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第608話 伝説の舞踏会

「みなさまの為にあつらえたお洋服はいかがですか?」


ティファラが声をかけて来る。


「はは…なかなか着慣れないから、似合っているのかどうか…」


「もちろんお似合いですよ。さすがは魔人国の皇太子様です」


「ありがとう」


「カティはどうです?」


ティファラに聞かれた。後ろではカトリーヌが自分の感想を言われるのを待っている。


《どういったらいいんだ。こういう時!こういう場で何て言ったらいいか分からない!まて焦るな!焦るんじゃない!》


《ご主人様のお気持ちを素直にお伝えくださればよろしいかと》


《分かった!》


「凄く似合っている。信じられないほど綺麗だし可愛いと思う」


「お恥ずかしいですわ」


カトリーヌが少しうつむいて顔を赤くした。


「ピンクがこんなに合うんだね」


「ティファが用意していてくれたのです」


「ピッタリだよ。さすがは陛下」


「堅苦しいのは装いだけで良いですわ」


ちょっと堅くなっている俺をティファラが配慮する。


「ふう、分かった。とにかくキラキラ光って見えるね」


実際にカトリーヌの首から下には、ラメっぽいのがキラキラ光っている。


「ありがとうございます。ラウル様も凛々しくて素敵です。こんなにドレスアップしたのを見たことがありませんでした」


「俺もこんなにおしゃれなのを着るのは初めてだ」


「よくお似合いです」


俺とカトリーヌの様子を見て、ティファラがニコニコしている。どうやら俺の答えは正解だったようだ。そしてカトリーヌの表情を見ても素直に答えてよかった。


「そして精霊神様」


「エミルでいいです。陛下」


「では堅苦しいのはやめましょう」


「わかった」


「ケイナはどうでしょう」


「あ、えっと」


《コイツ…詰まりやがったぞ。ここでスラスラ言わないと!俺はさっきシャーミリアに言われて助かったが、とにかく直ぐ言え!》


「あ、詰まったわね」


言わんこっちゃない。


「そ、そんなことは無い!もちろんとても良いと思う」


「本当に思ってるのかしら?」


「思ってる!めちゃくちゃ思ってる!」


「慌てなくていいのに」


「あの、綺麗だ。今まで見たことなかったから動揺した」


「ありがと。エミルもカッコいいわ、里の偉い人みたい」


「ああ。まさかこんな衣装が着れるとは思っていなかったよ」


「そうよね」


エミルもケイナも自分たちの衣装を見て、くるりと回ったりしている。どうやらエルフの正装としてかなり高貴な感じの服らしい。


「モーリス先生もきまってますわよ」


「堅苦しいのう。だいぶ昔に王宮に呼ばれた時以来じゃぞ、こんな格好をするのは」


「でも素敵よねカティ」


「はい。先生のこういう格好を見るのはお久しぶりです」


「わしはええよ。それにしても皆素晴らしいのじゃ」


モーリス先生がティファラとカティ、マリア、シャーミリア、マキーナ、アナミス、ハイラを見渡す。


「ラウル様。彼女たちはいかがでしょう」


ティファラがまた聞いて来る。


「彼女らのこういう衣装は見たことが無いから嬉しい。シャーミリアはいつものドレスと雰囲気が違ってていい。マリアもほぼメイド服しか見たことなかったから、かわいい一面が見れたよ。マキーナのドレス姿もしっとりとしていて美しいし、アナミスも普段の服装から考えたらとても上品でドキドキする。ハイラだってなかなかに似合っている」


「それはよかったです!」


ティファラはとても満足そうだ。俺は素直に一人一人の感想を述べたが、本当はもっと言いたいことがあるような気がする。だけどあまりに美しすぎて言葉が出てこない。


「して陛下。皆にこのような衣装を着せて何をなさるおつもりです?」


ルブレストが聞く。


「もちろん決まっているじゃない。この場所はなに?」


「舞踏会場です」


「ならやる事は一つでしょ」


ティファラがチラリと執事を見る。それを受けた執事が手を鳴らすと、扉が開いてぞろぞろと人が入ってきた。


《えっ?この世界に楽器あるんだ。そう言うのとは無縁で生きて来たから無いと思ってた》


ドアを開けて入って来たのは、ヴァイオリンっぽい楽器やチェロ、フルート風の楽器を持った人々だった。前世の物とは少し形状が違うようにも見えるが、間違いなく楽器の類だろう。


《…てか待って!舞踏会場に楽器ってまさか!》


楽器を持った人たちが用意された所定の位置に座っていく。


「え!あの…ティファラ様」


「ラウル様どうされました?」


「えっと、これから踊るって事で認識はあってるかな?」


「あっております」


《えー!無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理》


「ちょ、ちょっと待ってほしい」


先に口を開いたのはエミルだった。


「もしかしたら舞踏会を開くという事で認識は合ってますか?」


「ええその通りでございます」


「ぶ、舞踏と言う事は踊るんですよね?」


《それはさっき俺が聞いた》


「もちろんです」


「えっ?」


「あら、ケイナさんは楽しそうだとおっしゃってましたわよ」


「ケイナが?そうなの?」


「楽しそうじゃない。このような機会を与えてくださった陛下に感謝です」


ケイナはニコニコして言う。


「ほら」


「そ、そんな」


《どうしたことだろう?この場所でビビり散らかしているのは、俺とエミルだけのような気がする。みなどうしてそんなに落ち着いていられるんだ?》


ティファラはとてもうれしそうな顔をしているし、カトリーヌやマリアは頬を染めてニコニコしている。魔人達も特にビビっているようには見えない。


「では。みなさん、ゆったりとした曲をおねがいします」


ティファラが音楽家に声をかけた。


《まて!心の準備、いや!何も準備が出来ていねえぞ!いきなり音楽とか、かけるな!》


心の中ではそう叫んでいるが、もう何が何だかわからなくてパンクしてしまった。俺達の気持ちをよそにゆったりとした美しい音楽が流れ始める。


「ちょ、ちょっとカティ!」


俺はカトリーヌを手招きする。


「はい!」


嬉しそうに俺の下にやって来た。


「ちょっと」


俺はカトリーヌの手を引いて端っこの方に行く。


「どうされました?」


「あの、カティ。申し訳ないんだが、踊った事など無いんだ。俺は魔王子でありながら、申し訳ないが一度も踊りなど踊った事が無い!出来ない!どうしよう!」


「うふふふふ」


《うふふふふふふ。じゃねえって。てかそんな綺麗な顔と綺麗な衣装で、これ以上ない美しい笑顔で笑うのをやめてくれ》


「俺はいいよね?踊らなくていいよね?」


「ラウル様」


「え?」


「魔人国の皇太子が舞踏会にお呼ばれして踊らない?それが許されると?」


「え?だめなの?」


「これからも友好国として親交を深めていくのですよね?」


「もちろんだ」


「ならわかりますよね?」


「……あ、あの!」


「大丈夫です。ラウル様は簡単なステップを踏んでいただければよろしいのです」


《いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや無理》


「簡単なステップの意味が分からない」


「まあ音楽に合わせて簡単な足踏みをするだけでもいいです」


「ど、どうやって」


うろたえる俺を見てカトリーヌが落ち着いて教えてくれる。


「ラウル様あれを」


俺が振り向くと…なんと事もあろうにモーリス先生が優雅に踊っていた。相手はマリアだが、マリアもとても優雅に先生に合わせて踊っているのだった。


《えっ!先生踊れるんだ!》


「凄い」


「先生もマリアも簡単な踊りなら身に付けております」


モーリス先生はスムーズにマリアをエスコートするように、舞踏会場をスルスルと滑っていた。俺のイメージではこういう事が苦手だと思っていた先生が踊っている!


裏切られた。


いや…それは俺の勝手な妄想だ。先生が裏切った訳ではない、俺がダサいだけだ。


「でも俺は無理」


「確かにきちんとした踊りは無理かもしれませんが、ここではいいのです。この雰囲気で楽しく踊るのをティファはしてほしいだけなのです。観客もティファの従者のような使用人ばかりなのですから」


カトリーヌに言われているうちに徐々に気持ちが落ち着いて来た。俺はたぶん焦りすぎていたのかもしれない。


「そうか」


「さあ、皆のところに」


「わかった」


俺はカトリーヌに手を引かれて皆の下に戻る。


「どうした?大将?」


ルブレストがニコリとして俺に言う。


「い、いやなんでもありませんよ」


「そうか。まあ俺も踊りは苦手だぞ、音楽に合わせて適当に体を動かせばいい」


見透かされていた。


「わかりました」


そんな話をしている脇から、ティファラが言う。


「私のお相手は、ルブレストがお願い」


「陛下、謹んでお受けいたします」


ルブレストがティファラの手を引いて真ん中に移動する。するとモーリス先生のようにスルスルと優雅に踊り出すのだった。ティファラは慣れた動きでルブレストに寄り添うように踊る。


「カッコイイ」


「ほら、大丈夫ですよ」


「ああ」


俺の後ろにシャーミリア、マキーナ、アナミスもやってくる。この上品な雰囲気の中で、彼女らも全く動揺していないようだ。その後ろからエミルとケイナもやって来た。


「ラウル様、エミルに言ってください。なんだか我儘を言っています」


「どうしたエミル?」


「いや、無理だろ」


「なにがだ」


「踊りなんて」


「お前は何を言っているんだ。精霊神でエルフの王ともあろうものが、こういう場所では踊るのが普通なんだよ!」


「はあ?ラウルはどうなんだ?」


「もちろん踊るさ」


「マジか?」


「マジだ」


俺はわざと自分の逃げ場を無くした。エミルに乗ってしまうと俺はたぶん踊れなくなるからだ、今までの命がけの戦いからしたらなんてことないはずだ。


「じゃ、じゃあ!カトリーヌ」


「はい」


俺はカトリーヌの手を引いて2組が踊っている場所に行く。しかし…もちろんガチガチだった、今にも転びそうになるのをこらえてたどり着いた。


「ラウル様…尋常じゃないほどの汗を掻いていますけど、大丈夫ですか?」


「は、はは。だってカティ、こういうところに来たら王子は踊らないといけないんだろ」


「まあ、それはそうですが…辛いならやめても」


「バカ言え。もうここまで来たらやるしかない!」


「は、はい!」


恐らく俺は目が血走っているだろう。だがカトリーヌに恥をかかせるわけに行かない。とにかく皆を真似るんだ、そうすれば道は開ける。俺はカトリーヌの正面に立って両手を握った。手汗が物凄いがこの際気にしていられない。


「じゃあ!」


むぎゅ


「痛っ」


「あ!ごめん!」


いきなりカトリーヌの足を踏んでしまった。だが今のカトリーヌの小さな悲鳴で少し自分を取り戻した。


「大丈夫ですラウル様。ゆっくりゆっくり」


カトリーヌがスルスルと動くのに合わせ、俺が足をゆっくりと動かしてついて行く。


「そうそう、それで良いのです」


「そうなのか?」


「ふふっ!上手」


むしろカトリーヌが上手く俺を誘導しているように感じる。やはりナスタリア家のご息女は、かなりレベルが高いらしく素人の俺を引っ張ってくれる。


「どうです?」


「なんていうか、いっぱいいっぱいだけど。カティとこうしているのが楽しい」


「よかった」


「カティは?」


「すっごく楽しいわ」


カトリーヌはこれ以上ない満面の笑みで喜ぶ。


《そうか、俺はこの笑顔のために頑張って来たんだ!》


勝手にそう思うほどいい笑顔だった。


「ほら、あちら」


カトリーヌに言われた先には、エミルとケイナが踊っていた。ぎこちないものの二人は楽しくおどっているようだった。ケイナもエミルも笑っていた。心から笑っているように見える。


「ね」


「本当だ」


スルスルと足を動かしているうちに、だんだんと慣れて来た。


1曲が終わり、モーリス先生とマリアが一礼をしていた。ティファラとルブレストも同じしぐさをしている。俺はそれを見てカトリーヌに同じことをした。


「どうでした?」


「あの…意外に楽しい」


「そうですよね!私はラウル様と踊れて幸せです」


「俺もだ」


カトリーヌは顔を伏せて赤くなった。


「それでは次の曲はぜひ、マリアをお誘いくださいませ」


「わかった」


「いいですか?ラウル様、マリアをお誘いしてエスコートしてあげてくださいね」


「わ、わかった!」


「お誘いの言葉は…ごにょごにょ」


少しして次の曲が流れて来た。俺はマリアの側に歩いて行く。


「マリア。よろしければ、お次のお相手は僕とどうですか?」


「ええ、喜んで」


マリアが俺の手を取ってくれた。また中央までエスコートして、さっきカトリーヌに教えてもらったようなステップを刻む。


「あら、ラウル様。ずいぶんお上手ですね」


「さっきカティに教わったんだ」


「幼少の頃は、踊りはしてないですものね」


「そうなんだよ。こんなことなら少しくらい練習しとけばよかった」


「確かに、射撃練習ばっかりしてましたからね。二人で」


「懐かしい」


「次は私がお教えする番になりそうです」


「出来たらお願いしたい。戦後は社交の場に出る事もあるだろう、そこで恥をかかないように頼む」


「喜んでお引き受けいたします」


マリアと踊りながらそんな会話をしていた。目の端ではエミルが今度はハイラを誘って踊っているようだ。さすがエルフの血なのか高身長だからなのか、とても様になっていて素人のハイラとも違和感なく踊れている。さっきまでビビり散らしていたやつとは思えない。


「次は、シャーミリアをお誘いください」


「分かった」


1曲が終わって一礼をし、少し休むため飲み物が置いてあるテーブルに行く。


「ラウルよ、どうじゃ?」


「まあ楽しいです」


「そうか!若いのう、ならば社交界も苦にはなるまい」


「そうならないように練習したいです」


少し休んでいると、再び音楽が流れ始めた。


「では行ってきます」


「ふむ。せいぜい楽しむがよいのじゃ、戦地に行く前に良い経験じゃな」


「はい」


俺はシャーミリアの下に歩いて行く。


「ミリア。どうか僕と踊ってくれますか」


「はっはい。とても光栄でございます、ご主人様」


俺はシャーミリアの手を握り中央に連れて行く。


《あれ?なんだろう?カトリーヌやマリアとはまた違って、妙にしっくりくる》


《戦闘訓練のおかげでございましょうか?》


《そうかもしれない…》


俺達が念話で話していると急に曲調が変わった。テンポが速くなり情熱的な音楽に変わったのだった。


《えっ!なに!それは無理!無理無理無理無理!》


《ご主人様、戦闘組手ツヴァイでまいりましょう》


シャーミリアが念話で、俺の個人戦闘訓練の合言葉を言うのだった。

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