第612話 魔導士の振り分け作業
ラシュタル政府はかなり進歩していて国営も問題ないようだ。視察を終えた俺達は、次の目的地に行く事を伝える。ほとんどダンスしてケーキ食っただけだけど。
「では、最後に孤児院に行ってみませんか?ぜひ先生に見ていただきたいのです」
ティファラが言う。
「わかったのじゃ、ラウルよ。ええかの?」
「はい」
「では簡単な視察含め、徒歩でまいりましょう。これだけ協力な護衛がいるなら問題ないですわ」
「わかった」
ティファラとルブレスト、数名の騎士を護衛につけて孤児院に出かける事になった。国営の孤児院のため、ひもじい思いをしている子供はいないそうだ。俺達11人はティファラにぞろぞろとついて行く。孤児院は王城からそれほど離れてはいなかった。
「なるほど立派な孤児院じゃの」
モーリス先生が言う通り、まるで学園のような孤児院だった。
「ここでは学問なども教えております」
「すばらしい」
「そこで大賢者である、モーリス様に見ていただきたかったのです」
「ぜひ見させてもらおうかの」
「はい」
騎士の1人が門番に近づいて、門を開けてもらう。二人の騎士がそのまま俺達を玄関まで誘導してくれるようだ。
「広いな」
孤児院の中はだいぶ広かった。ユークリットの宿舎を利用した学校ぐらいありそうだ。
「安全のためにも内密にしているのですが、ここに居る孤児のほとんどが死んだ貴族や騎士の子供なのです」
「よく生きていたな」
「一般市民が自分の子供として協力しあってかくまったのです。貧民街にも貴族の子は逃げ、浮浪者のように生きておりました」
「逞しい。よく生きてくれたのじゃ」
「はい」
騎士が孤児院の玄関を開けると、中は静かで人は居なかった。
「人がいないようだけど」
「授業中だと思います。ぜひこっそり指導しているのを見ていただきたいです」
「ふむ」
俺達が更に中に入っていくと、教室のような場所にでた。廊下の窓から中を覗き込むと、子供達は真面目に授業を受けているようだった。
「どうでしょう?」
「感心じゃの、何を学んでおる?」
「文字と計算になります」
「基本じゃ、それでよい」
「それでお聞きしたいのですが、モーリス様の見立てで魔力を含有している子はいますか?」
「おる」
どうやらティファラは子供たちの素質を見出してほしくて、先生を連れてきたようだった。
「騎士は生き残った者もおりますが、王族や貴族が滅ぼされた事もあり魔導士がおりません。魔導士は国防の要となりますが、それを見極める事が出来る人材もいなくなりました。どうか魔導士の素質のある子を教えていただきたいのです」
「よかろう、喜んで協力するのじゃ。してこの孤児院には何人ほどおるのじゃ?」
「130人ほどです」
「そんなにも助かったのじゃな」
「市民の協力によるものです」
「わかったのじゃ、それでは授業が終わったら全員を講堂へと集めてほしいのじゃ」
「かしこまりました。では校長室へ」
俺達はそのまま廊下を渡り校長室へと向かう。校長室には一人の初老の男がいた。
「ティファラ陛下!」
足早に近づいて、跪いた。
「校長。こちらは大賢者のサウエル・モーリス様です」
「モーリス様!これはこれは!」
校長は大賢者の名前を聞いて、めっちゃ緊張してカチカチになった。まあ言ってみれば世界の大先生のようなもんだし、当たり前と言ったら当たり前だが。
「そんなに堅くならんでもよいのじゃ、とりあえず生徒の話を聞きに来たのじゃよ」
「わかりました。それではこちらへ」
校長室はそんなに広くないので、モーリス先生とティファラ、ルブレスト、俺、カトリーヌが入る。
「校長。こちらは魔人国王子のラウル様、そしてこちらがナスタリア家のご令嬢カトリーヌ・レーナ・ナスタリア様です」
「なんと…あのナスタリア家の!私が生きているうちに、このような奇跡があるとは思いませんでした」
「それで校長。此度は大賢者様に、魔導士の素質がある者を見分けていただきます」
「ああ、なるほど!それはすばらしい!やっと子らの素質を見ていただける方が、来てくださったのですね」
「そういうことです」
「では、すぐに準備に入りましょう」
校長はテーブルの上に置いてあった呼び鈴を鳴らした。
コンコン!
隣の部屋のドアがノックされる。
「失礼します」
女の人が入って来た。髪の毛は肩まで短く切り揃え、邪魔にならないようにしているようだった。真面目そうな顔で背筋もピンと伸びている。
「魔導士の素質を見極められる方がいらっしゃった」
「かしこまりました。それでは各教室を回り通達をしてまいります」
「授業が終わったら、全員講堂に集まるように伝えてくれ」
「はい」
女が出ていく。
「陛下。ようやくでございますね」
「ええ校長、これで指導の指針も見えて来るでしょう」
「はい」
「それではモーリス様、お手数ではございますが何卒よろしくお願いいたします」
「それほど手間はとらんよ」
しばらくすると、さっきの女の人が戻って来た。
「まもなく授業が終わります。その後全員が講堂に集まるようにと伝えてあります」
「わかりました」
俺達はそのまま、校長と女の人について行動へと移るのだった。講堂はまあまあの広さがあり、生徒たち130人くらいなら丁度入れそうだった。ガヤガヤと声がし始めて、子供達が講堂の入り口からぞろぞろと入って来た。
「なるほどなるほど」
「モーリス様、いかがでしょう?」
「ユークリットよりかなり多いのじゃ、ユークリットでは貴族の子供もほとんど残っておらんかった。この国はよくこれだけの子を守り通したのう」
「ユークリット王国より、若干の時間的猶予があったからだと思います。そうでなければラシュタルも二の舞になっていた事でしょう」
「そうじゃな」
ユークリット王国は、いきなり攻められて防衛準備も出来ぬまま滅ぼされた。さらに北にあった分ラシュタルには時間があったという事だろう。それでも兵は何もできぬまま分断され、ほとんどが殺された。生き残ったルブレスト達が、闇に潜むように耐え忍んで反撃の時を待った。その間に出来る事があったという事かもしれない。
「で先生。どんな感じですか?」
「かなり期待できるのじゃ」
「国の希望となりますね」
「ふむ」
生徒が全員そろって整列する。やはり生まれが良い者が多いのか、その佇まいには品があるようだった。校長が前に出て皆に話しかける。
「今日はユークリット王国から偉い先生方がきました。皆の顔を見たいと、ここに集まってもらいました。皆の素性を知っている方達です。隠れ耐え忍んだ君たちの顔を良く見せてあげてください」
「「「「「「はい!」」」」」」
皆が元気よく返事をする。
「おお!みな元気がええのう!わしゃサウエル・モーリスと言う、隣の国で校長先生をしとったものじゃよ。校長先生とは同じ立場だと思っておくれ。本当に元気に学問にはげんでくれているようで安心したのじゃ」
「「「「「「はい!」」」」」」
「それではこれから簡単な試験をする。それは一人一人の顔を見る、と言う試験じゃよ。何も特別な事はせんでええ、これから一人一人前に出て来て先生に良く顔を見せておくれ」
「「「「「「はい!」」」」」」
「校長先生、羊皮紙とペンはあるかの?」
「はい。それでは椅子と机も用意いたします」
「すまんのう」
そして椅子と机が用意されて、その後ろに俺達が立った。
「なら、赤と青で分けていくかの」
先生が俺をひょいひょいと手招きする。
(ラウル、羊皮紙に書き記しておくれ。赤が魔力保持者、青が持たぬ者じゃ)
先生がこそこそ話で伝えて来た。
(わかりました)
俺は羊皮紙とペンを持ち、半分に線を引き赤と青に分ける。
「では角の君から」
「はい!」
卒業証書を受け取る時のように、一番前の角から、一人の生徒が前に出て来てモーリス先生の前に立つ。ツインテールにした女の子だ、目がつり目でツンとした鼻がかわいい。不安そうな顔でモーリス先生の前に立つ。
「ふむ」
先生がじっと顔を見る。するとモーリス先生の背中の辺りに、赤い点滅が灯った。恐らくは光魔法の応用だと思うがこんな能力があったとは驚きだ。
「君の名は?」
「ジョディ・カーム・サラミスです」
「ふむ!元気で良いな。では戻って良いぞ。次!その隣の子」
約10秒ちょっとで見極められるようだ。
「はい!」
次は男の子だったが…見覚えがある。その子も俺の事をちらちらと見ていた。先生の背中には青い点滅が灯った。
「君の名は?」
「マイルス・シュラトです」
うーむ残念。ティファラと同じ奴隷商につかまっていたマイルスだが、どうやら魔力は含有していないようだ。と言う事は騎士の子供なのかもしれない。
「元気そうだな、マイルス」
俺が声をかける。
「はい!あの時は命を助けていただきありがとうございました!」
「いい返事だ!立派な騎士になりそうだ」
「ありがとうございます!精進します!」
俺に声をかけられたことで、マイルスが嬉しそうにしている。俺がマイルスの頭をポンポンしてやると、照れて笑った。
「じゃあ位置に戻れ」
「はい!」
マイルスは元の位置に戻っていった。
「ふむ。では次!」
そして次々に子供達を呼んでは、魔力保持者と未保持者に分けていく。1時間もかからずに判別していくのは見事だった。全員の名前を聞き終わってモーリス先生が立ち上がる。
「良い子達じゃ!君たちにはこの国の未来がかかっておる!良い王に恵まれたことに感謝するのじゃぞ!せっかく救われた大切な命じゃ、無駄にすることのないようにのう。学問にそして武に励むがよかろう」
「「「「「「はい」」」」」」
そしてこの学校の校長先生が再び前に立って、子供達を解散させた。
「では解散」
「「「「「「はい」」」」」」
子供達は駆け足で講堂を出て行った。
「ありがとうございます」
ティファラが先生に礼を言う。
「大したことではない。それよりもじゃ、魔力を持っていてもきちんと使い方を学ばねば危険じゃぞ。あのクルス宰相は、なかなかの回復魔法の使い手じゃ。彼が適任じゃと思うがの、忙しいのではないじゃろうか?」
「もちろん宰相の地位にはついたままでいていただきます。ですが議会の方は私が担当いたします」
「王が自らかの?」
「やる人がいなければ仕方がありません」
「大したものじゃな」
「大したことはありません」
「ふぉっ!一本とられたわい」
先生のお株を奪うようなティファラの一言に場が和む。
「ではティファラ、こちらが魔力持ちの名簿だ」
俺が子供の名前を記した一覧をティファラに渡した。
「ありがとうございます」
そしてティファラとルブレスト、校長がその羊皮紙を覗き込んだ。
「えっ!」
「こんなに?」
「魔力持ちが…」
「そうじゃな。よくぞ貴族の子らをかばってくれたと、民を自慢するがよいて。この国はまだまだこれからじゃが、希望はあるのじゃ」
「ありがとうございます」
そう、魔力持ちはなんと4割の50人に及んだのだ。彼らがその能力を開花させれば、国家の防衛と言う意味では心強かった。
《ファートリア神聖国に残ったのは、魂核をいじってしまった魔導士だからな。恐らく俺が指示をしなければ戦闘では、うまく機能しないかもしれない。将来的にはラシュタル王国が魔法国家になりそうだな。ファートリアの魂核をいじった者達の子供がどうなるか分からないので、これからはラシュタルに頑張ってもらう事にしよう》
《そうですね。魂核をいじった者は元に戻りませんから…》
《それ誤算だったよな。まあ敵だったから仕方ないけど》
《はい。時と場合によるかと》
俺とアナミスが念話でこそこそ話をする。
「あとは大事に育てるのじゃ」
「はい。足止めをしてしまい申し訳ございませんでした」
「いや、これは大事な事だよ。むしろやっておいてよかった」
「ありがとうございます」
「じゃ行くよ」
「はい」
そして俺達はラシュタル王都を後にするのだった。ティファラもカトリーヌも泣きそうな顔をしていたが、最後は笑って手を振って分かれる。来た時のトラックは王城に置いて来たので、96式装輪装甲車を召喚してラシュタル魔人軍基地へと走った。