第615話 神出鬼没
次の日の朝、すぐにルタン町を出発した。
魔人達と共に毎日狩りと訓練をし続けていた、ルタン町の兵士を100人チョイスして連れて来ている。オージェに徹底的に鍛え上げられ、アナミスにガッツリ洗脳された人間の男達である。
ここまで飛んできたオスプレイでは100人乗る事は出来ないので、他のヘリを召喚する事にしたのだった。
「先生はお体大丈夫ですか?」
「ラウル。あれしきで酒は残らんわい」
やっぱり酒豪は違う。ボトルを何本か開けたと思ったが…強い。
「なんです?」
カトリーヌが聞き耳を立てていた。
「ん?先生は元気だって」
「それはよかったです!」
今回はカトリーヌの回復魔法を使わなかったから、全く問題ないはずだ。
「大勢での行進はやっぱ時間かかるな」
「はいご主人様。人間ですし仕方のない事であると思われます」
「精鋭でもこんな感じなんだな」
「ラウルよ。かなり速い進軍じゃと思うがのう」
「魔人に慣れてしまっててダメですね」
俺達はひとまずオスプレイを隠した場所まで歩いて行く事にしたのだった。来た時の倍は時間がかかりそうだが、それもリュート王国のため仕方のない事だった。
「それと、街道に人通りが少なくなったようじゃが?」
「そういえば、すれ違いませんね」
「商人も休みなのかのう?」
「かもしれません」
ラシュタル方面とルタンを繋ぐ街道を西に移動しているが、来た時と違って人っ子一人すれ違う事は無かった。商人にも休みというものがあるのかもしれない。
「ご主人様!」
シャーミリアがピリついた感じで俺の前に立ちふさがる。マキーナがモーリス先生やカトリーヌの前に、アナミスがマリアやエドハイラの前に立つ。
「どうした!?」
「分かりません。今、おかしな気配がしたような気がしました」
シャーミリア達の緊張がビリビリ伝わってくる。
「何かがいる?」
「それが…わかりません」
シャーミリア達が気配を読み違える事は無い、何かがあったとみて間違いないだろう。
「全体止まれ!」
後ろに言うと次々に後方に知らせて、行列が止まった。
しんとした空気が流れる。少し冷たい風が吹き、それ以外は特に何かがあったようには思えない。だが、魔人達は警戒を解いていなかった。
「魔獣か?」
もちろん魔獣ごときに、シャーミリア達がこれほど警戒する事は無い。まさかこんなところで立ち往生してしまうとは思わなかった。
他の何かがあると見ていいが…
「ご主人様。気配が消えました」
「なに?気のせいか?」
「気のせいではございません。ですが今は全く気配を感じません」
「わかった」
ここまで北の大陸で警戒する事が無かったので、皆がかなりピリピリしている。ハイラが不安そうな顔できょろきょろと俺達の顔を見ていた。
「ふむ。じゃが何かを感じ取ったのであれば、そのまま気づかぬふりをするのは得策ではないじゃろう」
「はい」
「どうするんだラウル?」
「エミル。精霊を使ってオスプレイを解体したあたりを、視認できるか?」
「やってみる」
そしてエミルが手のひらを空にあげる。ふわふわとした透明なマリモみたいなやつが漂い、西の方へと飛んで行った。俺達は動かずにそこで様子を見る事にした。
「なに?」
エミルが突然つぶやく。
「どうした?」
「精霊が消えた…消されたのか?」
「そんなことがあるのか?」
「分からない、初めての感覚だ」
「どういうことだ」
「わからん」
どうするか…。このままルタンに戻ったところで、問題が解決できるわけではない。かといって、この警戒の原因が分からないとどうしようもない。
「先行して調査しようかとも考えたが、100人を置いて行く訳にはいかない」
「そうじゃのう。分断されている間に、100人に被害が出てしまう可能性があるのじゃ」
「ええ。魔人なら敵がなんであれ、ある程度身を護る事ができるかと思われますが、敵によっては人間は無防備な子供と同じです」
ここにいても埒が明かない以上、消去法でとれる行動は一つ。
「装備を整え、前進する」
「「「は!」」」
「ふむ」
「はい!」
「了解」
そして俺は直ぐに現代兵器を召喚し始める。
ファントムには機動性を考えM134ミニガン。総重量100キロになるがファントムならピストルと同じようなもんだ。シャーミリアとアナミスにはM240中機関銃とバックパック、M9手榴弾×2 ワルサーP99ハンドガン。アナミスにはAT4ロケットランチャー、ウージ―サブマシンガン。マリアにはTAC50スナイパーライフル、ベレッタ92、P320ハンドガンを渡した。
「カトリーヌ、ハイラ、マリア、ケイナはこれを着てくれ」
防弾チョッキ3型を4つ召喚した。
「エミルはこれを」
FN SCARアサルトライフルを渡す。
「おう」
俺は状況に応じて装備を変えるつもりだった。そのため今は大きな武器を召喚せず、コルトガバメントを1丁手にもつ。
「わしが結界魔法を」
モーリス先生が、俺達11人に結界魔法を施した。
「さすがに100人はむりじゃからな」
「マキーナ、アナミス!お前たちはいったん100人の護衛を、ファントムが先頭でシャーミリアがしんがりを務めろ」
「「「は!」」」
「ハイラさんとカトリーヌはなるべく先生の側にいること」
「「はい」」
「マリアは俺と居ろ」
「はい」
「エミルとケイナは精霊を使って周囲の警戒を頼めるかな」
「もちろんだ」
「もちろん」
二人は風の精霊と地の精霊を動かして、周辺を警戒するように広げてい行く。
「ゆっくり前進!」
ファントムがゆっくりと歩き出し、それに合わせて俺達がじりじりと歩き出した。ここからオスプレイを解体した場所までは、まだ5km以上ある。
《ミリア、気配は?》
俺はシャーミリアに念話で確認をする。
《いえ、今はございません》
《了解だ》
100人の人間を連れている事が、かなりの負担になっている。だが彼らを殺されれば、せっかくダラムバが用意してくれた人材がパーになる。
「ハイラさんもカトリーヌも、武器が必要かい?」
「私は…無理です」
ハイラが言う。そりゃそうだ、普通の日本人は軍事訓練などしたことが無い。普通の女子大生に武器とか渡しても危ないだけだ。
「私は、ナイフならば。ですがルフラをまとっておりませんので足手まといです」
「カティも無理はしなくていい。いつでも回復魔法をつかえるようにしてくっ!」
ガキィッ
俺がカトリーヌと話をしているそばに一瞬にしてシャーミリアが現れ、爪で火の円盤のような物を防いでいた。そしてその円盤のような物は再びどこかへ飛び去ってしまった。
「ご主人様!お怪我は!」
「大丈夫だ」
「全体止まれ!」
アナミスが部隊を止めてくれた。
「どこからだ?」
「北西の森です」
「気配は」
「間違いございません。デモンです」
「こんなところにか…」
しかし森を見ても何かが蠢いているようには見えなかった。静かな森が佇んでいる。
「気配が消えました」
「なに?」
「どういうことじゃ?」
「申し訳ございません。わかりかねます」
シャーミリアで分からないんじゃ、俺達の誰が分かるわけもなかった。ただひたすら周りを警戒して、そこに立ち止まるしか方法が無い。
「敵が見えないんじゃ対策がうてない」
「ご主人様、恩師様、カトリーヌ様、マリア、ハイラ、ケイナは私奴の側に」
俺達はシャーミリアに言われ、隠れるように集まった。ひとまず考えている間はシャーミリアに守ってもらうしかない。
「とりあえず埒が明かないな、こっちから仕掛けるか」
「どうするのじゃ?」
「あいつを」
俺は目線でファントムを見た。
《ファントム、全く気配を見せない敵だ。どこにいるか分からないが、とにかく北西の森にM61バルカンを打ちまくれ》
キュィィィィィィィィィィ
ガガガガガガガガガガガガ
ファントムのM61バルカンが火を吹いて、北西の森の木や草をなぎ倒していく。その攻撃をしばらく続けさせた。
《止めろ》
キュゥゥゥゥン
辺りは静かになったが、遅れて木が倒れる音がした。皆が神経をとがらせて、そちらの方を向くが特に何も動く者は無かった。
「やったのじゃろうか?」
「いえ。恐らくその手ごたえは無かったと」
「俺の精霊にも何も」
エミルが言う。
「まずいな。油断したかもしれない、こんなところにくぎ付けにされてしまった」
「まさか北の大陸にまだ、おったとはのう」
「ですね」
俺達はすっかり油断していたのだった。ここまでの道中でデモンや、敵らしきものに会う事は無かった。普通に国々が営みを始めており、脅威になる物を感じなかったのだ。
「ラウル。あの精霊のヤカンは出せるか?」
エミルがファントムに収納した精霊のヤカンを呼び出そうと言う。
「ファントムまで距離がある。そしてあのヤカンは未知数だ、デカくなってくれるとも限らん」
「確かに‥俺は分体を使いこなせてはいないが」
「まずはファントムを使ってどこまで敵をようどっ!」
ガキィィィィィ
再びシャーミリアが爪で炎の円盤を受けていた。どうやら高回転している刃物のようで、その刃物が燃えているのだった。再び空中を飛んで今度は南西の森へと消えて行った。
「複数いるのか…」
「いえご主人様。一瞬現れた気配は先ほどと同じ者でした」
「一人か複数かもわからんか?」
「申し訳ございません。一体は確認していますが…」
「北から西に移動した気配は無かったがな」
「はい」
シャーミリアが敵の移動を見失う?…どういうことだろう?今までこんなことは無かった。
「予測がつかないな」
「あれをわしの結界で防げるのかも分からんのじゃ」
「そうですか」
「一度全員をここに集めるか、100人を諦めるかしかないんじゃないか?」
エミルの言う通りかもしれない。100人を引き連れたままだと、俺達の動きは完全に封じ込まれてしまう。
「そうだな。まだ人は残っているからな、この100人はこっ!」
ガッキィィ
「今度は北東からです」
またシャーミリアが爪で円盤を防ぐ、その円盤は今度は北東の方向から飛んで来ていた。さっきまで潜んでいたと思われる、南西から考えると全くの真逆だった。俺達の位置を飛び越えて向こうに行った事になる。
「ご主人様。お声を発さないようにお願いできますでしょうか?」
シャーミリアが言う。
《どうしてだ?》
《明らかに、ご主人様を狙ってきております。恐らくこの隊の要であることを知っているかあるいは》
《あるいは?》
《ご主人様の正体を知っている者でしょう》
《なるほどな》
《声をめがけて攻撃してきているように思われます》
《了解だ》
俺は皆にハンドサインで地面を見るように伝える。いまシャーミリアから伝えられたことを、地面に書いて皆に知らせた。皆が俺の目を見て頷いた。
《ファントム!来い!》
一瞬で俺達の下に巨体がやってくる。
《ファントムは、先生とカトリーヌ、マリア、ハイラ、ケイナを守れ》
《……》
《マキーナ、アナミス。人間の護衛を解いて、先生とカトリーヌ、マリア、ハイラ、ケイナの周辺を警戒しろ》
《《は!》》
すぐにマキーナとアナミスがやって来て、モーリス先生から少し離れた場所に立った。いざという時は100人の兵は捨てて逃げる作戦に切り替える。だが一つだけ試してみる事があった。
《さてと、シャーミリア。お前は俺を何としても死守しろ》
《この身に変えても》
《頼んだぞ》
俺はコルトガバメントをカトリーヌに黙って渡した。両手をフリーにして常に何の武器でも呼び出せるようにしておく。
《俺が合図をしたら、俺を抱いて北へ飛べ。それも手加減をせずにな》
《かしこまりました》
《3、2、1》
ドシュッ、という音と共に意識を刈り取られそうな初速で、北へと飛ぶ。ゼロからマッハのこの加速にはいつも死にそうになるが、魔力で最大強化していたため何とか持ちこたえた。音速を超えたスピードで飛ぶシャーミリアに聞く。
《気配は?》
《途切れ途切れになりながらついて来ております。ですが徐々に離れていっているようです》
《凄いなデモン。このシャーミリアがどっちに飛んだのかを掌握出来たんだ》
《そのようです》
しかも離されながらもこっちについて来ているという。今までのデモンとは能力が違うように感じた。
《速度を5分の1に》
《は!》
《どうだ》
《どうにか追いついてきているようです。不思議なのですが、気配がついたり消えたり…一体どうなっているのか》
《大丈夫だ。俺にはおおよその推測が付いた》
《さすがです》
《じゃ、あの山の岩壁に降りようか》
《かしこまりました》
ドン!
スピードを上げて、すぐにシャーミリアが岩壁に降り立つ。背面は壁になっており、下を見下ろせば断崖絶壁だ。俺達を攻撃する方向は限られている。俺とシャーミリアは得体のしれない敵を息を殺して待つのだった。