第611話 地方創生
国内の民が集まって議会が行われているという議事堂に着いた。さすが議事堂と言うだけあって大きな建物だった。きちんと受付があり、そこには受付嬢が2人座っている。俺たちが入って来るのをみて、スッと立ち上がって礼をする。きちんと教育されているようだ。
「失礼します」
ティファラが声をかけた。
「これは!王…」
女は声をかけて来た相手を知っているようだ。
「しっ!お忍びなのよ、一般の傍聴客として扱って頂戴」
「かしこまりました」
「では失礼して」
俺たちが一礼して、受付を通り過ぎようとした時だった。
「あ!」
受付のもう一人の女の子が声をあげた。その声に俺だちが振り向くと、慌てたように受付の女が頭を下げる。
「失礼いたしました!」
1人がそう言うと慌てて頭を下げ、最初に声をあげた1人も続いて頭を下げた。俺は何故かその子らに初めて会った気がしなかった。だがかっちりした制服をきて髪も綺麗に束ねられた、品の良さそうな2人の事を思い出せない。
「どうした?」
優しく尋ねたのはルブレストだった。ルブレストは顔見知りのようで笑っている。
「いえ!お邪魔をいたしまして、申し訳ございませんでした!」
「どうしたのよサラ?」
「違うの勘違いしたみたい」
名を聞いて俺は思い出した。
ミナとサラ。
ターフが面倒を見ていた姉妹だった。彼女らの身なりがかなり整っていて、すぐには気が付かなかったのだ。何故かこんな場所で仕事をしていた。あのデモン戦の時、貧民街にいた2人が立派になっている。アナミスに夢を見させて忘れさせたが、俺の顔をみて反応してしまったのだろう。
「ティファラ陛下、彼女らは?」
「元は地位のある騎士の子らで、貧民街で皆の面倒をみてくれていたようです。貧民街を取り壊した際、貧民達の仕事をこちらで斡旋したのです。彼女らは読み書きができたため、役人の仕事についてもらいました」
「さすが、早速テコ入れしたんですね」
「ラウル様とのお約束ですから」
「ありがとう」
「お礼を申し上げるのはこちらです」
「じゃあ2人とも頑張ってね」
「はい」
「はい」
俺達は2人に見送られて議事堂に入っていく。議事堂の中では白熱した議論が交わされていた。周りが傍聴席となっており、下の階でやっている会議が見れるようになっている。
「ティファラ、傍聴席に座っているのはどんな人?」
「一般市民ですわ」
「ずいぶんと開かれた会議をしているんだね」
この世界は王族と貴族が支配する、カーストが主流だが、何故こんな事をしているのだろう。
「グラドラムを見たからです」
「グラドラムを?」
「あそこでは人も魔人も平等でした。力の強い魔人は優しく、人間のポール様も分け隔てなく接しておられました。ラウル様の母君は皆に優しく、そして仕事を与えておりました。私も国をそうしたいと思ったのです」
《なーるほどね。彼女も民主主義の影響をうけちゃったわけだ。シュラーデンといいラシュタルといい、民主化が進んでしまっているらしい。王族と貴族がいないのだから、必然的にそうなってしまうのかもしれない。じゃないと国が回らんか…、ユークリットはチグハグだったもんな。カーストが良いのか民主が良いのかは良くわからないけど、王も民もそれで納得してるならいいか》
「あ、クルス神父。王城にいないと思ったらあんなところに」
会議をしている中央の席に座って、民の話を聞いているのはクルス宰相だった。
「はい。宰相には採決の仕事がありますので、舞踏会は欠席しました。本人が辞退したというのもありますが、彼はラウル様の踊りを見逃しましたわね」
いやー。俺ちゃんと踊ってないし。むしろ踊らされただけだし。
「ま、まあ、宰相がいないと議会も困るだろうしね」
「はい」
白熱しているようだが、会議は荒れる事なく順調に進んでいる。利権などもなく、皆が今を生きるために必死に議論しているように見える。戦後の復興なんて、こうやって皆が一丸となってやっていかねば進まないだろう。この熱さを未来永劫、忘れないでいただきたいところだ。人間というのは欲望の生き物なので、いつまでも続くとは思わないが切に願う。
「あそこにはどういう人が?」
会議している人たちを指さす。
「商人、農家、鍛冶屋、学校、教会、役人に関係した者ですね。それぞれの代表者達が十数人ずつ、100名ほどがおります。議題の内容はほとんどが都市の発展についてです」
「こうして一般市民の前でやらせているのは?」
「不正などを働かないようにですわ」
いろいろと考えた結果の事らしい、ティファラの王としての手腕はなかなかのものだ。
「すごくいいね」
「ありがとうございます」
「安心したよ」
「ラウル様にそう言って頂けましたら光栄です」
ティファラは逞ましい女性だった。奴隷商で死にかけていた彼女を救えた事は、元の虹蛇風に言えば必然だったのだろう。運命の歯車が順調に回り始めるのを感じるのだった。
「では陛下」
「どうしました?改まって?」
「ここを見ただけで、ラシュタルが正常な国政が出来ている事がわかりました。我々はそろそろ次の地へと向かわねばなりません。これからもルブレスト大臣と共に国を支えてください」
「はい、わかりました」
「視察は終わりです」
「ですが都市内の…」
「いえ大丈夫です…いや、大丈夫じゃないな。とにかくすぐに行きましょう!」
「ど、どこへです?」
ティファラが俺の真剣すぎる剣幕に狼狽えている。
「ケーキとタルトを食べに」
俺はさっき王城の裏を出るときに、ティファラから聞いていたケーキとタルトが頭にこびりついて離れなかったのだ。
「いまから?」
「もう議会を見たしいいでしょ」
「わかりました。ではご案内さしあげますわ」
「さすがはラウルじゃな!よーくわかっておる!わしもそればっかり気にしとったわい」
「ですよね!」
「あのー」
俺と先生がはしゃいでいると、カトリーヌがジト目でみている。
「なに?」
「ラウル様も先生も、ティファラが真面目にやっているのに!」
「えっ?真面目だよ」
「えっ?真面目じゃが」
「ぷっ、生徒も生徒なら、先生も先生だ。あはは」
ルブレストが笑う。
「いや、都市の運営は正常だとわかるよ。それより俺たちは早く旅立たなきゃいけないし、美味いものは食っておきたい」
「お!いきなり口調がざっくばらんになりやがったな!どっかよそよそしかったが、それがいい」
「もう、公務は終わりだからな!ルブレストもいくだろ!」
「甘いのは食わん」
「でも付き合ってよ」
「魔王子のたのみとあっちゃ断れんな」
「ふふっ。やっぱり楽しい人達!」
ティファラもテンションを上げる。
「ティファ」
「カティも行くでしょ?」
「もちろん行くわ」
「シャーミリアさんもファントムさんも行きましょ!」
「お供させていただきます」
「……」
満場一致で美味しいスイーツを食べに行くことになったのだった。入ってすぐに出てきた俺たちに驚き、ミナとサラがさっと立ち上がる。
「もうよろしいのですか?」
「視察は終わりました」
「わかりました!それではお気をつけて!」
2人が頭を下げる。
「じゃあ元気でね」
俺がそう言って手を振ると、2人も手を振ってくれた。あの時渡したお金が生きた事がうれしかった。こうして立派に役人としての仕事をしてくれている。
「ティファラ、彼女らにも仕事をありがとう」
「彼女らは議会が無い日には、王城で文官をしているのですよ」
「偉いな」
「とても勤勉でいい子達です」
「ああ」
議事堂を出ると俺たちはすぐにスイーツの店に向かった。次回来た時までおあずけなんて嫌だ、早く食べたい。街が混んでいて歩きづらく気がはやる。
「街もかなり復興したんだね」
リヴィアサンの襲来で水浸しになった街もだったが、建て直しなども終わっており綺麗な街並みだった。補強もされており都市は完全に復活していた。
「魔人基地があって助かっています」
「魔人も都市には来るのか?」
「ええ。住宅再建の際は大変お世話になりました」
「街の大工が、基地にペチカを作ってくれたようだけど」
「職人達は特に魔人と仲が良いですから」
「なるほどね」
繁華街に行くと一際混雑している店が見えてきた。
「あそこが例のケーキ屋さんです」
「ずいぶん並んでいるな」
「そうですね、早く並ばないと無くなってしまいます」
お忍びなのでさりげなく後ろに並ぶと、店内の入り口からメイドと派手な女、そして日本人が出てきた。間違いない!あいつらは俺の付き人と配下のサキュバスと異世界人だ。
「マリア!」
「ラウル様!ちょうど良かったです!全員分買いましたよ!」
「でかした」
俺たちはマリアの元に駆けつけた。
「やっぱりラウル様は気にされてましたね。アナミスちゃんから聞いて急ぎましたよ」
どうやら念話で伝わってたらしい。
「ああ、裏口で聞いた時から気になって仕方なかった」
「ちゃんと押さえてあります」
「よかったですわ、売り切れるんじゃないかと心配してました」
やはり持つべき者は優秀なメイドだな。
「他のみんなは?」
「私たちの代わりに視察に」
「わかった。じゃあ急いでタルトの店に!」
俺が言うと足速にティファラが歩きだした。
「あそこです!」
また、行列が出来ていた。流石に売り切れ必至だ。
と。
店の中から黒髪の美人とエルフとエルフがでてきた。
「ラウル!」
エミルが声をかけてきた。
「エミル!」
「いやあ、危なく売り切れるとこだったぞ!人数分は抑えたぞ!」
持つべきものは甘党の親友だ。
「流石だな!」
「マキーナさんから聞いて慌てたよ。でもバッチリさ」
ティファラとルブレストがぽかんと俺たちを見ている。だが、王城を出るときにあんな事を聞かされては、俺の魂が反応しないわけがない。それをアナミスとマキーナがキャッチしてしまったわけだ。
「では皆様!王城に帰ってティーパーティーにいたしましょう!」
「賛成!」
ティファラとカトリーヌが盛り上がっている。
「ラウル様よろしいですか?」
「もちろん良いに決まってる。っていうかせっかく、俺の気持ちを汲んでくれたんだからね」
「では」
結局、議会をちょっとだけのぞいて、すぐに王城に戻ってきた。一体何しに行ったのかよくわからないが、とにかくケーキとタルトをゲットしたわけだ。十分すぎる戦果に俺は満足だ。王城に戻ると使用人たちが慌てて出迎えの準備をしていた。しばらく帰ってこないと思って、通常業務をしていたらしい。慌ててドアを開けて俺達を迎え入れた。
「あら、ごめんなさい」
「陛下!お早いお帰りで!」
執事が汗をかきながら言う。
「視察は十分に出来たという事で、帰って来たのですよ。これからお客様達と会議をします。お茶の用意をしてください、お茶請けなどは必要ございません。皿とフォークだけ持ってきて頂戴」
「かしこまりました」
そして俺達は迎賓室に向かった。
「いやあ!売り切れなくてよかったよ!アナミスもマキーナも良く聞き届けてくれた!」
「ありがとうございます」
「満足いただけて嬉しいです」
「エミルもケイナもすまんな」
「いや、ハイラさんのおかげだけどな!」
「ハイラさんが?」
「そうだ。そう言うお菓子は直ぐに売れきれる可能性があるから、押さえておいた方がいいっていうんだ」
「だって、前世じゃその手のスイーツは行列が出来るし、すぐに行かないと売り切れるのが当たり前だもの」
どうやらハイラは、東京の人気スイーツ店の事を言っているらしい。
「ハイラさんグッジョブ!」
俺がサムズアップすると、ハイラもサムズアップし返してくれる。
「でも凄い人気なんだねー」
カトリーヌが言う。
「実は私もお菓子が好きでしょ、だから町おこし的な政策をしているの」
「町おこし?」
「実は王都内のお店に御触れをだしているんだけど、月に一回ごと市民のお菓子投票をしているのよ。議会で発表するのだけれど、あの店は現在の1位と2位なの」
「道理であんなに混んでいるのね」
「味を競わせることで、職人の技術をあげようと思っているわ。私はその順位を見てはこっそりお忍びで食べに行っていたのよ」
「ティファらしいわね」
「ふふふ」
女子トークがされているうちに、使用人たちがお茶を運んできた。人数分のティーカップが並べられていく。
「なるほどね、観光の目玉としては良いね」
「名付けてお菓子の都です」
「すっごく良いよ。俺達も他の地に行ったらドンドン宣伝する事にする、ラシュタルは素晴らしいお菓子の王国だったって」
「ありがとうございます」
ティファラは、こう見えて相当な策略家なのかもしれない。俺達が考えもつかない方法で、自国の売りを作り出そうとしている。俺達が席に座ると、マリアが丁寧に切り分けてくれた。手慣れたもので次々とケーキとタルトが目の前に置かれていく。
「じゃあいただきます!」
みんながフォークを構えて、目の前のスイーツを口に運んでいく。
「うんま!」
「本当ですね!ほっぺが落ちそう」
「でしょ!」
「美味いのじゃ!こりゃたまらんわい」
「マジだ。1位2位だけある」
「こういうのはエルフの里じゃだべられないわ」
絶賛だった。あっという間に皿が綺麗になっていく。こんなにうまいケーキとタルトはこの世界に来てから食った事が無い、というよりも前世でも食った事が無いかもしれない。
「ティファラ、これは凄いよ」
「ありがとうございます。次に来たらまた違うお菓子が1位かもしれませんよ」
「楽しみだ」
お菓子の王国と言うキャッチフレーズが合うだろう。もう一度、来たいと思わせるための仕掛けがたくさん作られていた。さすがはティファラ女王、人を喜ばせる才能があるのかもしれない。
「ずっとここに居たくなりますね」
「そうじゃな」
「早く戦争を終わらそうぜラウル」
「ああさっさと終わらそう」
敵の存在が今どうなっているのか定かではないが、南の状況を見るとどこかに潜伏している事は分かっている。北の大陸を全域調べられたわけではないし、迅速に補給と視察を終わらせて次の作戦に移らねばならなかった。前向きに生きる民の為にも戦争を早く終わらせる必要がある。
得体のしれない敵を思い浮かべながらも、俺は今のこの幸せな時間を堪能するのだった。
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