第614話 緊急招集
ドアを開けるとそこに立っていたのはモーリス先生だった。
「先生、どうしました?」
「ふむ。ちょっと用事があってのう」
「入ってください」
「うむ」
先生が入って来て、ボフンと一つのベットに腰かけた。
「おぬしら、へったくそじゃのぉー」
「えっ?」
「はっ?」
「紳士たるもの、もっとさらりとやらねばならんぞ」
「な、何がですか?」
「繁華街で見ておったじゃろが」
バレてる。まあカトリーヌやケイナにも見られていたので不思議ではない。
「はい…」
「あんなものは、一瞬視界に入れたらあとは知らんぷりするのじゃ。その後のことはこうやって内密に話すのが紳士というものよ」
「すいません」
「すいません」
俺とエミルが頭を下げる。それが紳士だという事は知らなかった。
「まあ良いわ。もちろん行くのじゃろ?」
「いや…それは…」
「とぼけんでええのじゃ!顔に行きたいと書いてあるのじゃ」
顔に…俺はそんなに行きたそうな顔をしていたのか…
コンコン
いきなり、ドアをノックする者がいる。
「はい!」
「失礼します!たらいと水をお持ちしました」
ダラムバだった。ドアを開けると大きなたらいをファントムが持ち、水がなみなみにはいっていた。ダラムバはタオルを持ってきてくれたようだ。
「体を拭く布はこちらに」
「ああ、ありがとうダラムバ。あと俺達はいろいろと重要な話し合いがあるから、誰も近づけないようにしてくれるか?」
「かしこまりました」
「ファントムは扉の外で見張れ」
「……」
ガチャンとドアを閉めると、ダラムバが立ち去る足音が聞こえた。しばらくドアに耳を当てて聞いている。
「いったか?」
「ああ」
「ふむ。それでは計画の続きじゃな」
「はい、実は窓から脱出しようと考えてました」
「おぬしらは浅いのう」
「えっ?」
「窓など向こうから確認されとるぞ」
「向こうとは?」
「おぬしらの相手じゃ」
「本当ですか?」
「そういうもんじゃ、じゃが念のため窓だけは開けておくのじゃ」
「わかりました」
危なかった。窓から脱出したところを見つかる所だった。安易に抜け出さなくてよかった。
「じゃ、行くかの」
「どこから?」
「さっきの食堂からじゃ、あそこなら宿泊部屋からは死角になっておる。既に確認済みじゃ」
「さすがです」
「じゃが気になる事もある」
「なんでしょう?」
「ゴブリンたちじゃ。ここで使用人をしとるじゃろ」
「ああ、大丈夫です。私の系譜の下にいるので口は堅いはずです」
「ふむ。それではそろりと行こうかの」
「はい」
「はい」
「ファントムから軍資金だけもらっとくのじゃ」
「あ、忘れるところでした」
ドアを開けてファントムを室内に入れる。
「先生どのくらい必要ですかね?」
「適当でええじゃろ」
「わかりました。じゃあファントム!100枚入りの金貨袋を出してくれ」
「なんじゃと?おぬしどれだけ豪遊するつもりでおるのじゃ?」
「え?そんなにいりませんか?」
俺が言うと先生が考え込んでしまう。何を考えているんだろう。
「気に入った相手に金を配る、というのもありじゃのぅ。次に行く時に贔屓にしてもらえるじゃろ。もしくは気兼ねなく豪遊するかじゃ」
「じゃあもっていきましょう。100枚なんて全体から考えたらほんのわずかですし」
「ならええじゃろ」
ファントムが体内から100枚入りの金貨の袋をだした。俺はそれをもらってバックにしまう。
「ファントム!俺達はいなくなるが、お前はこの部屋を完全に護衛するんだいいな!」
「……」
「朝までには確実に戻る」
「……」
たぶん分かったと思う。
「ではそろりと行くのじゃ」
「はい」
「はい」
モーリス先生がドアを開けてきょろきょろとみる。廊下は暗く窓から指す月明かりだけが頼りだった。先生が月明かりを割けるようにスッと外に出たので、俺達も後を追うように部屋を出た。そのままそっと食堂にまわると、ゴブリンたちが後かたずけをしていた。
「あ!ラウル様」
「しーっ!いいからいいから。俺達がここに来た事も、これからここを出ていく事も誰にも言わないでくれ」
「わ、わかりました」
ゴブリンたちは俺に言われ、慌てたように返事をした。
「いいか?くれぐれも内密にな。これは大事な作戦行動なんだ」
「はい」
よし。ゴブリンはこれで大人しくなるだろう。
「それじゃあ裏口へ連れて行っておくれ」
「は、はい!」
ゴブリンについて行くと、勝手口のドアが見えて来る。
「ここなら完全に死角じゃ、窓から出るような事はしなくていいのじゃ」
「なるほどです!さすがは先生です!」
「普通じゃ。ラウルやエミルも普通ならこのくらいの判断はつくじゃろうが?」
「あの…気が焦ってました」
「精霊神でもあせるのじゃな」
「はい」
「と、とにかく出ましょう」
「ふむ」
そして俺はそっと勝手口から外に出る。裏口は真っ暗でどこからも見えないだろう、魔人ならともかくカトリーヌやケイナには見えないはずだ。そして俺達は無事に、その建物から脱出する事が出来た。しばらくは身を潜めて歩かなければならない。
「ここまで来ればええじゃろ」
「ふうっ。隠密行動の訓練をやって来て良かったです」
「私も精霊の力で体を軽くしてました」
「うむ。日ごろの鍛錬のおかげじゃの」
「「はい!」」
そして俺達は魔人街を抜けて街の喧騒に身を任せる。街はさらににぎわっており、いろんな種族がそこいらじゅうを歩き回っていた。結構酔っぱらっている人も居るみたいだ。
「やっぱ楽しそうですねー」
「そうじゃろそうじゃろ!」
「せっかくこういうところに来たら羽を伸ばさないと」
「精霊神も好きじゃのう」
俺達は陽気に道を歩いて行く。すると俺とエミルが気にしていた繁華街の路地裏が見えた。やはり綺麗な夜の蝶があちこちに立っている。その女性たちは妖艶な雰囲気を醸し出し、歓楽街のムード満点だった。
「あらぁ…珍しお客様だこと」
「おにいさん、おじさまぁこちらへよっていらしてぇ」
「なんとも凛々しいお方だこと、こちらで遊んでいらっしゃって」
そちらこちらから声をかけられる。
「ふむ、そうじゃのう」
モーリス先生が何か品定めするように、女たちを眺めていた。何を品定めしているのかは、よく分からないが。とにかく選んでいるようだ。
「そっちの嬢ちゃん」
「はぁーい。うちの店を選ぶのかしら?」
「いい酒は置いてあるかの?」
「ありますよ。ちょいとお値段が張りますが、もちろんまじりっけなしの良いお酒ですゎ」
「よし、ここにしよう!」
「「は、はい!」」
実は俺もエミルも前世では、こんな店に来た事が無かった。とにかくどんな感じなのか分からないが、楽しそうな感じはバンバン伝わってくる。
「3名様いらっしゃいました~」
女がドアを開けて中に声をかけると、これまた妖艶な女性がやって来て中に誘う。店内はほの暗いが、座席ごとに灯りがともされ席ごとに客と女が座っていた。言ってみれば前世で言うキャバクラだろうか。あまり言った事が無いのでわからないが。
「こちらへどうぞ」
席に座るとすぐに、数名の女たちがやって来て俺達の席に座る。
「あら?素敵なおじさまですこと」
俺達から見ると、おじさまではなくおじいさんなのだがリップサービスなのだろう。
「そして背の高い、美男子と…」
「えっと坊やはいくつかしら?うちの店は…」
「お嬢さん。この子は既に成人しておるのじゃ、問題はないのじゃ」
「あらん?失礼いたしました。とてもお若く見えたものですから」
「あ、いえ。すみません」
「あらぁ、かわいいわあ」
「ほんとうだわ、珍しい髪の色と目の色」
「顔立ちもとても可愛いし」
「あ、ありがとうございます」
「そしてご主人のその立派なお髭、素敵だわ」
「ふぉっ!世辞はええのじゃ。とりあえずこの店で一番高い酒を3本頼もうかの」
どうやら先生は酒が足りなかったらしい。
「ありがとうございまーす!」
女たちが色めきだった。どうやらお金持ちとみなされたらしい。
「それと、美味いつまみ。あとは何があるのじゃ?」
「南から入った果物があります」
「じゃあそれじゃ」
「ありがとうございまーす」
俺達の前にグラスと酒が並べられ、氷が入ったアイスペールが置かれる。そして果物とこまごまとしたつまみが置かれた。女たちがテキパキとその酒をつぎ、料理の皿を各自の前に並べる。女たちの前にもグラスが置かれた。
「ではおひとつどうぞ」
作られた酒のグラスが先生に渡され、次にエミル次に俺に渡される。
「よし!綺麗なお嬢ちゃんがたに乾杯じゃ!」
「「「「「カンパーイ!」」」」」
先生は一気に飲み干し、女たちは数口クピクピと流す。俺とエミルも琥珀色の液体をくびりとやる。
「甘い」
「うま」
「チョコみたいだ」
「なんだこれ!」
俺達二人が驚いている。
「かわいいー」
「そんなに驚いてくれるなんてうれしいわあ」
「どれどれ―、綺麗なお顔ね」
女たちはモーリス先生の腕に抱きつき、俺とエミルの側にグイっと寄って来た。既にモーリス先生のグラスには次の酒がつがれている。俺達はあまり酒が強くないので、ちびりちびりとやった。
「ところで、お客さんダークエルフ?色が違うみたいだけど」
エミルが聞かれる。ダークエルフが町にいるのでそう思われたらしい。
「まあ、そんなところです」
「ハンサムねえ。女の子に困らないんじゃない?」
「い、いえ。えっと困るとかそういうことはないかも」
「やっぱりー」
「そっちのボクはどうなのかなぁ?」
どう?どうとはどういうことだろう?よくわからないが、どうでもない事はたしかだ。
「どうでもないです」
「きゃははははは、おっかしい」
「かわいいー」
隣の女が俺の顔にぎゅうっと胸を押し付けて来る。香水の匂いが鼻をついて、お酒の匂いが漂った。淡い茶色の髪をふわりと巻いた胸の大きな女だった。つぶらな瞳だが唇がぷっくりしていて可愛い。
「せんせ!もっと飲んでくださいな」
「すまんのう!」
くぴくぴと、先生はもう何杯目かの酒を飲んでいた。既に1瓶を空にしてしまったようだ。
「あらぁ、追加どうします?」
「もう3本、同じのを追加じゃ」
「はぁーい。お酒追加でーす」
また新たに同じ高級酒がテーブルに並べられ、空になった瓶が下げられていく。女たちもよく飲むのでドンドン無くなっていく。
「せんせは、どこかのお偉い様なのぉ?」
「ふむ。まあそうじゃな、じゃが今日は身分など関係ないのじゃ。飲め飲め!」
「はぁーい」
「いただきまーあす」
女たちも遠慮せずに飲む。俺の反対側の女が俺の太ももに手を置いて来る、これはわざとなのだろうか…だがなんか心地いい。エミルも鼻の下を伸ばして頬を染めている。まあ酒のせいだとは思うが楽しそうだった。
《ご主人様!緊急事態です!》
いきなりシャーミリアから念話が繋がった。
《ど、どうした!》
まさかこんな時にシャーミリアから緊急の念話が繋がるとは思わなかった。
《もうしばらくすると、カトリーヌ様とケイナがご主人様の部屋に向かいます》
《なにい!》
俺の酔いが一気に冷めた。
「先生!緊急事態です!対象が我々の部屋に向かったと!」
「なんじゃと!」
「それはまずい!」
とにかく直ぐに店を出て戻らねばならない!部屋を開けたらバレてしまう!
「お勘定をお願いします!」
「あらぁ!急にどうしたのぉ?」
「まだいいんじゃなぁーい?」
「そうよー」
女たちも楽しかったようで、俺達を離そうとしない。
「ゴメン、また時間がある時に来る。ちょっと急用を思い出した」
「ざんねーん。また来て頂戴ね」
「まってるわぁ」
「可愛いボク!」
ギューッっと胸を押し付けられた。たまらん!だが!
「おかいけーい」
女が言うと奥から少女がやって来た。
「金貨23枚です」
おっ!割といったな。高級酒をこれだけ空ければそうなるか。まあいい、俺は直ぐに金貨を払う。
「わあ、お金持ち」
「すてきだわ」
「とにかく美味かったのじゃ、また来るでのう」
「せんせ、おまちしておりますわぁ」
「ハンサムさんもね」
「ボクもまたね」
金を払って俺達は直ぐに飲み屋を出た。繁華街に出て走り始めるが、モーリス先生が千鳥足になっている。
「先生!私におぶさって!」
「す、すまんのう」
そして俺は先生をおんぶしながら走る。エミルが風の精霊の力を使って、俺達が走るのを追い風でスピードアップしてくれた。あっという間に俺達の建物が近づいて来た。
《ご主人さま!今廊下におります》
《わかった》
《ファントムをどかそうとしています》
《ファントム!少し邪魔しろ!》
《……》
俺は必死だった。エミルも必死だった。ただひたすら走る走る。
「先生を投げろ!」
エミルが言うので、俺は先生を建物の方に投げた。すると風の精霊魔法の力で窓からするりと入っていった。
「次!」
俺もふわりと浮かび風に乗って部屋に入る。エミルが後からするりと入り込んだ。
「ラウル様?もうお眠りになりましたか?」
ドアの外から声がかかった。カトリーヌだった。俺は急いでドアを開ける。
「どうした?」
「あら?」
「なんだい?」
「ずっとここにいましたか?」
「もちろんだ。明日も早いし寝るところだ」
カトリーヌが俺の脇から部屋の中をのぞく。
「先生がいらっしゃるようですが」
「この部屋で寝る事になった」
「そうですか…」
「なんで?」
「いえ、ゴブリンが何かソワソワしていたので聞いたのです。するとラウル様から、出かけるので誰にも言わないように言われたので言えないと。ここには誰も来なかったというように言われたので、ここには誰も来なかったと」
「えっ!そんな事言ってたの?」
「はい」
未進化ゴブリン…ヤバイ。素直すぎる。
「たぶんなんか勘違いしたんじゃないかな?」
「そうですか‥‥」
「そうだよ」
よし!乗り切った!どうやら間一髪間に合ったようだ!さすがはシャーミリア、俺の危機をいつも助けてくれる。
「…何か…」
「なんか?」
「お酒臭いです」
はっ!ヤバイ!そこまで気が回らなかった。
「えっと、あの!」
「先生ですね?お酒を勧めたのは」
「ふぉ!すまなんだ!ちょいとダラムバに頼んで買ってきてもらったのじゃ」
「深酒はしないでくださいね」
「もう酒は無いのじゃ」
「わかりました。夜分に失礼いたしました。じゃ行きましょうケイナ」
「エミル!あまりお酒飲んじゃダメよ」
「ああ、わかったよ」
そしてドアを閉めて彼女らが出て行った。どうやら信じてくれたらしい…。しかし未進化の魔人がそこまで緩いと思わなかった。ゴブリンが悪いわけじゃないが、軍にも入っていない一般の魔人に頼むときは要注意だ。
「ふぅー」
「はぁー」
「ほぉー」
俺達3人は深く深ーくため息をつくのだった。