第609話 究極のダンス?
《はあ?》
《戦闘組手ツヴァイでございます》
えっと…おまえなにいってんの?言ってる事一切分かんねえ…
《いかがなさいました?》
いや、いかがなさいました?とかじゃなくて。
《えっとここで戦闘訓練をやるのか?》
《いえ。戦闘組手ツヴァイは決まった型をもっての訓練でございますので、あの流れを踊りに落とし込んではいかがでしょうか?》
すまん。ミリアがこの窮地に俺を助けようと、助言をしてくれるのはありがたいんだが、どうすればいいのか一切分からない。そもそも組手と踊りは全く違う、違いすぎると言ってもいい…
アップテンポで情熱的な曲になったとたん、シャーミリアが戦闘組手ツヴァイをやるという。
俺はつい呆然としてしまう。
《私奴にわずかな踊りの心得が御座います。ご主人様を私奴がご誘導させていただき、踊ってはいかがかと思いまして》
《うん。おおよそ言いたいところは…いやほとんど言いたい事は分かったが、実は一切理解できてないよ》
《申し訳ございません!説明が足りませんでした。ツヴァイの手順に合わせて、私奴がご主人様をご誘導させていただくのです。ご主人様は可能な限り私奴に身をゆだねていただければと》
どう説明されたところでよく分からない。とにかくシャーミリアに任せればいいんだという事はわかった。
《じゃあ頼む》
よくわからないが了承した。俺とシャーミリアが向かい合って手を取り合う。
ブン
いきなり視界が振られた。俺は自分の意志と関係なく、まるで人形のようにシャーミリアに振り回される。
「うひょっ!」
変な声が出た。戦闘組手ツヴァイとは違う動きのような気がするが、アップテンポの曲に合わせて俺の体が勝手に動かされていく。
シャーミリアが手を広げると俺の手も広げられ、シャーミリアが俺の足を軽く蹴り上げると俺の足が高く上がった。くいっと上半身を引かれて俺がかがみこみ、シャーミリアを抱きかかえるようになる。そのままシャーミリアが重力を無視して回ると、俺が彼女を回しているようになる。シャーミリアを支えながら彼女が自ら飛んで、まるで俺が持ち上げているようになった。
正直俺は何もしていない。
俺は完全にシャーミリアの操り人形になって動かされていくのだった。だが特質すべきは、まるで俺がリードしているように見える事だ。シャーミリアを抱き、回し、持ち上げているように見える。
「うそ?」
「おおっ!」
「すごい!」
「いつのまに?」
カトリーヌにモーリス先生、マリアにエミルが次々に感想を言っているのが聞こえる。実際に俺は何もやっていないのに、踊れるのを隠していたかのようだ。俺はまるで人形のように踊らされ続け、曲が終わると同時に踊りが止まった。
シーン
いきなり情熱的でアグレッシブな踊りが展開されて、場内がシーンとしてしまった。
《もしかして、何かおかしかったかな?》
焦ったのも束の間だった。
おおおおおおおおお!!
パチパチパチパチパチ!
パチパチパチパチパチ!
パチパチパチパチパチ!
身内からも、従者たちからも演奏者からも喝采が上がった。
「凄いですわ!ラウル様!さすがは魔王子です!」
「さっきのお言葉はこの為だったのですね!わざわざ初めてのフリをして!」
「いつのまに?幼少の頃から踊りなど学ばなかったと思うのですが」
「そうじゃのう!踊りを嗜んどったとは思わなかったのじゃ!」
「ラウル!ズルいぞ!お前!自分が出来るのに初心者のフリしてたのか?」
ティファラ、カトリーヌ、マリア、モーリス先生、エミルがめちゃくちゃ驚いている。
「いや、これは…あの…そうじゃなくて」
「何がそうじゃなくてなものか、こんな特技を持っていたのか!」
ルブレストも称賛を送ってくれるが…これは俺の力じゃないんだ!
「あ、あの」
「ではご主人様。お次はアナミスをお誘いくださいませ」
シャーミリアは満足げに俺に言う。
ていうか、この後始末どうしたらいいんだ?まるで俺が踊りの達人のような目で見られているぞ。てかアナミスと踊るときにこれは無理だろ!
俺がそのまま、皆の居る場所に戻る。
「さっき私がお教えした踊りなんて、お恥ずかしいですわ」
カトリーヌが言う。
「いや、これには深いわけがあるんだ。むしろ俺は本当に…」
「深いわけ?なるほど相当練習なさっていたのですね」
ティファラも言う。
「違うって、練習なんて、今日がはじ…」
「私も知りませんでした。フォレスト家でも踊りはしてませんでしたよね?」
「そうそう!してないしてない!だからこれは…」
「ふぉふぉふぉ!まるで一流の踊り子よの」
「先生…違うんですって」
「ラウル。お前そんな特技隠し持っているなんてズルいぞ」
「違うんだエミル」
どうやら本当に全員俺が踊ってるように見えたらしい。100のうち100シャーミリアが踊ったというのに、俺の手柄になってしまった。
《どうしよう…》
《いえ。すべてはご主人様のお力なのです。私奴はご主人様に踊らされたのです》
《違うだろ》
《ご主人様のお力です》
シャーミリアも埒が明かなかった。どうやら彼女はそういうことに仕立て上げたいらしい。さっきまでのビクビクしたカッコ悪い俺を、一気に男前にして満足しているようだ。
「あの…みなさん。今のはまぐれです!実はシャーミリアとやっている戦闘訓練の一つだったのです!」
「そう言う事だったのですね!」
「踊りを訓練に組み入れるとはすばらしいですわ」
「それなら納得です」
「ふむ。やはりラウルは奇抜な事をやりおる」
「今度俺にも教えてくれ」
「あの…もう一度やれと言われて出来るか分かりません」
「とにかく素晴らしかった!」
ルブレストが言うと、皆がまた拍手をしてくれた。自分の実力はゼロなのに褒められるのは気持ちが悪い。だがもう取り返しがつかないので、そのままにしておくことにするしかない。
「ラウル様、お次の方が待ちくたびれてますわ」
カトリーヌが言う。その目線の先にはアナミスがいた。するとまたスローペースな曲がはじまるが、激しく踊った後はクールダウンと言う事らしい。
「アナミス。次は僕と踊っていただけますか?」
「光栄にございます」
《アナ!どうしよう、さっきのはシャーミリアに踊らされたんだけど》
《念話は聞いております》
《同じことは、もうできないぞ》
《では私に意識をお預けになっていただけますか?》
《ん?それでいいのか?》
《力を抜いてくださいますか?》
《わかった》
スッ
俺の意識は黒く染まった。
そして…
徐々に目が覚めると目の前にアナミスの可愛い顔があった。
「あれ?今どうなった?」
「終わりました」
パチパチパチパチパチ
すばらしい!
美しかったですわ!
なんだろう、また称賛されている。だが全く記憶が無い、意識がなくなったと思って目が覚めたら称賛されていた。一体俺は何をやったのか全く分からない。
アナミスに一礼して戻る。
「何という優雅な踊りでしょう」
「初心者のフリをして驚かすなんて、でも感動しましたわ」
「ご成長されて‥マリアは感動です」
「あれでは女はメロメロであろうよ」
「お前にそんな才能があったとは」
うん。何で褒められてるのか全然わからない。とにかく俺は踊ってそれを褒められているらしいが、きっと上手く行ったのだろう。みんなの評価が痛い。
とにかく最後まで踊らないと終わらない。マキーナの前に行く。
「マキーナ、僕と踊っていただけますか?」
「私などをお誘いくださいましてありがとうございます。何卒よろしくお願いいたします」
そして俺はマキーナの手を取って向かいあう。
《もう分かってるよな?》
《はい…困りました。私にはシャーミリア様のようにもアナミス様のようにもできません》
《いいんだよ…》
「あの、ゆっくりな曲調でお願いします」
俺が音楽隊に頼むと、ゆったりした音楽を始めてくれた。
「これであれば大丈夫です。私にも踊りの心得はあります」
「わかった。さっきカティに教えてもらったから、ゆっくりとした踊りを」
「はい」
何人も踊りを踊ったおかげで、少しは体に染みついたようだった。マキーナともなんとなく踊りを踊れているようには見えているようだ。一曲終わってマキーナに礼をする。
「ふぅ」
「さすがにお疲れになったようですね。何人ものお相手をしたのですから無理もありません」
ティファラが言う。
「汗を」
カトリーヌがタオルを持って俺の額をふいてくれた。
「ふぉふぉふぉ!さすがに疲れたようじゃのう」
「いや、まあ…」
「なんか今のは、最初に踊った時みたいだったな」
「ああエミル。これが本来の俺だよ」
「よくいうぜ」
「いや本当に」
パチパチパチパチパチ
「いいものを見せてもらった」
ルブレストが拍手をしながら言うと皆が拍手をしてくれた。すっごく踊ったと思うのだが、あまり記憶が無いような気もする。カトリーヌと踊ったのが一番印象として残っているが、その後は怒涛の如く過ぎ去ってよくわからない。
皆がそれぞれに感想を述べていると、音楽隊が再び演奏を始めた。
《いや、もう踊れないけど…》
流石にもう踊れない、だがそれは俺達が踊るための音楽では無かったようだ。
「美しい…」
曲に合わせた歌が流れていく
ラーラーラ♪ラララ♪ルーララ♪ラー♪
魂を揺さぶるような透き通った歌が披露される。歌詞は無いがその旋律はとても美しく、つい俺達は聞き入ってしまった。俺達が音楽隊の方を見ると意外な人が歌っていた。
歌を歌っていたのは、エドハイラだった。
魂の底から揺さぶられるようなその歌に、俺達は静かに聞き入っていた。
《そういえば、前世では歌の仕事をしたかったと言っていたな。オーディションで落ちたと聞いていたが、こんな美しい声のどこがいけないんだろう?いや選考委員の目が節穴だったんじゃないか?》
エドハイラの声はセイラの眠りを誘う歌とは違い、魂が覚醒するようなそんな響きを持っていた。
曲が終わる。
パチパチパチパチパチ
俺達はただただ拍手をしている。それだけに感動的な歌声だったのだ。
「すみません。久しぶりに音楽を聞いたら歌を歌いたくなってしまって」
「すっごくよかった」
俺が言う。
「本当ですわ、ハイラさんの歌声はとても神々しくて素晴らしかったですわ」
カトリーヌも絶賛だ。
「私の音楽隊も、あなたの伴奏が出来て幸せそうです」
ティファラが言う。
皆がエドハイラの歌を聞いて感銘を受けているようだった。何というか魂の奥底、魂核に響くようなその歌声に皆が一瞬にして心奪われたらしい。
「聞いた事の無いような旋律じゃった。異世界の音楽かのう?」
「いえ。今即興で歌いました」
「なんと!即興とな?」
「はい」
《てか天才じゃね?》
てっきり何かの音楽を伴奏に当てはめたのだと思った。今作ったばかりの即興曲だったとは驚きだ。
「精霊たちが喜んでいるよ」
「そうね」
エミルとケイナが言う。どうやら精霊も喜ぶ歌声だったらしい。
「素晴らしい歌声をありがとうございました」
ティファラがエドハイラの手を取り改めて感謝した。
「いえ。勝手にすみません」
「また聞かせてくださいね!」
「よろこんで」
みんながハイラの歌を聞いてほっこりしている。彼女の歌には何かのスキル的なものがあるのかもしれない。
「さて皆さん。今日は私の我儘にお付き合いくださりありがとうございました」
改めてティファラが上品にお礼をする。
「こちらこそ」
「ありがとうティファ」
俺とカトリーヌが礼を言う。
「魔人国の方達にこの国を開放していただき、いまでは女王としてこの国を統治することとなりました。外交が始まるまではこの国を出ることなく、守り続ける使命があります」
皆が静かに聞く。
「皆様はまだ戦いの真っ只中にあると聞きます。国々の視察を終えれば再び前線に行かれます。出来ましたら私もついて行きたいのです。ですが国を守る王が出て行けば、再び国民が迷う事でしょう、そしてついて行ったとしても足手まといにしかなりません」
《まあ確かに間違ってない。女王を連れて行っても足手まといにしかならないだろう》
「私は全員が無事に帰ってきてくださると信じています。それはもちろん確信めいたものが御座います。そして再びこの楽しい時間を過ごしたいと思っております。そのためにこの舞踏会を開催させていただいたのです」
ティファラの言葉に熱がこもる。どことなく涙を浮かべているようにも見えた。
「必ず帰ってきてください。そしてまた皆で舞踏会を、もっと楽しい事をたくさんしましょう。ご無事で帰ってくる事をお祈りします。今日はお付き合いくださいましてありがとうございました」
ティファラが礼をする。皆がその言葉に拍手をした。
《この会は俺達が戦地から帰ってくるための、士気の向上だったのか》
《いえ、ご主人様。これは全てカトリーヌ様のために催された会だと思われます》
《カティのために?》
《一番のご友人のために、カトリーヌ様に一番楽しんでもらおうと思って開催されたと思うのです》
《そういうことか》
《ですので私奴もアナミスもご主人様の恰好良い素晴らしい所を、カトリーヌ様にお見せしようと愚考したのです。勝手な真似をお許しください》
《すみません。意識を奪って踊らせてしまいました》
《いやミリア!アナ!そう言う事なら最高だよ。お前ら》
「ああ…ハア・はあ…はあ」
ペタン
良い所なんだから!そこでそれを出さない!俺がじっと見ているとシャーミリアがすくっと立つ。
「失礼しいたしました。ご主人様」
「とにかく礼を言うよ」
二人の話を聞いてティファラを見ると、やはりティファラはカトリーヌをじっと見つめていた。どうやらこれは全てカトリーヌの為に行われた事らしい。明日死ぬかもしれない戦争で、素敵な思い出を焼き付けてあげたいという親友の想い。
エドハイラまでがそれに花を添えてくれた。俺はここに居る皆に感謝をするのだった。