかく広範囲に偵察隊をだして、異常を察知したらすぐに本部に通達、敵の動きを読んで待ち伏せしろ。敵に攻撃の隙を与えず一方的に攻撃をするんだ」
「かしこまりました」
「俺達はすぐに発たねばならん、すべてを任せていいか?」
「は!問題ございません!」
流石、真面目なガンプ。しっかりと組織を編成して管理運営しているのだろう。どこか鬼軍曹のような雰囲気を持っているが、面倒見がよく魔人達の人望も厚いやつだ。問題はないと思う。
「さてと…」
俺は次々武器召喚を行った。大量の銃とバズーカー、ミサイル、バルカン砲、戦闘車両を次々と出していく。いずれにせよここの武器は半分は消えているから、出し惜しみせずに大量に出し続ける。
「よし」
大量の武器を前に、俺は少し座り込む。
「ご主人様!」
「さっきデモン戦闘したばかりだから、だるさが襲ってきたようだ。無計画に武器を出しすぎたかもしれない」
「ふむ。ラウルよ、それは仕方のない事、備えあれば何とやらじゃ。じゃが少し休んだ方がええじゃろ」
「はい…ですが、少し待ってください」
俺が手を前に向けて、ヘイロー大型ヘリを呼び出した。100人の兵士を連れていくにはこれじゃなきゃ乗れない。さすがにふらふらしてくる。
「よく頑張った。じゃあ後は俺に任せてくれるかラウル。目的地はフラスリアで良いんだな?」
「ああエミル。頼む」
「歩けるか?」
「大丈夫だ」
「無理はせん方がええ」
モーリス先生の顔が凄く心配そうだ。
「わかりました。ファントム俺を連れて行け」
ファントムが俺をスッと持ち上げた。両の掌に抱えられそのままヘイローヘリに連れて行かれる。
「よし!兵士達!この乗り物に乗れ!」
マリスが人間の兵士に指示を出す。すると人間達はきびきびとした動きで、次々にヘリに乗り込んでいく。
「マリス、助かるよ」
「いえ。ラウル様はこんなに大変な思いをなさっておられるのですね。グラドラムにいた頃、自分はとても甘えていたのだと分かりました。さらに気を引き締めて事にあたろうと思います」
「偉いぞ」
「はい!」
マリスがニッコリと微笑んだ。まだ幼い雰囲気が漂う少年のようだが、いっぱしの指揮官になったようだ。
「ご主人様。ここからフラスリアへは数時間で到着すると思われます。その間は私奴とマキーナで機体の護衛を行います」
「すまない。タラム鳥グールに襲われたら、墜落してしまう可能性があるからな」
「は!」
シャーミリアとマキーナは、M240中機関銃とバックパックを背負ってヘイローの外に立つ。ハッチが閉まっていく間ずっと俺を心配そうに見ていた。
「それではみなさん!良いですか?」
マリアが兵達に声をかける。兵達が皆でマリアの方を向く。
「椅子に腰かけたら、その両脇に帯のような物があります!それを両脇から持ってきて、前で止める事が出来るのです。揺れた時に体を支えてくれますので、それをはめるようにしてください。つけ方が分からない時は、近くの私達の仲間に聞いて下さい」
マリアはベルトの締め方を教え始める。もちろん人間の兵士たちは、ベルトなど見たことないので戸惑っているようだ。何人かは自分で締める事が出来たようだが、マリアだけじゃなくカトリーヌやアナミス、ハイラなどにも効きながら取り付けていた。
もしかしたら、この人間の兵士にも現代兵器の取り扱いを教えた方がよさそうだ。
《それにしてもみんな、自分のやる事を自分で判断して動いてくれるようになったな》
そんなことを思いながら、ファントムに抱えられた俺は眠りについたのだった。